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二人の少女

父親に持ち前のフットワークと友好関係を使って、行方不明の少女を探せと命じられた絵心太夫。

その顔はいまいち乗り気ではないと言わんばかりの嫌そうな顔である。まず手掛かり一つないのだ。

さらには行方不明の少女を探している元両親の事情も気に喰わない。あまりに身勝手な理由は子供である思考でも不快だった。

なによりヒーローや主人公ぽくないのだ。それが一番絵心太夫には辛かった。他人が聞けばそれが一番なのかと疑いたくなる理由だ。

だが父親に逆らえない絵心太夫は渋々と捜索のために中央エリアに来ていた。NYRONで一番発達して人々が行きかう場所。

勘ではあるが絵心太夫はここに少女がいるのではないかと思っていた。何の根拠もない、正真正銘の当てずっぽうである。

しかし恐ろしいことにその勘は当たることになる上に、曲がった通り道の角で知らず知らず探している少女とぶつかる。

と言っても絵心太夫は捨てられる前の幼い少女の容姿を口頭でしか聞いておらず、ぶつかった少女が当人であると気付かなかったのだが。

ぶつかった少女はスケッチブックを落としつつ尻もちをついて転んでしまう。絵心太夫は手を伸ばして立ち上がらせようとする。


「すまん、考え事をしていた。大丈夫か?」

「ワッチはねー。ただ…」


少女はスケッチブックに目をやる。コンクリートの上ではあったが窪んで水が溜まっていた場所に落ちてしまったのだ。

泥水を吸って紙は二度と描けないような酷い有様である。さすがに絵心太夫も渋い顔をする。


「新品だったから何も描いてないのが幸いだったけどねー」

「本当にすまないな。このスケッチブックなら近くの書店と売っていると思うので、お詫びに二冊買わせてくれ」


そう言って絵心太夫は人さし指で近くにあるデパートの本屋看板を示す。

別に良いのにと思いつつぶつかった少女、彩筆晶子は笑顔でナンパと問いかける。

しかし残念ながら絵心太夫は純粋なお詫びと言って、デパートの中に入っていく。

振り向かずにさっさと進んでしまう絵心太夫の背中を彩筆晶子は追いかけた。



また東エリアでは神崎伊予が毛絲のポンチョを着て歩いていた。

マーリンにたまには外に出て散歩しないと足腰が弱くなるぞと言われたからだ。

本当はマーリンがいればいいのだが、心配をかけたくないということで神崎伊予は散歩がてら東エリアまで来ていた。

しかし普段から毛布にくるまって部屋の中でも動かない神崎伊予はすでに体力の限界で、息を荒げて顔を青ざめる始末である。

むしろ中央エリアから東エリアまで歩いてこれたのが奇跡と言わんばかりの様子で、近くにある自動販売機のコイン投入口に硬貨を入れる。

冷たい飲み物のボタンを押し、取り出し口に落ちてくるのを待ったが、一向に落ちてくる音も気配もない。

神崎伊予は携帯電話やアンドール付属の通信デバイスなど持っていないため、自動販売機の会社に電話しようにもできない。

どうしようかと右往左往していると、遠くから走ってくる音がする。

それは小柄な少女、おそらく神崎伊予と同い年くらいの小学三年生程度の少女だ。

運動クラブにでも入っているかのように子供にしては速い足取りで自動販売機に向かって来ている。

その後ろを四人の少年と涙目の少女一人が追いかけている。

少女は目を白黒する神崎伊予に構わず、脇目もふらず、物凄い勢いで自動販売機にタッチする。

タッチする、とは言いつつも実態は空手で相手の急所を打ち込むような正拳突きに近いもので、自動販売機が揺れるほどである。

揺れた衝撃で自動販売機の内部でなにかが噛みあったのか、飲み物の缶が落ちてくる音がした。

神崎伊予が取り出し口に手を入れてみれば冷たい缶の触感。取り出してみれば先程ボタンを押したのに出てこなかった飲み物である。


「はい、アッタシがいちばーん!!どーよ、泣き女!!」

「ぜっ…ぐ、ぐす…野蛮女…」

「あんですってぇ!!?」

「ふ、二人とも落ち着いてよぉ…」


怒り心頭の有川有栖と涙目で毒舌な伊藤三月の一触即発な空気に入る布動俊介。

基山葉月の場合は有川有栖の怒りの炎に油を注ぎかねないし、伊藤二葉と伊藤一哉では伊藤三月に逆らえない。

だからこそこうなった場合は最近では布動俊介が仲介に入ることが多い。しかし今日の二人はそれだけでは落ち着かなかった。


「俊介くんは黙ってて!!」

「そうそう…役立たずはいらない…」


そう言って布動俊介を突き飛ばす女子二人の力は、女子というには些か強すぎて布動俊介は立ち止まることもできずに数歩も後ろに下がってしまう。

神崎伊予はそんな騒動に目もくれず飲み物を飲もうと缶のプルトップを開けて口つけようとした瞬間、体に微かな衝撃が走る。

布動俊介と神崎伊予の視線がぶつかり、缶が空中に舞う中で二人はもつれ合うように転んでしまう。

そして空中を所在無げに舞っていた缶から中身が零れて、基山葉月の頭上に降ってきたのであった。



公園の水道で被ったジュースを洗い流している基山葉月は新しい飲み物を買う伊藤二葉を見る。

布動俊介はパニックになってぶつかって押し倒す結果となった神崎伊予に土下座する勢いで謝りたおし、伊藤一哉はそんな布動俊介を止めようとしている。

ベンチでは神崎伊予を真ん中に右に有川有栖、左に伊藤三月という構図で雛祭りの三人官女のように座っている。

神崎伊予は表情の乏しい顔でもういいよと何度も静かに呟いている。顔色はあまり良くないが、元々の顔色かもしれない。

伊藤二葉から新しいジュースの缶を受け取り、それを飲みつつ神崎伊予は同い年の六人を眺める。

仲の良さそうな何処にでもいる普通の子供達、自分のように存在すら怪しい出生届も出されずに能力もあるような子供ではない。

神崎伊予はそこまで考えて違和感に気付く。一人だけ、自分にずっと謝り続けている少年の、未来が見えた。

未来が見えると言っても神崎伊予の予知という能力は、様々な可能性未来の動画が頭の中にいくつもモニターとなって現れるのに似ている。

可能性が大きければモニターは大きく、小さな可能性ほどモニターは小さくなる。百%の未来においてはモニターは一つしか現れない。

しかしそんな百%の未来など滅多にない。なので神崎伊予が布動俊介の未来が見えた時は大小様々なモニターが現れた。

その中に多数の未来の中で布動俊介はある能力を使っている。瞬間的に視界に映った場所に移動する、瞬間移動という能力。


「…君…名前は?」

「ごめんごめんごめ……え?あ、布動俊介!」

「そう…謝ってるということは罪悪というか責任とかあるのよね?」

「え、あ、まあ……そうなるの、かな?」


問いかけられた意味がわからないまま布動俊介は曖昧な返事をする。

その返事に神崎伊予は薄く笑う。こうして会話するだけで極小とも言えた、ある未来のモニターが大きくなっていく。

それは未来を予知してきた神崎伊予がずっと欲しかった、しかし布動俊介達と出会うまで現れなかった可能性。

可能性は一%にも満たない、しかし零ではなくなった。その未来は百%の嘆きの未来を覆す、希望の一%未満。


「じゃあ…お礼として、助けてほしいの…お願い」


大好きな青年を守るために、一緒に住む子供達を生かすために、自分の居場所を今度こそ失くさないために。

神崎伊予はマーリンの言うとおりに散歩して良かったと笑う。それがマーリンの本当の計画を潰すことになったとしても。

布動俊介達はよくわからないまま、神崎伊予のお願いを聞くために耳を傾けた。




筋金太郎は実家の花屋の店番をしながら、カレンダーを確認する。

花屋ではあるが筋金太郎の店には常連ともいえる存在が多くいる。毎日来る者もいれば、毎年決まった日にちに来る者。

その中で一年に一回、母の日に必ず大量の白いカーネーションを買う少年がいた。白いカーネーションは死んだ母親に送るものだ。

少年はいつも一人でカーネーションを買う。そしてどこかへ供えるために姿を消してしまう、筋金太郎としては気になっている少年だ。

常連の老婆曰く、昔事故で母親を亡くした少年で、耳が不自由だと聞いていた。しかし会計をする時に少年はいつも筋金太郎の声を聞いていたと認識している。

なぜならまだ耳が不自由ということを知らなかった筋金太郎は少年に、ラッピングリボンの色などを口頭で聞いたのだ。

そして少年はその口頭に対して正確な返事をしてきた。ピンクのリボンがいいと。それ以来、毎年ピンクのリボンを使っている。

耳が聞こえないはずなのに、筋金太郎の問いに答えられた少年。常連の中でも不思議な部類だと筋金太郎は思っていた。

その少年がいつまでも来ないことに違和感を感じて、もう一度カレンダーを確認したところ、外から大量のサイレンが聞こえてくる。

サイレンは車両によって区別できるが、その音はパトカー、警察車両のサイレンだった。あまりにも多いので何か事件でもあったのか不安になるほどである。

筋金太郎の不安を他所に、店に入ってきた客がいた。それは先程まで気にしていた常連の少年。

少し疲れた顔をしている少年は何も言わないまま筋金太郎にカーネーションを指差す動作をする。

虚を突かれつつも筋金太郎は毎年同じ本数、同じ色、同じラッピングで花束を用意する。両腕一杯に抱えられる白いカーネーション。

少年はお辞儀しつつ会計を済ませるために紙幣を出す。受け取っておつりを渡そうと小銭を数えている筋金太郎に少年は話しかける。


「この店に来るのも…今年で最後のようだ」

「…?遠くに引っ越すんだなぁ?」


試すように筋金太郎は筆談ではなく、口から出した音声で少年に問いかける。

すると少年は首を横に振る。それは明らかに耳が聞こえている人間の反応だった。

しかし深くお客様の事情に首突っ込むのもあれなので、筋金太郎はおつり渡しつつ寂しくなるんだなぁと残念がる。

その表情に対応するように少年も寂しそうな笑顔を向ける。そして助言と言わんばかりに筋金太郎にこう告げる。


「近々白い菊が大量に必要になるから…用意しとくといいよ。じゃあね」


筋金太郎が問い返す前に少年は店から出ていた。よく見れば店の外にはニャルカさんのお面をつけた少年が待っていた。

二人はそのまま店から見える範囲から歩いて消えてしまう。本当は足音も姿形も消えてしまうのだが、そこまでは筋金太郎は見ていなかった。

ただ少年が告げた、白い菊、死者に手向ける花が大量に必要になるという響きに嫌な予感がしていた。



凜道都子は火鼠小僧を探すために日本に来たアントニオ・セレナを案内していた。

本日はNYRONの南エリアを案内しており、観光名所である場所は車や賑やかも中央エリアに負けていなかった。

はしゃいで今にも車道に飛び出していきそうなアントニオ・セレナを腕組して捕まえつつ歩いていく。

もちろん後方数メートルに護衛の凛道組の護衛とアントニオ・セレナの付き人がいるのだが、そっちはそっちで今にも喧嘩しそうであまり役に立たない。

溜息を盛大につきたいが客人、もしかしたら未来の結婚相手に対して見せるわけにはいかず、凜道都子は必死にアントニオ・セレナの腕を掴んでいる。

その腕は年頃の少年にしては細い、むしろ華奢と言ってもいいほどだが気にしてられなかった。アントニオ・セレナは事あるごとに凜道都子に疑問を投げるのだ。

ある交差点の電柱の下に添えられた大量の白いカーネーションを見て、ここではなにがあったのかと問いかけてきた。

凜道都子は西エリア出身なので南エリアには詳しくない。急いでデバイスで過去のニュース検索で該当記事を見つけ出して答える。


「えっと…数年前にここで親子がトラック事故に遭ったみたいです。あの花束は事故で死んだ人に手向けたものかと」

「ジャポンでは確かあの花はマッマに特定日時に贈る習慣があったような気がするですし?」

「ええ。どうも事故で死んだのはトラック運転手と親子の内、息子を庇った母親みたいです。それ以上はわかりませんけど…」

「なるなるほどほどでござる!つまりは火鼠小僧と一切関係ないと!!!なら無視でーす!」


そう言ってアントニオ・セレナは目についた和菓子屋へ特攻する。そうなると凛道都子もそれ以上事故について触れることはしなかった。

急いで後を追いかけつつ勝手に注文を始めるアントニオ・セレナに今度はばれないように溜息をつくのであった。




本屋で目的のスケッチブックを買った絵心太夫は店員にラッピングを申し込む。

そこまでしなくてもいいと言う彩筆晶子は完全無視である。店員は二人を微笑ましいと言わんばかりの笑顔で見つめている。

店員から見れば男の子が少し背伸びして好きな女子にプレゼントしたいのだろう、と映っていた。実際は先程出会ったばかりの知人程度の二人なのだが。

ラッピングの間、絵心太夫は彩筆晶子と一緒にコミックコーナーへと向かう。そして自分の好きな漫画を見せる。

それはアニメでも大人気な路地裏ニャルカさんのコミカライズ版。彩筆晶子は予想以上の好反応で絵心太夫に知っていると笑顔を向ける。


「猫又という妖怪でありながら路地裏に住む猫として生きるハードボイルドにゃんこであるニャルカさんは現代のヒーロー像として…」

「繊細で時々大胆なタッチによる戦闘シーンはまさにアニメーション美術として高等技術をふんだんに使っていてワッチも毎週楽しみに…」

「ひよこのピースケを守るために時には悪役を買って出るダークヒーロー!!しかし実態は愛と正義に溢れており、その献身的な守護は騎士のように…」

「キャラクター達のカラーリングも油絵やパステルなど様々な画材でも映える、まさに愛されるために生まれてきたようなその色合いに退廃的な路地裏の背景がまた…」


お互いに語り合い、ふとした瞬間に相手の目を見つめ、そしてわかり合ったかのように友情の握手を交わす絵心太夫と彩筆晶子。

その笑顔は決死の戦いを生き抜いた戦友に対するものに酷似しており、熱い議論を交わしあっていた二人に、ラッピングを終えたスケッチブックを届けにきた店員は途方に暮れていた。

さらに言えば議論が二人共少し、いやかなり食い違っていたようなのは店員の気のせいではない。奇妙なわかり合いを見せた二人である。



ラッピングしたスケッチブックを抱えて彩筆晶子はスキップしそうな足取りで中央エリアのビルに向かう。

そういえば名前を聞くのを忘れたな、と思っていたがそんなことは気にならなかった。それくらい久しぶりに理解してくれる人物に心躍らせた。

マーリンの次に好きになってもいいと考えるあたり、中々厳しい女子視点なのだが、それでも彩筆晶子からすれば高得点である。

帰る途中で息を荒げて青い顔をしている神崎伊予に出会い、どうしたのと聞けば東エリアから帰ってきたという返事だ。

毎日部屋の中で毛布にくるまっている神崎伊予からすれば大冒険だと、彩筆晶子は目を丸くする。

そうやって女子会話していたら、姿と足音を消していた駿河瑛太と音波千紘が姿を現す。神崎伊予は予知していたのであまり驚いていない。

しかし彩筆晶子は驚いて声を上げそうになったが、声も出ないほど驚いたので大口を開けるだけとなった。


「もう脱走…予知してたのより少し早かったね」

「いやー、寝たふりも結構きつかったし…それにちょっと野暮用を速めに済ませたくてな」


そう言ってウインクをする音波千紘に対して、全員が入院してもナルシストは変わらないかとどこか安心していた。

要は病院でも音波千紘のナルシストは治らないということなのだが、その方が違和感なくて良いかという結論に至る。

四人はあまり長く外にいるとパトカーに見つかる恐れがあると、小走りで世間話しつつビルの中に入る。

上からそれを監視する大型の鳥、というにはあまりにも大きすぎる鳥型のロボットの存在には気付かずに。



帰ってきたセイロンとアラリスを会議場というスーパーコンピュータにデータ移動させつつ、マスターは少しだけ思案する。

最近雇い主である青頭千里が妙に静かなのだ。もちろん研究室に来ては軽口を交わしたりするのだが、それでもどこか大人しい印象を受けるのだ。

嵐の前の静かさだったら気味悪いと考えていると、データが転送される前にセイロンが嬉しそうな声でマスターにお礼を言う。


「ありがとう。健斗と話出来て…楽しかった」

「…これからもまたチャンスがあるんだ。次も楽しみにしとけ」


マスターは素っ気ないようで、どこか嬉々とした表情を浮かべていた。

そういえばお礼を言われるなんて久しぶりだと、少しだけ感傷に浸るくらいささやかな幸せを享受した。

すると頭からあっさりと青頭千里のことが消えてしまったのだが、些細なことなので気にする必要はなかった。



会議場、今ではスーパーコンピュータ内にある現実をデータ世界風に再現された場所で、アラリスはニーハイソックスとミニスカートという出で立ちながら手足を動かしていた。

一言でいうならじたばたしていた。それはやりきれないという感情を子供が表現する動きで、データとはいえスカートの中身が見えそうなセイロンは慌てる。

元は男で、今は男か女かもわからない金髪ツインテールで美しい子供なアラリスだが、スカートの中が見えるのは男女の区別なくはしたない姿だ。

そんな慌てるセイロンに気付いてアラリスは意地悪な笑顔を浮かべて、あっさりとスカートを捲し上げる。セイロンは光の速さで手で目を覆い隠す。

しかし男の性というか、少しだけ長い沈黙が気になり、指の隙間でこっそりとアラリスの様子を眺めて絶句する。

スカートの下にはゲームのポリゴンで黒くなったような下着、というかスパッツに近い形の黒い闇のようなものが股間部分を覆っている。

アラリスは指の隙間から覗いているセイロンに向かって、慌てた演技をしつつスカートを元に戻して、さらには両手で押さえつつ赤面しながら言う。


<セイロンの、エ・ッ・チ★>

<……………………………………………………………………シュモン、助けてくれ>

<いやだ>


幼馴染に声をかけたが、返ってきたのは拒絶の三文字だけだった。




アラリスが駄々をこねるように暴れたのは、時永悠真や笹塚未来のことでだ。結局事情を話すだけで終わってしまった。

二人は混乱しているだけだし、まさか別の未来から来た求道哲也や豊穣雷冠がいるとはアラリスも予想していなかったので、表面には出さなかったものの混乱した。

本当は謝ったり仲直りしたかったのだが、現実は甘くなかった。なので八つ当たりのようにセイロンをからかったので、少しだけ落ち着く。

許してもらえるとは思ってない、簡単に仲間になれるとは思ってない、それでも少しだけ希望を持って向かったのに結果は空振り。

セイロンは落ち込んでこれ以上からかえそうにないので、ウィルスAliceの能力を使って無敵状態でネット世界に飛び立つアラリス。

ガトやシラハが制止の声を上げていたが、叶うはずもなく無重力空間を自由気ままに飛ぶ姿でアラリスは移動する。

目的もなく飛び出したので向かう先は決めてない。ただ少しだけ壁にぶつかりたくてウィルスセキュリティの強い場所へと向かう。

そのせいで国防機密文書やセキリュテイ専用会社のファイアーウォールをぶち壊す結果になるのだが、アラリスは気にしなかった。

しかし最後に変な違和感、感じるとは思わなかった背筋を這うような悪寒に少しだけ動きを止める。

悪意と幸せが混じりあったような不可解な世界の片鱗をアラリスは感じ取った。視界に飛び込んでくる情報の中にペンキをぶちまけるように青い血が見える。

それはデータの神に近い存在になったアラリスだからこそ見つけた世界、しかしまだ必要のない世界。

アラリスはその世界を頭の片隅に押し込んで、気が削がれたため居場所となった会議場に戻っていく。



マーリンは子供達が寝静まった後、瞼を閉じて静かに思案にふける。実は寝なくてもいい体なのだが、子供達は気付いていない。

ロボットが普及し、アンロボットという存在が認知されたからといって、自分の隣にいる人間がロボットかどうか疑う人間は少ない。

多くは当たり前のように人間と受け止めるだろう。マーリンの傍にいる子供達のように。

マーリンが思い出すのは完璧なほど幸せだった時間のこと。長くは続かない、完璧な世界のこと。

暑い日差しが当たり前の夏、一週間は猛暑が続くと予報されていた懐かしい日々。

その夏がマーリンは気に食わなくて、いつも嫌になるほど青い空を睨んでは走り回っていた。

何度も、何十回も、何百と、何千と、何億と、吐き気がするほど走っていた気がする。

それも全ては主人公を探すため。マーリンの目的は変わらない。主人公という存在、目的の人物に出会うため。

今も昔も走り回っている。昔は一人で、今は子供達を巻き込んで。嫌な気持ちは変わらないまま走り回っていると感じていた。

あと少しで終わらせることができると、マーリンは気を引き締める。



竜宮健斗は一人っきりの部屋、ベットの上で決意だけ固めていた。しかし何も思いついていなかった。

どうすれば魔法使いと、魔法使いの弟子達が救えるか。自分は馬鹿だからと卑下せずに考えていたが、なにも出てこなかった。

ただひたすらに誰も失いたくないと願っていた。クラリスという女王が死んだ日、その出来事は竜宮健斗の胸に大きな傷を残している。

その傷を真正面から見据えて、竜宮健斗は願う。これ以上の傷は作らないと。これ以上は失わないと。

竜宮健斗の稚拙ともいえる願いは、今では多くの人間を動かす原動力である。エネルギーが確保された今、残るは稼働するための原因究明が必要となっていた。

しかし竜宮健斗が想像する以上に事態は差し迫っていた。多くの思惑を絡めて、全ての把握を困難にしていた。





そんな中で一人、人外と呼ばれる存在は全てを知っておきながら、魔法使いの件に関わろうとしなかった。

ただ青白く光るパソコンのディスプレイを眺めながら、青白い肌をさらに白く、影を濃くしながら笑って呟く。


「これだから人間は面白い」


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