第46話 廃墟フィールド その後
「結局は分からずじまいッスね」
ケイとアマネが去り、ヤティベオは一人(一体)廃墟に取り残された。
「Lv.70越えだとしても、魔導士族以外があんな……」
未知の魔法に詠唱破棄。今まで類を見ない実力を示したケイというプレイヤーもといエクレスター。
「待てよ? その前提がそもそも……」
憶測と仮定が行き交う。されど、考えずにはいられなかった。
「はい、到ちゃ〜く」
「……あん?」
水を差すかの様に、思考を打ち切らす間の抜けた声がヤティベオに届く。
「ジュシュ? ジュリュリュシュ……」
「わーお、なんつってるか分かんね〜、てことでスキルはっつ動!」
スキルを発動する事に詠唱はおろか、宣言する必要もない。しかし、そのプレイヤーは高らかに言い放った。
「ジュシュ〜。───超うぜぇー……」
スキルの効果によりヤティベオの言葉がプレイヤーに知覚される。
「あらら、いきなりの罵倒とかシビれますね。そんなに私のこと嫌いですか〜?」
戯けながらニヤニヤとプレイヤーはヤティベオに近づいていく。
「あれッスよ、同族嫌悪的な? つーか、それ以上近寄んないでほしいッスね」
「相変わらずつれないな〜。もうチョイ仲良くしましょうよ!」
プレイヤーは歩みを止め、芝居掛かった動きでため息をついた。
「心にも無いことを……。で、何しに来たんスか?」
こいつ……っ、とヤティベオは内心イラつく。両者の距離は約10m。それはヤティベオの不意打ちをぎりぎり躱せるであろう間合いの境界であり、偶然にしては出来過ぎていた。
「あ、そうだった。えーとですね、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」
「ん?」
ヤティベオには見当がついていたが、平然と無知を装う。
「実はこの廃墟フィールドに目撃情報があったんですよ。だからここを担当している私が出張ってきたんです」
「目撃? なんのッスか?」
『誰の?』とは問わない。
「とっても強〜いプレイヤーさんのです! で、恐らくは……」
ヤティベオとプレイヤーの視線がぶつかる。
「エクレスター」
やっぱりか、とヤティベオは思った。そして新たに疑問が湧く。
「へー、あの噂の……。だけど、なんで真っ直ぐここに来たんスか? そんなに狭いフィールドじゃねえッスよ?」
「その理由は、まぁ噂通りなら高難易度のミッションに挑戦してるかなってだけですよ」
でも、ちょっと変なんですよね〜、と悩ましげな素振りを見せる。
「装備とか人相が今までの情報と食い違ってるんです」
そう言えばそうだな。ヤティベオはエクレスターが複数存在する可能性に行き当たった。
「これも秘密ッスね」
「……? 何か言いました?」
「なんでもないッス。つーか、無駄足ッスよ。俺っちの所にはそんな人来なかったッス」
軽薄な態度とは裏腹に、ヤティベオはケイとの約束を果たそうとする。
「え? そっかー、やっぱりガセだったのかな〜」
「じゃないッスか?」
しめたっ、どうやら目撃情報自体にあまり信憑性はないらしく、このまま話をそらせば、とヤティベオは少し緊張をほぐした。
「ご苦労様ッス。じゃあ、手ぶらで帰るのもアレだと思うんで、良か───」
「し…………なよな」
「───ったら、……ん?」
何か聞こえたような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「ん〜、では気分を変えて、パーっと遊んじゃいますね!」
「い、いいんじゃないッスか、それで」
空耳か? と判断したが、ヤティベオは妙なむず痒さを覚える。
「よーし! ミッションスタート!」
意気揚々と、プレイヤーは片腕を振り上げた。
「……は?」
何気なく、しかし、その瞬間。チラつかせたある物にヤティベオは反応し───。
「フレイミカル……、あれ、バレちゃいました?」
───無意識の内にすばやく後ずさった。
「アハッ! まあ、ワザとなんですけどね。さっすが星七、いいリアクションですよ!」
プレイヤーは面白半分、嘲り半分、といった本音を隠そうとしない。
「チッ、どういうつもりッスか!?」
ヤティベオが反応したのはプレイヤーの手首に装着されているミッションリングだった。その色は赤。
「見たまんまですって。廃墟フィールド最高難易度のヤティベオさ〜ん」
リングの色、青・黄・赤は受注中のミッションの難易度を表し、赤は高難易度である事を示す。そして、廃墟フィールドのミッションで赤に相当するのはヤティベオが討伐対象となる『砕屑の魔の手』のみだった。
「いつもだったら大目に見ましたけど、残念! 今回ばかりはアウトです!」
「あん!? 何がっ!?」
「しらばっくれんなよな。オイ」
「……っ!?」
ひりつく様な感覚が襲う。先ほどのむず痒さは怖気の間違いだった、とヤティベオは自身の鈍感さを後悔した。
「そんな根も葉もない情報で私が動く訳ないじゃないですか〜。運営からの直々の依頼ですよ!」
プレイヤーは調子をころころ変化させ───。
「『廃墟フィールドにエクレスターが出現した。至急現場に急行後、発見し、身柄を捕らえよ』ってね。あと、邪魔立てするプレイヤーやNPCは排除してもいいって言われてます」
───またもニヤニヤと悪意のある笑みを浮かべる。
「だ、だからって俺っちが協力を拒否するとは限らないじゃないッスか! なのになんで最初から赤色を着けて来てんスか!?」
振り返ると最もな意見ではあるが、語るに落ちている事を気づかないほど動揺していた。
「え? だってあんたムカつくし」
「……はぁ?」
認識にズレが生じる。周囲の評価よりは理知的に思考を巡らすヤティベオにとって、その言葉は突拍子もないものだった。
「前々からあんたのふざけた態度が気に入らなかったんですよね〜。だから正直言うと依頼が来た時は、丁度いいやラッキーって思いました」
まずい、と本能に似た何かがヤティベオに警告する。全快しているとは言え、相手は代行者だ。自身と同じLv.70以上は確定している。
「……しゃーないッスね」
腹をくくった。
「でも、あの人よりは弱いはずッス」
しかし、むざむざ討伐されるつもりはない。
「あ? 今なんか言いませんでした?」
プレイヤーは耳の側面に手を当て、聞こえないアピールもとい挑発をかます。
「アハッ、もしかしてビビってます? ワンモアプリ〜ズ」
「……っ」
ヤティベオは気づかれない様に触手をひっそりとコンクリートの床に突き立てた。
「ねぇねぇ! ヤティベ───」
「『うるせぇぞ、テメェ!』って言ったんスよ!!」
怒号とともに硬質な物が砕けるけたたましい音が響く。プレイヤーの頭上からぱらぱらと瓦礫が降ってくるや否や、矢の如く勢いを乗せた触手が降り注いだ。
「わっ!? 下から来ると思ったのにっ!」
「おたくは案外目敏いッスからね。裏をかいたッス!」
コンクリート内をはり巡らせた触手を下からではなく、あえて上から放つ。その甲斐はあった様だ。
「あちゃ〜、これ思ったよりめんどくさいな……」
プレイヤーは辟易しながら跳躍やバク転を駆使して触手を躱し続ける。
「それだけじゃねぇ!!」
「……わわっ、ヤバっ!?」
不意を突く形で足元付近からも触手が飛び出てきた。これにはプレイヤーも体勢を崩す。
「くらいやがれっ!!」
怒涛の触手ラッシュ。貫通力が高いのか、壁や床、階層内を穿ち、土煙を舞い上がらせるさまは凄まじい。
「ぐひゃっ!?」
数本の触手が直撃し、プレイヤーは奇声を発する。そして転がる様に倒れ、力なく横たわった。
「とどめッス!!」
ここで手を緩める訳にはいかない。僅かな勝機を掴むため、巨大な眼を見開く。軽薄さをなげうち果敢に攻めるヤティベオの姿がそこにはあった。
「アハッ! フラグ回収お疲れ様で〜す!」
「が……っ、はっ……っ」
数分のせめぎ合い後、戦闘は終わりを告げる。ケタケタと笑うプレイヤーに見下ろされながら敗者であるヤティベオは地に伏していた。
「おやおや? 何が起きたか分からないご様子!」
「……はぁはぁ、……くっ」
何故だ!? 途中までは優勢だったはず……っ、という混乱がヤティベオを蝕んでいる。
「そもそも〜、代行者には選ばれる上で必須の条件があるのをご存知ですかぁ?」
「じ、条件……?」
饒舌に、嬉々として語るプレイヤーは人差し指を上に向けた。
「唯一無二の絶対の『系統』。……こう言えば分かりますぅ?」
「……っ? ───あっ……!?」
自身の敗北。その理由に合点がいった。
「ふふーん、私の場合はスキルだったから最後まで気づけなかったみたいですね!」
「あ、ああ……、あ……っ」
ヤティベオを襲う恐怖。その元凶は紛れもなく遂行される。
「ほらほらぁ〜、自己回復出来るんですよね? もっと抵抗してもいいんですよ? モンスターと言えど未練とかありますよねぇ?」
プレイヤーの手に握られている刀剣型武器が僅かな光を反射して怪しくギラつく。
「あ、そうだ! 言い残したこととかありませんかぁ? 私は優しいので5分くらいは覚えててあげます!」
「ぐっ……、あ……」
プレイヤーが一方的に喋り続ける中、ヤティベオは緊張を越え、逆に今日一日を振り返るほど冴え渡っていた。
「もうっ! 『助けてー』とか『許してー』とか言って下さいよ! 止めるつもりはありませんけどね。アハアハッ!」
「……くっ」
『礼を言う。ありがとう。じゃあな』
「……あ、れ?」
取るに足らないその言葉を、何故かヤティベオは思い出す。
「そ……、言え……」
「ん〜? なんですか〜?」
もはやプレイヤーの声は届いておらず、ヤティベオは無意識に口を滑らせていた。
「感し……、れたのって……初め……ッスね」
「ハァ? 意味分かんねー、さっさとくたばっちゃえ〜」
プレイヤーの凶刃がヤティベオを抉る。その直後、HPが0になり、ヤティベオは光の泡となった。
「あーあ、星七も飽きちゃいましたね。早く星八とか星九を解ほ───……う? 通話要請?」
ミッション成功を果たしたものの、制限時間はまだ大分残されていたため、プレイヤーは当てもなく廃墟内をうろついている。
「はいもしもし。こちら美少女剣士カタミちゃんで〜す! 何か御用でしょうか、マキさんっ!」
カタミは通話・メールボックスを開き、相も変わらず高めのテンションで応答した。
「……エクレスターですか? さーせん! 普通に取り逃がしちゃいました!」
通話相手のマキと呼ぶプレイヤーに事の顛末を聞かれたらしく、あっけらかんとカタミは説明し始める。
「怠慢? やだな〜、そんなことないですよぉ。マキさんは真面目過ぎますって。今回はたまたまタイミングが悪かったんです」
『どう……な。君は……良……さぼ……から、……あま……信よ……な……』
「これでも結構貢献してるんですよ! 明日だってイベントの進行とか任されてますし」
『貢け……って、新じ…………に言っ……』
「え〜、たかだか八位の人がそれ言っちゃいます〜?」
カタミの軽口にマキは言葉を詰まらせた様で、同時に数秒の沈黙が訪れた。
「アハッ、冗談ですよ冗談」
『……今さ……けど、君……私の…………てる……ね?』
「おーと、ここで何やらステータス異常がっ! “不逞和音”か!? はたまた“嫉妬電波”か!? と言う訳で失礼しま〜す!」
この流れは説教だな、と瞬発的に判断し、カタミは通話を強引に切る。
「……後が怖いけど、長いんですよね。あの人」
そう言うと、カタミは進行方向を反転させ、足取りを早めた。
「シラケちゃったし、もう帰ろっと」
目指す場所は近くにあるスタート地点。正しい『退出』を行うためだ。
「それにしても明日が楽しみ〜。来てくれるかな? 来てくれるよね? 来ちゃいますよね!」
薄っすらと、だが予感はある。期待を胸に心を躍らせ、カタミは心底愉悦に浸った。
「アハアハッ!!」




