第8話 グラベルイーター ②
「ははっ、言うじゃないか。少年!」
心底愉快そうに声を弾ませる二体のグラベルイーター。その内一体がケイに向かって疾走した。
「“鉄血召煙”!!」
ケイを中心に黒煙が立ち込める。その黒煙は意志を持つかのように広がり、接近している一体は勿論のこと離れた位置にいるもう一体のグラベルイーターまで包み込む勢いだった。
「なっ、なんだこれはっ!?」
狼狽した声が響く。二体のグラベルイーターを黒煙が覆いきるといいしれぬ危機を感じ、接近していた一体は動きを止めて辺りを警戒し始めた。
「次から次に驚かせてもらった礼だ」
「少年っ、 何を仕掛けたっ!?」
「ただの補助魔法だ。これ自体に害はない」
「……っ、確かに───」
害は無い。グラベルイーターもそれは実感していた。黒煙に閉じ込められたといっても視界が悪くなる程度でステータスに異常は無い。だからこそ妙だった。
「……むっ、まだ覆うつもりかっ!?」
「少し気になってな」
ケイの周りを黒煙がさらに包み込む。その光景はさながら大きな黒い繭が形成されていくようだった。グラベルイーター同士の距離は大分離れている。そこで手前にいる一体を、もう一体にこれ以上視認させないためケイは自身事黒煙で隠した。
「さて、準備は整った」
「うっ、うぉおおおおお!!」
異様な空間から逃げ出したいがためか、手前にいるグラベルイーターは咆哮を上げながらケイに襲い掛かる。
「お前は分身の方だろ───“レアメタリカル・ウェポン・ザ・チェーン”!」
「……っ!?」
勝負は一瞬。黒煙で作られた繭がその形を崩す。結果、果敢に挑んだグラベルイーターの姿は跡形もなく消えていた。
「馬鹿なっ……!」
残された一体、つまり本体は何が起きたのか理解できずにいる。
「随分と余裕がないじゃないか。グラベルイーター」
「くっ、舐めるなっ!」
分身を破壊された事による動揺を指摘され、激昂したグラベルイーターは素早い動きで身体を捻り、地中にダイブした。
「君は地中にいる私をどうすることもできないっ!」
「ああ、その通りだ」
地中からの地鳴りと怒声を聞き、ケイは肯定する。そして何か考えがあるのだろう、その場にしゃがみ込み、タイミングを計るかのように真剣な顔つきで前方を見張り始めた。
「だが、懸念材料はもう消えた」
ケイの呟き後、分かりやすく地表の振動が大きくなる。グラベルイーターは既にケイの足元付近にまで迫っていた。
「驕るなよ魔導少年っ!」
ケイの両サイドからけたたましい声が唸る。次の瞬間、グラベルイーターがケイに向かって二体も飛び出してきた。
「なんだ、割と簡単に分身は作れたんだな」
「……がっ!?」
「まあ、問題ないが」
高速で射出され、ケイの左右、二体のグラベルイーターに突き刺さる鋭利な金属。例えるならば鎖。しかし、それをただの鎖と呼ぶにはあまりにも大型で重々しい。連結する一つ一つの金属に丸みは無く非常に角張っており、漆黒のコーティングがさらに重厚さを際立たせている。
「ぐっ……、うっ……」
鋼属性魔法“レアメタリカル・ウェポン・ザ・チェーン”。これこそケイが発動した魔法の正体だった。
「お前の厄介なところは分身と視界がリンクしていることだ」
鎖に貫かれたグラベルイーターの一体は形を保てなくなったのか、無残にもただの砂となり、もう一体の方は搾り出すような呻き声を上げている。そしてケイは残された一体に淡々と話し掛けた。
「だからお前の分身を倒すのに死角から攻撃させてもらった。魔法の効果を見せるのを避けるためにな」
「……っ! なるほど……っ」
苦しさを押しのけ律儀に応えるグラベルイーター。先ほどの黒煙で作られた繭の中で何が起きたのか理解した。
「……んっ? 待て、あの時、君は分身の正面にいなかったか……?」
だが、ケイの説明だけでは不可思議な点がある事に気づく。
「そこを見れば分かる」
ケイはある方向を指差した。グラベルイーターは脇腹を貫かれているため、ぎこちない動きで首を捻る。覗き込んだ先はケイの背後、射出された鎖の根元部分。
「なっ、何だ、これは……っ」
「魔法同士の合わせ技だ」
鎖の根元には黒煙が漂っている。奇怪なのは明らかにその黒煙から鎖が出現しているように見えること。これにはグラベルイーターも自身の目を疑った。
「この黒煙で分身の死角、というよりほとんどの方位から攻撃を可能にできる」
今のケイにとってこれほど使い勝手の良い魔法は他に無い。鋼属性魔法“鉄血召煙”。発動と同時に黒煙が術者を中心に充満する魔法。それだけならば無害だが、ひとたび特定の鋼属性魔法を発動すると黒煙が媒介となり発動を補助。さらにはMP消費も抑えてくれる。
「簡単に言えば法術の材料をばら撒いているようなものだな」
「ほう、そ、そういうことか……」
「よし、じゃあネタばらしも終えたことだ、初めに聞いた質問をもう一度しようか」
ケイは膝に付着した砂を払いながら立ち上がり、グラベルイーターに身体を向けた。
「『翼を生やした女性』についてだ」
「ああ、そうだったね……」
「勝負は決まった。もう教えてくれてもいいんじゃないのか?」
グラベルイーターの目が一瞬ギラつく。しかし、ケイはそれを見逃した。
「その前に一つ言っておこうか」
「……なんだ?」
声のトーンに違和感を覚えるも端的に聞き返すケイ。
「わたしは会話をしながらでも───弾丸の準備ができる」
「……っ!? まずいっ!」
鋼属性に有利な水の弾丸。グラベルイーターは口を大きく開き、ケイに照準を合わせる。虚をつかれたケイは至近距離で躱しようがない事を悟り咄嗟に身構えた。
「ぐぎゅらががががああああああ!!」
「……くっ!」
ケイが撃ち抜かれる事を想定し、諦め掛けていたその時。
「“デュアル・ゾア・テイク”!」
「ぐふぁああああああ!?」
発射する直前。どこからか襲来した何かがグラベルイーターを掴み、地表に押し潰した。
「本当に甘い人ですね。ケイさん」
黒煙を払い、ケイに近づいていくアマネ。グラベルイーターを封殺したのは剛毛で黒い獣の腕だった。しかし、今回出現した腕の本数は二本。グラベルイーターの真上にある空間の穴から伸びている。
「……ありがとう。ここまで来てやられてしまうのは割に合わないしな。助かった」
「いえ、当然のことをしたまでです」
ケイは感謝し、アマネはグラベルイーターから視線を外さず、それを受け入れた。
「……うっ、やれやれ、降参だ」
もう打つ手はない、と敗北を認める。それでもアマネは魔法による拘束を一切緩めなかった。
「少し変だとは思ったんだけどね。……ワザと下級魔法をチラつかせていたな。少年」
「少し考えがあったからな」
一気に形勢を逆転するほどの活躍をした鋼属性魔法・鉄血召煙は術者の非ダメージ量が多いほど効力が増加する。そのため、ケイはMP消費を抑えながら敢えてHPを削るように仕向けていた。
「だが、下級魔法で倒せるのならそのまま使っていた。お前がそれをさせない状況に俺を追い込んだんだ」
「ふっ、手を抜いていたクセによく言うよ」
ケイは素直に賞賛する。なんだかなぁ、とグラベルイーターはため息をついたが、内心悪い気はしていなかった。
「気になったんだが、君達Lv.はどのくらいなんだい?」
「俺が65で……」
「ワタシは67です」
「ん? 少年の方が低いのか」
「それはほっといてくれ」
ケイは顔をしかめると共に目を逸らす。何気ない一言だったが、その事をかなり気にしていた。
「そんなことより……」
「分かっているさ。そう急かすな」
話しを戻すため、やや強引に修正する。これだから若者は……、とグラベルイーターは思ったが、勿体振らずに答えを切り出す事とした。
「見たよ。『翼のある少女』ならね」
「本当かっ!? それなら他の特徴も教えてほしい」
「特徴か……。結構くせっ毛だったな。それに真っ黒なドレスを着ていた」
つらつらと思い出しながら話すグラベルイーターに対して、ケイは真剣な面持ちで聞いている。アマネも興味があるためそれに便乗した。
「あー、あとなんといっても死んだ魚……、は失礼だな。そう、あれは───」
詩的に言えば、とグラベルイーターは一拍置き、その女性が持つ最大の特徴を口にしようとする。
「『今際を眺める虚ろな瞳』とでも言っておこうか」
「……っ!」
「なっ、何だとっ!?」
最初に反応したのはアマネ、その次がケイであり、二人共が告げられた事実に驚愕した。
「……心当たりでもあるのかい?」
「ああ、そうだ。知り合いに一人、全ての特徴が当てはまる人物がいる。だが……」
「はい。その可能性は除外していました」
二人はお互いに頷き合い、考えの一致を確認。アマネはあまり表情に出なかったが、ケイは無意識の内に顔を強張らせていた。
「何やらワケありみたいだね」
『あの〜、私を見てしまったことは内緒にしてくれませんか?』
口元に人差し指を立てて困り顔になる少女の事をグラベルイーターは思い浮かべる。そして、約束していたが反故にしてすまない、と心の中で謝辞を述べた。
「あの人だとしても何故あの装備が使えるんだ? ここは“キュネール”じゃないんだぞ」
「分かりません。ですがエクレスターと何か関係があるのかも」
「……そうか、 違和感の正体はこれだ 。武器が本当に錫杖なら可能性は高いな」
「目的はなんでしょうか。……もしかすると」
「なっ……! まさかっ!?」
二人は得た情報を元に考察を重ねる。それは自分達がトライデルタをプレイするに至った原因の究明に必要な事だった。
「ん? ……すいません、ケイさん。そろそろ来る頃だと思っていましたが、メールです」
数分経過。断りを入れ、話を中断したアマネは目前にゲーム内で扱えるコンソールパネルを出現させた。このパネルによってアイテムの所持数や装備の確認等を手早く行なう事ができる。その用法の中にはプレイヤー間のメール交換も含まれていた。
「やはり留守を任せていた方からのメールでした。“学園”に戻ってきてほしいそうです」
「そうか。なんだかんだ最後まで手伝わせてしまったな。すまん」
「いえ、助力するのは当然のことです」
今なおアマネの身体は“学園”の一室にある。ケイの身体は自室にあるため問題は無いが、アマネには下校時刻が差し迫っていた。
「では、ミッションを終わらせますか」
「そうしよう。話の続きはアマネが帰宅してからだな」
段取りを決めた二人は捕らえたままのグラベルイーターに視線を向ける。
「まったく……。やっとかい。できれば苦痛のないように頼む」
「善処する。じゃあな、グラベルイーター」
「ご協力ありがとうございます」
「まあ、そこそこ楽しかったよ」
微かな笑い声。ケイは発動中の黒煙をグラベルイーターの頭上に舞い上がらせた。それに合わせて抑えつけている獣の腕が消える。
「それでは、ごきげんよう。少年達」
「“レアメタリカル・ウェポン・ザ・キャノン”!」
「“デュアル・ゾア・スライス”」
HPが0になりグラベルイーターは静かに消滅していく。ほどなくして『美味たる砂を求めて』ミッションクリアの通知が二人に届いた。




