第21話 ポリス ③
トライデルタ・オンラインにも空腹という概念はある。現実ほどのリアリティは無いものの、時間経過に伴い生じてしまう一種のステータス変化。
「あっ! あの『カルーポス』ってお店がそうです」
ポリスの21階はその空腹を満たす事に適している。
「随分と可愛らしい店だな」
21階・フードコート。フロア全体が軽食を楽しむために特化されたファーストフード店街。テナント数は60店舗近くにまで上り、ついつい本来の目的を忘れて見て回るだけでも飽きさせない。
「そういう所も気に入ってます。さ、入りましょう!」
そんな各店舗しのぎを削る激戦区の中でもスイーツ店が立ち並ぶエリア。
「お兄さんは何にしますか? ちなみに私はこのメロンです!」
「俺は……、そうだな、ここはチョコバナナにするか」
10代〜20代の女性を主なターゲットにしているためか、内装やポップに至るまで非常にメルヘンチックな趣きを魅せるクレープ専門店『Karupos』。そこに二人は訪れていた。
「手堅いですね〜。じゃあ、店員さん。こ───」
「うわっ……。あんた一昨日もこなかった?」
現実のファーストフード店同様、会計場所の付近にメニュー表があり、それを見てカタミが注文をしようとした時のこと。急に目の前にいる店員から声を掛けられた。
「はい? ……ゲッ、萌心じゃん」
「ちょ、本名やめろ」
店から支給されたであろう制服とキャップ。それらを着用している少女は顔をしかめた。
「あー、しまった。この時間帯だったっけ」
「文句あんの? つーかとっとと選べよゲス兎」
「何その態度ウザァ〜。名指しでクレーム入れちゃうよ〜?」
「やってみろってーの。出禁にするぞコラ」
「コワ〜イ、接客もロクに出来ない人がいる〜」
「あ?」
「『あ?』じゃねーし」
突然交わされた売り言葉に買い言葉。二人の少女は薄ら笑いを浮かべながら罵り合う。ケイはその様子を興味深く窺い、大体の事情を把握した。
「……って、そこにいるあんたのツレの人、引いてない?」
「あっ!? ……ええっと、ち、違いますよ! 今のは流れでそうなっちゃっただけで……っ」
隣りに並ぶケイの存在を思い出し、カタミはあたふたと弁明する。その身振りや手振り、ぎこちない表情はとても演技には見えない。
「そうか。素の君はそういう感じなんだな」
「だから誤解ですって! この店員の口調が移ったんです!」
萌心と呼んだ少女にビシッと指をさすカタミ。それはケイに対しての接し方以上に遠慮の無い動きだった。
「ちょっとお兄さん!? 何笑ってるんですかっ!?」
「いや、別に」
心の中でケイは安堵する。カタミの言動は所々どこかワザとらしく、妙な引っかかりを覚えていたのだが、自然体で振舞う姿を見て、杞憂だったか、と考え直す事にした。
「もう諦めろよ。あと、そっちの、えっと、ネームは?」
「ケイだ。よろしくな、萌心ちゃん」
「うっ、それ本名だし。あんま好きじゃないんでモトコって呼んで下さい」
先ほどからカタミと口論している少女・モトコは気恥ずかしげに頬を掻く。
「年上っぽいから私はケー先輩って呼びますね」
「分かった」
喧嘩腰から一転して物言いを改めるモトコ。誰彼構わずというわけではないみたいだな、とケイは感心した。
「えぇ〜、話し進めないで下さいよっ!」
二人の会話に割って入ろうとする。
「こいつ基本的に腹黒いんで気をつけて下さいよ。あと鬱陶しい」
「そうなのか? いや、確かに……」
しかし、二人はお構いなしに一瞥することもなく話を続けた。
「やー! お兄さんにも無視されてるーっ!」
心の底から悔しそうにカタミは喚く。
「泣いてやるぅ〜。今度容赦なくPKしてやるぅ〜」
両手の人さし指を目元に持っていき、まるで本当に泣いているかのように見せかける。開き直ったのかリアクションはさらに大げさなものになっていた。
「はいウザいウザい。で、ケー先輩は何にします?」
「俺はこれで。……カタミちゃんはこっちだろ?」
「ん〜、それと生クリームを増量してアイスもサイズアップにします」
何事もなかったように平然とカタミは受け答える。なんとなくケイは扱い方が分かってきたような気がした。
「注文承りましたーっと」
そう言うとモトコは店の奥にあるキッチンスペースまで下がっていった。
「楽しみですね。あっ、お兄さんが選んだのは食べたことがあるのでお味は保証しますよ!」
「そうか。じゃあ期待しておくよ」
はい! と気取らない笑みでカタミは返事をする。その時、ケイの脳裏に零音の姿が過った。
「あいつも……」
ケイは静かに呟き、ある決意を再確認する。
「え? 何か言いました?」
「気にしなくていい。ただの独り言だ」
顔の強張りを自覚したため、小さく息を吐き、一旦気持ちを落ち着かせる事にした。
「出来たよ。はいどーぞ」
戻ってきたモトコの手にはクレープが二つ。
「わーい、美味しそ〜」
「ありがとう」
あいつに報告した後は……。クレープを受け取りながらケイはそんな事を考える。
「合計で890Dpになりまーす。……早く払えよ畜生アイドル」
「うっさいなーもう! 今出すからちょっと待って!」
スカートのポケットからカタミは何かを取り出す。
「いや、ここは俺が払うから二人共そうつっかかり合うな」
流石に年下であろう女子から奢られる訳にはいかない、とケイは判断し、財布の役割りも果たす自身のステータスカードをモトコに手渡そうとする。
「あー、奢るだけ損ですよ。だってこいつ……」
「アハハ、お心遣い感謝します。ですが、この場は私に任せて下さい」
「えっ、ん? そのカードどこかで……」
「実は───」
理由を尋ねる前にカタミの手元に目がいった。そこにはステータスカードと似て非なる物が握られている。
「───私、代行者なんです」
幸い、ケイが言葉の意味を理解するための時間はあまり掛からなかった。




