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死にたがりの機械人形と汚染生物

 立ち並ぶ墓標の家々と老朽化したビル群、そしてゴミの山。何十年か百年前ほどには整地されていた道も見る影もない凹凸激しい荒れ道となっている。血管じみたパイプや木の根が荒れ狂ったその道の先に、ちょっとした広場はあった。

 空間の中央に鎮座する木材小屋が源次郎の家であり、僕のホームステイ先でもある。

 そして僕は現在、その源次郎の家屋で首を吊っていた。

 足の裏に漂う浮遊感は心地悪いが、首を軸にして時を刻むメトロノームのように体を動かすのは面白かった。

「花、お前何してんだ」

 背後から嫌悪感が滲んだ声。

 振り返れば、半眼でこちらを見やるロマンスグレーの男性、家主である源次郎がいた。

「見てわかるだろ。首つり自殺だよ」

 僕は肩をすくめ――ることは出来ないがすくめる仕草をして――て、淡々とそう答えた。

 僕の声は声帯という臓器ではなく音声合成や自然言語処理、人工声帯信号で行われている為、首を吊ったところで喋ることに支障はない。

 ぶらぶら揺れながらスラスラと喋る僕が気色悪いのか、源次郎は口端を引き攣らせながら目線を逸らした。代わりに、決して好意的ではない声を突きつけてくる。

「楽しいか?」

「わりと」

「で、その服装はなんだ」

「近所のゴミ山から拾ってきた」

 僕は紐を中心にぐるんと身体を回転させる。

 拾ってきたのは、21世紀初頭に日本の極一部の地域で流行した黒と白のモノクロ基調に仕立てられたメイド服だ。

 物は少々薄汚れていたり、ほつれや切れなどがあったものの、修復するのにはそれほど時間はかからなかった。

 これも源次郎が僕の筋力プロテクターを解除したおかげだ。ゴミ山漁りに筋力は打ってつけなのである。まぁ、あまり張り切り過ぎると腕の関節やその他諸々が酷い目に遭うのだが。

「……そうじゃねえよ。それ、女物の服だろうが」

「僕は可愛いし細身に造られているから。女物の服も似合うよ」

 それは事実だ。

 僕は人々の性的欲求に答える為に眉目秀麗に製作された機械人形である。なので自慢ではあるが、見た目には自信あり。そうでなければ商品としての価値はない。僕という存在の有用性を作るひとつ。

 だというのに、はぁぁ……と源次郎は肺にあるだけ大きく嘆息した。

「似合う似合わないの話じゃねー……ああ、もういい。俺は仕事に行くからな」

 彼は何故だか不機嫌そうに眉をひそめて、愛用のクワを肩に担いで外へ出ていってしまう。

 どばんっ、と扉で破裂音を残して。

 衝撃にぶらぶら揺らされながら、ふむ、と吊られつつも顎に手を当てる。

 少しだけ考えて、僕は即結論を出した。

「やっぱガーターベルトじゃないから怒ったのかなぁ」

 セクサロイドとして満点の回答だろう。

 ついでに、怒ったならそのまま殺してくれればいいのになぁ、とぼやいた。

 とまぁ、そんな風に、僕は源次郎との生活を送っている。

 遠くで象とラクダの合成キメラ、キャメラントの鳴き声がした。


 僕がここに住み始めて半年になる。

 畑に埋めた植物も十分に育ち始めて、なんと白とピンクのグラデーションをした花まで咲き誇らんとしていた。

 しかし源次郎は鮮やかで可愛らしい顔を見せる花に用はないらしく、花が開花寸前になったので切り落とす作業に入るという。

 本日が、その切断式でもあった。

「まぁ、いわゆる斬首刑だよね」

「はあ?」

「まぁ、いわゆる斬首刑だよね」

 荒涼とした大地に、乾いた風がひとつ吹く。

「聞こえてるっつって……もういい。これは花じゃなくて葉っぱに栄養を行き渡らせる為だ。仕方ねえだろ」

「ああ、でも花って雄しべと雌しべがあるから頭に性器があるようなものか。斬性器刑だね」

 鋏を片手に、源次郎は諦めたような目つきで肩を落とした。

 僕は精一杯、哀れみを誘う仕草で優しく花を撫でていく。

「自分の都合で性器切断を行うなんて猟奇的だ」

「男のくせにメイド服なんざ着る方が狂気だろうが」

 と、彼は僕の青き果実(身体)に目線を送る。

 やたら黒を基調としたタイトなメイド服だ。ここら辺の街はそういう文化があったようで女性物の服が多数、お天道様に晒されている。僕も好きで着ているわけじゃないが、代わりの服もないし着れないこともないので着ているだけだ。問題なのは、僕は男性型なので胸の部分が異様にスカスカなことだろう。おかげで少し屈めば色々と覗いてしまう。まぁ、別に覗かれたって構わないが。

 ふん、と僕は鼻息ひとつして源次郎を見やった。

「それとこれとは関係ないね。こいつらも花なんだろう。僕の名前も花だ。花を斬るなら花を切り落としてくれ」

「お前は別に首とか切ったぐらいで死なねえだろ」

「うん」

「死なねえのかよ……」

 素直に頷いたのだが、源次郎は頭を抱えて、どこか絶望的な色合いの声を吐き出していた。

「とりあえず、僕は反対だ。別に花を咲かせても収穫に問題はないだろ」

「お前なぁ」

 彼はいつもよりも老け込んだ表情でこちらを見やる。

「ここは俺の畑だ。文句があるなら家から出てってもらってもいいんだぞ」

「DV夫みたいな言いぐさだ」

「抜かせ。口減らずのチェリーが」

「暴言も精神的DVに当たるんだぞ」

「お前は俺の何なんだ、ええ、花」

 ぼぉぉ……と、キャメラントが奇妙な鳴き声をあげた。

 その声に何かを察したのか、源次郎が軽口の応酬を切り上げてキャメラントの方へ顔を向ける。

 キャメラントはその長い鼻を何度か天に向けて、もう一度だけぼぉぉ……と鳴いた。

「……どうした、源次郎」

 僕が首を傾げるよりも先に、彼はさっさと持ってきていた仕事道具をまとめ出した。いつもと違った様子に、僕は怪訝な目をしてしまう。

「おい、帰る支度しろ。切断式はまた今度だ」

「帰るって、まだ午前中だろ」

 彼は顔の半分をこちらに向けて、

「キャメラントの鳴き声を聞いただろう。あれはいつもと違った。たぶんだが、近くに汚染生物がいる。キャメラントは敏感な鼻を持っているからな」

 あいつはセンサー替わりでもあるんだよ、と源次郎は言った。

「じゃあ、この畑はどうするんだ」

「もう畑を守る時間もない。今日の夕方頃にまた来よう。それまでは別の場所で晩飯探しでもしておけばいい」

 彼は手早く荷物をまとめると、岩とその鎖にくくりつけられていたキャメラントを解き放って、信号棒を操作し機器生物を誘導していく。

 僕は彼の少し後ろを歩きながら振り返る。

 青い空の背景を半分は隠すように、僕の背丈よりも少し低い植物たちが風に揺られていた。

 またね、と手でも振るように。


 そして夕方頃にまた畑へと戻ってみれば、彼の予想は的中していたようで。

 散りゆく花びらが風に舞う。

 以前のような広々とした空が、僕の視界の半分を埋めている。

「……どう対策したもんかね」

 源次郎は決して落ち込んだ様子はなく、むしろ考え込んだ表情で言う。その脳裡にいくらか対策を打ち立てているのだろうか。決して僕を見ることもなく、じっと何らかの汚染生物が通過しただろう被害地を睨んでいた。

 僕も彼に習って、畑を睨みやる。

 畑は見事に、半分以上は踏み荒らされて壊滅していたのであった。

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