雷鳴
時永悠真は襲い掛かってくるであろう痛みに身構えた。
しかしいつまで経っても考えていた痛みはない、むしろ無痛である。
おそるおそる顔を上げてみれば、視界は黒一面だった。
驚いてさらに目を凝らして見ると、黒い砂粒が絨毯のように時永悠真達の頭上を覆っているのだ。
そして砂粒と砂粒を繋げるような軽い光と音がする。まるで静電気が弾けるような。
「…お前誰だよ?」
初めて聞いた声は音楽を聞いていた少年の声。
そして次に聞こえてきた声と内容は、時永悠真にとって懐かしいものだった。
「人間兵器の豊穣雷冠様だよ、魔法使いの弟子さんよぉ」
竜宮健斗達も次々と顔を上げて、聞こえてきた名前に目を見開く。
それは何度も聞いたけど一回も会ったことのない、未来で死んだと言われた少年の名前。
黒の長い鉢巻を風にたなびかせ、季節など関係ないように腹を出す元気少年のような姿。
好戦的でぎらつく目は目の前で明らかに不機嫌そうな少年の顔を見据えている。
「ぜぇ、はっ、お前達…無事か?」
「…そっちは?」
「俺様の活躍を手伝うためにやって来た哲学大好き求道哲也だ!!」
「よし、そいつを倒したら一発殴らせろ馬鹿」
殴らせろと言いつつ既に手に持っていた哲学辞書を豊穣雷冠の頭に向かって投げていた。
ものの見事に角の部分が後頭部にクリーンヒットして涙目で声も出ないほどの痛みが豊穣雷冠を襲う。
時永悠真はそのやり取りに違和感と懐かしさを両方感じながら、眺めていた。
「説明したいが、その前に弟子を倒せ」
「OK、OK!チョロイもんよ」
唇を舌で舐めて余裕の表情を見せる豊穣雷冠に音楽を聞いていた少年は高笑いする。
錦山善彦は顔を上げて目の前にいる少年の能力を先読みで感じ取った部分を説明する。
「そいつは音を扱う奴や!!音に関することなら全部や!!」
「へー、俺達以外にも能力者がいたんだ…でも、弟子であるこの音波千紘をそこらへんのと一緒にしてもらっちゃ困るよ!!」
挑発するように音波千紘はそう宣言する。そしてその通りだと錦山善彦は感じ取った。
音に関すること、それはつまり音速で移動したり音波による攻撃など幅広い。
葛西神楽ならばその能力を無効化にすること出来るが、体に触れなくてはいけない。
さらに葛西神楽でも能力で派生した二次被害、今のような硝子の雨は防げない。
大ピンチだと焦る錦山善彦に時永悠真は冷静に言う。
「大丈夫だと思う…だって雷冠は…」
「さぁ!!見せてあげよう先生の最高の弟子である俺の力…」
勝利を既に確信してる音波千紘の眼前を埋め尽くすように豊穣雷冠の顔が現れる。
「遅い」
つまらなさそうに豊穣雷冠は光速で移動した余波だけで音波千紘を吹き飛ばす。
やったことは簡単で、走って目の前で立ち止まっただけである。
しかし光速で移動したことにより空気が大きく動かされて、壁のように音波千紘を襲っただけである。
筒による空気の圧縮実験と同じ原理である。しかし音速よりも速い光速の一撃で、豊穣雷冠は無傷で勝利した。
吹き飛ばされた音波千紘は思考する前にビルの壁にぶつかり、円状の凹みとひびを大きく作った。
少年漫画でしか見たことのないような敵の倒され方を再現した、見事な敗北であった。
「雷冠は…人間兵器だからね」
「お、おう…」
続いた時永悠真の言葉に錦山善彦は短く答えるしかなかった。
警察によって捕縛され病院に運ばれていく音波千紘を見て、青年は静かにその場から去る。
今はまだ助けられないがいつかは助けると心の中で謝る。そして中央エリアに構えている秘密基地へと帰る。
現場に残った大量の砂鉄とインタビュアーに答える目撃者達の声を聞きながら青年はほくそ笑む。
やっとあの三人が揃う日が来たと。しかしそれは青年が叶えたかった望みの端っこにあった小さな願いである。
青年が望むことはもっと大きなことで、それには弟子を集める必要があった。
例え魔法使いとして子供達を騙すことになったとしても、青年は叶えたいことがあった。
「…早く、主人公を探さなくては」
笹塚未来の父親、笹塚雄三は刑事である。それなりに厳しいと有名で、娘溺愛の父親である。
職務室の自分の机には家族三人で撮った写真を何十枚も保管したアルバムが三冊以上。
新入りが入るたびにそれを見せては惚気るのが、歓迎会での通例となっており同僚達は苦笑していた。
そんな最愛の娘がまた事件に巻き込まれたことを通報で知った笹塚雄三は法定速度をぶち破ってパトカーで急行した。
実際は怪我人がいなかったので下手したら反省文なのだが、娘を愛する父親には反省文くらい百枚だって書いてやるの勢いである。
そして辿り着いた現場では最愛の娘の傍には見慣れない同じ年頃の少年。しかも娘はかいがいしく怪我してないか体を寄せて確認している。
すぐさま少年、時永悠真に近づき警察手帳を取り出しつつ尋問する鬼のごとくの形相で迫る。
「私はこういうものだが、娘との関係を…」
「警部!!私情挟みまくらないでくださいよ!!!」
そして尋問の鬼は部下達数人の手によって現場保存のため連行されていく。
その姿を見て、さらに笹塚未来を見て、時永悠真は小さく呟く。
「い、いいお父さんだね」
「あんのくそ親父ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
大好きな父親ではあるが、この時ばかりは笹塚未来はこう叫ばずにはいられなかった。
そしてその場には竜宮健斗を含めた数人の子供達が、他の場所へと移動している最中だった。
御堂霧乃を先頭に中央エリアの各ポイントに点在する放置されたビル、その一つへと向かう。
竜宮健斗は残してきた音波千紘や砂鉄、そして時永悠真達のことが気がかりで後ろを振り向きつつ走る。
「なぁ、一杯残してきたけどいいのか?」
「音波千紘がいなければ中央エリアに厳戒態勢が敷かれるし、砂鉄で証拠が出るとは思えない。事情説明役は残した方が良いだろう」
「な、なるほど?」
「ケン、理解しきれてないでしょ」
籠鳥那岐の説明に疑問形で返した竜宮健斗に崋山優香は溜息をつく。
実際に砂鉄は強力な電気によって磁力を帯びただけで、指紋などは残らない。
音波千紘が倒れている理由も空気圧縮による衝撃波で飛ばされただけ。
あとは目撃証言として違和感ないように時永悠真と笹塚未来を残したのである。
あまり多くの人数や物証を持って走るのは大人でも困難である。
時永悠真はついて行きたがっていたが、もう少し事情を把握してからの方がいいということで笹塚未来と一緒に置いて来た。
一番後ろで求道哲也と豊穣雷冠が無言のまま走っている。二人の間の空気は妙に固い。
その空気を読み取って錦山善彦はそれとなく尋ねる。
「なぁ、お二人さんは悠真の…その、死んだ二人なんか?」
「…違う。詳しく話すためにも今は座れる場所へ案内してくれ」
「任せろ☆外見美少女アイドル霧乃ちゃんは秘密もいっぱい持ってるぜ☆」
冗談を言うように愛らしい返答をする御堂霧乃。
実際に過去はある秘密の場所に扇動岐路やクラリス、扇動美鈴を人目に付かないように匿っていた。
こんな時は信頼できるが、これ良いのかと疑問を投げたくなるのは籠鳥那岐だけではない。
しかし今は追及する場面ではないので、誰も口には出さなかった。
落書きで酷い外装のビルを通り過ぎて、裏路地にあるポリバケツを跳び箱にしながら移動する。
金網をよじ登って、飛び降りて、そして辿り着いたのは細長いダクトの入り口。
子供しか入れないような狭い道を躊躇なく進んでいき、辿り着いたのは放置された洋服倉庫。
ダクトから出ると天井から床に真っ逆さまなのだが、下にある洋服の山達がクッションとなり、怪我一つなく着地できた。
しかし衝撃で積もった埃が飛び散り、大きく咽ることになる。
「す、すげーな霧乃。こんな場所よく知ってたな」
「中央エリアは色々集まりすぎて、どうしても淘汰されやすいからな。これくらい楽勝ってもんよ☆」
「しかし埃が…くちっ!!」
「なんやボス可愛いくしゃみ…あいだだだ!?生意気言ってすいませんから鼻摘まんといてぇええええ!!!」
強力な握力と指先で鼻摘まむ籠鳥那岐に錦山善彦は涙目で助けを求める。
その間に求道哲也は静電気の要領ですみに埃を集めろと、豊穣雷冠に指示する。
するとあっという間に埃は集まったが、全員の髪の毛も荒れ果てた草原のような酷い状態になった。
髪を整え、一息ついてから竜宮健斗達は求道哲也と豊穣雷冠の言葉に耳を傾ける。
「俺達はアイツの知ってる求道哲也じゃないし、アイツも俺達の知ってる時永悠真じゃねぇよ」
「???」
「あの、ケンにも分かりやすくお願いします」
「俺にもお願いするなりよ!!」
「俺様も!!」
「おい、当事者混じるな馬鹿…わかった、俺の力の限りで、話すが…理解しなかったら本の角で殴る」
「それもう脅迫やないかい…」
求道哲也が本気の目で哲学辞書の角を触るのを、青い顔で錦山善彦は見ていた。
そして語られたのは可能性の話。




