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死にたがりの機械人形と機器生物

 キャメラントの前に来るのは初めてだ。

 僕の身長よりも随分と大きな顔が、じっとこちらを見下ろしている。さすが平均全長八メートル、重さ十トンは超えるという大型の機器生物だ。眼前にすれば圧巻である。山じみた巨体だ。

 呆然と信号棒を握ったまま見上げている僕に、

「おい、早く乗らんと始まらんぞ」

 と背後から無茶ぶりしてくるのは源次郎だ。

 彼は小屋の中から、窓枠に肘を突いてこちらを見やっている。僕がキャメラントを操って畑を耕せるようになるまで指導してくれると約束したのだが、僕は思ったよりも威圧感のあるキャメラントに気圧されてしまっていた。

「……僕、乗っても怒られないかな?」

「キャメラントはそんな獰猛じゃない。まぁ懐かれたのはいいが、じゃれ合いで骨砕けて潰された奴もいるけど花なら大丈夫だろ。うん」

「へえ」

 圧死されるのも悪くないな、と考えた瞬間だった。

 僕は隙を突かれてしまった。キャメラントは柔軟な鼻をゆらりと垂らして、大蛇のようにしゅるりと僕の胴体に巻きつけてくる。

 僕が「うわぁ」と小さく悲鳴をあげるのも気にせず、キャメラントは軽々と僕の体を持ち上げた。

 視界が横に流れて、僕は拾い上げられた人形じみた格好になってしまう。いや、運ばれていく丸太と呼んだ方がいいか。いくら手足をばたつかせようが、地に足がついてなければ飛ぶことも逃げることも出来ない。かといってキャメラントを殴ってしまえば、いとも簡単に爆殺させてしまうだろう。長い鼻で拘束された僕はミニスカートからパンツを覗かせながら、ぷらぷらとキャメラントに遊ばれてしまう。もたげた鼻の奥に、ぱっくりと開いた大きな口が見えた。こいつ、僕を食べ物と勘違いしてないだろうか。

「さすがに慣れてるな。キャメラントが、花に」

 源次郎はいたく感心していた。

「本当に言うこと聞くわけ?」

 僕の半眼に、源次郎は「当たり前だ」と返す。

 キャメラントの鼻に激しく上下されているので、彼の姿は二人に見えた。

「所詮、信号棒はパルスを発生させるだけの、まぁ指針みたいなもんだ。ちゃんと声をかけて接すれば言うこと聞くよ、こいつらは」

「本当かなぁ」

 僕は情けない声を吐きながら、キャメラントのつぶらな瞳を見やる。可愛らしい睫毛が小さく瞬いた。

 何を思っているのだろう。

 僕を歓迎しているのか、それとも食べようとしているのか見当もつかない。

 僕はキャメラントの長い鼻筋を、そっと手で触れる。

 ザラザラとした硬くて丈夫な皮膚だ。

 セクサロイドの僕が、生き物と触れ合って植物を育てる。なんて可笑しい話だろう。

 もしかしたら、キャメラント自身も興に乗っているのかもしれない。

 でもまぁ、とりあえず早く鼻から解放して欲しかった。

 僕が近くにいるというのに、キャメラントは唸り声をあげていた。

 源次郎から簡単に信号棒の操作を教えて貰いつつ、キャメラントに離してくれと合図を出す。

 言うことを聞かない。

「下手くそ。もっと丁寧にやらんかい」

 源次郎の叱責にムッと僕はふくれっ面をする。

 離してくれ、ともう一度試みてみる。

 キャメラントは反応しない。真っ青な空と大地へ意味深な瞳を向けるばかりだ。

「くっそー、言うこと聞いてくれよー」

 源次郎のニヤケ面と視線に苛立ちながら、僕は懸命に信号棒を振り続ける。

 結局、キャメラントが僕を離してくれたのは、日もすっかり暮れた後のことだった。


 魔法少女、花。もしくはカウガール、花。

 という風に、僕は信号棒を大きく振りかぶる。まぁ僕は少年型なんだけど、どちらかというと少女という言葉の方が似合っているので問題はないだろう。

 今日で象使い修行は四日目となる。

「オロロロロロロロロロロロロ!」

 ずしん、ずしん、ずしん。

 大地が強烈に鳴動し、視界は激しく上下する。

「アララララララララララララ!」

 ずごん、ずごん、ずごん。

 急激な横殴り気味の重力に、唐突の緊急停止。そして世界は再び加速する。

「イィィィィヨーーホォォォォ!」

 どしん、どしん、どしん。

 腰を打ち付ける衝撃に、スカートは忙しくひらりひらりと舞っていく。

 僕を背に乗せたキャメラントは雨乞いでもするように踊り狂う。

「アヨヨヨヨヨーソーハホォォ!」

 そんな風に怪奇的な絶叫をあげるのは、僕じゃない。源次郎だ。

 決して彼は狂ったわけではない。

 キャメラントに「暴れろ」と指示を出しているのである。

 僕の嫌がらせの為に。――ではなく、建前上は訓練なのだが。

 この訓練の前に、彼はひと言こう告げた。

「絶対に落ちるなよ。キャメラントから振り落されると満開痛ェぞ」

 つまり、乗馬ならぬ乗象訓練というわけだ。

 僕は信号棒のパルスを使ってある程度制御しながら、暴れ狂うキャメラントから何があっても落象せぬようバランスを取らなければいけないのだ。僕のような存在と違い、キャメラントは機器生物ではあるものの動物なのだ。突然、暴れたりもするし指示しても座り込んだりしてしまう。特に背乗りしている際に暴れたら大変危険だ。

 なので訓練ということなのだが、僕の金属繊維の人工皮膚は、自然と落下しない場所へ重心をずらす判断が出来る。いくら暴れたって僕が落ちることはありえないのだ。

 涼しい顔した僕が許せないのか、源次郎は絶叫し続けている。

 確か彼は僕の人工皮膚の機能を知らなかったはずだ。

 僕はトマトのように顔を赤くする源次郎が諦めるまで、キャメラントと一緒に踊り続けた。

 息も絶え絶えとなった源次郎に僕の人工皮膚の性能がバレて激しく怒鳴られたのは、それから小一時間後のことである。

 休まなきゃいけないというのに、源次郎も感情のふり幅が大きくて忙しない人だ。


 カウガール姿も板についてきた訓練一週間目。

 信号棒を振って、合図する。

「右」

 キャメラントは緩やかに方向転換して、右へ歩いていく。

 今度は反対方向へ振って、

「左」と言う。

 キャメラントは大きな頭を左へ流して、向き直っていく。

「止まれ」

 そして、キャメラントはその場に立ち止まった。

 僕は一息ついて、キャメラントの後頭部をゆっくり撫でる。

 毛がごわごわしているけれど、その肌触りにも慣れてきた。

 柔らかな長い鼻が大きく持ち上げられて、僕の眼前に垂れてくる。握手の印だろうか、認めてくれたのだろうか知らないが、僕はその鼻をぎゅっと握ってやった。

 随分と長い間、キャメラントと共に過ごしてきたこともあってか、僕はすっかり機器生物を乗りこなしていた。

「まだまだだが、一応は大丈夫だろう」

 窓枠に頬杖を突きながら、源次郎はヘッと太鼓判を押してくれた。

 僕はキャメラントの背の上から、源次郎を見下ろした。

「キャメラントの乗り心地って最悪だね」

「そうだな」

「これで畑も耕せられる?」

「ああ」

 源次郎は顎をくいっと動かして、室内を指した。

「種は台所の棚にあるから、それ持っていけ」

「わかった」

「まずキャメラントで耕す前に、汚染生物の液体で濡れてる場所は取り除いておけよ」

「うん」

 源次郎は一度嘆息して、首筋に片手を回しながらこちらから目を逸らした。

「じゃあ……あー、まぁ頑張りな」

 僕は小さく頷いて「うん」と言った。

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