識ること、変わること、(2)
「勝負しなさい悠」
陽菜香は高らかにそう宣言した。
「これって…まだ有効なの」
手にある可愛らしいノートの切れ端に書かれた誓約書を苦笑しながら見る。
小学一年生の当時、悠は陽菜香と同じ道場に通っていた。
悠の方が後から始めたのだが、あっという間に陽菜香より強くなってしまった。元より長く続ける気は無かったので、結果として勝ち逃げした恰好になってしまった。
問題はそこから先だった。陽菜香はそこから毎日、悠に勝負を挑んできた。
勝負は実に三ヶ月に渡り、流石にたまりかねた悠は朋香のアイデアで件の誓約書を作った訳だ。
「当たり前でしょ!!私が何のために今日まで頑張ってきたと思ってるんですか!!」
興奮気味に前のめりに迫ってくる陽菜香。その論法で言ったら悠の為に頑張った事になるのだがいいのだろうかと思ったが、口に出すことはしなかった。とはいえ、陽菜香がここまで頑張ってきた事は事実である。しかも、こんな形が残る約束している以上は…
「分かったよ」
「「えっ!?」」
よほど意外だったのか、朋香と陽菜香は驚きの声を上げる。
悠としては、そうまで驚かれるのは心外だった。悠はよく他人に誤解されているが、自分が決めた事は出来うる限り護っている結果であり、約束を破るのはその主義に反している。
「い、いいでしょう。勝った方が相手の言うことを聞くというのはどうでしょう?」
負けた時が怖い気もするが、またあの、勝負を挑まれ続ける地獄の日々を続けるのは御免被る。ただでさえ姉の波状攻撃に手を焼いている状況なのに、妹まで加わり、姉妹揃っての物量作戦に移られては…
「わっかった。その条件で勝負を受けよう」
「ふふっ。良い度胸ですね」
そう言いながら、陽菜香は興奮したように顔を赤らめ小さくガッツボーズを取る。
「なら、勝ったら貴方は私の―」
「はいはい~もう時間だから帰りましょうね~」
何かを察したのか、朋香は陽菜香の口を塞ぐと引きずり帰って行った。
「んん~」
「何にしてもこの場は乗り切ったけど…決闘か…」
ハッキリと言えば気は進まない。だけど十年に及ぶ陽菜香の頑張りには報いなければならないとは思う。
「だけどな…俺はいったい誰なんだ?」