第9話 反省と起点 ①
「次回からはお気をつけ下さい」
「待て。そうは言ってもミッションは……」
「『言わなかったか?』いえ、仰っておりません」
「うっ……」
学園から零音が帰宅し、京輔と二人で夕食を終えた頃。一息ついた時にそれは始まった。
「ぺらぺらと手の内を語るのは如何なものかと」
「それについては俺にも言い分がある」
「……何ですか?」
時刻は21時を少し過ぎ、日が沈みきった夜分。テーブルを介して向かい合うよう椅子に座る二人。零音は目を合わさず、京輔に糾弾紛いな事をしていた。
「自分の身に何が起こったのかも分からずにやられるというのはあまりに不憫だと思ったんだ」
「……はぁー」
「ため息っ!?」
京輔がしでかした事を零音が指摘する会。不定期で開催される八衛家反省会が今日も催されていた。
「甘いですね。あれほど狡猾に仕掛けてくる相手を前にそのようなお考えを持つのは」
「か、会話をしていると、こう……」
「彼らはただのNPCです」
プログラムされた言動をしているに過ぎません。零音はきっぱりと言い切る。
「だが、お前がいるだろ。キリカ」
「いっ……! と、突然、名前を呼ばないで下さい。それにワタシは例外です」
思わず逸らしていた顔をバッ、と京輔に向け、その後また逸らした。
「ご存知の通り、僭越ながらワタシは“キュネール・オンライン”内でトップクラスのステータスを保有していました。そのため、このような芸当が可能なのだと思います」
稼働して間もないトライデルタ・オンラインには前作が存在する。20年以上も多くのユーザーに支えられ、小さな事故を切っ掛けに終幕を迎える事となったVRMMORPGの名作。それが“キュネール・オンライン”である。
「それでもワタシの所作など、あの方の猿真似に過ぎませんが……」
肩を落とし自嘲気味に呟く。本物の八衛零音を知る京輔は痛いほどその気持ちを理解できるため、どう声を掛けるべきか少し戸惑った。
「……お前は十分やれているさ。見破られることはそうないだろう」
結果的に取り繕う事なく、ありのままを評価する京輔。
「悪い癖だぞ。自信を持て、キリカ」
「うっ、ですからその名は……、いえ、もう、いいです」
チラッと盗み見ると京輔が真っ直ぐな目で自身を見ている事が分かり、これ以上は不毛ですね、と零音は暗い考えを打ち切る事にした。
「では、話を戻しましょう」
「ああ、そうしよう。……ん?」
「いくらLv.差があろうと迂闊な行動は控えるべきです」
「えっ、ちょっと待っ……」
「効力を試すといってもですね、あれは───」
調子を取り戻し、つけ入る隙を与えないかの如く捲し立てる。基本的に零音は無表情でクールな印象を他人に与えるが、口数自体は少ないという訳ではない。むしろ良く話す方である。
「希少金属兵器は確かに強力ですが、過信は禁物です。現に今回、京輔さんは足元をすくわれかけました」
「すまない。以後、気をつける……」
数分経つと最早一方的な説教になっていた。妹に説き伏せられる兄という図は中々情けないものだな、と京輔は感慨に耽る。同時に打開する術は無いものかと考えはするものの、いかんせんそれが通じるとは思わせないほどの勢いを零音から感じていた。
「んっ? そういえば何故他に……」
「どうした?」
「いえ、他のプレイヤーの方々が乱入はおろか、現れることもなかった、と思いまして」
トライデルタのフィールドとミッションにはそれぞれ人数制限がある。そしてプレイヤー同士で受注したミッションが被った場合、共闘もしくは奪取することがセオリー。しかし、今日挑戦したグラベルイーター戦でそれが起こらなかったため零音は奇妙に思った。
「そうだな。結局いたのはあの人くらいか」
砂浜の道中で出会った正体不明なプレイヤーの事を考える。只者ではない強かな雰囲気を持つ男性プレイヤー。
「『いた』と言うのならば、もう一人」
「ああ。重要なのはそっちだ」
翼を持つ少女。追い求めていた手掛かりの一つ。
「虚ろな瞳と黒いドレスにくせっ毛、という特徴を考えるに、あの方でしょうね」
「想像通りならな。それにエクレスターがあの人なら話は早い」
「ご友人同士ですよね。確か」
「そうだ。あの二人ならどちらでも構わない。取りあえず会って話す必要がある、と俺は思う」
当時、ある目的のために関わった人々を京輔は想起する。何故また現れたのか、何故あの装備なのか、細かな疑問はあった。しかし、手をこまねいて悠長に構えているつもりは京輔には無い。
『お前ら兄妹か。……似てねぇな』
『うん! お互いに協力し合おうよ。ねっ!』
二人のプレイヤーと交わした会話が京輔の頭に過ぎる。
「随分と懐かしいな」
日数を鑑みるに、そこまで懐かしいと言えるほどの時間は経過していない。しかし、京輔にとっては遠い昔のように感じられた。
「あっ、すみません。ワタシはこの辺で失礼させて頂きます」
一応の目処がついた頃。零音は退室するべく椅子から立ち上がった。
「分かった。もう寝るのか?」
「いえ。まだ手をつけていない生徒会の業務に取り掛かります」
「生徒会か……。この時期は忙しいのか?」
「多忙というほどではありませんよ。役員の皆さんも優秀で良く動いて下さいます」
零音は学園の生徒会に所属している。そこの役員は成績が上位であることは最低条件として、より一層の研鑽と生徒達の模範となるような立ち振る舞いを要求されているため、自然と有能な人材が集まっていた。
「生徒会には、歩吹もいたよな」
「はい。零音様の古くからのご友人だけあって、特に友好的な関係を結んでおります」
「そうか。上手くやれているならいいんだ。悪いな、引き止めて」
「いえ。……それでは失礼します」
零音は会釈をして今度こそ退室する。一方、残された京輔はゆっくりと食後に出されたお茶を啜り、その後、自室に戻った。




