第47話 想定外な宣言
「ねぇ京輔。今日の夜って空いてる?」
「今日? 悪い、予定がある」
放課後。教科書をしまい終え、帰宅の準備を整えていた京輔にとって、それは唐突な誘いだった。
「あっ! これとかいい感じじゃない?」
「そうだな」
カナデが振り向き、試着したネックレスを見せる。同意を求められ、ケイは端的に肯定した。
「ちょっとケイっ! さっきから感想がおざなりよ!」
「そうだ……、いや、すまない。少し考え事をしていたんだ」
そう言うと、ケイは目を細め、カナデの鎖骨付近をまじまじと見つめる。
「なるほど。落ち着いたデザインで普段とはまた違った印象を受ける。それに色彩もお前に合っているな」
ネックレスには桜の花弁をモチーフにしたチャームが装飾されており、着けている者をより一層大人びて見せる華やかさを有していた。
「……あっ、えっと……」
気恥ずかしくなったのか、カナデは顔を背ける。
「どうした? 聞いてきたのはお前だろ?」
だが、妙な所で感が鈍いケイは怪訝に思うだけだった。
「え、えへへ、なんでもないの。ただちょっと驚いただけで……」
心なしか頬が紅潮しており、目も泳いでいる。
「と、とりあえず、これは私に似合うってことよね? それなら買うことにするわ!」
二人はトライデルタ・オンラインで店舗を構える大型ショッピングモール・Polisに来ていた。
「そうか。時間はまだあるから、もう少し吟味してもいいと思うが……」
場所は17階の女性専用アクセサリーコーナー。ここのブースにある物は、身に着ける事でトライデルタの戦闘に何かしらの効果を発揮するのではなく、単純にファッションアイテムとして利用する物ばかりであった。
「いいの。その代わり、他のお店も見て回りましょう」
ただし、戦闘に直接の関係はないものの『アクセサリー』という分類であるため、仮想空間内ならばどこでも着用できる。
「じゃあ、はい、これ!」
それはさておき、そもそも何故ポリスにいるかと言えば、京輔の『予定がある』に対して春奏が『どうしても』と押し切ったためだ。
「……ステータスカードだよな?」
カナデの意図が読めず、渡されたカードを凝視する。
「レジはあっちの方にあるから、お願いね」
ステータスカードは財布としての役割もあるが、だからこそケイにとっては不可解だった。
「いや、待ってくれ。百歩譲って俺にねだるなら分かる。だが、お前の金で買わされる意味が分からないんだが……」
「だって、このネックレスそこそこ高いじゃない? それをケイに買ってもらうのは流石に気がひけるわよ」
「確かに高いが……、って、そこは論点じゃない」
話が噛み合っておらず、ケイはどう言葉にすればいいか少し悩む。
「いいから行って来て! ここで待ってるから!」
結局、ケイは思考を放棄し、レジに向かった。カナデはその後ろ姿を満足げに見送る。
「ほら、(お前の金で)買ってきたぞ。あとカードも受け取れ」
「ありがとうケイ。大切にするわ!」
今一つ納得できない。そんな表情で品物を渡すケイ。
「ふふっ、あの指輪以来じゃない? トライデルタでのプレゼントって」
カナデは緩んだ笑みを浮かべ、一旦アイテムボックスに収納されたネックレスを瞬く間に装着した。
「カナデがそれで嬉しいのなら、俺がとやかく言う必要はないか……」
一般的な高校生が買うアクセサリーとしては少々お高めなそれを、俺も半分くらいは出すべきだったか? とケイは考える。
「こういうのは何を手に入れたかじゃなくて、誰から貰ったかが重要なんだから、これでいいのよ」
「……そうか」
その理屈は理解できるため、これ以上は無粋だとケイは口をつぐむ事にした。
「もう用は済んだことだし、次はどこに行こうかしら……」
と、言うや否や、何かを思いついた様にケイに視線を合わせる。
「ねぇ、最上階に行きましょうか」
「それはあのチーム戦の時の約束だろ? 今日は無理だな」
まだ時間はあるが、ポリスの最上階に行くのであれば話は別。ケイが断りを入れるのもやむなしな階層なのだ。
「下見よ、下見。新しいアトラクションも増えたみたいだから、それのリサーチ!」
「おいおい、そこまでする意味があるのか?」
ケイの問い掛けに、だって……、とカナデは一拍置き───。
「その日は全力で甘えたいから、不安な要素は出来るだけ排除しないと」
───清々しく、そして凛とした面持ちで言い切った。
「な、なんだか、えらく楽しみにしているみたいだが、まだ日程すら決めてなかったよな」
「それはもう決めたわ」
二人はエレベーターホールまでの道のりを歩き始める。
「何? いつだ?」
俺の予定の確認は……? とも思ったが、ケイは長年の経験上あえてスルーした。
「ふふん、まだ秘密よ!」
何を言ってるんだ、こいつは。はたから見ても分かりやすい表情を持ってケイは唖然とする。
「正確には、決めたけど、決定してないから言えないの」
「いや、だから何を言ってるんだ、お前は」
思わずケイは声に出してしまった。しかし、カナデはさして気にした様子はなく、機嫌の良さを維持している。
「ふふっ、明日には教えるから安心して」
「……全く」
まあ、問題ないか。ケイがそう判断した所でエレベーターホールに到着。カナデが乗降用押しボタンをタッチし、またしばらく待つ事となった。
「あ、けど、どうしても知りたいならヒントをあげるわ」
待ち時間の退屈しのぎとして、カナデは自身の目の前にコンソールパネルを表示する。
「ヒントって……、別に───」
ケイは興味なさげに画面を一瞥した。大したものではないだろうと。
「これを見て」
だが、それは二人の分岐点だった。
「私ね、参加することにしたのよ」
「───えっ……」
画面には一枚のカードが映し出されている。ケイはそのカードに見覚えがあった。
「カ、カナデ、これをどこで……?」
トライデルタでのイベントを告げるカード。何故、と状況を飲み込めずにいるケイ。
「えっと、ケイと別れた後にね、あの娯楽兎の子から貰ったの。Lv.制限もクリアしてるし、腕が鳴るわね」
違う、そうじゃない。ケイは冷静さを取り繕う事に集中した。
「一人では出たくないって言ってなかったか?」
「ええ、そうよ。ケイは参加しないし、くだらないって思ったわ。……けど、上位入賞で貰えるアイテムがね……」
「あっ……」
自身の失念に気づく。トライデルタのイベントではほとんどの場合、参加賞等でアイテムが支給される。今回催される『トライデルタ・サバイバル』というイベントも例外ではない。
「しまった……。普通そうだよな」
つまり、カナデが再び興味を示す可能性は十分にあったのだ。
「私の能力なら、結構勝ち上がれると思うのよねぇ」
手段と目的の相違。参加すること事態に意味を見出していたケイには盲点だった。
「な、なあ、カナデ……っ」
漠然としている。だが、これは非常に危ういかもしれない、とケイは戸惑いがちに幼馴染の名を呼んだ。
「それでね! 入賞してアイテムを貰ったら、それをケイにプレゼントするわ!」
ケイの不安をよそに、屈託なく微笑むカナデ。
「……っ。あ、ああ……」
口元がヒクつく。しかし、ケイは言えなかった。
「……分かった。頑張れよ」
『参加するのは止めろ』の一言を。
「ふふっ、当然よ! もし優勝なんかしちゃったら、い〜っぱい褒めてよねっ!」
丁度その時、エレベーターが到着し、扉が開く。浮かれるカナデとは対照的に、ケイの足取りは重いものとなっていた。




