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死にたがりの機械人形と老人介護

直接的ではありませんが、性的な描写を含みます ご容赦を

 人間というものは不便で理不尽なものだと知っている。――そのつもりだった。

 汚染生物の墓石を建てる。

 源次郎がそう主張したのは四日前で、もちろん僕は反対した。足元で舞う花びらを指さして、彼に詰め寄った。これまで育てたきた畑を台無しにされたんだ。簡易的に作ったとはいえ、埋葬されただけでも十分だろうと。

 しかし彼は僕の説得を受け入れることはなく、ひとりでゴミ山へと向かっていく。僕には到底理解できない行動だったので、彼には悪いが手伝う気はさらさらなかった。

 彼は僕の選択した行動を咎めることもなく、ひとりせっせと小高いゴミ山に足を踏み入れた。キャメラントを操るのかと思ったのだが、怪我しちまうと今後の生活に支障をきたすと言ってキャメラントはお留守番。

 しかし、見ていて危なっかしかった。自分がまだ若いと思っているのだろうが、年波とは容赦がない。さらに肋骨やあちこちの骨が悲鳴をあげているのだから老体に力が入るはずもなく、手から石を滑り落とす。石の重さに耐えきれず、本人が残骸の山から転がり落ちる。また瓦礫をひとつ転がすだけでもゼイゼイと肩で息する始末だった。

 本人が負傷しては元も子もないというのに。

 源次郎がこのままもたもたと墓石を作ろうとすれば、いくら時間があっても足りないだろう。

 別に待っていてもいいのだが、僕の時間は無限でも彼の時間は有限だ。

 それに年齢から考えて、彼は間違いなくあの世に片足を突っ込んでいる。

 待っていては、僕は僕を殺してもらえないんじゃないか。

 そんな疑問が浮かび上がった。僕の生存放棄はどうなってしまう?

 疑問が浮かんでしまっては、手伝う他ない。

 僕は動きやすい服装――――制服というらしい――に着替えて「見てられないよ」と瓦礫を運ぶ役に買って出た。彼はいつも通り僕の服装にグチグチと――その短いスカート止めろとか、なんで男物の服はないんだよとか――文句を言ってきたが、いい加減に慣れてきたのだろう。軽口を早めに切り上げて、呆れ口調ながらも「瓦礫の選別するから、十は集めてほしい」と僕を見送ってくれた。

 小一時間ほど経った。

 選別作業の結果、源次郎は僕の膝頭程度の高さはある瓦礫を墓石と見とめた。長方形型の横長な瓦礫だ。元々は高層ビルの一部だっただろう欠片は、汚染生物の墓にリサイクルされることになる。

 墓石を肩に担いで、源次郎と一緒に畑へと向かう。

 いや、畑……と言うには些か寂しくなり過ぎた場所だ。もうまともな収穫は叶わないだろう。耕した土のうえで、茎を折られた草たち静かに眠っている。

 僕はその隣で、どごん、と汚染生物を埋めた場所に墓石を突きたてた。

「もう少し丁寧にやらんか」

 と、後頭部を叩かれる。

 僕が抗議する前に源次郎は墓石の前に座り込んで、いつの間に持っていたのだろう、尖った小石で墓石をガリガリと削り始めた。

「何してるんだ?」

「前にも言っただろう」

 彼はこちらに見向きもせず、作業を続行したまま継げる。

「名前だよ」

「名前? 汚染生物の?」

「そうだよ」

「知らないでしょ? また源次郎が決めるのか?」

 ふと口を衝いて出た言葉だった。

 躊躇いがちな静寂の後、

「……一応な、知ってはいる」

 最後の言葉だけ、なんとなく歯切れが悪かった。しこりの残るような言葉。

 ガリガリガリ……ガリ……と墓石を削る音が止まる。

 墓石には、やたら下手な字で『マチコ』と書かれていた。

 誰だろう。

 僕が尋ねる直前だ。精根尽き果ててしまったのか。

 源次郎が倒れたのは、それから一分後のことだった。


「人って、いつも自分は若いと勘違いしていたりするよね」

 僕の声はくぐもっている。

「自分が年寄りだってことを認めないと、周囲に迷惑かけちゃうんだよ。無理するのが美徳と思っているか知らないけどさ」

 僕が喋る度に、ガサガサと音が鳴り響く。

「ほーんと、なんか必死過ぎて痛々しいと思うんだ」

「……おい」

 耐えかねたのか、呻き声じみた源次郎の声が聞こえてくる。

「……花、お前何してんだよ」

 と、彼が言うので僕は答えた。

「窒息死の練習」

 がさり、とビニール袋が耳障りな音を立てる。

「お前、呼吸していたのか?」

「していないけど」

 はぁ、と大きなため息が聞こえてくる。

 僕は自分の顔を覆って首辺りを締めていたビニール袋を指で破って、ベッドで寝ている老人に目を向けた。

 何故だか彼は片手を顔に当てて、大変疲れたような表情をしている。

「源次郎、もう少し寝ていた方がいいんじゃないのか?」

 僕がそう言うと、彼はこちらを半眼で見やってきた。

「大丈夫っつってもお前が無理やり寝かせるんじゃねえか」

「虫の抜け殻みたいに転がったくせに」

 反論を続けようとした源次郎は、うっ、と呻く。

 聞きたくないのか、両手で耳を塞ぎ始めた。

 構わず僕は続ける。

「源次郎は僕を殺さなくちゃいけないんだ。なのに肋骨折れたまま動くし夜更かしの連続だったのに眠ろうともしない。僕が管理しなきゃ、昨日にでも死んでいたんじゃないの? 誰がここまで運んだと思う?」

「うるせい。これでもある程度は半機械体だから少しの無理くらい……」

 興奮しすぎて身を乗り出したせいだろう。

 どうも肋骨に響いたようで、彼は無言の悲鳴をあげながら身体をくの字に折り曲げている。

「寝てなって。今から食料と水取ってくるよ」

「……」

 何も言えないのが悔しいのだろう。腹の中がもんもんと煮えている様子だ。

 源次郎は冷や汗を流したままムッツリした顔で壁側に向き直り、ごろんと横になった。

 彼が動かないであろうと確認して、ビニール袋を脱ぎ去り出かける準備を進める。服も以前よりはだいぶ増えてきた。今日は何にしようか。少々迷った後で、かつて存在した巨大な国の民族衣装を着ることにした。確かチャイナ服といったか。詰襟の深めなスリットは動きやすいので最近のお気に入りでもある。

 そして着替えも終わって、バケツを片手に扉のドアノブに手をかけると、

「……気を付けるんだぞ」

 と、誰かさんの小声が耳に入った。

 いってきます、と言うのにも慣れたもんだ。


 少し前まで、僕が家事に対して有用性を持つようになるとは思ってもいなかった。

 セクサロイドは、通常のアンドロイドよりも筋力や思考力を低下させて製造される。もちろん相手方の嗜虐心をくすぐるような特殊なシチュエーションの演出用途もあるのだが、人間が一番隙を見せる時が食事と排せつ行為、そして性行時なのだ。当然の措置だろう。いつバグが発生して暴れようが、セクサロイドはやんわりと押えられ、物を取り上げられる子供のように覆われてしまう。そんな風に出来ている。

 僕の体は性的欲求を解消させる為に製作された。

 女性と見紛うようなあどけない美貌も、蠱惑的で未発達な太ももやお尻も、全てはニーズに答える為に。

 この瞳や表情が赤く染まり憂うのは、媚態を見せて悦ばせる為に。この手は物を掴む為ではなく、殿方やご婦人を優しく愛撫する為に。この口は対話の為ではなく、その柔肌を淡く削り取り耳朶のそばで甘い声で泣く為に。この生殖器は排せつの為ではなく、彼らを深く咥え込む為に。お望みとあらばいつでも破瓜の血も流そう。必要なら涙を流して足を開き、嫌だと抵抗しながら腰を振り、最後には笑顔も提供しようじゃないか。

 有用性が無くなり流行り廃れてしまったのなら、新作が並ぶショーウインドウを横目に廃棄行だ。――だったのだ。

 それなのに僕は未だに性交渉未経験で、食料を確保して水を宅配しているのだから、何が起きるかわからないものだ。

 そういえば、とふと思う。

 僕は自由を求めて死を探し、さ迷い歩いた。

 あの頃とは違う状況にいるというのに、ふとした時に足枷は絡みついてくる。

 僕の有用性ってなんだ?


 家を出てすぐ横、のんびりと日向ぼっこしているキャメラントを見やる。

 心地よさそうに目を細めて鼻を垂らす姿は、どこか可愛らしく思えた。

 普段なら源次郎が信号棒を巧みに操作して食料確保や水の運びを手伝わせているのだが、残念ながら僕は生物に対しての有用性を持っていない。セクサロイドに生産機能なんて必要ないのが当たり前だ。快楽を刺激する知識だけあればいい。何も知らぬ無垢な少女のように微笑めれば満点だ。

 キャメラントと出かけられないのは残念だけれど、僕は言う。

「行ってくるよ」

 キャメラントは巨大な頭を下げて、見送るように柔らかな鼻を高くあげた後、一度だけ鳴いてくれた。


 バケツ一杯に水を貯めると重くなる。

 バケツに重心を揺らされながら、僕はひとり荒野を歩く。

 物を運ぶというのは大変なもので、人間は生きる為に食料や水を確保しないといけないのだから面倒なものだと思う。これだけ頑張った結果、彼ら人間は死に辿りついてしまうなんて少々哀れに思えた。少し怪我してしまえばそれが致命傷になりかねないし、またそれが癒えたとしても完治は望めず一生付いて回る可能性もある。ご主人も、それがキッカケとなってこの世を去ったのだ。生きるというのは慎重だ。

 慎重といえば、汚染生物を処理した後、僕は久しぶりに人に叱られた。ご主人以来だった。僕はどのようなことにも耐えうるように造られている。その反論は火に油を注いだだけで、より険しい目つきで汚染生物の危険性を語られて「無茶はするなよ」と締めくくられた。まぁ死を求めているのに叱られるのもおかしい話だし、言った本人が倒れているのだからみっともない。

 死はいつでもそばに寄り添っている。それは、ただ目に見えないだけで。

 源次郎はそう言っていた。

 汚染生物だって同じだ。

 僕は汚染生物にとって死となったのだろう。羨ましい話である。

 源次郎が言うには、あの汚染生物の名は「マチコ」と言うらしい。未だにその人が誰なのか、何故知っているのか、僕は何も訊けていない。

 彼が墓に名を刻み終えた際の顔が、目に焼き付いてしまったのだ。源次郎の横顔。それはご主人と同じ顔。僕が「どうして抱いてくれないの」と訊ねた時と、同じ顔。

 空を仰ぐ。

 あの汚染生物が死んだのは、全くもって偶然だ。

 偶然ってなんと素晴らしいことだろう。

 僕が源次郎と出会ったのも偶然。

 この金属繊維の人工皮膚じゃあ、偶然というのは外的要因以外作用しない。例えば僕ががむしゃらに走っても立体知覚で周囲の異物は電子干渉で感知して避けてしまうし、どれほどバランスを崩しても体感覚は数値を弾き出して地面に倒れることはあり得ない。

 ここでどんなにグルグルとバケツを振ったって、コケることもなければ倒れもしないのだ。

 偶然とは素晴らしい。

 もちろん確率を計算すれば偶然は必然になるだろうが、僕があの街を出る選択を早めても遅めても源次郎に出会うことはなかっただろう。

 雲ひとつない空は高くて、真上に位置する太陽は大地を焼けつくさんと輝いている。僕は頭を振るって黒髪を揺らした。

 僕のそばにも死は寄り添っている。

 こんなに頑張っているのだし、早く執行してほしいな。

 そう願った。


 帰宅すると、源次郎は暇そうな表情で外を眺めていた。

「なんで浸ってんの」

「帰ってきたらただいまと言え、ただいまと」

「ただいま」

「おかえり」

 彼の言葉を背にしながら、僕は台所に食料を並べていく。

 と、少しの間の後にぽつりと言葉が流れてきた。

「畑、また作らなきゃなぁ」

 寂しそうに彼は言う。

 確かにあの畑ではもう収穫なんて夢のまた夢だ。汚染生物が散々暴れてしまったうえに体液まで撒き散らされている。被害は甚大で、失敗と言っても過言ではなかった。

「当分は無理だろ」

 僕は告げる。

 畑だけの話じゃない。

 彼の肉体は酷使しすぎている。医療の分野には疎いが、それでも彼に休息は必要だと感じていた。

「まぁな。もどかしいぜ」

 彼はなるたけ明るく言っているが、悲壮感は隠しきれていない。

 なんだか、病床に伏したご主人を思い出してしまう。健康的だった腕は触れれば折れてしまいそうなほど細くなり、肌色も黄色人種だったというのに雪の様に白くなってしまったご主人。その首筋は骨が浮き出ていて、何も持てなかった僕でも持ち上げられそうなくらい痩せていた。

 つと、僕は視線を横に流す。

 無造作に立て掛けられていた信号棒を見やった。

 大昔に、象使いという仕事があった。タイ北部で象を使役して輸送や開墾などを生業としていた人たちがいたという。またローマ帝国では戦象として活躍していたとも聞く。いわゆる軍事目的の動物兵器だ。

 それらに着目した人類が遺伝子改良を重ねて繁殖能力や成長速度に手を加え、長期間に渡って水も飲まず酷暑や超乾燥地帯にも耐えうるラクダと合成させられて誕生した機器生物。

 キャメラント。

「僕がしてやろうか」

「は?」

「僕がしてやろうか」

「二度も言うな聞こえている。何をするんだよ、また変なことを言うつもりじゃねえだろうな?」

「僕が畑を作ってやるって言っているんだよ」

 予想外の言葉だったのだろう。

 ぽかんと口を開いた源次郎は、記憶媒体に永久保存したくなるほど見物だった。

 僕は荷物を台所に放置して、彼愛用の信号棒を手に取った。瑞々しい果肉じみた感触が手のひらに伝わってくる。

 一見すると真白の棒だが、内部は僕も知らないほどの高密度な機器が詰まれているのだろう。微弱なパルスでキャメラントを操作するという話を耳にしたことがある。どう操作するなんて、わからないけれど。

 信号棒を振るって、僕は源次郎を見やった。

「畑、作らないともったいないよね」

 僕が微笑んでやったというのに、気持ち悪いものでも見たという風に源次郎が顔を歪める。

 失礼な奴だ。まぁ、確かにさっさと畑を作れば僕を殺してくれるに違いないという打算もあるが。

 何よりも、僕はまた見たくなっていたのである。

 あの畑に咲いていていた綺麗な花を。

 それには、キャメラントと一緒にまた新しく耕さないといけないじゃないか。

 さあ教えてくれ。

 毒物を作る方法を。

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