第57話 概念系
「が、概念系……っ!?」
あらゆる法術・スキルの中で最強を誇る概念系には解明されていない事がある。
「は、初めて見た……」
一つは入手方法。
「だからもう諦めなさい」
トライデルタではLv.が上がるごとに級位の高い法術等を得る事ができるのだが、概念系に至っては、その常識が通用しない。
「今の私は無敵よ」
理由は簡潔。いつ、どこで、どのようにして、概念系が発現するのかは公表されていないからである。
「ど、どうやって……っ」
ゆえに、Lv.1であろうとも入手できる可能性はあり、逆にLv.79であろうが入手できるとは限らない。
「馬鹿ね。教えると思う?」
プレイヤー達にとって、そういった不確定な部分も概念系の魅力となっているのだ。
「で、ここまでのことを知ったからには、覚悟はできてるんでしょうね」
「……えっ」
依然としてヨンジは膝を付けた状態で光の籠に囚われており、カナデはその様子を見下ろしている。
「私の矜持反照を僅かながらも知ったあんたを、ただで消す訳ないじゃない」
「な……っ!?」
如何に概念系と言えど、明記されている事実の一つや二つはある。
「だって、オンリーワンっていう希少性はそれだけでも強みになるんだから」
唯一無二。トライデルタに同じ名称を冠する概念系法術・スキルは存在しない。
「友達ならともかく、なんであんた如きに……」
カナデは吐き捨てる様にそう呟いた。
「あ……、か……っ」
これにはヨンジも黙っていられない。
「か、勝手なこと言ってんじゃねぇ! てめぇが見せびらかしたんだろうがっ!!」
理不尽に対する怒りが爆発した。
「それはあんたが意味深なことを言うからでしょう。だから動揺して、無意識に」
「あんっ!? なんのことだよっ!?」
「……あっ」
カナデは自身の失言に気づき、咄嗟に口を噤む。
「……やっぱり、あんたは徹底的に潰さないといけないみたいね」
「たかがゲームだろっ! 俺が何したってんだよっ!!」
もしかして、とヨンジは恐れていた。そしてそれは現実となる。
「ねぇ、擬似疲労についてどこまで理解してる?」
「……っ!?」
ヨンジの暴言などお構いなしに、カナデは無情な問いを投げ掛けた。
「そ、それは……っ」
「Lv.70越えだもの、大体のことは把握してるわよね」
一般的に擬似疲労とは、トライデルタからログアウトした際のゲーム疲れの事を指す。
「デリートした回数だってそこそこ多いんじゃない? 結構辛い時もあるわよね、アレって」
なお、その疲れ、もしくはダメージの判定はログアウト直前の自身のステータスによって反映される。
「例えば、足が痛い状態でデリートしちゃったら、現実でも足が痛かったりするし」
つまり、過度なダメージを受け、デリートした場合、手酷い擬似疲労がプレイヤーを待っているのだ。
「それで、強プレイヤーの間ではちょっとした仮説が立てられたのよね」
仮想による、現実への影響。
「お、おい、てめぇ……っ」
「そう。『オーバーキルの実害』のことよ」
「くそがっ……!」
ヨンジの背筋に悪寒が走る。何故ならカナデがしようとしている事を察してしまったからだ。
「……あっ、そうだ! “リタイア”すればっ!」
イベント中の“リタイア”は全参加者の権利として行使できる。ただし、ペナルティも同時に発生してしまうため、最終手段以外の何ものでもない。
「逃げられりゃいんだよっ!」
瞬時にコンソールパネルを開き、リタイアの手続きを始める。
「ちょっと、あんた……」
「よし、あと少し! あばよクソ女ッ!!」
画面に浮かぶ、リタイア完了のパーセントが100に差し迫り───。
「逃がす訳ないでしょう」
───そして『リタイア不可』の文字が現れた。
「はあ?」
導き出した打開策が何故か阻まれてしまったため、ヨンジは呆けた様な表情をする。
「…………ふふっ、うふふふフフフッ」
カナデは咄嗟に口元を手で抑えるが、あまり意味を成さない。
「ウフフフフフフフふふふふふふふっ!」
とうとう堪え切れなくなったようだ。
「ざぁんねぇんでしたぁ。この灰色の世界で私の許可なくそんなことはできないのよ!!」
罠に掛かった事を心底嘲り、蔑むカナデ。
「なにィッ!?」
「あー、可笑しい。きょ……、じゃなくてケイにも見せてあげたかったなぁ」
「て、てめぇ……っ」
「なんか満足しちゃった。もうさっさと終わらせましょうか」
短剣をヨンジの顔に向ける。
「つーか、灰閉する光路にそん───」
「最後までやかましい男ね。……クリアランス・レイ!!」
魔法が発動され、ヨンジの頭が消し飛ぶ。その数秒後、残された身体も光の泡となって消滅した。
「あいつ、ちゃんと『頭部への過度なダメージで記憶障害になる』といいんだけど……」
非情な呟きを聞く者はいない。そしてこの時をもってカナデの予選通過は決定した。




