第4話
「今日からよろしくお願いします。」
3月20日、直樹は母方の祖父母宅の玄関にいた。父の海外赴任の関係で、今日からこの佐伯家に下宿させてもらうことになっていた。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。下宿って言っても、ここはあなたのお祖母ちゃんの家なのだから、自分の家だと思っていればいいのよ」
「そうだよ。お兄ちゃん、これから一緒に暮らすのだからもっと気楽にいこうよ」
玄関で、叔母の桜子といとこの彩がそう言いながら、迎え入れてくれた。母方の祖父母の家と言っても、社会的な区分でいうと後期高齢者に当たる祖父母を二人で暮らさせるわけもなく、直樹から見れば叔父夫婦に当たる母の兄夫婦が祖父母と同居していた。
「荷物は一通り部屋に運んであるから、後で荷解きをしておいてね」
「はい。ありがとうございます。」
「空港からここまで結構かかったでしょ。ひとまず、お茶でも飲みなさい。お義父さんたちも、直樹君が来るのをずっとリビングで待っていたから」
父の海外赴任は4月1日からということになっていたが、いきなり海外で生活を始めるとなるといろいろ準備は必要になる。家は会社の社宅を使うとのことだったので、特に何も準備していなかったが、家具は備え付けの物よりも自分たちで選びたいと言っていた。そんな感じで、予定よりもやや早かったが父たちは今日日本を発った。直樹も空港まで見送りに行って、そのまま下宿先であるこの家にやってきた。
直樹は洗面所で手を洗ってからリビングに向かった。これまでも、長期休暇や連休などを利用して頻繁に訪れていたので、家の構造はある程度分かっていた。
「いらっしゃい、直樹。疲れたでしょ。こっち来て座りなさいな」
リビングでは、祖母の明美と祖父の勝人が座ってテレビを見ていた。家にいても特にやることがないのか、祖父母はよくこうして二人でテレビを見ている。
「それで、亨君たちは無事に出発できたのか?」
直樹が座り込みと、すぐに勝人が聞いてきた。亨君とは、直樹の父のことであり、勝人は父のことをそう呼んでいた。
「うん。今日の晩には向こうの家に着くはずだよ」
結局、桜子がそろそろ夕飯の準備をしないとと立ち上がったのをタイミングにして、解散になるまで一時間くらいリビングはちょっとしたお茶会と化していた。直樹も自分の部屋の整理をしなければいけないと思い、2階にある部屋に向かった。部屋は、さっきのお茶会の間に桜子に教えてもらっていた。
「さてと、どこから片付けたらいいものか」
部屋は、フローリングの6畳のものをあてがわれた。元々、佐伯家には、直樹の家族が泊りにくることもあったので、普段は物置として使われている部屋が何部屋かあった。その一つを直樹が譲り受けた。
一応、机やベッドなどの大きなものについては荷解きされた部屋に設置されていたが、その他の物については段ボールに詰められたままの状態で部屋の隅に積まれていた。
―コンコン
直樹が、どこから片付けようか悩んでいると誰かが部屋の扉をノックした。扉を開けると、彩が立っていた。
「お兄ちゃん、私、今春休みで暇だし、部屋の整理手伝ってあげようか?」
彩が手伝いを申し出てくれた。彩は4月から中学3年で、直樹とは一つ違いということもあり、昔から直樹になついてくれていた。
「手伝っても、何も面白いもの出てこないし、おごってやらないぞ」
「ちぇー」
やっぱり、そういうことかと直樹はわざと大きくため息をついた。
「まあ、手伝ってほしければ、呼びに来てね、私の部屋隣だから」
手伝ってもらいたい気持ちがないわけだはなかったが、直樹も年頃の男子なのであって、彩に見られてはいけないものを持っていないわけではない。彩に見つかりでもすれば、何を要求されることやら…
「あ、そうだ。彩ちゃん、明日って暇?もしよければ、この町案内してよ。俺、この家の近所くらいしか知らないから。ジュースくらいならおごるよ」
「いいよ。でも、どうせならスイーツがいいな~」
「はいはい。そんなに高くないものにしてくれよ」
「ごちそうさま、お兄ちゃん」
昨日の約束通り、彩に町を案内してもらっていた。時間は午後三時を回ったくらいだった。ちょうど、駅前のショッピングモールに来た時に、彩がクレープをねだったのだ。直樹としては、喫茶店でパフェくらいおごらされるものと思っていたので、クレープでいいと言われた時は、少しほっとした。このクレープ屋は、周辺の中高生の間では、安くて種類も豊富ということでそこそこ評判がいいらしい。さらに、クレープ屋の前には椅子と机が備え付けてあるので、中高生が甘い物を食べながら、おしゃべりに興じるにはちょうどいい場所だった。直樹と彩もそこに座って、クレープを食べていた。
「それにしても、この町も結構変わったよね。俺が昔来たときはもう少し田舎ってイメージだったんだけどな」
「そうなのかな。ずっとここに住んでいるからあんまりわからないな。ていうか、お兄ちゃんって私の家に遊びに来てもあんまり外に出歩かなかったじゃん。今でも若干引きこもりに気質があるし」
「そんなことは…ないと」
思うけどなと否定しようとしたとき、彩が立ちあがった。
「お兄ちゃん、これ持って」
彩は直樹にクレープを預けて、直樹の後ろ方向に走って行った。ん?とおもって後ろを振り替えろとしたとき、子どもの叫び声が響いた。
「ママ~ママ~」
叫び声がする方向と彩が向かった方向は同じだった。彩はなんだかんだで面倒見がいいところがある。今にも泣きだしそうな男の子を見つけたので、駆け寄っていったというところだった。自分だけここに座ったままでいるわけにもいかないので、直樹も彩のもとに近づいて行った。
「彩ちゃん、その子もしかしなくても迷子だよね?」
「この状況で違うと思うなら、どんな状況なのかを聞いてみたいけどね」
背丈からして、男の子は幼稚園児だろう。彩は男の子よりも少し目線が下になるくらいまでしゃがんで、男の子に話しかけた。
「僕、どうしたの?お母さんとはぐれちゃったのかな?」
依然として、泣いている男の子だったが、彩の問いかけには対しては、小さくうなづいた。
「そうか、それじゃあ、お姉ちゃんと一緒にお母さんを探そうか?」
男の子はもう一度小さくうなずいた。
「この場合、迷子センターとかに預けるのが妥当だと思うんだけど、一緒に探すの?」
「何?お兄ちゃん、お母さんとはぐれて心細い思いをしている子を迷子センターに押し付けろっているの?」
「そうは言っていないけど…分かったよ、一緒に探せばいいんだろ?」
「物わかりがよくて助かるわ」
彩に逆らっても、むだだということはすぐに理解できた。とりあえず、一緒に探して見つかりそうになければ、モールの人にお願いして呼び出してもらうしかないかなと考えたが、その考えは遠くから聞こえてきた声のおかげで必要なくなった。
「いた!お母さんいましたよ。あの子じゃないんですか?」
先ほどの男の子の叫び声とあまり変わらない大きさの声が響き渡った。声の主はこちらを指さしながら、もう片方の手で別の人を読んでいた。
「うちの子がお世話になりました」
「いえ、私たちは何もしていませんから。よかったね。お母さんに会えて」
「うん。ありがとう。お姉ちゃん」
先ほどの泣き顔からは想像もつかない笑顔で男の子が彩にお礼を言った。その後、深々と頭を下げるお母さんとともに、去って行った。




