プロローグ
至らない点も多々あるかと存じますが、これから宜しくお願い致します。
「あっ……」
「おい!? どうした!?」
全方位から星が瞬く幻想的な光景。平衡感覚を狂わすかの如くどこまでも広がる異空間。その中で一人の少年が倒れ込むもう一人の少女に向かって叫んだ。
「んー、ちょっとミスっちゃったみたい……」
少年の腕に抱かれた少女は戯けるように舌を出して笑う。だが、痛みを抑えつけ無理に作るその表情はぎこちない。
「ようやくここまで来れて、出口もすぐそこなんだぞ! なのに、こんな……っ、ふざけるな!!」
少年は激昂し、怒鳴り声を上げる。すると少女は左手を少年の頬に当て、あやすように撫でた。
「落ち着いて。また会えるから」
そのためにやるべきことは全てやるから、と少女は微笑む。
「またって、お前、何を……っ」
「あーもう、時間もあまり無さそうだし、早く行きなさい……」
少年の言葉を遮り、少女は告げる。周囲では地響きの様な唸りが生じており、空間の崩壊を予感させた。
「断る! 一緒に脱出するぞ、この世界から!!」
「私は無理。諦めなさ───ゴホッ……」
にべもなく反論しようとした少女は思いがけず咳き込んだ。表情からは笑みが消え、苦しそうに顔を歪める。
「もう限界。さっさと行って、お願いだから……」
「いや、それなら俺も残る。置いて行けるわけないだろっ!」
いつの間にか涙ぐむ少年。その言葉には一切の迷いがない。
「全くもう……、キリカちゃん!」
「なっ!?」
突然、力を振り絞り少女は叫ぶ。すると少年の身体は宙に浮かんだ。何が起きたか理解できず、少年は慌てる。
「じゃあね。また今度」
「なんの真似だ!? 降ろせキリカっ!」
状況を把握した少年は少女に応えず、一見何も無い空中に怒声を浴びせた。
「行きなさい」
「くっ……、がぁ……!」
少年は抵抗できず、されるがままになんらかの力によって吹き飛ばされた。飛ばされた先には光る空洞があり、その中に吸い込まれていく。
「アマネぇえええ!!」
とうとう少年の姿は跡形も無く消えた。
「……バイバイ、兄さん」
アマネと呼ばれた少女は苦しいながらも何処か満足そうに呟く。
「本当に宜しかったのですか? このような結末で」
何処からか気遣わし気な声がアマネに掛けられる。しかし当の本人は別段驚く事なく、声がした虚空を困り顔で見つめるだけだった。
「……さてと、私もやり残していることをしに行くから貴女も頑張って」
「……っ」
「お願いね」
姿が見えない何かは返答に躊躇する。が、やがて諦め───。
「……はい」
───と、肯定した。
「うっ……」
小さな呻き声。そして少年は目を覚ました。夜中ということもあり、窓から入る月の光がとても綺麗で良く映えている。夢現つだったが、徐々に脳が覚醒してくるとベッドから飛び起き、すぐさま部屋の扉を開け放つ。
「あいつは……っ」
廊下に出て同じ階の零音と記されたネームプレートが掛けられた扉の前まで来ると、落ち着くために一度深呼吸をしてその後ノックした。
「……っ」
返事は無い。しかしこれは少年の想定内であったため、そこまで落胆はしなかった。
「開けるぞ」
問題はここから。最悪の可能性を頭から振り払い零音を探す。そして先ほどの自分と同じようにベッドで眠る姿を見つけ、少年は安堵した。
「……零音」
側まで近づくと、膝を屈めて零音の左手を取り、自身の頬に当てる。
「俺はここにいる。だから目を覚ましてくれ、零音」
不安に押し殺され、今にも泣き崩れそうな少年はただただ零音と呼ぶ少女の帰還を願った。
「……んっ」
すると願いが通じたのか、左手が微かに動き、少年はそれを肌で感じる。そして咄嗟に零音の顔を凝視した。
「零音っ!!」
ゆっくりと見開かれる零音の瞼を確認し、少年は顔を綻ばせる。
「良かったっ! 俺達お互いに帰ってこれたんだ!!」
見つめ合う二人。しかし───。
「……兄さんったら」
「ん? どうした?」
───少年はまだ気づかない。
「大袈裟よ。それにうるさいわ」
微笑みながら指摘する零音。その瞬間、少年の顔は引きつった。
「あら、どうしたの? 顔を青ざめさせて」
自身の考えが確信に変わったことを理解する。しかし理解はしたが、頭がどうにかなりそうだった。
「……もういい、やめてくれ」
「え、何?」
微笑みを浮かばせたままキョトンとする零音に、吐き気を堪え少年は語り掛ける。
「……もうよせ。キリカ」
零音であるはずの何かはキリカと呼ばれ、スッと表情を消した。その後、ベッドから上半身のみを起き上がらせ、決定的な事を口走る。
「……申し訳ございません。京輔様」
この日を境に京輔の日常は激変した。
お目通し下さり、有難う御座いました。