第99話 会議 ①
「あれれー? マキさんですよね? ちわ〜っす」
「……げっ」
リンとアマネがPolisにて買い物をする少々前の時間帯。
「え〜、そんなあからさまに嫌な顔しないで下さいよー、仲間じゃないですかぁ」
「……『仲間』って、絶対そんなこと思ってないでしょ、君は」
「アハッ、まっさか〜」
「はぁ……、どうだか」
トライデルタ内、某場所、某通路上にて二人のプレイヤーが目的地を同じくし、淡々と歩いている。
「ねぇ、どうだったの?」
「はい?」
「エクレスターよ。やっぱり強かった?」
「あらま、気になっちゃいます? そりゃあもう〜」
軽口を叩く様に言葉を滑らす制服姿の少女・カタミは先日戦う事となった漆黒の翼を持つエクレスターを思い起こす。
「危うく殺される所でしたよ〜」
「えっ……」
それは無意識に。微かにカタミは肩を震わせ、ニヤリと口角を上げた。
「ま、待って、いつもの冗談だよね?」
「んっふふー」
「ちょ、ちょっとっ!」
浮き足立つ様に歩を早め、カタミは前に出る。マキと呼ばれたプレイヤーは予想以上の返答に動揺を隠せなかった。
「あっ! 着きましたね!」
「いや、まぁ、そうだけど……」
「アハッ、大丈夫ですって、その件もちゃんと皆さんの前で報告しますので!」
「……っ」
まるで緊張の糸をちぎり取るかの様な満面の笑み。それを張り付かせるカタミを前に、マキは渋々根負けした。
「んー、何人いると思います?」
「君はまた難しい質問をするね……」
二人の目の前にはいかにもな、はたまた荘厳な装飾が施された扉がある。それはこの通路上の終着点であることも示していた。
「私達を含めて半分もいればマシだと思うよ」
マキはシニカルと気疲れが混ざった様な表情を浮かべる。
「アハアハッ、ホントそれー」
バンッ! 言うや否や、カタミは扉を開け放った。
「こんにちはー! 美少女剣士カタミちゃんただいま参上でーす!!」
「同じくマキです。皆さんお疲れ様です」
「おう、来たか。それじゃあ、いつもの通りに座ってくれ」
まず扉の先では広く奥行きのある空間と巨大な楕円状のテーブル、そして等間隔に配置された椅子が目に入る。
「はーい」
「分かりました」
空間内はほぼ白一色であり、椅子には各々トライデルタのプレイヤーが座っていた。
(えーと、四位にぃ……)
カタミも例に倣い、先ほどの扉から尤も近い位置にある席に座り、マキはそれよりも若干奥にある席に腰掛ける。
「今日ここに来れるのは君達で最後みたいだよ」
「へぇー、そうなんですねー」
丁度マキとほぼ向かい合う様に座る白いワイシャツに紺色のベストを着た男性プレイヤーが爽やかにカタミとマキに向けて話し掛けた。
(七位───ん? あれ?)
ふと、自身の前にあり対ともなる席を凝視。そこには誰もおらず空席となっていた。
「あ、あのー、まさかイツキさん、来てないんですか?」
空席を指差しながら、恐る恐るといった具合に全体に向けて問い掛けるカタミ。
「うん、そのまさかだよ」
さきほどの男性プレイヤーがすぐに答える。
「あっ、そうですか、了解でーす!」
カタミは一見なんともない様に、パッと笑みを作り了承した。
(はあぁああっ!? なにしてくれちゃってんですか!?)
表向きには。
(今日の緊急発表の進行は二人でやるって言われてたじゃん! どうせまたアレでしょ? マジざっけッ!)
無論、表情には一切出さない。しかし、内心穏やかではいられない、それだけの所業をカタミにとってはされたも同然だった。
「つーことで悪いが、発表を回すのはお前だけでやってくれ」
今度は席に座る様促したプレイヤーがそう告げる。
(はいー、やっぱそうなりますよねー)
「じゃあ(面倒くさ過ぎるから)誰か一緒にやりませんか〜?」
本心とは真逆に『せっかくだから』というニュアンスを醸し出してカタミは抵抗を図った。
「いや、知名度的にお前とあいつ以外はちょっとな……。まぁ、上手いことやってくれや」
「え〜、クラミッさんは〜?」
「おい振るな馬鹿、俺の出る幕じゃねぇって」
(ですよねー、あとは───)
なんとかして誰かを巻き添えにしたい、そんなやや邪な思いを胸にカタミが新たなターゲットを探していた時だった。
「入って来て早々なんですの? 相も変わらずやかましい方ですわね」
「……あ? (はい?)」
ピシッ、と瞬間的にその場で緊張が走る。
「(やばっ……)んっんー? 何か言いました?」
カタミは思わず素が出てしまった事を反省しつつ、声がした方に顔を向けた。
「いえ、大したことではありませんの。ただ貴方の品性を少々疑っただけですわ」
「……アハアハ、お互い様ですよー」
丁寧な言葉遣いから繰り出される嘲笑。カタミはすぐさま営業スマイルでそのケンカを買った。
「あらあら何をのたまっているのやら、これだから新参はマナーがてんでなっていないのですわ」
「あれー? そんなにテルさんとは入った時期が変わらないのにやたら先輩づらしてくるぞー?」
カタミやマキよりも奥、テーブルの中間の位置にある席、深紫色の巫女装束を纏う女性プレイヤー・テル。そんな彼女を前にカタミは一切退こうとはしない。
「……最下位風情が」
「そういうのは本体が言って下さーい」
ガンッ、とテーブルを叩く音が響く。
「呆れるほどの減らず口ですこと……っ」
「絡んで来といてそれはないでしょ」
「このッ……!」
(あっ、マズ───)
テルの背後で何かが蠢き、それをカタミは視認した。状況を鑑みて反射的に席から立ち上がる。
「待て、テル君」
「……っ!?」
「おっ」
否、結果的には『立ち上がりかけた』にとどまった。
「この空間では自由に法術やスキルが使えるとはいえ、それはあくまで自衛のため」
(うわー、いたんですか、全然気配無かったわー)
直前までカタミはおろかテルですら気づけなかった接近。
「自身がより上位だと吹聴するならば、それに伴った態度を示す様に改めてくれ。ましてや概念系など以ての外だ」
「くっ、そこまで分かるのですね、アオトさん……っ」
アオトと呼ばれた青年はいつの間にかテルが座る席のすぐそばで立っていたのだ。
「君のは一度見たことがあるからな、当然だ」
「……っ」
何食わぬ顔でそう告げられ、テルは言葉を失う。そして毒気が抜かれた様に居住まいを正した。
「いや〜、助かったぜ、アオト。小娘どもが暴れ出したらどうしようかと思ってたとこだ」
「……クラミツ氏」
「よし、じゃあさっさと会議を始めっかな」
クラミツと呼ばれたスーツ姿の男性はアオトを労い、軽い調子で進行を促そうとする。
「今のは仕方なく自分が止めたが、本来は年長者である貴方方が役を担うべきだったのでは? クラミツ氏、それにハヤテ氏」
しかし、アオトは思う所がある様子で小言染みた指摘を二人のプレイヤーにぶつけた。
「この中じゃお前の方が位が上だろ? つーか単純にめんどくせー」
「うーん、俺はとことんやらせた方がいいのかなって思ったんだけど、アオト君の意見は尤もだね、以後気をつけるよ」
「……まぁ、いいでしょう」
二人ともが方向性の異なる釈明を語り、一方には冷めた視線を向けつつも、捨て置く様にアオトは自身の席に戻っていく。
「では、ただいまから代行者会議を始める。進行は自分、アオトが務めさせて頂こう」
これから始まるのはトライデルタの実力によって選ばれたプレイヤー・代行者達による運営に直結する会議である。
(……六人か、急だったのにそこそこいますね)
主な議題は二つ。今夜催される緊急発表の段取りと───。
(さーてと、私はどっちで動こうかな〜)
───反逆のプレイヤー集団・エクレスターの処遇について。




