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久方ぶりの合戦用意

南エリアの交差点に向かう時永悠真を含めた数人の子供達。

笹塚未来は陽射しに翳すように手の中にある写真を持ち上げる。血塗れの、確実な未来。

錦山善彦と袋桐麻耶はどっちが運動できるかで口喧嘩しており、筋金太郎が宥めようとしているが効果はない。

葛西神楽は土産物屋を見つけては走り出してしまい、手が付けられない状況だ。

腕にまとわりつく御堂霧乃を鬱陶しそうにしている籠鳥那岐はなんて不安な人選だと溜息をついた。

東エリアの面々が写真から見つけた内容と布動俊介の証言から五手に別れている。


東エリア、マグマとなった道路と停電した街並みの写真。

豊穣雷冠を始めとした、アントニオ・セレナ、凜道都子、求道哲也、仁寅律音。

中央エリア、結晶の城とそれを守護する竜の写真。

絵心太夫を筆頭に玄武明良、猪山早紀、相川聡史。

南エリア、砕け散るニャルカさんのお面と血に塗れた地面。

笹塚未来を先頭に置いた時永悠真、籠鳥那岐、御堂霧乃、筋金太郎、葛西神楽、袋桐麻耶、錦山善彦。

最後の一つ、布動俊介がもたらした未知の可能性。

竜宮健斗が先行して、布動俊介、柊、楓、扇動美鈴。


残りの非常事態用に連絡係として待機しているメンバー。

崋山優香、瀬戸海里、鞍馬蓮実、伊藤三兄妹、基山葉月、有川有栖。



分け方は主に本人の希望と、推薦、というかこいつがいないとツッコミがいないという独断など様々である。

南エリアに人数が多く分けられているのは写真の中で唯一犠牲者が少なくとも一人は出ると判断されたからだ。

逆に中央エリアは人の手に負えられない内容と、玄武明良と絵心太夫に秘策有りと自信満々に宣言されたためである。

東エリアに豊穣雷冠を配置したのは、停電の原因がおそらく雷の能力を持つ彼がいたからではないかという予測だ。

また熱の能力者である氷川露木を婚約者として捕まえたいアントニオ・セレナが強く希望を出したため、やむなく配属された背景もある。

最後の竜宮健斗が向かう場所はNYRONの郊外に当たる、少し辺鄙な場所である。

柊と楓、将来クローバーとなる人材の扇動美鈴がいるのは、布動俊介がもたらした情報に重要なことがあったからだ。

こうして各面々は写真の場所へと向かう。確実な未来をぶち壊すために。



立ち入り禁止の黄色テープが張られ、警官が見張りを続ける中央エリアの壊れたビル。

その中にある窓のない部屋に突如、マーリンと弟子達が姿を現した。駿河瑛太の能力で消えていたのだ。

マーリンは手向けの言葉を子供達に投げる。最後の別れとなる言葉だ。


「お前達が魔法使いになる日だ。大暴れして来い」


弟子と先生、その関係が終わりという証。家族ごっこを真似た擬似的な繋がりの終焉。

マーリンには一切の未練はなかった。この日のために走り続けてきたからだ。

氷川露木は嬉しそうな顔で立ち上がり、火傷のない指を鳴らして闘争心を鼓舞する。

音波千紘は聞こえずとも感じ取った音に対して静かに頷く。やっと来た終わりに少し安堵していた。

駿河瑛太はお面で表情は見せずとも、肩を落としていた。砕け散った心が治らないまま、居場所さえ失う日が来たからだ。

神崎伊予は毛布に包まりながらも静かな瞳で全員を眺めている。目の前には大小溢れる可能性という名の画面達。

最後に彩筆晶子だけがスケッチブックを強く抱きしめて、マーリンの言葉を聞き流していた。終わりを認めない態度だ。




未来世界の一つ、竜宮健斗達が造り上げた可能性ではない時間の中でクローバーは微睡んでいた。

脳味噌一つで微睡むというのもおかしな話だが、永久保存の溶液の中でコードに繋がれながらも思い出すのは、縋るように手を握ってきた存在。

変えたい世界がある、壊したい過去がある、見返してやりたい相手がいる、そんな言葉を放つ存在にクローバーはまた手を差し出した。

時永悠真、求道哲也、豊穣雷冠、彼らにしてきたことと同じことをまた誰かにしただけの話。

タイムマシンという過去を変えられる可能性を造り上げた存在は、分別もなく意味のない平等の元で、手を差し出し続けていた。

そんなクローバーの元に不安定な通信が送られてくる。雑音だらけの音声信号だ。


『よう……おま……クロ―……だろ?』

<その声はマスターだね。座標軸は……ああ、僕が体を大切にした時間だね>

『割りだ、す……に時間……たが、ようやく……着けた』

<さすがだよ。彼の移動痕跡なんてマスターが今通信している時間の数年以上も前なのに>

『御託……いい。答えろ、クローバー』


若干安定した音声通信の向こう側、見えてない画面の向こう側を睨むようにマスターは尋ねる。





『あの男はどこで生まれた?いや、正確にはどのデータだ?』




脳味噌を保存する溶液が泡立つ。しかしそれは定期的な現象で、クローバーは平然としていた。

真っ白な部屋のガラス容器の中、コードに繋がれた脳味噌は久しぶりの対人会話を長引かせたいと思っていた。

しかし通信の向こう側から伝わってくる感情が思惑通りに進むと思うなよと脅しをかけてくるようで、名残惜しい気持ちを味わう。

なので簡潔にマスターがいる時代で一番答えに近い人物の名前を告げた。


<青頭千里に聞けばいい>





旧式のデスクトップパソコンの前で椅子にもたれかかりながら画面を眺める青白い肌の男、青頭千里。

右手には白子泰虎、左手には七園真琴が立っていた。画面に照らされた二人の肌も青白く輝く。

パソコンの画面には秒単位で切り替わる日常の再生と崩壊。眩しいほどの青空が砕けて消えては元に戻る。

冗談のような光景を映す画面の端に煌めく金髪が現れる。波打つツインテールに青頭千里は微笑む。


「ようこそ、王子様。気付いたのかい?」

<アラリスですよーっと。本当はアンタなんか死ぬほど嫌いなんだけど、どうしても知りたいからハッキングさせていただきましたー>


不本意そうに会話をするアラリスは嫌悪を隠さずに青頭千里を見る。それを愉快そうに眺める七園真琴。

白子泰虎は眠いのか頭を揺らしており、今にも倒れてしまいそうな勢いだ。

並ぶ三人を眺めてアラリスは恐怖を覚える。知らない内に人外が増えている、もしくは傍にいるのだ。


「とりあえず紹介しとくね、十三人の血族、七番目の七園真琴と八番目の白子泰虎だよ。二人とも縁起のいい数字なんだ」

「あっははははは!青い血が縁起担ぎしてどうすんの!あはははははははは!!」

「ぐー……」

<三人も集まって…………何する気なのさ?>


吐き気を感じながらもアラリスは問いかける。青い血とは人間の味方ではない。

人間によく似た、社会に強い影響を与える、知らない内に入り込んでくる、人外の化け物である。

もしかしたら消失文明にも入り込んでいたかもしれないし、いなかったかもしれない。

今は子供達の味方とのたまいながらも、いつ敵になるかもわからない不気味な存在。

一人でも厄介な存在が、三人も集まっているのだ。恐怖を感じるのは当然である。

しかし青頭千里はのんびりとした話し方でアラリスに笑顔を向けている。青白い肌が身の内に流れている血が違うことを伝える。


「僕達は何もしない。するのは……二番だからね。で、新参である二人には見本を見せようと思ってね」

<新参?見本?>

「青い血にも色々あるのさ。見本っていうのは、青い血の本質だよ。良くも悪くも、二番は青い血として存分に生きているからね」


笑顔で答える青頭千里だが、目が笑っていない。本当は二番と口にするのも嫌だといった雰囲気だ。

アラリスは画面奥で繰り広げられる青空が眩しい夏の光景を眺める。何度も生まれては消えていく、けど終わらない。

青空にヒビが入ったかと思えば砕けては元に戻っていく異質な世界。その世界の風景はアラリスに見覚えがあった。

五つのエリアにわけられ、地底遊園地に向かう電車があり、消失文明が残した洞窟が存在する街。

一つだけ違うのは時計台の代わりに天まで届いた、高くて細長いエレベーターが建設されていること。


「二番は僕を倒したい。でも僕が一番で、彼が二番である限り倒せない。ではどうすればいいか、わかるかい?」

<……逆転>

「そう。彼はそれを手に入れるためだけに、途方もない最悪を繰り返すんだ。まさに青い血の本分、個人的な願いの元にあらゆる物を巻き込んで、繰り返す」

<アンタも同じじゃん。社長さん>

「赤い血が欲しいという願いは二番よりはまともだと思うんだけど、っと。マスターから通信だ、どうやらあちらも辿り着いたようだね」


パソコンのメール通知音を聞いて、内容も見ずに立ち上がってマスターがいるであろう研究室に向かう。

開いたとしてもそこには悪質なウィルスがばら撒かれるだけだと知っているから、青頭千里は白子泰虎と七園真琴に触れないように注意する。

二人は頷かないまま青頭千里の背中を見送る。正式に青という字を名前に刻んだ、血族の長が扉の向こう側に消えていくのを確認する。

確認してからパソコンにまだ残っているアラリスに話しかける。


「ね、アラリス。僕達は竜宮健斗達を気に入っている。まだ青い血の本分とか本質は目覚めてないから、数字だけ貰っている仮の血族」

「あはははは!だからさ二人の邪魔をしよう。最高にハイで楽しいお邪魔虫ごっこ!!」


青の字を持たずに数だけを与えられた二人。今はまだ竜宮健斗達と過ごす日々を気に入っている。

だからこそ壊そうとするジョージ・ブルースと青頭千里に尖っていない牙を向ける。

甘噛みよりも柔らかい反抗をアラリスに提案する。でもそれは青い血の本分、個人的な願いの元にあらゆる物を巻き込むこと。

既に青い血としての本質を垣間見せている二人にアラリスは警戒しつつも、耳を傾ける。

毒を食らわば皿まで。青い血に噛みつくなら青い血を頼るのが一番の近道だからだ。



笹塚未来は花が供えられた交差点前で時永悠真に話しかける。


「なんでこうもろくでもない未来ばっか知っちまうんだろうな」

「でもおかげで変えることができるよ」


穏やかな笑みで時永悠真は返事する。元に戻すことはできないが、最悪な結果は変えられる。

それは最悪な未来を変えようとして足掻いた時永悠真だからこそ実感が持てる事実。

知らないままでいたなら変えることもできなかったかもしれない。受け入れるしかないかもしれない。

だけど多くの仲間と可能性が最悪の未来を変えていく。そうやって世界は増えていく。


「だから未来ちゃん、期待してるからね」


笹塚未来は信頼してると言わんばかりの言葉に顔を真っ赤にする。

そこに錦山善彦が口を挟む。空気を読む少年にしては珍しい行動である。


「せやけど、本当に百%の未来とかあるんかいな。正直交差点に辿り着く前に弟子とかに会えば問題な……」

「あ」

「ん?」


花が供えられた交差点、ニャルカさんのお面をつけた駿河瑛太と、音波千紘が呆けた顔をしている。

筋金太郎も本当に常連客の音波千紘が弟子だったことを確認して、開いた口が塞がらない状態だ。


「……ほら、お前が空気読めないから!!」

「お、俺のせいじゃないやろうがっ!?」


袋桐麻耶に理不尽な言葉を投げられ、売り言葉に買い言葉を返す錦山善彦。

しかしそんな二人の口喧嘩も気にせずに音波千紘は口を開ける。大声を出そうと喉の奥が震えている。

一番後ろで眺めていた籠鳥那岐はやっと戻ってきた葛西神楽の首根っこを掴み、今にも能力を使おうとしている音波千紘に向けて投げる。

子供の腕力でここまで跳ぶのかと御堂霧乃は思いつつ、口喧嘩している錦山善彦達に蹴りを入れて事態を把握させる。

ここからは真剣勝負、生きるか死ぬかに近いやり取りをしなければいけない。

そして一つ目の合戦が開始を告げた。



東エリアでは写真に写ってた道路で豊穣雷冠が不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしている。

求道哲也は嫌な予感を感じながらも愛用の哲学書を見て待機している。仁寅律音は二人と特に共通点がないので話す内容がないので黙っている。

そこへ少し遅れて凜道都子とアントニオ・セレナがやってくる。なぜか大きなスーツケースを持参していた。


「いやー、遅れてごめんねー。準備に手間ドリームよ!」

「写真の時間よりも大分早いですけど……大丈夫かなぁ?」


不安そうな凜道都子に大丈夫だろうと仁寅律音は声をかける。

まず血の広がる南エリアの写真、その時間がすでに差し迫っている。

弟子達は一緒に生活しているのなら、きっと行動する時間も一緒だろうと予測している。

むしろバラバラに行動するメリットがない、さらに言えば求道哲也が告げた魔法使いの弟子による一斉事件。

一斉ということは同時であると考えていいだろう。ならば熱の弟子が来るのもそう遠くない。


「むふふふーのふー。これで最凶最悪ウェディングロード行進準備もバッチリドックですよー」


一人楽しそうに鼻唄を歌いながらアントニオ・セレナはスーツケースを大事そうに抱える。

マフィアの一人娘であるアントニオ・セレナが持ってきた、という前置詞に仁寅律音は嫌な予感を覚えつつも感知しなかった。

二つ目の合戦が始まるまでもう少し時間がかかるだろう。





「短期決着だ。いいな?病人」


玄武明良の言葉に絵心太夫は力強く頷く。表情は余裕の笑みを浮かべている。

相川聡史はどこからそんな自信が来るのかと疑っているが、猪山早紀は何も心配してない笑みで眺めている。

長く広い車内には玄武明良達だけでなく、絵心太夫の父である絵心般若と彩筆晶子の親であった夫婦も待機している。

夫婦は体を震わせている。これから起こるであろう彩筆晶子の凶行をもう一度目の当たりにしなければいけないからだ。

描いた絵を実体化させる能力。今度はどんな恐ろしい物を造り上げるのかと不安で仕方がない。

そんな夫婦に対して絵心太夫は自信満々に告げる。


「安心するが良い。俺はヒーローだから、必ず二人に彼女を会わせよう」

「……会わせない方が幸せな気もするけどな」


玄武明良が汚物を見る目で夫婦を眺める。なぜなら味方であるはずの絵心太夫に対して夫婦は化け物を見るような視線を向けている。

夫婦はとても常識的な人間、悪く言えば常識から外れたことは受け付けない性分なのだろう。

特に夫の方は今にも悪魔と叫び出して暴れそうな雰囲気でもある。それを聖書の言葉を使って宥めているのが絵心般若である。

相川聡史も今にも暴れそうな大人を前にしては軽口も叩けず、ただ警戒テープが張られたビルを眺めている。

おそらく今このビルには彩筆晶子の他にマーリンと神崎伊予がいるであろうと予測をつけていた。

勿論予測と言っても半分は勘なのだが、あながち間違っていないだろうと玄武明良は思っていた。


「……ボス、もしも」

「お前のもしもは聞きたくない」


翳りを見せた絵心太夫の態度に玄武明良は素っ気なく返す。

今更弱音を吐いたとしても起こることは変わらないし、やることも変わらない。

自分達の力で彩筆晶子を助ける。そのために結晶の城を打ち砕く。それだけである。

玄武明良の迷いのない目を見て、絵心太夫は苦笑する。迷う必要はない、いつもと同じように。

かつてフラッグウォーズで旗めがけて走ったように、自分の足で動くだけなのだ。

その一歩を絵心太夫は勇気と名付ける。名付けたからには動くしかない。

三つめの合戦に対する心の決着が終了する。





四つ目は一番遅く始まる、未知数の合戦。

そのことに対して竜宮健斗はいつものように待ち構える。


「さぁ、合戦開始だ」



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