第15話 古塔フィールド ③
遠くを眺め、柵のようなものを発見する。驚きこそすれ、慌てはしない。予想の範囲内であった事にまず安堵し、置かれている状況に見当をつけた。
「……っ! ……イ……!! ……ぁ!?」
意思を固めたのも束の間。後方から聞こえる途切れ途切れの叫声。ケイは始め空耳かと疑ったが、それは吹き通る単調な風の音では決してなく、確かに人の声だった。
(いるってことだな)
後ろに振り向き、ケイは走り出す。誰かがいる、それだけで動く理由足り得た。
「“ブレイジング・ナイフ”! ……くっ、どうしてっ!?」
思わず息を呑む。今まさにプレイヤー同士の戦闘が繰り広げられていた。近くにいる一方のプレイヤーは法術を発動し、それが防がれた事を憤慨している。ケイは邪魔にならないよう、その一方に恐る恐る近づいていく。
「……えっ、 誰、君っ!?」
ケイの気配を感じ取り、プレイヤーは振り向いた。
「こ、こんな非常事態に……っ!」
サイドテールにハンチング帽。改造が施された若葉色のコックシャツ。腰には二本の刀を携えている。一見、料理人のような装備に身を包む女性プレイヤーはかなりテンパっていた。
「すみません。俺は……」
「どこから入って……、あっ! 君さっき索敵した人!?」
「は、はい。そうです」
「そっかー、やっぱり気になっちゃったか。あーあ、私の落ち度だ……」
女性プレイヤーは苦々しく呟き、そしてハッとする。
「今からでも遅くない! 君は塔の内部に帰って!」
塔の内部。ケイの予想通り、ここは古塔の天辺に位置する場所だった。一般のプレイヤーは知らない、運営から提供されている情報外の空間。
「私の権限だとあれしか、でも、ないよりはっ」
女性プレイヤーはすぐ様コンソールパネルを表示し、パネル内にあるアイテムボックスを開いた
「これは一体どういう……」
「悪いけど説明している余裕は───きゃああああっ!?」
女性プレイヤーが気を緩めた、ほんの僅かな瞬間。空気を切り裂くような鋭い轟音が鳴り響き、ほぼ同時にコンソールパネルが爆散した。
「な、何っ!? えっ……」
女性プレイヤーから約3m先。気づくと、そこには件の相手プレイヤーが立っていた。
「あっ……」
ケイも言葉を失う。しかし、それは突然、目の前にプレイヤーが現れたからではない。
「嘘っ、気配もなしに……っ」
女性プレイヤーは心底驚いた。いつの間にか距離を詰められていた事に。
「なんか増えてやがるな」
低く冷めた声音。その人物はゆっくりと片腕を掲げた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「あれはっ……!」
掲げられた手元には棒状の武器が握られている。それを見て女性プレイヤーは青ざめ、ケイは狼狽えた。
「まあ、いいか」
棒状の武器が赤みを帯びた怪しげな光をまとい始める。
「わ、私の話しを……っ!」
「戒杖───」
「黙れ。まとめて消えろ」
掲げた時とは打って変わり、薙ぎ払うかの如く無慈悲に振り下ろされる片腕。
「───不環っ!」
「……ん?」
ケイの独白に腕の動きが止まる。
「……お前、誰だ?」
高圧的ではあるが、至極当然な問い掛け。ケイはそれにどう返答しようか逡巡した。
「えっ、知り合い!?」
雰囲気を察し、会話に割って入る二つ目の問い。女性プレイヤーもケイに話し掛けた。
「それはまだ分からねえが……」
「あっ、まず───」
「お前に用はない」
今度こそ腕は振り下ろされ、それと同時に女性プレイヤーの身体が斜めに引き裂かれる。
「いっ……!?」
棒状の武器自体は接触していない。にも関わらず、まるで切れ味が極端に鋭い刃物で切断されたかのような痕跡。その結果に女性プレイヤーは唖然とした。
「や、やられちゃっ……た?」
トライデルタのプレイヤーはHPが0になると身体から光る泡が溢れ出し、その姿を数秒後に消滅させる。
「そういうことだ。あばよ」
システムの例に漏れず、女性プレイヤーは泡と共に消え去った。
「これでいいだろ」
「……っ」
「もう一度聞く。お前は誰だ?」
もはや命令に近い貫くような口調。しかし、それが逆に後押しとなり、ケイは決断する事ができた。
「……お久し振りです。俺はケイですよ、サトミさん」
ケイの言葉にサトミと呼ばれた相手プレイヤーは表情を変化させる。
「おいマジか。そのプレイヤーネーム」
たくましいという印象を受ける反面、決してごつごつしているようには見えない長身で均整のとれた身体つき。身にまとうのは暗緑色の作務衣と下駄。そんな出で立ちの男性プレイヤー・サトミはまじまじとケイを凝視した。
「その錫杖は“不環”ですか?」
「ハッ、聞き間違いじゃなかったのか……」
“戒杖・不環”。それがサトミの所持している錫杖の名称。ケイはその名称を言い当てる事が自身の証明に繋がると思い、尋ねた。
「どうやらリンが言ってた通りの展開になりそうだな」
「やはり、リンさんもトライデルタに……」
「そうだ。目立つからあまり動くなって言ったんだが、しょっちゅう飛び回ってやがる」
「なんというか、リンさんらしいですね」
「『あの時のメンバーがきっと集まる』だとよ」
集まる。ケイはその言葉を聞いて直感した。この人達にも明確な目的があると。
「……教えて下さい。何故、その姿でここに存在できるのかを」
こことはトライデルタのこと。何故、と問う理由はあり得ない事実であるため。
「エクレスターって知ってるよな?」
正体不明の強プレイヤー・エクレスター。ケイは自身の内側から何か湧き上がるものを感じた。
「お前が聞きたいのは、つまり───」
サトミは一拍置き、これ以上は後戻りできない、と視線で語る。
「───エクレスターになる方法だろ?」
この出会いは必然。歪められた日常を正すため、ケイは再び過去を見つめ直す。




