イタリアの伊達男
日本有数の国際空港、そのロビーでいやいや着物を着せられた凜道都子が沈痛な面持ちで人を待っていた。
とうとう父に許嫁に一度会っておけと言われ、15までに婚約者作って極道の世界から逃げようとしていた身にとって痛恨の一撃。
筋金太郎の実家で営業している花屋から、来客用の花束を持たされて一体なんのお祝いかと注目を浴びるのも精神的にきていた。
本当は西エリアの知り合い誰かについてきてほしかったのだが、全員用事があったため断念。
凛道組の幹部である怖いおじさん、ちなみに意外と優しくて涙脆い人達、に囲まれて苦痛の表情で立っている。
「まさかイタリアマフィアの息子とか…」
「都子のお嬢!安心なせい!!もし伊達男じゃなく駄目男なら、俺達が責任を持って海に…」
「沈めずに、船で…じゃなくて飛行機で返してね!?ああああ、もうぅううううう…」
すっかり物騒な考えに直結する家柄脳に凜道都子は苦悩する。
そしてますますイタリアマフィアの息子、許嫁のアントニオ・セレナに会うのが嫌になってくる。
しかし無情なもので飛行機は無事着陸して、イタリア製高級白スーツを着た金髪の少年が凜道都子を見つけて手を振ってくる。
「オー!これがジャパニーズゲイシャですね?感激ですよー!!あ、僕がアントニオですしおすし?」
色々と間違った日本語を使いながら近寄ってくる少年に殺気立つ極道幹部。
しかし護衛のイタリアマフィアの幹部達も負けじと黒スーツの懐に手を伸ばす。
嫌な予感しかしない邂逅に、凜道都子はただ無心で笑顔を作ることに徹した。
「いやーしかしパッパもこんなソーキュートなお米さんとは気が利くね!!会えて嬉しいよ、都子!」
「こちらこそ。ちなみにお米ではなくお嫁かと…」
「オー!ごめんなさい、どうも英語とはまた違った使い方だから難しくって…」
「…イタリアの方ですよね?」
「何か国語か習得してたら、ちょっとイタリア語ど忘れしてます!でもそんなの関係ないのおっぱぴーと言うんですよね?」
もうどこから何を言えば良いかわからない凜道都子は笑顔を作るのも苦しくなってきた。
しかし目の前にいる少年は金髪を太陽で輝かせる、道行く人の目を惹かせる存在感があった。
明るい笑顔のままジャパニーズ観光したいと言い、気軽に凜道都子の手を引き寄せる。
嫌味のない自然なその行動に凜道都子は呆気にとられ、次に極道幹部達の殺気が増えた視線に怯える。
その視線を送る幹部達にイタリアマフィアの幹部達はさらに警戒を強める。
見事な悪循環に凜道都子はどうにでもなれと投げやりになり始めた。
「都子、ジャポンでは鼠小僧伝説があるでござる?」
「大泥棒のあれですね…ありますけど…」
「実は今回僕も大捕り物を頼まれてまして…裏組織を荒らす火鼠小僧退治なんです!ぜひ協力してくださいね!」
裏組織に伝わる火鼠小僧の話。それは火を操る盗人の話。
体の半分が火傷で、その上に入れ墨をしている奇特な少年。手の平は全てを溶かす炎。
断熱材を使っていても熱で溶かされてしまうほどの炎を操る、まるでおとぎ話のような内容。
裏組織からあらゆる財や宝を盗む、が、それを決して民衆には配らない。
全てを自分の懐に入れていまだ捕まらない、逃げ回る伝説の少年。
アントニオ・セレナはその少年を捕まえに来たのだと言う。
凜道都子は聞いていて、頷くしかなかった。それがとても大きな情報とは知らないまま。
外壁が落書きされまくったビルの最上階、窓のない部屋。
毛布にくるまった少女が突如顔を上げて呟く。
「音波捕まったよ…」
「まじかよ!ナルシストざまあねぇな!!」
顔の半分を火傷で覆われ、その上に入れ墨をしている少年が大笑いする。
その声がうるさくて毛布を掻き集めて頭まで被る少女は、スケッチブックに絵を描いている少女を見る。
少女はスケッチブックに透明な鉱石でできた城を描いている。絵本の挿絵のような淡い描き方。
城の頂点には同じく透明な鉱石で体を形成する西洋竜。まるで城の主のような堂々さが光溢れるようだった。
「それ…」
「これ?先生とワッチ達がいつか住まう家だよ!!こんなビルじゃあ伊予も味気ないっしょ?」
「…私は、先生がいればそれでいい…」
毛布にくるまりながら少女は呟く。本当に先生と呼ばれる青年がいればいいのだ。
それ以外は何一ついらなかった。騒乱も平和も、少女は求めない。
青年の傍に必ずある静寂だけが少女の癒しだった。しかしスケッチブックの少女は頬を膨らませる。
「むー!いいもん、ワッチのお城には強ーい竜がいるもん!」
「ケケッ、妄想少女の話は笑えるな」
「氷川の意地悪―!!火鼠小僧なのに氷川―!!」
「あ、てめぇ、人が気にしてることを…」
そこから言い争う二人の口論から逃れるように毛布にくるまった少女は部屋の中を移動する。
青年が帰って二人を諌めるまで口論は続き、実は数時間も言い続けたことを二人は気付かなかった。
ニャルカという人気アニメキャラクターのお面を被った少年は西エリアの神社に来ていた。
福桐神社という恋結びのお守りが有名なところで、境内では老人が老いを感じさせない機敏な動きで落ち葉を集めていた。
落ち葉を集めたところでは近所の子供達が集まって芋をアルミホイルや新聞で包んで準備をしている。
その様子を鳥居の陰からそっと眺める少年はそのまま何も言わずに帰ろうとした。
しかし後ろから皆川万結と一緒に手を繋いで歩いて来た瀬戸海里と鞍馬蓮実、最後尾にフードで頭を隠している袋桐麻耶がいた。
四人はニャルカさんのお面をつけた少年を見て、そして少年も四人に見つかったことに驚く。
「かいりおにーちゃん!!ニャルカさんだー!!」
「本当だねぇ。万結ちゃんはニャルカさん好きなのかな?」
「うん!ここうのいっぴきおおかみだけどピースケにはやさしくてまもってくれてかっこいい!おにいちゃんみたい!」
「猫だけどな。しかも海里がそんなカッコいいとかねぇよ。影薄いしな」
「すくなくともまやおにいちゃんよりカッコイイ」
「よーし、いい度胸だ!!その喧嘩買ったらぁ!!!!」
「落ち着くんよー。大人げないんよー」
皆川万結の悪意ない正直な一言に怒り心頭になる袋桐麻耶。
鞍馬蓮実は大柄な体を活かして今にも殴りかかりそうな小さな体を抑える。
あまりにも力強く暴れるので鞍馬蓮実はこっそりと能力を使う。
感情によって左右される筋力増量だが、今のところ鞍馬蓮実は自己管理できる。
瀬戸海里が暴れる袋桐麻耶を見て苦笑していると、境内の方から怒鳴る老人の声が響き渡る。
「こりゃあっ!!麻耶、境内の掃除さぼってなにしとったんじゃあ!!」
「げ!?クソジジイに気付かれた!!」
「そんなことばっかりやってると丸刈りにしてやるぞぉおおおおおお!!!」
箒を片手に、バリカンを片手に走ってくる老人、袋桐麻耶の祖父。
その気迫に押されて袋桐麻耶だけではなく一緒にいた鞍馬蓮実も逃げ始める。
あっという間に姿を見せなくなった三人を追うように、鳥居をくぐる焼き芋の準備をしていた子供達。
そしてニャルカさんのお面を被った少年を見て、一人が怪訝そうな声を出す。
「瑛太?お前…瑛太か!?」
「っ、ちが、う」
そう言った途端にお面を被っていた少年の姿が消えてしまう。
まるで透明人間になったかのように、だけど影一つ残さずその場から消えてしまった。
驚いた皆川万結を瞬きをいくつも繰り返す。すると頭上から数枚の写真が落ちてくる。
瀬戸海里はどこから飛んできたのかと写真を拾い上げ、そこに映る内容に驚く。
またもや未来の時間が印刷された写真。そこには様々な内容が映し出されていた。
コンクリートの道路がマグマのように赤く溶ける風景。
結晶の城が街中に建造され、竜が咆哮を上げる事件現場。
ニャルカさんのお面が砕け散って、血が広がる地面の上に転がる。
そして一つだけ、最も離れた時間の写真。そこにはバットを振りかざす崋山優香の姿。
四枚の写真を見て、瀬戸海里は背筋を震わせる。
まるで本当に起こった出来事を切り取ったような静止画を見ている気分だった。
そして何一つ平穏はない。新たなる事件が囁きかけてくる。
「あの声、やっぱ瑛太だ!」
「瑛太?」
「俺の友達だったけど…あ、健斗も知ってると思うぜ!」
そう言ったのは竜宮健斗の同級生で、たまたま西エリアに来ていた羽田光輝だった。