第29話 授業(チーム戦) ①
「いや〜、いい天気だな〜」
「どうした急に」
峯横高等学校の屋上にある生徒用開放スペース。そこで大和は脈絡の無い発言をし、京輔は即座にツッコミを入れた。
「ただの現実逃避だ〜。気にすんなって」
「……ここは現実じゃないけどな」
はは、それもそうだな、と軽い調子で大和は笑う。京輔の言葉は正しく、二人ともブレザーを着用してはいるものの、二人がいる場所はあくまで校舎を模した仮想空間である。
「いや、でもここまで似てたら半分現実みたいなもんだろ」
学校所有の多目的シミュレーション空間。ディテールに至るまで忠実に再現しているため、実際の校舎と区別する事は難しい。
「その気持ちは分かる」
元々は部活をする生徒のために導入されたものだったが、紆余曲折あり、今ではその限りではなく、許可さえ得ればどの生徒でも利用する事が出来る。
「おい見てみろよ、これ」
大和はトライデルタのプレイヤーがそうする様にコンソールパネルを開き、京輔に見せた。その画面には『利用者数』の文字。
「6人か。……もう俺達とあいつらしかいないみたいだな」
二人が何故この空間にいるかと問えば、それは昨日の内にクラスで決めたちょっとしたレクリエーションが原因である。
「そう言うこった。あー、怖い怖い」
担任教師・岸原将子の計らいにより、本来は授業を行っている時間帯を使ってのクラス内トライデルタプレイヤーチーム戦バトル。当初はトライデルタで催す予定だったが、学校側からの許可が下りず、この空間を利用する運びとなった。そして今はその真っ最中である。
「おっ、メッセージ。……はぁ、呑気なもんだな」
バトルはすでに佳境。クラス人数40人中参加人数36人のチーム戦は残り2チームとなっており、敗退したプレイヤーもといクラスメート達は観戦室と呼ばれている別の空間で寛いでいる。
「『男の意地を見せてやれ!』ってほぼ無理ゲーなんだが……」
大和のメッセージウィンドウには観戦室にいるクラスメートからの応援やら冷やかしやらが送られてきていた。
「だが、勝たないと……」
「そうだな。面倒なことになる」
少々暗い雰囲気で溜め息をつく大和。すると突然、屋上出入り口となる自動ドアが開け放たれる。
「あっ!? やっと見つけた!」
そこには二人と同じく、ブレザーを着用したショートヘアーの女子生徒が立っていた。
「うおっ、やべっ!?」
「“フレイム・ランナー”!」
女子生徒の身体が炎に包まれる。かと思えば、次の瞬間には京輔達に向かって疾走、急接近し始めた。
「来たか。……レアメタリカル・ウェポン・ザ───」
「おっそい!」
魔法の詠唱に被さる一喝。30m程あった距離はすぐさま詰められ、京輔の脇腹辺りにその女子生徒・白部祭里の足刀が迫る。
「ぐっ……!?」
「あんたは後!」
京輔は咄嗟に腕でガードしたものの、祭里が放った蹴りは見事に直撃し、勢い良く弾き飛ばされた。
「観念しなさい! 釘島!!」
火属性技法“フレイム・ランナー”。プレイヤーに青白い炎を纏わせ、身体能力、特に脚力を強化させる。祭里は履いているランニングシューズを媒介にこれを発動していた。
「するわけねぇだろ!」
京輔の隣に立っていた大和にも続けて蹴りを浴びせる祭里。
「……っ!? いつの間に!?」
鈍い金属音が木霊する。それは大和が手に握りしめたある物による抵抗の音。
「はっ! 俺の種族を忘れんじゃねぇ!」
大和の手中には一本の金属バットが握られている。それを祭里の動きに合わせ、カウンターの要領で振り切ったのだ。
「……野蛮ね」
「おっと、それは否定できない」
軽口を交えながらも、牽制する様に両手でバットを構える大和。一方、祭里は素早く五歩分ほど後退する。
「“キャノン”!」
しかし、祭里の判断はあまりよろしくなかった。
「えっ? あ───」
声のした方向に顔を向け、祭里はすぐに理解する。
「───うっ……!?」
理解はしたが、身体はついていかない。
「痛ぅ……、油断したっ!」
よろめき、その場で座り込む。
「あ、傷。……ノーダメージだったのにっ!」
仮想空間内では外傷を負っても血が出る事は無く、その代わり、身体にひび割れの様なエフェクトが表れる。祭里も例外ではない。
「やってくれるわね。八衛っ!」
少し前に蹴り飛ばした人物のいる方向を睨む。その視線の先では京輔が片膝立ちの姿勢で掌を祭里に向けて突き出していた。
「さっきのお返しだ」
“レアメタリカル・ウェポン・ザ・キャノン”。直径20〜30cm大までの鉄球を形成し、射出する鋼属性魔法。京輔はそれを発動し、祭里の肩にぶつけたのである。
「つーか、いいのかぁ? 二対一だぜぇ?」
京輔の無事を確認し、大和は悪ぶった口調で跪く祭里を煽った。
「……そうね。悔しいけどキツイのは確か」
苦い表情で祭里はうつむく。不意打ちを仕掛け、有利な状況を作り出そうとしたのだが、それは失敗に終わった。
「あんただけならともかく、八衛もいたんじゃ仕方ないか……」
祭里は足場であるコンクリートに触れ、溜め息をつく。
「おっ、降さ───」
「“フレイミカル・カラード”」
祭里の周囲から鮮やかな色彩を放つ火の玉が打ち上げられる。計四つのそれらは青空に向かい、頭上約10m程の位置で弾けた。
「あん?」
なんだ? と大和は不思議に思い、京輔の方を見て首を傾げる。
「……まさか」
“フレイミカル・カラード”。火の玉を上に向けて放つ火属性魔法。その個数は発動したプレイヤーが調整でき、一つ一つの色合いは異なる。
「あら、八衛は察したみたいね」
言い方を変えれば、ただ単に花火を形成する魔法なのだが、京輔はある事に気づき、すかさずスキルを発動させた。
「……やはりな」
「えっ、何? なんかマズイの?」
大和はいまいちピンと来ていない。しかし、発動したスキル・“予感”の効力により、何者かがこちらに迫って来ている事を京輔の方は認識していた。
「誰か来るぞ。大和も警戒してくれ」
「……あー、そういうことか」
大和のいる位置は屋上の中心寄り、そして京輔は飛び降り防止用の柵が設置されている端側にいる。二人共が出入り口からそこそこ離れており、仮に誰かが現れたとしても特に問題は無い。
「『誰か』つっても、あいつらの内どっちかだろ?」
さーて、どっちかねー、と大和は祭里を警戒しつつ、出入り口を見張る。
「ふふふっ」
すると、京輔達の様子を見て、祭里はしたり顔で密かに笑った。
「ちょ、何笑ってんだお前、クルった?」
「そんなわけないでしょ馬鹿。単純に面白かっただけよ」
祭里と大和のやりとりを傍観しつつ、京輔は違和感を覚える。
「妙だな……」
京輔は全く想定していなかった。
「どうした、京輔?」
「いや、何度かスキルを発動したんだが、相手の気配が、───ん?」
ここでようやく、状況を把握し始める。
「……しまった! 後ろか!?」
峯横高等学校は四階建てであり、それをトレースした三人がいる建造物も同じく四階建て。
「ブロンズ・カッター!」
京輔は立ち上がり、後方に振り向きながら魔法を発動させた。
「“破魔断斬”」
先ほどとは比べものにならない豪快な金属音が響き渡る。それを奏でた両者はお互いに相手を認識し、視線を合わせた。
「……人数的にこれでフェアだよ。京輔君」
「なんと言うべきか。よく登ってこれたな、乙葉」
京輔は素手を硬化させる魔法を使い、乙葉は所持している木刀を媒介に発動した技法を用いている。それゆえ二人の間隔は狭く、鍔迫り合いの様な状態になっていた。
「奇襲はちょっと気が引けたけどね」
乙葉は可愛らしく、照れ臭そうに微笑む。しかし、木刀を握る力が緩む事はなかった。




