第17話 開演 ②
「懐かしいだろ。気分はどうだ?」
シックな藍色のケープに迷彩柄のカーゴパンツ。髪も多少伸び、背中からでも伝わる大人びた風貌に変化していた。
「……フッ」
ケイが肩を震わせる。
「ん? あっ……」
マズいかもな。サトミは言い忘れていたある事を思い出した。
「フハハハハハハハッ! なっんだっ、この高揚はッ……!!」
時すでに遅し。
「……お前もか」
「おや、サトミさん? どうかしましたかぁ? そんなゲンナリとした顔をして」
サトミに向かって振り向いたケイの顔には口元や目元以外を覆い隠す紺碧色の仮面が貼りついていた。その仮面によりケイが京輔である事は非常に分かり辛い。
「ハハハッ、俺は気分が良い! これがエクレスターか! 実に素晴らしいな!!」
今分かるのは喜々として笑みを浮かべているという事くらいである。
「おい、落ち着け。傷が増えるぞ」
「フハッ! おかしなことを言いますねぇ、サトミさん!」
「それはお前だ」
頭痛のようなものを覚えたが、サトミはそれをなんとか抑え、トライデルタの装備に戻る方法を伝えた。
「ほう、意識をすれば元に……」
「簡単だろ。ウゼェからとっとと戻れ」
「……フッ、まあ良いでしょう。無下にはできません」
教わった手前ここは従っておくべきだろう、と判断し、ケイはトライデルタの姿を思い浮かべる。すると、またもキュネールの装備を着用した時のような光のエフェクトが発動した。
「…………えっ」
「落ち着いたか」
「あっ、あ……っ、ば、馬鹿な……っ」
「悪いな。最初は何故かテンションが高くなることを言ってなかった」
絶句。装備と正気を取り戻した事により、己が晒した醜態に悶え掛ける。
「安心しろ。リンと大差ねぇ」
フォローになってないだろ! ケイは本気でこの場から逃げ出したくなった。
「───だいたいそんな感じだ」
「なるほど、つまりなんらかの方法で接触してくると……」
ケイが神妙な顔つきで相槌を打つ。エクレスターに無事変身できる事が分かり、その後はお互いに今までの動向や、これから起こりうる事の可能性等、質問を交えて話し合う流れとなった。
「あの時の奴らが全員集まってからか、その途中からかは分からねえが、俺達はそう思ってる」
「確かに。……そういえば、リンさんは今どこにいるんですか?」
「あいつなら砂浜フィールドにいるはずだ」
サトミの答えに、やはりあれは……、とケイは納得する。
「呼ぶか?」
「いえ、いずれ機会があると思うので、その時に」
「分かった。……じゃあ、もういいだろ」
「はい。ありがとうございました。では、また」
フィールド内は相変わらず昼時のように太陽が昇っている。しかし現実の時刻は20時半と少し。フレンド登録は済んでいるため、二人共今日のところはここで別れる事にした。
「くどいようだが、さっき話したエクレスターのデメリットは忘れんじゃねえぞ」
「HPに関する事ですよね。気をつけておきます」
念を押され、自然と気を引きしめるケイ。
「……ふん、あばよ」
そう言うとサトミは背を向けて、とてつもない速さで走り去っていった。
「……まさか、ここから飛び降りるのか?」
古塔フィールドの天辺である以上、あり得なくもないが無茶苦茶だな、とケイは苦笑する。そして自らもフィールドから脱出しようと歩きだした。
「俺は普通に、……あっ」
重要な事に気づき、焦りの色を顔に浮かべる。
「どこから古塔の内部に戻れるんだ……?」
数分歩いてみたものの、結局分からず。仕方ないか、と手首にはめているミッションリングに触れる。するとコンソールパネルに似た画面が映し出された。
「よし、大丈夫そうだな」
フィールドから脱出する方法の一つに『退出』というものがあり、基本的にスタート地点や、モンスターを討伐した地点で実行できるが、ミッションをクリアしている場合は場所を選ぶ必要はない。
「勿体ないが、仕方ない」
画面に表示された『退出』の二文字を少し躊躇いがちにクリックした。この方法は手軽である分、クリア確定報酬を受け取る事ができないため、プレイヤーにとってできれば行使したくない手段と言われている。
「んっ? 何か忘れている気が……」
そうこうしている内に身体が半透明になっていき、そして、とうとうケイの姿が古塔から消失する。違和感の正体にはついぞ気づく事はなかった。




