第2話 雑談
暫く説明回です。
京輔と春奏は幼馴染である。産まれた地は違えど二人の父親が古くからの親友同士という事もあり、出会ってから今に至るまで兄妹のように触れ合い、家族同然に過ごしてきた。
「あ、そうだ。京輔」
「……どうした?」
そんな二人には良くも悪くも遠慮がない。
「はいこれ、お弁当」
「いや、いらないから」
京輔と春奏が通う峯横高等学校の昇降口付近。靴を履き替えてから二人は口論を始めた。
「たまにしか作れないんだから持っていって」
スクールバックから取り出した弁当を春奏はズイッと京輔に押しつける。
「不規則に作られても困る」
「一つも二つも変わらないわ」
「そんなに食えるか」
「いいから、ほら!」
「いらん!」
階段を上りながらも言い合う二人。よっぽど時間が無い場合を除き京輔の弁当は妹の零音が作っている。春奏もそれは理解しているのだが引き下がるつもりはない様子。
「ちゃんと京輔の好きなものだって入ってるから!」
「それはありがたいけど結構だ」
四階にある1ーBと記された教室。それが二人のクラスである。
「はぁ……」
「ふふっ、大丈夫よ。絶対に不味くはないわ」
このやり取りは教室に着くまで続き、結局折れたのは京輔だった。春奏から弁当を受け取り教室の扉を開く。
「……よっ! さっき見かけたけど、お前ら何朝からケンカしてんだ?」
教室に入り窓際の前から三番目にある席に京輔は座った。するとそれを見計らったかのようにある人物から挨拶代わりといった体で声を掛けられる。
「ん? ああ、おはよう大和。別にケンカじゃない。いつものだ」
「そうだな〜、いつものだな。うん」
「……おい、こら」
大和の発言には妙なニュアンスがあり、それに気づかない京輔ではない。苦々しい表情で悪態をつき応戦する。
「まあ待て。冗談だ、冗談。分かってっから」
「おはよう釘島。……って、何が冗談なの?」
友達に挨拶をし終えた春奏も京輔の机に近づき、怪訝そうな顔で大和に挨拶した。
「あん? なんだ美緒か。はよっす。いや、いつも通り仲いいな〜、と思ってよ。お前ら二人」
釘島大和。爽やかなショートヘアーにスラリとした上背。ブレザーの上からでも分かる引き締まった身体とルックスも相まってなかなかの美少年といった風貌の男子高校生である。
「当然よ。何年来の付き合いだと思ってるの。ねぇ京輔」
ふふん、と自慢げに口角を上げ、身体の前で腕を組む春奏。大和の発言を都合の良いように解釈したのか、言葉の含みに気づく素振りはない。その態度に京輔は小さく空笑いした。
「……あ、そうだ。これ見てみろよ」
空いている席に座り、大和はある物をポケットから取り出す。
「最新型の“ディーコーン”か。いいデザインだな」
「いいのはデザインだけじゃねぇぞ。……ま、それは置いといて」
“Dii.cone”とは仮想空間トライデルタ・オンラインに接続できるデバイスの名称。見た目は三角形状であり、掌に収まるサイズ。そのディーコーンの側面にあるスイッチを大和が押すと小さな起動音に続きモニター画面のようなホログラム映像が目前に現れた。
「どこだっけなー」
表示された画面に対して指を上下に走らせる大和。画面の中には最新のトピックスが順々に記載されており、指の動きに連動してスクロールされている。
「あー、あった。これだ」
「……それはさっき春奏に教えてもらったやつだな」
『エクレスター最新情報』との見出し。京輔と春奏が今朝方話題にした事がより細かく記されていた。
「なんだ、もう知ってたのか?」
「少しだけな。一応読ませてもらうけど」
期待した反応を得られず大和は微妙な顔。京輔はそれを尻目に記事を流し読みする。
「『10代後半から20代前半の男性。上級以上の風・木・水属性魔法を使用した事から魔道士族と推測される。しかし職種名及びLv.は依然不明のまま』か。なるほど、三属性も……」
新しく目にした情報を前に感心する京輔。
「えっ、なんの三属性って言ったの?」
何か引っかかる事があったのか、京輔の発言を受け春奏も画面を覗き込んだ。
「あれ? おかしいわね」
「何がおかしいんだ?」
意味深な呟きをする春奏に京輔は横目で問い掛ける。
「いや、記憶違いかもしれないんだけど、私が聞いた時は火と地属性を使ってたって言ってたような気がしたから」
「おいおい、それは流石にないだろ〜。三種類使えるってだけで光と闇も使える可能性があるのに、その上さらに増えるのか?」
ありえないだろ。二人の会話に割って入った大和はそう反論した。VRMMORPGトライデルタ・オンライン内には計八種類の属性があり、それが付与された魔法や武器を駆使してミッションに挑んでいくのが基本のスタイルとなる。そして八種類の中でも光・闇属性は他の属性を三種類以上合成させることで行使できる特殊なものであるため、強プレイヤーと呼ばれる目安になっていた。
「……そうよね。やっばり私の記憶違いだと思う」
訳の分からないことを口にした、と春奏も自覚している。何故なら光・闇属性を除き、並のプレイヤーで二種類。強プレイヤーで三種類までが限界と言われている今のトライデルタで五種類も扱えるというのは些か考え辛いからだ。
「……っ」
しかし、京輔は違和感を覚える。大和の意見は尤もだと思う反面、何故か否定しきれない。
「ごめんなさい。朝、私が言ったことにも間違えがあるかもしれないわ……」
申し訳無さそうに春奏は弁明したが、違和感の正体を考える京輔の耳には入らなかった。
「……京輔?」
春奏は京輔の袖を引き、もう一度名前を呼ぶ。
「ん? ああ、悪い。少し考えてたんだ」
「そう。ならいいけど……」
落ち込んだ様子の春奏を見て、何も聞いていない京輔も察した。
「そういうことか。大丈夫だ、気にしなくていい」
特に問題は無いという風に装い、京輔は微笑む。
「……うん」
春奏の表情が晴れる。どういう訳か、この幼馴染は時々しおらしくなるな、と京輔は思った。
「一件落着か? つーか何見つめ合ってんだ」
「違う。そういうことじゃない」
二人のやり取りに大和はニヤついた顔をする。それに対して京輔は声のトーンを落とし他意は無いと否定した。
「あー、分かってる、分かってる。みなまで言うなって」
なおも煽る大和。こいつは本当に分かっているのか、と京輔は問い詰めたくなったが、適当に返されるのがオチだと考え、実行はしなかった。
「まったく、お前は……」
それでも意趣返しとして京輔は大和を睨む。
「おっと、これ以上はキレられそうだな。はい解散、解散」
大和は悪びれもせず、あっさりと廊下側にある自身の席に戻っていった。
「はぁ……、ん? どうした?」
大和を見送りながらため息をつく京輔。そんな京輔を春奏は立ち尽くしたまま凝視している。
「……えっ? あっ、うん。なんでもないっ」
声を掛けられ、ハッとした様子の春奏は取り繕うように返事をして自身の席に着いた。出席番号順なため、京輔の右隣りである。
「それにしても思った以上に強そうね。エクレスターって」
教科書を出しながら春奏は先ほどの話題を振り返った。
「そうだな。情報通りなら、まず俺は勝てない」
京輔の正直な感想。しかし、別の可能性も思い当たる。
「そうかもね。……だけど」
「ああ……」
春奏も同じ考えに至った事が分かり、京輔は心の中で笑った。
「私なら───」
「───いい線いくんじゃないのか」
ほぼ同じタイミングで学校のチャイムが鳴る。授業開始まであと少し。