第5話 遮断街
「なんだ? 人が少ないな」
「確か“自然公園”の方でイベントが行われているはずですので、そちらにプレイヤー達が流れているのではないかと」
ゲートをくぐり終えた二人が目にしているのは見慣れた遠慈市の景色だった。
「そうか。じゃあ巻き込まれないように遠回りしよう」
「いえ、ワタシもそう思ったのですが、その必要はなさそうですよ」
VRMMORPGトライデルタのスタート地点・“遮断街”は、二人が住む遠慈市の中心街に酷似した造りとなっている。その理由としてゲームの制作に携わった大手企業の一つが強行したため、と裏では囁かれているが、真偽のほどは定かではない。
「京輔さん。あれをご覧下さい」
命名通りほとんどの建て物が出入り口を塞がれている遮断街にはモチーフとなった街とは違う空気感が漂っていた。通行人もとい他のプレイヤーもいるにはいるのだが、どこか静観とした印象を受ける。そんな場所を二人で歩いていると会話の途中で零音がある方向を指差した。京輔はつられてそちらに顔を向ける。
「なるほど。“警告”に変化がないってことは……」
「はい。比較的安全な採掘系のイベント等を行っている可能性が高いと思います」
そびえ立つ封鎖されたビル群の一角。現実の中心街では跡地となっているそこで、超大型の電光掲示板が二人を見下ろすように設置されていた。掲示板には『中級以上の魔法・技法及び、一部例外を除く全てのスキル使用禁止区域』と表示されている。それを見た京輔は納得したようで、進行方向に顏を向き直した。
「じゃあ“集会所”まではさっさと行けそうだな」
「“ゾア・クラッシュ”」
「……はっ?」
突然、ある言葉を口走る零音。急な事に京輔は驚きを隠せないでいた。瞬間、前方の空中に幾何学模様の、俗に言う魔法陣が出現する。しかし、それ以上は何も起こらず、数秒後、魔法陣は砂埃のように消えていった。
「……お前っ!」
「あっ、中級でも一応発動途中までいくんですね。知りませんでした」
咄嗟に身構えた腕を下ろし、意味が分からない、と京輔は目で訴える。零音の方は結果に対して素直な感想を述べるばかりだった。
「警告を鵜呑みに今まで試したことがなかったので」
稀に突飛な言動をするな……。相変わらずの無表情で淡々としている零音を見て、逆に叱りづらい、と京輔は思った。
「元々の性格か? いや、誰かに似たのか?」
「集会所まではまだ掛かりますので、少し急ぎましょう」
ぐだぐだになりながらも集会所と呼ばれる場所を目指し、歩を進める。徐々にではあるが、周りにいる他のプレイヤーの数も増えていった。その原因に二人は心当たりがある。
「お前が言っていた通りだな」
「そうですね。それに思っていたよりプレイヤーの数が多い。……レア度の高い鉱石でも取れるのでしょうか」
二人が最短で集会所に行く場合、必ず通過する四車線の道路。トライデルタに車体は無いため、大半のプレイヤーがその道路を闊歩する。向かって右側は代わり映えのしないビル群。しかし、左側には奇妙な光景が広がっていた。
「今は地層ステージか」
広大な敷地面積を誇る断層地帯。そんな光景を二人は目の当たりにしていた。
「見た感じ、学生服は大体半分。その他はあからさまに重厚そうな装備を着用していますね」
“自然公園”。そこは先ほど二人が確認した電光掲示板同様、現実の遠慈市には存在しない。このような用地は随所にあり、総称して“偽創領域”と呼ばれている。中でも自然公園は特に異質な場所と言われ、時間によってその外観は変化していた。
「どうします、京輔さん。寄っていきますか?」
「いや、別にいいだろう。気球を見てみろ」
「気球ですか? ……ああ、ありました」
見上げる視線の先。自然公園上空には気球が一機浮遊していた。風船の色は青。
「青色ということは───」
「───寄る必要はない」
風船の色は自然公園の難易度を表している。色数は青・黄・赤の三種類。
「では、あの装備が整っているプレイヤー達は?」
「恐らくは新装備の試運転といったところだろう」
自然公園内はステージによるが、大概見晴らしが良い。それは道路側にいる二人が外から園内を覗いてもほとんどのプレイヤーを把握出来ることの裏付けにもなっている。二人と同じ学生の者、堅牢そうな具足に身を包む者、ロボットにしか見えない者等、色々なプレイヤー達がシャベルやツルハシを持って作業をしていた。
「知り合いはいないみたいだな」
再び歩き出す二人。時間にして5分ほど、自然公園からそこは目と鼻の先だった。
「着いたな」
「もう一度確認しますが、砂浜フィールドのミッションでよろしいのですね?」
遮断街の中心地からやや南端。本来そこは遠慈市の駅がある場所。しかし、二人の前には全く別のものが存在していた。
「ああ、それでいい。ただ、難易度はどうしようか……」
出入り口を中心にシンメトリーで横長な外観。日の光を抑えるようにガラス張りは少なく、それでいてシンプルかつ上品。まるで美術館のような佇まいの二階建て建造物。“集会所”がそこにはあった。
「星四あたりが丁度良いのではないでしょうか」
集会所に入った二人はミッションを行うため、それを受け付けているカウンターまで進む。カウンターは入ってすぐの所にあり、迷う事はない。
「そうだな。……すいません、砂浜フィールドの星四に挑戦したいのですが、今何かやっていますか?」
受付カウンターの数は全部で22。横一列に均等配置しており、曇りガラスで一つ一つ仕切られている。そして二人は手続き中ではない手前から11番目のカウンターに寄り、そこを担当しているスーツ姿の男性スタッフに話しかけた。
「砂浜星四ですか。少々お待ち下さい。画面を表示しますね」
数秒してA4サイズほどのモニター画面が出現する。画面の左上には『砂浜ミッション』とあり、星一から七までのミッション名が紹介されていた。京輔はそれを凝視する。
「……分からん」
「この時間帯ですと『潮干照り』や『海は語り、砂は鳴く』等が人気でオススメですよ」
何に挑戦するか決め悩んでいると男性スタッフが親切にミッションを補足して説明した。
「……んん? では、この『常夏カシキ色』はどのような感じですか?」
「ああ、そのミッションは特定の木属性モンスターの多数撃破をクリア条件にしているので、なかなか根気と時間がいるものですよ」
「……そのモンスターの特徴は?」
おや? と思ったが京輔は質問を重ねる。
「申し訳御座いません、お客様。それ以上のことはなんとも」
「まあ、そうですよね」
あまり落胆はしなかったが、それとは別に違和感を感じ始める京輔。
「ですが、今回は特別にお答えしましょう」
「はぁ?」
京輔は思わず妙な声を上げてしまった。しかし、違和感の塊は何食わぬ顔で微笑んでいる。
「モンスターの名はコナデシと言って、木属性ではあるものの、火属せ───」
「えっ、そこ続けてしまうんですか?」
京輔の隣りで邪魔にならないよう無言を貫いていた零音も、これには言葉を挟まずにいられなかった。
「ちょっと聞きますが、もしかしてNPCじゃないんですか?」
まさか、と思い質問する京輔。集会所でプレイヤーをアシストするスタッフは全てNPCであるはずだった。無駄口を叩かず必要最低限の言葉しか交わさない効率重視のNPC集団。だが、二人の前にいる者は何故かその性質に当てはまっていない。
「それは守秘義務に触れてしまいますので。申し訳御座いません」
NPCに成りすました人物はなおも白々しい態度を決め込んだ。京輔は呆れながら不審者を見るような視線をその人物に送る。
「……なんてな。ていうかなんだその目は。失礼過ぎだろ」
「京輔さん、通報しますか?」
「それは止めろ!」
その不審人物は一気に口調を崩し、慌てて零音を止めに入った。
「……あんたは何者なんだ?」
「“代行者”だよ、“代行者”。どっかで聞いたことあるだろ?」
「代行者? 実在したのか」
「あっ、これ言っちゃ駄目なやつだったかもしれねー……」
トライデルタ内で最近噂されているものは三つ。“エクレスター”・“三強職種”・“代行者”。中でも代行者は運営サイドに深く関わっているとプレイヤー達に囁かれていた。
「まあ、いいか。どうせその内、公式で発表するだろ。……ほら見てみろよ、これが証拠だ」
そう言うと代行者を名乗る人物はおもむろにある物を見せてくる。それは二人が携帯しているものと似ていた。
「ステータスカードのようですが、一般的なデザインと異なりますね。……偽造及び不正所持ですか?」
「なワケねーだろ! 舐めてんのかこのガキ!」
「『運営代行特権許可証・第四位』。ネームは……、『クラミツ』」
提示されたカードの内容を興味深げに読み上げる京輔。
「おっ、彼氏の方はちゃんと読んだな。どうだ、なんとなく分かっただろ?」
「『魔導士族・ジオマンサー』。Lv.は……」
「おいコラ、どこまで読んでんだ」
パッと京輔の視線からカードを隠すクラミツ。
「で、俺が結構すげー奴ってことは分かったな?」
「それは分かっ……、いや、分かりましたが、どうしてNPCの真似事なんかしていたんですか? あと彼氏ではありません」
最低限の素性と特に悪い人ではない事が分かり、京輔はある程度言葉を正す。そして当然とも言える疑問を口にした。
「違うのか? 悪りぃ。でもって俺がここにいる理由っていうのはエクレスター関連で依頼が来たからだ」
「エクレスターの調査ですか?」
「そうだ。俺は偽創領域内を担当してて、事と次第によっちゃあそいつを懲らしめねーといけねぇ」
俺達には義務と権利がある。クラミツはそう断言した。その言葉には迷いがない。
「そうですか」
表情にこそ出さなかったが、京輔は驚いていた。トライデルタトップクラスの力を有するであろうエクレスター。対して代行者・クラミツは遠回しに、倒せる、と言ってのけたからだ。
「よし、情報提供はここまでだ! おら、とっととどのミッションにするか決めやがれ」
「それもそうですね。じゃあ、この星四で」
「オーケー、それでいいんだな? ……ほらよ、受け取れ」
話しを終わらせ、ミッションを確認したクラミツは直径20㎝ほどのブレスレットを二人に投げる。
「ありがとうございます」
受け取りはしたものの、明らかに大き過ぎるそれを、しかし二人は躊躇なく腕に通す。するとブレスレットは一瞬で手首にフィットするサイズまで縮んだ。
「“リング”もちゃんと機能してるし、準備は整ったな」
ミッションを行うために必ず着用しなければいけない運営提供アイテム“ミッションリング”。色は自然公園の気球同様三種類であり、二人の色は黄色。ミッションの難易度を一目で把握出来るようにするため義務づけられている。
「では、行ってきます」
フィールドには集会所を出て遮断街の指定されたエリアまでさらに歩かなくてはいけない。
「まー、待てって。特別に俺の権限でここから砂浜までワープさせてやるよ」
後ろを向く直前、クラミツは呼び止め、二人に提案する。
「えっ、いいんですか? というより出来るんですか?」
「任せろって。これでも代行者の中では上位のプレイヤーなんだぜ」
「ありがたいですが、それは乱用なのでは……?」
「細けぇことはいんだよ。気にすんな。暇潰しに付き合ってくれた礼だ」
少々荒っぽいが面倒見の良さそうな人だな、と京輔は思った。
「……分かりました。砂浜までよろしくお願いします」
「おう。じゃあこっち来いよ」
クラミツはカウンターから出て、急かすように手招きする。進行方向から察するに集会所の二階に行くのだな、と京輔は予想し、零音と共について行った。
「そうだ。聞こうと思ったんだが、お前らひょっとして兄妹か?」
集会所一階フロア中央。京輔の予想通り、三人で二階に行くための螺旋階段を上ろうした矢先。ふいにクラミツは、どちらが答えても構わない、という風に話し掛けた。
「はい。そうです」
答えたのは零音。先に言われてしまい、京輔は開き掛けていた口を閉じる。
「そうかそうか。なるほどなー」
「……何か?」
クラミツのニュアンスに引っ掛かりを覚え、零音は質問を仕返す。
「いや、家族は大事にしろよ、と思ってな」
階段を上り始めるクラミツ。京輔と零音もそれに倣い、後ろに続く。
「分かってますよ。それは」
唐突で何故か言い表しづらい重みを感じるクラミツの言葉。それに今度は京輔が答えた。真剣な顔つきではっきりと。
「それならいんだよ。悪りぃな、マジで変なこと言っちまって」
クラミツは口角を上げる。背中越しの応酬とはいえ京輔の返答に満足したようだ。
「そういや名前聞いてなかったな。なんて言うんだ? 本名じゃなくてネームの方な」
階段を上りきり、二階フロアに到着する三人。妙な事を聞いた詫びという訳ではないが、明るい調子でクラミツは新たな質問をした。
「ああ、言ってませんでしたね。俺は───と言います」
「では、ワタシの方からも……───です。以後お見知り置きを」
ある意味一番初めにしておくべき自己紹介をようやく済ませる。この代行者・クラミツとの出会いは二人にとって由々しき事態を招くことになるのだが、現時点で知るよしもない。しかし、その時は確実に近づいていた。