第55話 トライデルタ・サバイバル ④
『おお〜っと! ここで真打ち登場っ! 果たして彼女は生き残れるのか〜っ!!』
控え室には大型のモニター画面が設置されている。その画面から現在イベントを行っているプレイヤー達の動向を中継していた。
「カナデ……」
カタミのハイテンションな実況を聞きながら、ケイは険しい表情で呟く。
『他のプレイヤーの皆さんも頑張って下さいね〜!』
映像は切り替えられ、カナデの姿を追えなくなる。
「本当に、無理はしなくていいんだぞ……」
しかし、ケイは変わらず重々しい雰囲気を醸し出していた。
「で、結局の所あんたはなんなの?」
「『なんなの』って、さっきも言ったじゃんか〜」
へらへらと笑う少年。反比例する様にカナデは自身の内側が凍てついていくのを感じ取る。
「俺のネームはヨンジっ! よろしくね〜」
刀剣型武器を背負い、見た目重視のコーディネートであろう防具一式を装備している少年・ヨンジは歩み寄り、握手を求めてきた。
「よろしくしない。聞いておいて難だけど、カケラも興味無かったわ」
「うわっ、ヒドっ!?」
一瞥はしたものの、カナデは手を差し出す素振りも見せない。
「チャラい男って好きじゃないの。とっとと消してあげるから掛かってきなさい」
代わりに二歩ほど退がり、所持している短剣の切っ先をヨンジに向け、挑発した。
「あれれ、なんか機嫌悪いねぇ、まぁいいけど〜」
やれやれ、といった仕草で背負っていた刀剣型武器を構える。
「双剣……ね」
「そうそう。カッコイイっしょ?」
まるで揺らめく炎の様に波打つ刀身が二振り。ヨンジは自慢げに見せつけた。
「一応、A“ランク”なんだよ〜。君のもそうだよね?」
「さあ、どうかしら」
装備全般には“ランク”があり、トライデルタでは高性能順にA〜Fと格付けされている。
「じゃ、はじめよっか! 俺が勝ったらフレンド登録ヨロねっ!」
「はぁ……、本当にしつこいわね、あんた」
カナデは嫌気がさし、ため息をついた。と同時にある事を思いつく。
「けど、いいわよ。私に勝てたらね」
「マジでっ!?」
餌を前にした獣の如く、ヨンジの目つきが変わった。
「いや〜、ダメ元で頼んでみるもんだなぁ。俺超やる気でたよ」
そんな事は構わず、カナデは算段し続ける───。
「ふふっ、私もよ」
───相手を徹底的にねじ伏せる方法を。
「“ゼオアクアニアム・スプラッシュ”!!」
「“ゼオプランテルク・シールド”!!」
開始から数分。両者の魔法がぶつかり合う。
「チッ、小賢しい……っ」
“ゼオアクアニアム・スプラッシュ”。激水シリーズの最上級であり、凝固した水を高い硬度で散弾の様に射出する魔法。カナデはそれを発動したのだが、容易に防がれてしまう。
「ゴメンねー、木属性得意なんだわ、俺」
カナデの攻撃が無効化されたのは、基本となる木属性法術・樹木シリーズの最上級であり、どこからともなく集まってくる木の葉が使用者を守る盾の様な造形を構築する魔法“プランテルク・シールド”によるものだ。
(ただの馬鹿じゃないってことね。だったら……)
「これでどう! “ゼオフレイミカル・スプラッシュ”!!」
「うおっと!?」
ゼオアクアニアム・スプラッシュの火属性版。今度は難なくシールドを打ち破った。
「あぶねー、つーか、ちょっとカスった」
シールドを貫通した散弾が多少なりヨンジに当たった様子。
「んじゃあ、こっちからもお返し。“ゼオグランデルス・トゥース”!!」
ヨンジも新たな法術を発動する。
(グランデルスってことは……っ)
カナデは反射的に後ろに飛び退く。すると次の瞬間にはカナデが立っていた位置の地表が陥没し、側面から歯状に形成された砂が、その陥没した箇所を埋め尽くした。
(あんなのに挟まれるのはごめんよね……)
“ゼオグランデルス・トゥース”。基本となる地属性法術・“砂地”シリーズの最上級であり、変化した地表が噛みつく様に対象を挟み込む魔法。
「うーん、流石によけられるか」
ヨンジはすかさず間合いを詰めるために駆ける。
「あっ……」
地属性魔法に気を取られ、カナデは油断していた。
「スキありっ! “針緑斬”!!」
「くっ、ペンタ───きゃあああっ!?」
刀身の表面を黄緑色の光沢が覆い、刃渡りを拡張させる刀剣型武器専用・木属性技法“針緑斬”。それをカナデは防ごうとして失敗する。
「はははっ、モロぐらいじゃん」
「痛った……」
カナデは押し出されるように突き飛ばされたが、地に背中をつける事は回避した。
「どうやらこの勝負、俺の勝ちっぽいね」
しかし、はたから見ると劣勢そのものである。
「は? 何言ってるの? まだ始まったばかりじゃ……」
「理由はなん個かあるよ。まず一つは得意な魔法の相性とか」
「……っ」
「あっ、気づいてた? 君が使う水属性や火属性は、俺の使う木属性と地属性に相性最悪って」
ヨンジの指摘通り、カナデが使用していた法術の属性は不利な属性であるゆえ分が悪い。
「ちなみに俺って風属性も得意なんだよね〜。あらら、これも水属性の弱点だ。ああ、それと……」
それに加え、とっておきと言わんばかりに含みを持たせ、衝撃的な事実を口走る。
「実はさぁ、見てたんだよね。君の戦い方」
「え……っ!?」
これにはカナデも焦りの色を浮かべた。
(そ、そんな、嘘よ、まさか……っ)
「いや〜、あれは───」
動揺は大きく、それを利用していとも容易くヨンジはカナデとの距離を再び詰める。
「───なかなか圧巻だった……ねッ!!」
短時間で技法を再発動する場合、詠唱を破棄する事ができるスキル“武芸乱舞”を使い、ヨンジは針緑斬で襲い掛かった。
「くっ!」
カナデは短剣で応戦する。
「あははは、やっぱアレは奥の手かぁ」
双剣による木属性の連続斬りはなおも続く。
(ま、まずい、バレてるっ!?)
「ある意味、無敵だよね。君の……アレはッ!!」
緊迫した鍔迫り合いになる。
「な、なんのことかしら……っ」
まだ確定した訳ではない。そう考え、カナデはシラを切る。
「とぼけなくていいよ。“矜持反照”だっけ?」
「う……っ」
言い当てられ、息を飲む。その名称は紛れもなくカナデの切り札の名称だった。
「強力な法術だよね〜。あんなのトライデルタにあったっけって思ったよ!」
余裕綽々といった態度を取るが、手元の動きは一向に止まらない。
(どうしよう、京輔との約束が……)
「でも残念! 俺の“蛇骨双剣・ウワバミ”の前では〜……無力ッ!!」
キィンッ! と猛攻に耐えきれずカナデの短剣は弾かれてしまった。
「こいつには回復不可って“アビリティ”があるからねっ!」
“アビリティ”とは一定以上のランクを付けられている装備に付与された特殊能力の事である。
(京輔……)
「そんな顔しないでよ〜。デリートしないギリギリを狙うからさ!」
ヨンジは双剣を水平に構えた。
(ごめんなさい。私……)
「はい、いっちょ上がり。“蔓曲刺し”!!」
とどめとして放たれた木属性技法が、放心状態のカナデを抉る。
「……えっ、あ、あれれ?」
「ん? 何してるのよ」
抉るはずだった。
「えっ、えっ、待って、は……?」
確かに、最上級木属性技法は発動されており、その証拠に双剣の刀身には“蔓曲刺し”のエフェクトが表れている。
「いや、だから何よ」
しかし、カナデの防具に届こうとする直前で、双剣は静止していた。
「ていうか、あんたひょっとして……」
「ちょ、マジで何これ!? 意味分かんないんだけどっ!?」
「あー、やっぱり」
カナデはようやく理解が追いつき───。
(ふふっ、そう。そういうこと……)
───イベント開始当初のいやらしい笑みをつくった。
「まぁ、とりあえず……」
カナデは狼狽えているヨンジに人差し指を向ける。
「“クリアランス・レイ”」
「え?」
瞬間、ヨンジの右腕は消し飛んだ。
「な……っ、ぐがぁぁああああっ!?」
いくら仮想空間とは言え、それ相応の痛みは生じる。ヨンジは苦悶の表情を持って地面に膝をつけた。
「うるさいわねぇ。みっともない」
「ああっ!? てめぇふざけんじゃねぇぞ!!」
右腕とともにヨンジの余裕も消え去り、口調が荒れる。
「元はといえば、あんたが余計な勘違いをしたのが原因じゃない」
「な、何が勘違いだコラァ! てめぇの奥の手はなんらかの超回復力だろうがっ!!」
ヨンジはカナデを観察した結果、自身が導き出した答えを強く断言した。
「ふふっ、うふふふふふっ」
しかし、カナデはそれを嘲り。
「超回復ぅ? あんた馬鹿じゃないのぉ?」
侮蔑する様に否定した。
「な、なんだと!? だ、だったら強力な“防御系”法術か!? だが、それだと……っ」
“防御系”。それと対をなす“攻撃系”は読んで字の如く、あらゆるゲーム全般で活用されている意味合いと同等、オーソドックスな系統の事を指す。
「はいはい、考えるだけ無駄よ。あんたはもう終わったから」
カナデはそう言うと後ろを向き、後方に弾かれた短剣を拾いに行く。
「くっ、まだだ! ゼオウィンディスト・クロー!!」
虚をつく形で、対象を切り刻むほどの暴風がカナデの背中に迫る。
「あはははっ! 調子こいてんじゃねぇよバァーカ!!」
だが、カナデに衝突する直前───。
「全く……、悪あがきも大概にしなさい」
───暴風は跡形も無く消滅した。
「はあ!? こ。こっちも向かずにっ!?」
ヨンジはただただ驚愕する。この間にカナデは法術による抵抗はおろか、防御する姿勢も見せなかった。
「はぁ……、仕方ないわね」
カナデは落ちていた短剣を手に取り、空に掲げる。
「灰閉する光路!!」
辺り一面に濃霧が漂っていく。
「な、なんだこの出力はっ!? 俺が知ってるやつと全然……っ」
「あんたが騒ぐから、わざわざ発動したのよ」
最上級光属性魔法・灰閉する光路が作り出す濃霧には高い防音能力があり、隠密行動に適している。
「じゃあ、下準備もできたことだし、始めましょうか」
「ひっ……」
「しかと焼きつけなさい。私の“矜持反照”を」




