閉鎖された北エリアによる北エリアのための騒動
クラカは通話を終えて玄武明良のデバイスをそっと机に戻す。
背後では柊が楓の復旧を行っており、玄武明良と扇動岐路は通信機の修理をしている。
そして外は大吹雪で出ることも叶わない。閉鎖状態の中でクラカはまたすぐに暇になってしまう。
テレビをつけてニュースを見れば速報で犯人が捕まったとある。クラカはずいぶん早かったと疑問に思うが、すぐにニュースに飽きて他の番組を見る。
すると再放送のアニメ映画が行われており、路地裏ニャルカさんと鵺の歌姫というオープニングが流れ始めた。
「…ニャルカさん?」
初めて聞くアニメの名前に首を傾げつつ、クラカはアニメ映画を見始める。
黒猫とヒヨコ、そしてライバルの白猫を交えた路地裏から始まる冒険譚。
時には笑いあり、涙あり、そして最後には映画タイトルである鵺の歌姫の意味を全て集約したラスト。
海外有名大学の配信講義動画を見終えた扇動美鈴が降りてくる頃には映画は終わっていた。
そしてクラカだけでなく復旧した楓や柊、扇動岐路と玄武明良の全員がテレビ画面に釘付けになっていた。
「ど、どうしたんですかお父さんたち…」
「あ、ああ。美鈴、実は父さん久しぶりに文学作品にも劣らないアニメ作品を見てな…うっ」
目頭を押さえて感動で泣き始める父親を見て、扇動美鈴はテレビに目を向ける。
画面にはエンディングのスタッフロールが流れている。その流れる名前を見て、扇動美鈴は忘れていたことを思い出す。
「にゃ、ニャルカさんの映画!?あああああああ、忘れてたぁああああ!!!」
「…美鈴」
「あ、明良さん、いや、僕はその別にニャルカさん大好きとかではなくてですね、その、そう大学の講義で…」
「北エリアのビデオショップレンタル配達手配してくれ。ニャルカさん全巻だ」
玄武明良の言葉に、はまったのかと驚くと同時に、ニャルカさんアニメ全巻見れるという嬉しさに扇動美鈴は急いで配達レンタルサービス接続した。
ちなみに鵺の歌姫では鵺役とエンディング歌手にマスターの妹であるケイトが採用されていることに、誰も気付いていなかった。
雪が通行を妨げて誰もが家の中でひっそりと暮らしている日。
絵心太夫は暇のあまり大好きなヒーロー活劇のドラマを見ていた。
ある日気弱な青年が力を手に入れてスーパーアクションを繰り返す、ラブロマンスも入った有名なドラマである。
今はヒロインと主人公がキスをする場面なのだが、絵心太夫は興味がないので音声だけを聞いて視線を他に移していた。
大雪で窓が凍りつく外は真っ白で、雪を見ていると絵心太夫は必ず思い出す。
雪山で助けてくれたヒーローのような存在、憧れの人物、主人公を探していた青年。
もう一度会えるなら会いたいが、名前すら知らない青年はどこの誰かも見当がつかない。
ドラマを見終わって暇になった絵心太夫はテレビのチャンネルを切り替えて、速報ニュースに目を奪われる。
中央エリアで起きた謎の窓ガラスが割れる事件とその首謀者と思われる少年の搬送。
そして謎の砂鉄少年の捜索やインタビューが流れていく。絵心太夫はせっかくのチャンスを逃したことを知る。
主人公、つまりヒーローのように立ち振る舞うチャンスだ。しかし北エリアは大雪で全ての交通機関がマヒしている。
どうしようもないことに絵心太夫は諦めた。例え重力が操れる能力を持っていても天候には敵わない。
「…次は吸血鬼物でも見るかなー」
結局はテレビを見ることしかできない絵心太夫は新しいDVDを取り出す。
そしてまだ続く中央エリアの事件に関しては、いつもの冴えわたる勘は働くことはなかった。
そして豪華な家のある一室で猪山早紀は玄武明良に会えないことを嘆いていたが、特筆するべき事柄ではなかった。
息を荒げてニャルカさんのお面をつけた少年は、西エリアから中央エリアに帰るための電車に乗ろうとした。
しかし駅は人混みだらけで、電車が事故のため緊急停止していると放送が流れている。
駅員に詰め寄る人々と不安そうに電光掲示板を見る大人達、さらにはお金の払い戻しをしてタクシーに乗ろうとする人達。
様々な人々が動くが、誰も少年に気付くことはない。少年、駿河瑛太はそのことに安堵していた。
誰も自分に気付かないままでいてほしい。このまま自分の方を見ずに進んでいけばいい。
無関心であることが心地よくてどこか寂しいと感じつつも、少年は駅から出て歩いて中央エリアに向かうことにした。
少し体力は使うが無理なことではない。安定した歩行速度で駿河瑛太は歩き出す。
だから気づかなかった。電車が動かない理由として自分の知り合いである氷川露木が関与していたことに。
そして中央エリア駅では現代ではありえないような能力対工具の対決が行われていることも。
知っているのは巻き込まれた仁寅律音だけである。