能力は容量用法守って正しくお使いください
柊は扇動岐路と玄武明良に自身が持っている通信機の説明をしていた。
その通信機はクローバーと呼ばれる未来の天才が生み出した、粒子通信を可能とした媒体だ。
粒子座標を特定することによって相手が深海にいようが宇宙にいようが過去にいようがどこでも気楽に連絡できる代物である。
柊は未来から来た人型のロボット、アンロボットという存在である。アンロボットというのは人間を極限まで再現したロボットのことでもある。
触れれば熱もあるし肌も人工ゴム布によって産毛まで再現され、熱くなれば汗という形で水を放出して熱を下げる。
動力部は心臓の位置に、CPUは脳の位置に固定しており消化器官や内臓の再現も施されている。普通に生活しているだけなら完璧な人間である。
そして同じ未来から来たアンロボットの楓と、現在制作されて稼働している唯一のアンロボットのクラカも玄武明良の家に住んでいる。
「つまりですね、これには沢山の特許とクローバー博士個人の改造も施されているので、壊れたら僕達はもう二度とクローバー博士と連絡ができず大変困るわけで…」
「そんな長い建前いらんから寄越せ。分解して仕組みを確かめて量産体制整えてやるから」
「私も粒子座標計算プログラムに興味が…ねぇ、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」
「…最初から説明させていただきますと僕にとってこの通信機は主であるクローバー博士と連絡が取れる…」
通信機の説明と言っても、柊がしているのはいかにこの通信機を保守して分解されないかに命を賭けた説明である。
しかし未来の工学技術や新しい理論の粒子計算や異世界通信などのあらゆる要素が詰め込まれた機械の前では、天才と呼ばれる二人は玩具に目を輝かせる子供同然である。
ちなみに扇動岐路の場合はそろそろ再婚を考えてもいい年齢の中年親父で、妻と娘を失くし今では義息子が養子縁組されている。
玄武明良はまだ子供と言える年齢だが不良に近い外見と類稀なる頭脳のせいで子供と言いにくい。ちなみに有名財閥の娘である猪山早紀が許嫁としている。
通信機を腕と胸の中に抱えて柊は頭の部位に存在するCPUを必死に稼働させる。いつもだったら家を飛び出して北エリアの雪道を走って逃げていた。
しかし生憎と今日は人工雪予報で猛吹雪とされ、家から出るのすら困難な状態である。いくらロボットとはいえ柊も迂闊に行動できない天候なのである。
北エリアは人工的な雪を降らすことによってエリア自体の生活実験をしている場所だ。天気予報というよりは告知なのである。
「っ…く、クラカさん」
「アメンボ赤いなあいうえお」
「な、なぜ今発声練習を…くっ、楓!」
「古池や蛙飛び込む水の音」
「なぜ朗読!?あとは悠真さんか美鈴さんは…駄目か」
玄武明良の家に居候している時永悠真は東エリアに住んでいる笹塚未来に呼ばれて中央エリアに向かってしまった。
帰る頃には猛吹雪は止む告知なので、吹雪く前に出かけたのだ。本人は少し面倒そうにしていたが、なんだかんだ言って笹塚未来の熱意に負けたらしい。
笹塚未来は医者を目指す少女で、未来からやって来た時永悠真の事情を聞いてから一層勉強に励んでいる。
その勉強に時永悠真を付き合わせては時永悠真のことを知ろうとしている。柊はまだ気付いてないが、要は勉強を言い訳にした気になる男の子を誘う女子の恋戦法である。
扇動美鈴は扇動岐路が養子縁組した少年で、未来ではクローバーになると判明している天才的な頭脳を持った少年である。
現在はまだ十歳だが、大学の講義について行ける上に経験によって玄武明良や扇動岐路を超す存在になる。
柊や楓にとっては制作主であり、従うべき主人でもある。なので扇動美鈴にお願いという命令をされたら逆らえない。
なにせ扇動美鈴は玄武明良や扇動岐路が大好きなので、困った顔をしつつも二人に協力するのは火を見るよりも明らかである。
「先っちょ!先っちょだけでもいいから!!ね?」
「痛い目にあいたくなければさっさと渡せや、ごらぁ」
「くっ、焦るあまり天才であるはずのお二人が怪しい発言を…好奇心とは人をこんなにも狂わせるのか」
真面目に発言する柊だが、傍から見ると漫画のギャグシーンである。
そんなことを感じながらクラカは無視を決め込みつつ、テレビの電源をつけてお昼のニュース番組を見るのである。
すると速報で突然窓ガラスが割れて多くの人が負傷した事件が流れ、道路には血の跡が残る映像が表示される。
クラカは首を傾げるが、隣で新聞を見ていた楓は慌てて立ち上がり、通信機を抱えてる柊に声をかける。
「柊、魔法使いの弟子だ!」
「俺の前で科学じゃ証明しきれないファンタジー用語を出すんじゃねぇ!!!」
実はかなり大事なことを口にした楓に対し、鳥肌を立たせた玄武明良は近くにあったファイルを勢いよく投げつけた。
それが顔面にクリーンヒットした楓はCPUに衝撃が走りエラーが起き、一時的に行動不能となる。
アンロボットは動力部やCPUに衝撃が与えられると一時停止するのだ。人間でいえば脳震盪や胸部強打に値する。
なので柊が楓を再起動が速くなるように処置している間、玄武明良達はこれから起きる重大な事件の始まりを逃してしまうことになった。
ちなみに扇動美鈴は二階でネット配信されている海外大学の講義に熱中していたため、下の騒動に一切気付いていなかった。
時永悠真は笹塚未来に呼ばれて中央エリアに来ていた。
中央エリアは大きな店舗が集まりやすく、書店も内容が充実している。
笹塚未来は子供でもわかりやすい体内構造の図鑑を買うため、そしてその品定めのために時永悠真を呼びつけたのである。
一時は命の取り合いまで発展した二人だが、笹塚未来はかつて病弱だったため命に敏感であったことが幸いし、今では友達のような雰囲気である。
しかし時永悠真はすぐには友達と切り替えることができず、受け流されるまま笹塚未来に付き合っているに過ぎない。
なのでどれがいいと言われても、こっちの方が写真多くて見やすいのではないか、というくらいの助言しか出せない。
「ふーん、そういえばさ、未来の書物ってどんなの?」
「電子書籍すらないデータの時代だからね。紙の書物なんか収集家しか持っていなかったと思うよ」
「電子書籍もない…」
「そう。全部付属データとか配信とか、アンロボットの体にあるCPUに直接送ればいいからね。読む必要も…ないんだ」
時永悠真は自分が住んでいた時代が好きではない。親、しかも本当の親でもない相手から見限られた過去。
妊婦の腹からではなく試験管の中で人工授精して生まれてきた子供、それが当たり前の未来で時永悠真は生まれた。
人間はほぼ全てがアニマルデータという形に魂を変換させ、ロボットの体で生きる。
時永悠真はそれが嫌で人間の体であり続けて、同じ意志を持つ友達を作って失った。
その友達が生き残る未来を可能性として手に入れるために時永悠真は竜宮健斗がいる過去にやって来た。
そしてその作戦は半ば成功していると言ってもいい。今現在の状況は時永悠真が知っている過去とは変わっている。
アダムス自身の変化によって未来は変わった。大切な友達二人が無事かどうかは確かめられないが、時永悠真はその可能性の欠片を手に入れた。
あとは時永悠真がこの時代に適応しつつ普通に生きて、人間のまま死ぬだけでいい。本人としては老衰が楽そうだよなと考えてる。
「…つっまんねー時代だな、お前の時代」
「わ、予想外…でしょ?」
笹塚未来の本音の言葉に驚きつつも時永悠真は笑って応える。
時永悠真が失った友達の一人が哲学大好きな少年で、同じことを言っていたと懐かしそうに目を細める。
彼は知り合いから紙の書物を借りて本を読んでいた。ページをめくることすら哲学だと真面目な顔で言っていたのが可笑しかった。
するともう一人の少し頭がお馬鹿な友人は不可解な顔をしつつも黙って聞いていた。
人間兵器として生きてきた彼は雷の能力を持っていたが、それだけしか取り柄がないのだ。それでも明るい性格の良い奴だった。
時永悠真はそこまで思い出して、忘れていたことが鮮やかに脳内で警告を発するのに気付く。
子供達の間で能力が広がっている。今はその初期時代で、まだ十分な受け入れ態勢が取れてない時代。
過去へ向かうタイムマシンを起動させてくれたクローバーの警告を思い出す。魔法使いの弟子達、その発生時期に気を付けてと。
そして未来が変わったとはいえ、確かその発生時期が現在であることを時永悠真は思い出した。
ゲームセンターのクレーンゲームに夢中で竜宮健斗は気付いていなかった。
足音を立てて迫る危機と事件、新たな謎が鼻唄を歌いながら破壊を繰り返していることに。
先読みができる錦山善彦も、能力に対抗できる葛西神楽も全く気付いていない。
その最中で幼い少女の皆川万結が瀬戸海里の広大な敷地の入り口に当たる門のインターホンを押す。
料亭と社宅や自宅も兼ねるため瀬戸海里の実家は地元では有名な場所だった。
初めて来る場所に胸の鼓動を高鳴らせながらも、皆川万結は手にしている写真を強く握りしめる。
インスタントカメラで撮ったような写真には日付と時間が写真の隅に印字されている。
しかしその日付と時間は数時間後の今日を表わしている。ありえない話だが、未来の写真である。
皆川万結は早く瀬戸海里にこのことを話したいと焦っていた。その写真には恐ろしい物が映っていた。
笹塚未来をかばう時永悠真の背中に硝子の雨が降り注ぐ、そんな写真だったのだ。