第75話 春奏にとっての京輔
月日が流れるのは早いですね。もう簡単には雪が溶けなくなりました。冬です。
「ん〜? 急にどうしたのぉ?」
春奏の視線の先、短剣を向けている相手との距離は開いている。
「そんなに離れてたら当たらないでしょう?」
それは展開された魔法による濃霧には物理的な拘束力が無く、それ故に容易く脱出されたからだ。
「いいから大人しく……」
しかし、そんな行動一つ一つが───。
「くたばりなさいよ、ホラァッ!!」
───春奏の神経を逆撫でしていた。
「……っ」
「“トリィ・スペリオル・レイ”ッ!!」
(……くっ)
三射一斉の高火力光線が一直線に放たれる。
(この程度の魔法は大した問題じゃない。だが……)
京輔はフィールド内を駆け巡り、難なく春奏の攻撃を躱しきった。
(何故春奏は俺をエクレスターだと決め付けているんだ……っ)
京輔の脳裏に嫌なものがチラつく。
(俺を標的にすること自体は想定内だ。イベントの形式上これは避けられないからな。当然その場合の対処も事前に考えてあった)
如何に春奏が強力なプレイヤーだとしても、それはあくまでトライデルタでの話。
(だが、開始早々真っ先に俺を狙ってきたのは明らかにおかしい。それもあいつは何かしらの裏付けがあっての行動だと仄めかした)
本来の能力を取り戻した自身を相手取るには少々役者不足だろうと京輔は思っている。
(……今はまだその時ではない。どうにかして俺への敵意を逸らさなくてはな)
しかし、力量差云々とは別に京輔は新たな懸念を抱く事となっていた。
「……ふんっ」
春奏は尚も、仮面を装着し人相が掴み辛い謎の男を睨んでいる。
(何こいつ、ちょこまかと小賢しい……っ)
「“ゼオアクアニアム・スプラッシュ”ッ!」
最上級・激水シリーズの中でも特に扱い易い水滴の散弾を春奏は発射した。
「あ、またっ!?」
しかし、仮面の男・京輔は全ての散弾を直撃するギリギリの所で躱し切る。
(また私が発動する前に動いた。完っ全に読まれてるってことよね……)
京輔は敢えて接戦であると演じ、実力の差違を誤魔化しているつもりだが、その思惑自体は春奏に見透かされていた。
(あーもうウザいウザいウザいウザいッ! こんな人をおちょくった様な奴に、私は……っ)
無意識の舌打ち後、春奏は数分前に索敵系魔法を発動した時の事を思い起こす。
「トライデルタ・サバイバル決勝戦スタートでーす!!」
「ふふっ」
決勝戦開始の宣言を合図に、春奏は一つ手を打った。
(妖精の戯れッ!)
索敵系魔法により、この場にいる全てのプレイヤーのステータスを覗き見しようとしたのである。
(へぇ、なるほど。“アスラ”に“ミスティック”に“バルバロス”……あっ、“チャレンジャー”までいる……)
僅か一瞬の内に観察し───。
(Lv.はみんな僅差みたいね。……違った、実況の子の職種が全然見えない。ということは私よりもLv.が高いってことか……)
───真に敵対するべき人物を探った。
(まあ、いいわ。とりあえず……えっ?)
幸いな事に、その人物はすぐに見つかる。
(……な、何、こいつ……っ)
あまりの困惑に、春奏は思わず視線を向けた。
(こいつからは……っ)
視線を向けた先には藍色のケープコートの様な装備を纏い、表情の読み辛い仮面を付けた少年がいる。
(な、何も情報を得られないですって……っ!?)
否、春奏の視点からは少年かどうかも疑わしくなった。
(あの娯楽兎ですら性別は確認出来たのに!?)
索敵系法術・スキルによって暴く事ができる相手の情報には順位がある。よって優先価値が低い情報はLv.的に格上であろうと取得可能な場合が多々あった。
(……そっか、こいつだ。こいつが京輔を……っ)
にも関わらず、素性の一切を看破できない者が存在する。故にもはや春奏は何も疑念を持たず、標的を決定したのだ。
「面白いことが分かったわ」
これがエクレスターを見破ったと根拠付ける春奏の動機である。
(私は……っ、負けられないッ!!)
「光運拡散ッ!!」
春奏の姿がまたも霧によってかき消されていく。
「全く……」
(どうやら姿が消えている間も春奏の周辺から音はほとんどしない様だ。これでは益々タイミングが計り辛い)
同格を演じ、動きもセーブする。それがこれほどまでに苦労する事だとは思わなかった、と京輔はひっそりとため息を吐く。
(それに気になることはまだある)
エクレスターと決め付けられている事とは別に。
(あいつは何故あんなにもキレているんだ? あれではまるで……)
唐突に京輔は在りし日の春奏を思い出す。
『なんでっ!? どうしてよっ!? ねぇ京輔ッ!!』
過去、自身の目の前で泣きじゃくる少女。
(いや、そんな訳はない。あの頃のあいつはもういない。あいつは成長して───)
「何よそ見してるのよ、あんた」
「な……っ」
京輔はいつの間にか霧に包まれていた。無論、春奏の姿は無い。
「“レリーズム・エッジ”!!」
春奏の声を聞いた直後、自身の側頭部に向けて何かが高速で迫る気配がした。
「……なんだ?」
しかし、京輔は軽々とその何かを掴む。感覚的にそれが春奏の持つ短剣・桜花だと瞬時に判断した。
「……んっ!?」
が、その桜花に異変が生じる。
「……くっ」
(面倒な……)
分裂。正確には桜花の刀身から新たな桜花が出現し、京輔に襲い掛かったのだ。
「躱してんじゃないわよッ、このッ!!」
光属性技法・レリーズ・エッジの上位互換であり、刀身本体から或いは刀剣を振るった際の軌道線上に新たな実物を創り出す技法“レリーズム・エッジ”。
「ほう、まだ増えるのか」
一振りの桜花を弾き飛ばすと、隙を縫う様に新たな桜花が二振り飛んでくる。それの繰り返し。
「ふふふふっ、そうよ! ここではいくらでも創り出せるッ!!」
春奏の言葉通り、飛び交う桜花の数は着々と増えていく。
(考えるまでもない。この霧を媒介にほぼノーコストで春奏は発動し続けている)
「悪くない法術だな。だが───」
数ある桜花を見定め、いなし、あるものを京輔は探す。
「───その慢心はいただけない」
それは直線的に飛ぶ桜花ではなく。
「見つけた」
「はあっ!?」
平行に振るわれる桜花であった。
「バレないと思ったのか?」
「な……っ」
京輔は死角から振るわれた桜花を掴んでいる。
「これだけの数を君が制御出来る訳がない。ということは簡単なオートで動かしていると予想できる」
掴まれている桜花がカタカタと震えているが、京輔は離すつもりがない。
「君がそんなものだけに頼るとは思えなくてな。だからなんの法則性もない動きをする短剣を狙っていたんだ」
京輔は桜花ではなく、その先の虚空を睨む。
「そんな動きをするには君が直接短剣を持っていないといけないからな」
「……っ!?」
春奏は押し黙り、そして京輔は頃合いだろうと短剣を引き寄せた。
「……あっ!」
「君に聞きたいことがある」
二人の距離が物理的に縮まる。
「は、話って、何を……っ」
「俺をエクレスターだと決め付けた理由だ」
春奏の姿は未だに無い。一見すると京輔の独り言の様に見受けられるが、春奏からは京輔の視線が自身を射抜いている事を疑い様がなかった。
「ま、またそれ? そんなの……っ」
「いや、それだけじゃない。君は何故そこまで憤っているんだ?」
春奏の真意に、京輔は歩み寄る。
「ねぇ、あんたには全てを賭けてでも守りたい人っている?」
「ん……?」
ここに来て、急に春奏は冷静な口調で問いを投げ掛けてきた。
(な、なんだ、その脈絡のない問いは……)
「私にはいる。彼のためならなんだってできるわ」
「お、おい君は……」
「そんな彼があるプレイヤーに興味を持ったの。だけどそのプレイヤーに彼は襲われた」
(駄目だ、聞いちゃいない……)
「理不尽。そして可哀想な彼。強がっていたけど私には分かる」
(『まるで』じゃない。春奏は……っ)
「早くここから出て励ましてあげたいし、癒してあげたい。でもその前に……」
(いや、俺だ。俺が気づかなかったんだ)
「白々しく私を挑発するクズに思い知らせないといけないわ」
スゥーっと春奏が姿を現す。
「あんたが誰の何に手を出したかってことをね」
そして京輔の腕を両手で掴んだ。
「……なんのマネだ」
「ふふっ、ムカつくけど正攻法じゃ私はあんたに勝てそうにない」
(……っ、これは……)
はたと気づく。京輔の周囲を飛び交っていた全ての桜花が静止しつつ刃をこちらに向けていたのだ。
「ふふふふっ、あははははっ! あんたは勘違いしてるわ!」
「おい、この至近距離では君も只では済まないはずだ」
「へぇ、察しがいいわね忌々しい。けどもう遅いっ!」
時間は掛かるものの、春奏は分裂した桜花を全て掌握できる。その思い違いによって京輔は危機を迎えていた。
「ここまでする意味はあるのか。擬似疲労だってあるんだぞ……っ」
「ご忠告どうも。でもいいのよ別に」
言葉とは裏腹に春奏の声は苦い。それはこれから受けるであろう痛みを想像しての事だ。
「私はあんたを……エクレスターを許さない。たとえ傷ついても構うもんですか。それに───」
(くっ、俺が間違っていたのか……っ)
「───京輔はきっと褒めてくれるわ。……“桜花聖照”ッ!!」
春奏は歪んだ笑みとともに法術を発動した。




