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殻の中の愛は、世界を知らない

作者: 春那 創

パチッ パチッ


男が爪を切っている。手慣れた様子で手、足、それぞれ左の小指から親指まで、丁寧に丁寧に切っていく。右足の小指の爪をパチッと切り落とすと、ビクッと足が痙攣した。

「ごめん。痛かった?」

 爪を切られている女と思わしき人物はコクりと頷いた。

「小指ってやっぱり難しい。自分のを切るときも難しいから」

 男は言い訳しながら、爪切りを続けた。爪を切り終えると落ちた爪を広いながら首をかしげた。

「あれ?二つ足りない」

 六畳ほどの部屋で、小さい電気スタンドの明かりしかついていない、この薄暗い部屋では、切った爪など見つかるはずがない。

「何処に在るかわかる?」

 男が女に尋ねた。女はフーっと唸った。

「あぁ、ごめんごめん。見えないね」

 男は女の目隠しを解いた。女は目をつむっていたが、そっと開いて首をふった。男はそんな女を見ていた。女がなにか言いたそうだったので猿ぐつわもほどいた。

「なに?」

「…みえない。こんなに暗くちゃ」

 女は泣きそうになりながらそう言った。

「でも、自分の爪だろ?自分で探せよ」

 女の瞳に涙がじわりと溜まった。

「ごめんなさい。でも本当にみえないの。」

 溜まった涙は頬へ、ツーと流れながら顎にまでいき、落ちて女の胸を濡らした。

「言い訳ばっかりしてるんじゃないよ。お前は。」

 男は明るい口調で言うと、女の額をツンと突いた。

「せっかく綺麗にしたのに。お前も、この部屋も。…でも、まぁいいか。爪もお前なんだし」

 飽くまで、明るく朗らかに、一辺の変を伺わせない男の態度は、女を怖がらせた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

女が首をもたげて、溢れる涙を流しながら何度も呟いた。男は女の肩を抱き、顔を寄せて言った。

「大丈夫、大丈夫。人間なんだから、失敗はあるって。さっき僕が爪を切り損ねたときの事怒ってる?怒ってないでしょ?それと一緒。ちょっとやそっとの失敗なんて問題にならない。一人ではできないことも、二人ならできるから。一緒に探そう?」

「ありがとうございます…ありがとうございます…」

 女は号泣していた。恐怖で満たされていた女の心に、なにか不純で、良くないものが垂らされていた。

「よし!じゃあ立って。…おぉ!今日もナイスバディ!」

 男は女の手を引き、立たせた。女は辺りを見渡そうとしたが、すぐに俯いて、両手を男の方へ少しだけ突き出した。

「鎖…」

「…とってほしいの?手と足?両方?」

「はい…お願いします。逃げませんから。絶対に。」

 女は懇願した。本当の意味での自由ではなく、今ある状況での最高の自由を懇願した。

「んー、よし!とっちゃおう!手も足も…首輪も!」

 女はハッとして男を見上げた。

「本当ですか?」

「本当本当。僕は嘘つかない」

 男はいいながら、施錠されていた三つの枷を解いた。女は声にならない喜びを噛み締めた。何かにすがりたかった。自由を叫びたかった。女は男に抱きつき、

「ありがとうございます…!ありがとうございます…!」

 何度も述べた。

「よしよし、可愛いね。これからもよろしくね」

 男は女の頭を撫でながら、抱き返した。


 女は笑顔だった。

 実の期間として約二ヶ月、女が男に監禁されていた時間。それは女にとって耐えがたい苦痛の時間であり、永遠とも思われる拷問だった。しかし、男の監禁の方法は、女を痛め付けるものではなく、拘束することを目的としたやり方だった。女の要求は最低限呑む上に、栄養バランスのとれた三度の食事に、適度な運動、一日二度までと決められた入浴など、身体の自由こそ奪われるものの痛覚を伴った拷問は一切あり得なかった。


 そのような監禁で女がなつくだろうか?いや、なつかない。


 前述した監禁の他に、男は一つ重要なことをつけた。それは【愛】。


 男は常に付かず離れずの距離から愛を送った。言うことを聞かなければ、「お前のためを思って」という口上の暴力、ひとしきり暴れたあとは、抱き締めて愛の言葉を囁いた。


 そもそも思考の片寄った男は多くの事を叱った。二ヶ月間という過程で、女はその男の多くを学び、次第に考えが読めるようになっていた。体の機能の大部分を拘束さ

れていた女は、使える機能が研ぎ澄まされ、使えない機能は男に補完される日々を送ってきた。


結果、

「私(この人)にはこの人(私)が必要」


 などという歪んだ考えが女を満たした。確かに女の心は恐怖で支配されていた。しかし、常に男の愛情が付きまとい、支配される喜びのようなものが芽生えていた。それは支配という殻で包まれていただけで、今回のような一斉解放という、女からしてみれば特上のサービスによって殻が割れ、熟成しきった愛が溢れだしたという事象。


 人間にとって閉鎖された空間では全てが変わり種。そこにリンゴを放り込めば、そのリンゴに哲学を見いだすかもしれない。


 この女にとっての世界とは、男と過ごした二ヶ月間。世界がこんなにも狭いなんて男はきっと教えない。


 男にとっての世界とは、その女ただ一人だからだ。


もっと掘り下げて書こうかとも思いましたがやめました。各々の想像力にお任せします。

短編ものなので2000字程度が適当かと思います。


最後まで読まれた方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラーですね。結構エグい感性を持ってらっしゃる。 わりと、私が見る限りこういう文書く人いないのですごい参考になりました。いやもう思いっきり掘り下げて書いて欲しかったぐらい。 カオスの匂いが…
2014/09/03 01:50 退会済み
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