第4話 トライデルタ・オンライン
「さてと……。やるか」
つつがなく授業を終えた京輔は部活をしている春奏達と別れ、寄り道をせず真っすぐ帰宅した。やる事は無くとも放課後の校舎に居残る生徒は少なからずいるが、今の京輔にその選択肢は無い。
「あいつは確か、遅くなるんだったな」
朝方、通学路を共にした妹の言葉を思い出しながら京輔は今日のプランを考えていた。
(今回も水辺は避けるか。いや、あえて行くという手も……)
自室のベッドに腰掛け、先ほどから思慮を巡らすのは全てVRMMORPGのトライデルタに関する事である。
(どうしようか……)
京輔はそう言うと着用しているブレザーのポケットからおもむろにある物を取り出した。仮想空間トライデルタ・オンライン専用デバイスDii.cone。さらにそれと己を繋ぐイヤフォン型接続端子“Dii.connect”も同じく手に取り、耳に装着する。
(大丈夫そうだな)
ディーコーンを起動し、仄かな青緑色の発光を目で確認した。この機能によってトライデルタ・オンラインに接続可能状態かどうか判断できる。
「……よし」
呟くとともに京輔の意識は途切れていった。
「……っ」
意識が覚醒する。そこには京輔の自室に酷似した空間が広がっていた。違いがあるとするならばこの空間内には窓が一つも無い。
「『メール表示、確認』」
京輔が口走ると目線の高さにA3サイズほどのメールボックス画面が出現した。その画面に指を這わせ、スクロールする。途中一つのメールに目を止め、忌々しげに睨むが、京輔はそれ以上構わず操作を続行した。
「無いな。『終了』」
プツン、と画面が消える。それを見届け、もうここには用がないのか、京輔は空間内の出入り口と思しき扉に近づいた。
「……あっ」
「えっ」
京輔は間の抜けた声を出し固まる。扉を開けると目の前には小豆色を基調としたブレザーに身を包む、無表情な少女の姿があった。
「どうしたんだ? 零音」
「合流しようと思い、まずは京輔さんの“ルーム”に足を運んだ次第です」
“ルーム”とは京輔がいる個室型仮想空間の名称。ディーコーン購入時に設定する事の中には『現在の住所』という項目があり、それを設定すると住所内でトライデルタ・オンラインにアクセスした際に購入者がデザインした空間を利用する事が出来る。
「いや、そうではなくて。“学園”はどうした、と聞いているんだ」
「学園の生徒会室からログインしました。……ああ、それとフォローは信用している方に頼んでいますので安心して下さい」
「お前……。無理はしなくていいんだぞ」
「いえ、大丈夫ですよ。丁度時間が空いていたのでここに来ました」
本当に何でもないかのように言ってのける零音。しかし、それでも京輔は申し訳ない気持ちになった。
「そんな顔なさらないで下さい。さあ、行きましょう」
「……だが」
零音もといキリカは結構意地を張るきらいがあるからな、と京輔は悩む。
「……分かった。じゃあ、ついて来てくれ」
「はい。そうさせて頂きます」
結局、京輔は零音の協力を受け入れる事にした。そして二人は歩き出し、ルームを後にする。
「そういえば、京輔さん。“ポリス”には寄らなくていいんですか?」
多重連結仮想空間トライデルタ・オンライン。その空間は現実世界の街並みをより近未来化させた姿を模しており、全てのルームと直結している。ディーコーンを所持している者のほとんどがルームを利用しているため、需要のほどは計り知れない。
「いや、特に買う物はないし、真っ直ぐトライデルタに行こうと思ったんだが、……零音はどうだ?」
しかし、需要を獲得するに至った経緯としては仮想空間内大型ショッピングモール“Polis”の貢献も大きい
「ワタシもありません」
ビル群が立ち並ぶ開けた一本道の歩道。周りには二人と同じく学生服やブレザーの若者、手を繋ぎ合う男女、早足で歩くスーツ姿の中年等、様々な人々が行き交っている。そんな往来を歩いていると一際目立つ規模の段違いな建築物の前を通りかかった。
「そうか。じゃあさっさと行こう」
建築物改めショッピングモール・ポリス。だが、用の無い二人は素通りした。
「今日は“砂浜”にしようと思うんだが、どうだろうか」
「あまり探索していないフィールドに行く事はワタシも賛成です」
「そう言ってくれると助かる。じゃあ、そこで」
目的の場所はまだ遠いため、二人は歩くペースを上げる。
「……あっ、見えてきましたね。噴水」
長く続く道のりの最終地点にある十基の噴水。左右に五基づつ、道にそう形で設置されている。
「相変わらずなんの変哲もないな」
「ちょっと前にトライデルタの裏技に使うのではないか、と話題になりましたね」
立ち止まらず先を歩く二人。噴水の奥には全長4m幅6mほどの門があり、堂々と開かれている。
「入るか。最低限の安全は保障されているとはいえ油断するなよ」
二人の目的地は門の向こう側にあった。
「はい。了解しました」
“ゲート”をくぐるとトライデルタ・オンライン上からVRMMORPGトライデルタにその身が転送される。二人は躊躇いなく進んでいった。