二人の交わらぬ人生
求道哲也の未来ではアニマルデータはあまり社会に影響を及ぼさなかった。
ただ医療面では大きな発展が見られ、子供達は試験官から安全に生み出すことができる時代だった。
その未来では豊穣雷冠も時永悠真も試験管から生まれた普通の子供で、求道哲也は母親の腹から生まれた子供だった。
人間兵器なんて必要なく、普通の学校で豊穣雷冠と時永悠真と同級生になって仲良くなった。
放課後では求道哲也の実家が経営している喫茶店で遊んだり、秘密基地を作っては外に出かけたりしていた。
どこにでもあるような平和な時間を求道哲也は味わっていた。アダムスのいない、誰も悪くない未来。
それは竜宮健斗達が作った可能性の一つ、平和な未来世界。
しかしすぐに平穏は壊れる。試験管から生まれた子供達にかかる奇病が流行ったのだ。
求道哲也のような母親の腹を介した子供は平気だったが、時永悠真も豊穣雷冠もその奇病に苦しみ、死んだ。
致死率はほぼ百という数値の、特効薬や治療法も確立されてない病は求道哲也から友達を奪った。
それでも人間はいつか死ぬものだと、哲学が大好きな求道哲也はそう自分に言い聞かせた。そうやって無理矢理納得した。
だが理不尽だとは感じずにはいられなかった。同じ命なのに、生まれの差異で死んでいいとは思えなかった。
もっと早く誰かが試験管赤子の違和感に気付いていたら、少しは変わったのではないか。そう考えた。
だから伸ばされた手を求道哲也は掴んだ。過去に行ける手段を持ったタイムマシン開発者、常連の切札三葉、またの名をクローバー。
両親と二度と会えないと覚悟して、友人二人を救うために動いた。
そして知らされたのは求道哲也のこの未来の可能性を作った、過去にいるという別の未来世界から移動した時永悠真の存在。
魔法使いの弟子による事件で死ぬはずだった。求道哲也の世界ではそうなっていた。
クローバーは扇動美鈴としてその過去を知っている。だから変えようと思ったし、会わせたいと思った。
求道哲也のように、友達を救おうと必死に行動していた大事な仲間の時永悠真が報われるように。
クローバーは餞別代りに求道哲也には哲学辞書だけを渡して、タイムマシンで時永悠真が事件によって死ぬ前の時間に移動させた。
連絡は取れず、助っ人もいないが、求道哲也なら大丈夫だろう、また矛盾が起きないように配慮したのだ。
求道哲也もそれで納得し、理解できないようなタイムマシンの移動に目を回しつつ、竜宮健斗の時代である中央エリアに到着した。
そこで死んだと思った、違う未来世界からやって来た豊穣雷冠に出会った時は驚きで声が出なかった。
豊穣雷冠の未来では能力が社会の発展を促すとして、多くの能力者が活躍していた。
戦争や紛争では子供達が大人数十人分の働きを見せることも珍しくなかった。
これも竜宮健斗達が作った可能性の一つ、戦争をする未来世界。
そんな時代で人間兵器として豊穣雷冠は生まれた。日本を守るために強く育てられた。
特別な教育機関に入れられていたが、放課後は普通の子供達にまじって遊んでいた。そこで求道哲也と時永悠真に出会った。
人間兵器として強くなりながら、戦争できるように憲法を改正させられた日本を守るため、そして二人と遊び続けるため。
豊穣雷冠は学び戦い続けた結果、戦火で二人を失った。民衆を狙った空爆で、一般人の二人は呆気なく死んでしまった。
もし憲法が改正させられなかったら、能力者が戦争の道具にならなかったら、少ない知能で豊穣雷冠は考えた。
考えて、結局二人は帰ってこないのだと理解して、空爆をした国に報復として個人的に攻撃しようとした。
すると手を伸ばす存在がいた。そんなことしなくても二人を守ることができる未来があるよ、とクローバーがタイムマシンの説明をした。
豊穣雷冠は伸ばされた手を掴んだ。深く考えないまま、衝動的にその手を力強く握った。
魔法使いの弟子による事件で時永悠真が死に、駆けつけた求道哲也も巻き込まれて死んでしまう過去。
クローバーが扇動美鈴の時代に体験した話。そこに能力者である豊穣雷冠がいたら…変わったかもしれない過去。
あまり脳を動かすのが得意でない豊穣雷冠に簡潔な説明と砂鉄が入った箱を渡して、クローバーはタイムマシンを起動させた。
指示したのは砂鉄を同じ場所にいるであろう求道哲也に見せ、解決策を聞けということ。
豊穣雷冠はそれだけなら覚えられたので、目の回るような移動に耐えつつ竜宮健斗の時代である中央エリアに着いた。
そして目を丸くして驚いている求道哲也に説明をし、二人で行動して時永悠真が事件に巻き込まれるであろう現場に走ったのだ。
二人は全く違う世界の求道哲也と豊穣雷冠。時永悠真が知っている二人ではない。
他人と言ってもいいほどの違う未来世界の、可能性から生き残った友人だった。
だから二人は竜宮健斗達が知っている時永悠真を知らない。知らないが、友人である守れなかった時永悠真の生まれ変わりのように捉えた。
また求道哲也は豊穣雷冠を、豊穣雷冠は求道哲也を、同じように捉えていた。
友人によく似た違う時間の他人だと。でも守る価値がある他人であると。
「これが俺達の全てだ。俺達は知っているようで知らない…友人だ」
「うう、角チョップいやだぁ…」
「あ、ケンが理解しきれなかったみたい」
崋山優香は頭を抱える竜宮健斗を見て呟く。
同じように葛西神楽も怯えているので、駄目であるらしい。
さらには豊穣雷冠さえ二人と同じ状況であるため、求道哲也は溜息をついた。
なぜ当事者が理解できねぇんだよと怒りたい気分だったが、死んだはずの友人と同じ存在で、知らない存在の豊穣雷冠という状況に疲弊した。
しかし豊穣雷冠は特に気にしておらず、やべーよ哲也の攻撃こえーよ、と青い顔をする。
「…ん?あ、律音くんから着信」
崋山優香は震えるデバイスの通話ボタンを押し、応答する。
すると冷静な声で仁寅律音が皆無事だろうけど一応確認のために電話したよと告げてくる。
通話向こうでは人の声で騒がしく、仁寅律音の声は聞き取りづらい。
スピーカーホンにして全員に通話が聞こえるようにし、御堂霧乃が外はどういう状況だと尋ねる。
『あちらこちらで警官が事情聴取にテレビのインタビューだらけ。今は外を歩くのも困難だと思うよ』
「…インタビューや聴取受けたか?どんな風に聞かれたとか」
『犯人は捕まった、でももう一人の怪しい子供が捕まってない…って。つまり犯人は子供なんでしょ?で、なんとなく君達はその怪しい子供と一緒にいる気がする』
仁寅律音の勘の良さに籠鳥那岐は舌を巻く。
そして視線が一斉に豊穣雷冠に向かう。それを何と勘違いしたのか、豊穣雷冠は決めポーズのような体勢を取る。
すぐに求道哲也が後ろ頭を叩き、ポーズは崩れてしまうのでカッコよさは皆無である。
御堂霧乃が説明するかどうかで迷う。仁寅律音は敏い上に計略を張り巡らせるが、基本は利がないと動かない。
だからといって黙っていたら後々厄介になりそうだと、御堂霧乃の女の勘が働く。今のところその勘が外れたことはない。
そんな御堂霧乃の思考に気付かず、竜宮健斗があっさり五秒後に全て話してしまうのは別の話である。
電話向こうのドタバタ劇や竜宮健斗の拙い説明、御堂霧乃のもう少し考えろとの怒鳴り声、籠鳥那岐の筋を通したあらすじ。
それらを聞きながら仁寅律音は、やはりまた厄介事に巻き込まれてると溜息をつく。
正直仁寅律音としてはクラリスの事件、地底遊園地、未来世界の三つでほぼお腹一杯なのである。
もうこれだけのことに巻き込まれたなら今後の人生穏やかに過ごしても怒られないだろうと思うくらい、巻き込まれたのだ。
それなのに勝手に事件はやってくる上に、必ずそこに竜宮健斗がいる上に、仁寅律音達も関わってしまう。
何の因果だよこれと投げやりになりたくなる反面、仕方ない今回も付き合うしかないかという思考もある。
利益を優先する仁寅律音だが、竜宮健斗が関わってくるとその判断が少し甘くなるのを本人は自覚していない、というかしたくないのだ。
「…問題の居場所はわかったし、僕はここで失礼するよ」
『応!また今度遊ぼうな!』
「気が向いたらね。じゃあね」
デバイスの通話を切り、仁寅律音は全国展開しているコーヒーショップのフラペチーノの残りを飲む。
外を歩けば記者や警察が歩いていて、気が休まらないのだ。なので外が落ち着くまで一人でコーヒーショップに入って休んでいるのだ。
だが事件とは向こうからやってくるもので、仁寅律音はその事件の一部にまた出会うことになる。
団体客が入ってくる騒がしさと、その客を見て一瞬沈黙する店内という対比。
その団体客の中にはいつもと違う和服を着た、とてもよく見知っている凜道都子と仁寅律音は目が合う。
目が合いつつもすぐに逸らして他人のふりをする。なにせ同行者たちが明らかに堅気の人間ではないのだ。
「り、律音くん無視しないでぇええええええ」
何度も言うようだが、事件とは向こうからやってくるのだ。そのことに仁寅律音は端正な顔を歪ませて舌打ちをした。
そういえば凜道組という西エリアに常駐する極道がいて、凜道都子はその極道のボスを親とした娘であったと改めて思い出す。
傍らには見たことのない少年がいる。日向が似合いそうな金髪の、一件で日本人ではないとわかる顔立ち。
仁寅律音を見て笑顔で言ってきた内容は、仁寅律音が二度目の盛大な舌打ちするのには十分な物だった。
「オー!これまたジャパニーズナデシコ!!大和魂で磨かれた美少女は実在したのでしたね!!」
何度も間違われていることだが、仁寅律音とは美少女の顔をしたれっきとした少年である。
そしてそれは本人も気にしていることであり、龍の逆鱗にも相応しい事柄だ。
だからといって仁寅律音は喧嘩を売ろうとは思わなかった。一緒にいる大人達が明らかに自分を値踏みしているのだ。
利益を考えていけば、ここでは和やかな挨拶と一緒に警察がいる外へ出て行くのが一番だと思った。
「こんにちは。僕はこう見えて男の仁寅律音です。都子さんとはただの友達です。ちょっと用事思い出したので僕はこれで」
言いたいことだけ告げて外へ向かう仁寅律音。凜道都子が制止する前に自動ドアの向こう側に出る。
そしてバイオリンケースを片手に西エリアにある家に帰るかと、中央エリア駅に向かうのであった。
時を同じくして火鼠小僧こと氷川露木も中央エリア駅へと向かう。
別に電車に乗るためではない。むしろ電車を動かさないために向かうのだ。
毛布をかぶった少女の言葉はこうだ。
雷を扱う誰かが音波千紘を倒した。
それを聞いた瞬間氷川露木は外へ飛び出した。
しかしかたき討ちや報復、あいつの代わりに俺が倒すなどの義理人情からではない。
音波千紘の能力は音。音波攻撃から音速による移動など多岐に渡る。そう簡単に倒されるような能力ではない。
少々自信過剰でナルシストなところはあるが、氷川露木もその力を少しだけ認めていた。
だからこそ捕まった時はざまあみろと思う同時に、一体誰が倒したのかと気になった。
そして少女の言葉ではどうやら自分と同じ能力者であることがわかった。
居ても立ってもいられず飛び出して、にやける口元を押さえながら駅へと向かう。
決して中央エリアから他のエリアに逃がさないため。そして見つけて倒すため。
簡単に言えば氷川露木はわくわくしていた。少しずつ降り始める雨も気にならないほど高揚していた。
だから無意識に能力を使って、手の平についた水滴が蒸発して白くなるのも気にならず、ただひたすら駅へと向かった。
雨雲によって太陽は少しずつ隠され、コンクリートの色を雨が少しずつ濃くしていく。
降り始めた雨と同じように迫りくる事件に気付く者はいない。