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テンプレだと逆ハー作って破滅

作者: 蚊とんぼ

*若干流血表現があります。苦手な方はご注意ください。

「どうしよう、私、乙女ゲームのヒロインに転生したみたいなんだけど、転生もののテンプレでいくと私の役どころって『現実とゲームの違いを理解できずにはっちゃけて逆ハー作っちゃう電波系馬鹿女』なんだよ! しかも大してやり込んでなかったから『中途半端な知識しかないくせにヒロイン補正を盲信して破滅する残念ビッチ』だよ! いやだよ! でもやっぱこれ絶対『ヒロイン破滅でメシウマ』ルートを期待されてるよね? 実はいい子ちゃんでしたー、よりも、需要あるのってクソ女だよね!? テンプレ無視したらがっかりされるかな!? まずいかな!? でも私電波系ヒロインとかできないよ!」

「落ち着け、何言っているか分からんが、お前は別にいい子ちゃんじゃないし嫌だ無理だと言っているが発言が既に電波だ。あと誰もお前に期待してないから、がっかりされるとかそんなもん考える必要はない」

「ち・き・しょぉおおおお!」



 カラオケボックスに響く少女の絶叫。因みにマイクは握っているが電源は切っている。それでも同席していた少年は両の耳をしっかりと塞ぎ、腹の底からシャウトする少女をげんなりと見守っていた。

 少女は暫く人の言葉ではない何かを叫び続けていたが、ただ叫ぶことに飽きたのか、人類の限界に挑む系の早口曲を入れて熱唱。少年も無表情でタンバリンを叩く。

 その後、とにかく叫びたい時に歌う歌をひたすら歌い続けて、少女の喉が潰れた所で時間終了の電話が鳴った。


「延長で」

「おい、まだやる気か」

「いげるいげる。潰れでがらが本番」

「すみません、延長取り消しで。すぐ出ます」

「あ、でめえ!」


 掠れ声で猛然と抗議する少女を引っ張り、少年は二人分の料金を払ってカラオケボックスを出た。因みに立て替えただけで、後でしっかり徴収する心積もりである。

 適当なファミレスに入り、ドリンクバーだけ注文して「さて……」と向き合う少年と少女。熱い紅茶をちびちびと飲む少女を眺めながら、少年は呼び出された時のことを思い出していた。



『大至急、相談したいことがある。多分叫ぶから、叫んでも大丈夫な所がいい』


 そんなメールが届いたのは、少年が家でのんびり寛いでいたときのことだ。

 この春、高校に進学する少年は、入学案内のパンフレットをめくりながら来る新生活に思いを馳せていた。少年が入学を決めたのは、地元の高校ではなく自宅から二時間程離れた町にある進学校だ。優秀な生徒ばかり集まる難関校だが、少年はその中でもトップクラスの成績で合格した特待生だった。

 うまくやっていけるかどうか不安はあったが、幼馴染みの少女も同じ枠で入ると知って少しは気持ちも軽くなった。代わりに、「俺はともかく、あいつは馴染めるのか?」と別の不安が生じたのだが。


 さて、そんな時に来たのがこのメールだ。不穏なんてレベルではない。

 正直無視したかったが、それをすると後でもっと面倒なことになりそうな気がしたので諦めて聞くことにした。『叫ぶって何だよ。駅前のカラオケでいいな?』と返信してカラオケボックスへと向かい、いつになく真面目な顔をした少女と合流して中へ入った。そして、冒頭に戻る。



 叫ぶって、俺じゃなくてお前がかよ、とか。

 乙女ゲームのヒロインって、お前がヒロインとか絶対クソゲーだろ、とか。

 テンプレだか何だか知らんが、わけの分からん方面を気遣う前に俺を気遣ってくれ、とか。


 色々と言いたい気持ちをぐっと抑えて、少年は取って来た珈琲を飲み干した。

「で、何だっけ? 転生? そのネタまだ残っていたんだな」

「……ネタじゃないよー、本当だよー、私ってば二十歳の時に隕石が顔面に直撃して死んじゃった女子大生だったんだよー。信じてよー」

「はいはい、信じる信じる」

 小学生の頃からしつこく主張する『私、前世覚えてます』ネタを適当に流し、少年は話しを続ける。

「それで、転生した先のここが、乙女ゲームの世界だと。そのゲームではお前がヒロインだと。そのことが分かったから俺に相談したかったと。そういうことでいいのか?」

「そうそう、流石はマイワトソン。正解だ」

 ドヤ顔で紅茶を啜る少女に一瞬殺意が湧いたが、いつものことだと抑える。因みに少年の名前はワトソンではない。

 無言で珈琲のおかわりを取りに行き、再び飲み干してから話を再開した。

「一応聞くが、いつ、何で乙女ゲームだと思ったんだ? 前までそんなこと言ってなかっただろ?」

「うん、私もただ転生しただけだと思って、今度も日本人なのかやったー! とか、ひゃっほい美少女じゃねえか勝ち組だぜー! とか思ってたんだけどね。合格通知が来た時に、ほら、あれパンフレット同封してたじゃない。で、そこに映ってた生徒会の役員の写真を見て、こう、乙女ゲームに関する記憶が蘇ったみたいで?」

「俺に聞くなよ」

 しかしお前そんなこと思っていたのか……と少女の残念具合を再確認し、少年は深々と溜息を吐いた。本人も言う通り、少女は類い稀なる美少女だ。黙って座っていればという条件は付くものの外見だけは極上の少女に、まだ純粋な幼稚園児だった少年は淡い恋心を抱いたという過去がある。勿論、今では立派な黒歴史だ。おかげで見てくれに騙されない心を得たことだけは良かったかもしれないが。


「それでね、やっぱりテンプレ通りに逆ハーを目指して、同じく転生者であるライバルのお嬢様にけちょんけちょんに叩きのめされるのが筋なのかなーって思っているのですよ。でも、せっかく転生して人生やり直しているじゃないですか。しかもハイスペックで。それなのにわざわざぶち壊しに行くのって勿体ないってか、嫌だなあと思うわけでして。あとリアルイケメンってなんか怖い」

「嫌ならやめればいいだろ……て、他にも転生している人がいるのかよ!?」

「おうよ、いるぜ。ちゃんと噂を聞いて、ゲーム通りの性格じゃないってことも確認済みなのだよ、ワトソン君。これは十中八九、本人もしくはその周りに転生者がいるね! だってゲームの設定だと我侭で高慢で人を人とは思わない冷血漢なのに、その真逆の噂ばっかりだから。婚約者との仲も悪いどころか、見てるこっちが恥ずかしいくらいのアツアツだそうで、これぞ理想のアベックだって話だよ」

「婚約者って……金持ち凄いな。で、なんで死語使うんだよ? 享年二十歳じゃなかったのか?」

「は、二十歳だし。鯖読んでないし! あ、あれだ、前世じゃ死語じゃなかったんだよ!」

「はいはいはい」

 居心地悪そうに目を泳がせて「お、おかわり……」とドリンクバーに向かう少女を眺めながら、どうしてこれが特待生枠に入れたのかと少年は真剣に悩む。いや、とても痛々しい子だが、確かに頭はいいのだ。器量といい頭脳といい、神に愛されたような少女だが、本当にどうしてこんな性格になってしまったのか。残念過ぎる。


「とにかく、嫌ならテンプレ通りの行動をしなくてもいいだろう。お前はお前なんだし、好きなように……あー、俺に迷惑をかけない程度に、好きなように生きればいいんじゃないのか? 好きに生きた結果が破滅なら、それがお前の人生だったってことだ。……まあ、本当に破滅しそうになったら、少しくらい手助けしてやってもいいぞ。幼馴染みだし、見捨てたら寝覚め悪そうだし」

「お、おおお、ワトソンがちょっとカッコいいこと言ってる。流石だ、攻略キャラは違うな」

「待て、俺もゲームの登場人物なのか? で、まさか、俺も逆ハーに組み込む気だったのか!?」

「うん。でも、ぶっちゃけ嫌だった。すまんが好みじゃないんだ。あ、でも助けは欲しいな。その時は頼むわ」

 本日二度目の殺意が湧いたが、少年はそれも抑え込んだ。

 少女はおかわりのジュースを飲みながら、うんうんと頷いている。そして、ずごごっと音を立てて飲み切ると、イラっとする程いい笑顔で少年に向けてサムズアップした。

「ありがとう、うだうだ悩むことなんてなかったね。私は私らしく、好き勝手に生きることにするよ。ゲーム難易度的に、何にも考えずに行動しても逆ハーにはならないはずだから、うっかり君を逆ハーに組み込んじゃったーなんてことは起きないはずだよ。それに今の君ってゲームの時とキャラ違うし、そもそも君を攻略したことないから手順分かんないし。まあ、そんなわけで、私たちは逆ハーにも恋人同士にもならないから、もし気があったなら諦めてくれい!」

「おー、そうかそうか。悲し過ぎて笑いが止まらないな」

「……あ、あれ? やっぱ、テンプレの方が良かった……?」

「何でだよ!?」


 その後、やっぱりテンプレをやるべきだろうかと悩み出した少女を思い止まらせるのに二時間費やし、その間に少年が飲んだ珈琲は十杯を越えた。

 入学式は来週である。どうかあいつと関わりのない三年間を過ごせますようにと、少年はこれまでの人生で最も真剣に神に願った。






▼▼▼▼▼▼▼






「ワトソンくーん、探偵さんが探してたよ。行ってあげなよ」

「おーい、ワトソン。探偵が木から落ちて怪我したー。今、保健室にいるから行ってやれー」

「あ、ワトソン! 探偵が消毒嫌がって暴れているんだ、宥めてくれ!」

「大変よ、ワトソン君! 探偵が脱走したわ! 探すの手伝って!」

「ワトソーン! 助けてくれ、ワトソーン!」


 入学してから早半年。いつの間にかワトソン呼びが定着していた少年は、今日も少女に関わっている。本人は全力で回避しようとしているのに、周りが放っておいてくれない。

 『探偵絡みはワトソンに』は、呼び名と一緒に定着してしまった一種のテンプレだ。言わずもがな、探偵とは少女のことである。因みに少年をワトソン呼びし続けた結果の呼び名なので、特に探偵らしいことをしているわけではない。


 教室で昼食の弁当を食べていた少年は、矢継ぎ早にやって来る生徒や教師に根負けして立ち上がった。見目の良い顔に青筋を立て、促されるままに走り出す。

 保健室から脱走したという怪我人は、点々と血の跡を残して廊下の向こうに消えていた。どれだけ消毒液が嫌だったんだ、怪我の方が何倍もまずいだろうがと、少年の怒りは頂点に達した。

「好きに生きろとは言った……。確かに、好きに生きろとは言ったさ……」

 ぶつぶつと呟きながら、少年は追跡を開始。追っ手を撒く為の偽装を次々と突破……というより、偽装云々は全て無視して少女が行きそうな場所へと急行する。そして辿り着いたのは校舎屋上の給水塔の上だ。擦り傷だらけで仁王立ちする少女は、上って来た少年を見るとニヤリと笑った。


「くくく、ワトソン君。やはり君だったか。私に追い付けるのは、君しかいないと思って……ぐわっ!?」

「はいはいはいはい、さっさと下りるぞ、馬鹿女」

 芝居染みた台詞を途中でぶった切り、少女を抱えて給水塔から下りる。野次馬にも手伝ってもらって逃げ道を塞ぎ、保健室から借りて来た救急セットを取り出す。

「やだー、消毒やだー、死ぬー、死んでやるー、死んだー」

「はいはい、死んじゃったね。死人は黙ってね」

「おのれ、ワトソンめー」

 涙目で駄駄を捏ねる少女を適当に流しながら、無理矢理処理して一件落着。「なんでここまで消毒を嫌がった」と問えば「沁みるから」と子供のような答えが返り、少年は少女の頭に拳骨を落とした。


 その後、騒動の罰として逃走経路に残した血痕の掃除をする少女に付き添いながら、少年は散々な高校生活に思いを馳せて心の中で涙する。因みにものがものなので少年は掃除に加わらない。つまり役割は逃亡防止の監視である。少年の昼休みは消えた。

 それはさておき、思えば、入学からずっと少女の面倒ばかり見てきた。本当に関わりたくなければ放っておけばいいのに、根がお人好しな少年は少女を放っておけなかったのだ。

 少女がテンプレ通りに動いていれば、面倒を見るのは自分だけではなかったのだろうか? 半年前に相談された時、テンプレを目指すべきだと唆しておけば良かったものをと後悔するも、時既に遅し、だ。


「お前さ、今からでも逆ハー目指せよ。俺への被害が少なくなるから」

 ゴシゴシと血痕を擦る少女にそう促せば、少女は少年を見もせずに「嫌だ」と答えた。

「今更テンプレ施行は無理だよ。全然ゲーム通りになってないし。あと、ワトソンを逆ハーのメンバーの一人にするとか嫌過ぎる。御免だね」

「……そんなに嫌なら俺を構うのやめろよ」

 頭痛を堪えながら呟けば、少女は手を止めて少年を見た。正気を疑うような目でまじまじと見詰めて来る少女に、少年はいつものことながら苛立ちを覚える。

「何だよ?」

「いや、それも今更だなって思って?」

「は?」

 威嚇するような声が出たが、少女は怯むことなく腕を組んだ。

 うんうん何事か考えた後、神妙な顔で少年に問い掛ける。

「ワトソンは、私を恋人にしたいと思う?」

「やめろ、寒気がする」

「じゃ、ワトソンは私が嫌い?」

「そりゃお前……」

 嫌いだ、と答えようとして、少年は言葉に詰まる。

 散々自分に迷惑をかける少女を、見てくれは極上なのに中身が残念過ぎる幼馴染みを、自分はどう思っているのかと真剣に考えた。

「……嫌いでは、ない、な」

「私もだよ」

 ほっとした顔で返し、少女は掃除に戻った。



「私は私だからね。好き勝手に生きるよ。まあ、だからさ。死ぬまで付き合ってくれい」

「お断りだ、馬鹿。俺に迷惑をかけるなって、いつも言っているだろうが」

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