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死にたがりの機械人形と対汚染生物

人によっては苦手な描写があるかもしれません ご了承を

 その日から数日、源次郎と初めて寝ずの番というものを行った。

 篝火を畑の周囲に結界でも張るように置いて、じゃきり、大柄な老人は猟銃を肩に担いで座り込みしている。

 ポップコーンが弾けたような小気味良い音を耳にして、煌々と燃え上がる火に両頬を照らされる。篝火を一瞥した後、瞬く星々を経由して、源次郎の老いた横顔を見やった。

 キャメラントは自宅でお留守番だ。この場には僕と源次郎、そして踏み荒らされた畑しかない。

 僕は膝を三角に折ったまま、彼に問い掛ける。

「これ、いつまでやるの?」

「奴が遠ざかったのを確認するまで、だ」

 奴。

 汚染生物だ。

 人類が生き長らえてしまった結果、地球が生み出した修正プログラム。そういった説を唱える学者もいた。第一人者として誰よりも最前線で研究し、早々にソレに襲われて絶命した。

 僕は彼が手にした猟銃を見やる。

 大昔の銃で、レミントンM700……とか言ったか。以前、気分が昂揚していた源次郎が詳しく語ってくれていたが覚えていない。興味がなかったせいだろう。

 僕は両ひざに頬を重ねて、もう一度声をかけた。

「その銃で狩れる?」

「無理だろうな」

 彼は憮然とした表情で即答する。

「奴らの肉体は伸縮性に富んでいる。ちょっとした攻撃なんざ無意味なもんさ」

「じゃあ、畑は荒らされて終わるんじゃないか?」

「そうさせん為に俺らが見張っているんだろう」

 ふん、と源次郎は鼻を鳴らした。

「どうやって」

「どうやってもだ」

 彼は銃床を土にドカッと踏ませて断言する。

 根性論。

 なんだか理不尽で理解不能だった。

 彼に反論しても意味はないようなので、僕は頬杖を突いた姿勢で横を向く。

 短いスカートのせいか、薄い布一枚越しに当たる地面はやたら冷えていた。

 現在、人類はほとんど死滅した状態にある。文明と呼ばれるものは存在せず、おそらく生存した人間の総数よりも汚染生物の方が数多いだろう。彼らが出現してからは浸食の速さは尋常ではなく、あっという間にアメリカや日本といった大型都市は壊滅したらしい。まぁ人類もなかなか抵抗したおかげもあって、死因は病となってしまったのだが。

 もちろん、僕も汚染生物は何度か目にしたことがあった。

 あれはご主人の旦那が戦地へ向かう時か。

 街中に出現した汚染生物へ、対抗した市民が荒波のように襲いかかっていったのを覚えている。汚染生物はまばたきの間に飲み込まれてしまっていた。

 どっちが怪物なんだか、とご主人が告げたひと言が今も耳にこびりついている。

 それもそうだ。

 汚染生物は、元々は人間なのだから。

 病に侵された、元人間。

 僕は嘆息して、外気に晒された自らの太ももを親指で撫でた。今は亡き大手メーカーで精製された金属繊維による人工皮膚は上等な代物で、いくら汚れた土に座り込もうが荒れた土地で夜更かししようが傷ついた様子はない。高々度から落下したって丈夫だったのだ。手入れしようがしなかろうが変わりやしない。

 隣で、目の下にクマを作った源次郎があくびしていた。

 なんとなしに、僕は膝頭に額を当てて顔を伏せる。

 汚染生物なら、僕を殺してくれるだろうか。

 きっと口にしたら源次郎が怒るので、僕はじっと黙っていた。


 ひゅおうっ、と通った一陣の風に耽っていた思考が流されていく。


 それは一瞬で訪れた。

 ゴミ山はボンッと爆音を奏でて、様々な壊れた機器を噴水のように空中へ弾かせる。出し抜けに耳をつんざく奇怪な咆哮と、真紅とサーモンピンクが混濁した巨大な臓物じみた物体が流れ込んできた。

 汚染生物だ。

 ソレは薄汚れた機器の雨を掻い潜りながら、こちらへ素早く接近する。

 僕は身構える暇もなかったが、彼は違った。

 源次郎が反射的に猟銃を構え、引き金を引く。

 どぶん、と水中で腕を振るったような、くぐもった音が聞こえた。

 彼は舌打ちしながらも一発、二発、手慣れた様子でボルトハンドルを操作し、汚染生物を撃ちぬいていく。

 まぁ、それらに効果があるとは贔屓目に見ても到底思えなかった。

 汚染生物が鎌首をもたげて、自身の巨躯を地に叩きつけた。轟音とともに土煙が辺りに飛び散って、大地に亀裂が走る。そのまま流れる動作で巨体を横薙ぎに振るい、源次郎の胴体を一閃。彼は短い悲鳴をあげて、畑の中へと吹き飛ばされていく。

「源次郎!」

 言う間に、彼は畑の生い茂る草の向こうへ吸い込まれて消えていった。

「源次郎!」

 再び彼に呼びかけるも、返事は聞こえない。

 悶絶しているのだろうか、生きているのだろうか。

 次は僕の番だろうか。――そう思うも、予想は外れてしまう。

 嫌な風切り音が僕の横を過ぎた。

 汚染生物は身を捩らせて夜空へ雄叫びをあげながら、体を投げ出すように源次郎がいる方向へと向かっていく。

 僕は驚いた。

 汚染生物に意志があるという話は聞いたことがない。

 彼らは人間から変質した者であるが、その過程で病原体に細胞レベルで破壊されたうえで別の物質に組み上げられ、脳が融解されて皮膚や筋肉が異常隆起していく。そんな情報が僕の記憶に反映されている。

 しかし、どうもあの汚染生物は源次郎に執着しているように思えた。

 いけない、と判断する。

 悪いが、既に僕が彼に依存しているのだ。

 僕は彼に殺して貰わなければいけない。

 僕を殺してくれるのなら大歓迎なのだが、彼だけに手を出すとなると話は別だ。

 キチキチキチ……と僕の脳裡で焦点を定めるような音が鳴り響く。

 同時、機械人形の肉体が爆ぜたように汚染生物へ迅速に跳躍した。駆けだしたつもりだったのだが、跳躍したかとしか思えなかった。

 景色が僕の後方へと流れていく。このままでは思考が追いつかない。情報処理能力を限界まで高めて、汚染生物の前へ回り込んだ。

 獰猛なエンジンを吹かすように汚染生物が呻く。

 ロボット三原則に則って、僕は人に危害を加えることは出来ない。

 しかし、元人間とならば話は別だ。

 赤く光る眼光を見上げて、巨体に打たれる前に両手を突き出す。汚染生物の攻撃には耐えられるだろうが、その体格差では衝撃の吸収は不可能と判断したのだ。怒りや闘争など自分は持ち合わせていないが、強いて言うなら、人間を守らなくてはいけないという判断が下された結果なのだろうか。

 先手必勝。僕は臓物にも似たソレを両手で掴んで、赤子を抱く形でぐぉんと持ち上げた。

 そして吐息でもするように、汚染生物を地面に叩きつける。

 ぐじゅん、と紫じみた液体の飛沫が舞う。

 おぞましい悲鳴――だろう――があがった。

 僕は汚染生物を殲滅するのに没頭した。相手の肉体を欠損させる度に生々しい衝撃が身体に伝わってくる。

 その圧倒的な支配力の中で、なんとなしに僕の同継機たちを思い出した。

 僕と同時期に生み出された兄弟たち。

 僕らを扱った人間たちは、こんな感じで僕らを見下ろしていたのだろうか。

 そういえば、ご主人は僕を見下ろしたことなんてなかった。

 ――と、特に何の感慨も持たなかったが、気付けばソレは動かなくなってしまっていた。


「おおい、気持ち悪いからやめろ」


 ふいに、源次郎の声が耳に届いた。危険を排除しようとするあまり、周囲に気を配っていなかった。

 嘔吐まじりの声を後ろ耳にして振り返れば、彼は猟銃を杖替わりにして全身を紫色に染めた格好でこちらを睨みやっていた。

「終わりだ、終わり。興奮するな、馬鹿」

 アイテテテ、と呻く。

 僕は汚染生物から離れて、源次郎のそばへ寄った。

「大丈夫か? 源次郎」

「ンなわけあるか。肋骨折れとるわ」

 彼は僕を横に押しやって、汚染生物へふらふらと近づいていく。

 完全に絶命したソレを眉をひそめながら観察して、源次郎は目を閉じて手を合わせた。

 彼の黙とうを見やり、僕は首を傾げる。

「何しているんだ、源次郎」

「見てわかるだろ、祈ってんだよ」

「なんで」

「生きていたからだ」

 途端、なんだか僕は困惑してしまう。

 自分は悪い判断を下してしまったのだろうか。

 僕がおろおろしてしまっているのを見やってか、彼は渋い顔をしたままこちらの頭を優しく撫でてくれた。

「ありがとうよ」

 と、彼は礼を言う。

 その言葉にどんな意味合いが込まれていたのか、僕は知らない。

 源次郎は「墓を作るから手伝え」と僕に言った。

「汚染生物だって生きていたんだ。別に作っても問題ないだろう」とのこと。

 彼と一緒に二日がかりで畑の横に大きな穴を掘って、汚染生物を中へと転がした。その際に彼は汚染生物の肉に埋もれた内側から、ひとつの錆びたペンダントを見つけたようだ。何を思ったのだろう。彼はペンダントをひとしきり眺めた後、舌打ちして簡易的な墓穴へとペンダントを投げ込んだ。

 せめて人間らしく。

 彼はそう言わないが、ふと僕はご主人の言葉を思い出した。

 弔いなのか知らないが、源次郎はその後一週間、畑の周囲にある篝火を絶やさせることはなかった。

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