再会
アラリスはマスターに外に出たいと愛らしい声でお願いする。
外に出てセイロンとデートしたいと言うので、セイロンは助けてくれとシュモンに視線で訴える。
しかしシュモンはすぐに目を逸らして、肩を震わせつつ頑張れと言うだけであった。
女王クラリスに忠誠を誓い、永遠の愛に近い感情を抱いているセイロンにとって今の状況は惨殺ものである。
アダムスに関しては愛しい女性の唯一残った家族として見守っていく父親の心境だったのだ。
それがいきなり明るい性格に変わってセイロンに好意を抱いている時点で顔を青ざめるのは容易いことだった。
「アンロボットなら丁度二体あるしな…動作試用にはちょうどいいか。今外見を調整してやろう」
<わーい!!やったー!!!>
そしてセイロンとアダムスの生前の姿をほぼ再現したアンロボットの中に二人のデータがそれぞれインストールされる。
そのことに不服だったのはアダムスだ。幼い惨めな自分が嫌いなのに、その姿を再現されてしまったのだ。
自分で作り上げた新しいアラリスの姿を再現して欲しかったが、マスター曰く使い慣れた容姿の方が違和感ないだろうということ。
しかしその顔は明らかに美少年にまとわりつかれるセイロンの愉快な姿が見たいという意地悪な笑みで染まっていた。
マスターは二人に今NYRONで面白いことが起きているから、竜宮健斗を尋ねると言い、送り出した。
セイロンは半分竜宮健斗に会える喜びをかみしめていたが、もう半分では早く事を終わらせたいという気持ちで一杯だった。
そして今に至る。
「……アラリス…がアダムスでAliceで…えーと」
「アダムスが明るくなったと思えばいいよ、健斗★」
「す、すごくフレンドリーというか…」
「とりあえず歩きながら話さないか?」
セイロンは少し疲れた顔で告げる。アンロボットは機械の体であるが、精神的な面で疲れたように見えるのかもしれない。
なんとかアラリスを引き離してはしゃぐ竜宮健斗と一緒にセイロンは歩き始める。
それは懐かしい姿だった。今では竜の姿ではないが、お互いの顔を見て尽きない話を始める。
二人のその楽しそうな姿に崋山優香は微笑む。つい最近まで沈んでいた竜宮健斗が嘘のように明るくなった。
隣で歩くアラリスを横目で見れば、視線が合う。そして崋山優香に向かって微笑む。
「ねぇ、健斗に告白しないの?」
「ぶはっふぅっ!!?な、な、なんであ、アダムス…じゃなくてアラリスがそれを!?」
「ほら僕未来と一緒に二人をくっつけてから崩壊させようとしたり、クラカから受け取った姉さんのデータとかあるから…コイバナ、したでしょ?」
「あ、あ、あああああ!?」
「仕方ないから僕は二人を応援しようと思います☆ネット上で少女漫画の王道から悪女が男を落とす際の手腕までなんでも知ること出来るしね!」
晴れやかな笑顔だが明らかに崋山優香と竜宮健斗の成り行きを見守るのではなく慌てる姿が見たいという愉快犯な感情が浮かんでいる。
自己中心的なアダムスを中心に実は天然ボケで乙女のようなことがしたかったクラリス、そして最強ウイルスAliceを取り込んだアラリス。
それは確かに最凶の存在として崋山優香の目の前にやって来た。そして茶々を入れに来ていた。
「その代り僕とセイロンの応援とか…」
「…わかったわ」
「あ、もうわかって…」
「違う。あなた実はセイロンからかってるだけでしょ?前みたいに毛嫌いしてるわけじゃないけど、遊んでる」
「…根拠は?」
「恋する乙女の勘」
アラリスは科学的でもなく証拠にもならない根拠に吹き出す。
そして末恐ろしいと心の中では冷や汗をかいていた。崋山優香の指摘は正しい。
アラリスはセイロンに恋などしていない。恋をした振りをして遊んでいるのだ。
もちろん嫌いだからというわけではない。そこはAliceが行った改変でクラリスのデータを基にある程度の好意を抱いているようになった。
しかし恋と好意は違う。それくらいはアラリスは知っているし、理解していた。
ではなぜそんなことをしているのかというと、やはり大好きな姉が愛した男というだけで納得できないシスコン根性があるのだ。
本当に姉を愛しているのか、もう二度と会えなくてもその愛を貫けるのか試しているに近い。
そして自分が面白おかしく愉快に過ごすためにわざとからかっているのだ。つまりは自分のためである。
自己中心的で我儘で自分が望むことを叶えたいアダムスの基本こそが、アラリスの本性である。
「なんでそんなことしてるのかも少しわかったわ。そうじゃないと…辛いのでしょう?」
「…参ったな。乙女ってそこまで見抜くもんなんだね」
大好きな姉は自分よりもセイロンという愛した男を優先した。
それはクラリスのデータと深く融合したアダムスは心が壊れそうなほど思い知った。
苦しかったし、辛かった。セイロンという存在が許せないほど憎しみを抱いた。
でもそんな感情はクラリスのデータを活用したAliceの作業によって変わってしまった。
変わったが、それでも湧き上がってくる。理不尽な怒りが、拒絶したい恨みが。
しかしアラリスとなって生まれ変わって、前のままだったら今度こそ死んでしまうかもしれない。
アラリスは自分が大切で大好きだ。自己愛によって動いているようなものだ。
そしてアラリスはなによりも気にかかっていることがあった。
「…きっと僕は許されないことをしたし、思ったし、言葉にしてきた…それが一番いい未来だと信じて…」
「アラリス…」
「でも未来の僕が死んだと聞いて、前の僕は壊れた最中で…考えてた。僕が僕でいる限り僕の望む未来はこないって…未来とも仲直りできないって」
多くの人に恨みを抱いて、多くの人に心配をかけて、多くの人に迷惑を押し付けてきた。
それでもセイロンや竜宮健斗はアダムスを見捨てなかった。消失文明の人間達は大好きな子供達と別れる決意をしてまでアダムスを助けようとしてくれた。
アダムスはずっとそれを感じていた。あんな酷いことをしたのになんで助けてくれるのかと、涙を流したいほどだった。
だがアダムスはアダムスでいる限り、きっと同じことを繰り返すと本人が一番わかっていた。直すことなど怖くてできなかった。
姉のデータを離さないと強く思い込み、助けてくれる手を無下にし続けていた。小さく罪悪感を抱きながら、アダムスは変われなかった。
しかしAliceはその感情を変えてくれた。データという世界では最強のその機能を使って、アダムスをアラリスへと変えていった。
「悠真、未来、セイロン…そして未来で僕のせいで死んだという悠真の友達…全部償えるなんて僕は思えない…けど」
「けど?」
「アラリスとして…やり直してみたいんだ。でもやっぱりセイロンに関しては姉さんのことあるからもう少しだけ…遊んでもいい?」
「…程々にね…ん?あ、ああああああああああああああ!!!?」
崋山優香の大きな声にアラリスだけじゃなく、二人で他の話で盛り上がっていたセイロンや竜宮健斗も驚いた顔をして振り向く。
アラリスは悠真の友達といった存在、豊穣雷冠と求道哲也、その二人はこの時間世界に存在している。
竜宮健斗達が造り上げた未来の先からタイムマシンでやって来た二人のことを思い出して崋山優香は声を上げた。
時永悠真の未来世界とは違う未来世界からやって来た二人、そして笹塚未来。
アラリスがやり直したい要素全てが竜宮健斗達が存在する時間世界、住んでいるNYRONという街に集結していた。
アラリスはとりあえず崋山優香の家に泊まらせることになった。
さすがにいきなり二人の人間、ロボットだが、を竜宮健斗の家に泊めるのは無理があった。
なにせ普通の日本一般家庭の一軒家であり、常に客人を泊められるような部屋はないのだ。
日本は国民性としても他人に親切にすることは多くとも、事前に通告のない宿泊などには戸惑うことが多い。
なので分担することになった。なによりアラリスは崋山優香に興味を持ったようで懐いたのだ。
いまだにアラリスに遊ばれていると気付いていないセイロンとしても分担はありがたい話だった。
竜宮健斗は家に帰って母親にセイロンが帰ってきたから泊めてもいいかと告げた。
最初は台所で作業して声だけを聞いていた母親は良かったわねいいわよと言うだけだった。
なにせ母親はてっきりぬいぐるみサイズのアンドールの姿でセイロンが帰ってきたのだと思っていたのだ。
それがお皿運ぼうとして振り向いたら見知らぬ青年が竜宮健斗の横に立っているので、お皿を落とした上に腰を抜かしてしまった。
「…健斗…セイロンじゃないじゃない」
「いや、セイロンだよ。体が違うだけだって!な?」
「いきなりすいません…ちょっと事情がありまして、今はアンロボットという体に入っていますがセイロンです」
「は、はあ…」
目の前の事態が呑み込めない母親はとりあえず箒と塵取りでお皿を片付け始める。
その後はひたすら料理に打ち込み、テーブルに全ての食事を乗せて一言だけ呟いた。
「信じられない…」
「いや本当にすいません。データなばかりに色々ぶっ飛んでいて…」
セイロン自身も非常識な存在だと自覚しているので謝り通しである。
ただ一人全く動じてないのが目の前の出来事を容易に受け入れてしまう頭脳が足りない竜宮健斗だけである。
その後は帰宅した姉や兄も母親と同じように驚き、父親だけが少しだけ動きを止めたもののサラリーマンらしく名刺を差し出していた。
兄と父親は酒を飲んでいたら上機嫌になったのでセイロンが人間の姿でいることに違和感を感じなくなり、というか誤魔化し、ひたすら話題を振った。
アンロボットは人間と変わらない生活ができるため晩酌に付き合いながらセイロンは投げられた質問に真摯に対応していった。
おかげで母親や姉もすっかりと打ち解けていき、最終的には何日でも泊まっていいからねとお許しを貰えたほどである。
セイロンは竜宮健斗が寝る前に今までのことを色々話したいということで、布団を竜宮健斗の部屋に運んでもらえた。
兄からパジャマまで借りることができ、セイロンは久しぶりな人間らしい触れ合いに顔を綻ばせていた。
「アンドールの時も悪くなかったが、やはり人間の体に近い方が過ごしやすいな」
「なあなあ!いつまでいられるんだ?」
「とりあえず…明日にはマスターのところに戻ろうと思う。あまり長居してアラリスがなにかしですかと思うと…」
アラリスのことを思い出してセイロンは気が重くなるのを感じる。
竜宮健斗は明日には帰ってしまうセイロンのことを考えて落ち込む。
それならば夜更かししてもいいからセイロンと沢山のことを話そうと決意する。
布団に体を預けながら今まで起きたこと全てを話す。
アンドールやアニマルデータが少しずつ世の中に受け入れられていること。
もちろん先行きは不明でいつ何が起きてもおかしくない状況だが、悪い方向には進んでないこと。
フラッグウォーズの全国大会開催、その次には世界大会開催の目途が立ったということ。
だけど竜宮健斗達は参加できないこと。参加する理由もないこと。
能力者というのが少しずつ増えてきて、ケイトの歌うA*Aはさらに広まりつつあること。
そして今日起きた二つの事件、おそらくどちらも能力者が起こした恐ろしい内容のこと。
まだまだ話したいことが沢山あるのに、竜宮健斗は落ちていく瞼を止めることができなかった。
そして日付も変わらない内にあっさりと寝息をたて始める。セイロンは布団の中で寝たかと苦笑する。
日々健康的に過ごしている竜宮健斗にとって時間通りに寝るという、体内時間は正確だった。
竜宮健斗の寝息を聞きながらセイロンは明かりが消えて外のわずかな光源で薄暗い部屋の天井を見上げる。
寝れなかった。データとして過ごしてきた弊害か、セイロンは人間らしく寝ることを忘れてしまったかのように起き続けていた。
アンドールの時はロボットらしくスリープモードに移行すると擬似的な眠りにつくことができた。
しかしアンロボットは違う。どこまでも人間らしく、しかし人間ではない部分を強調する。
機械とは思えない機械の体に、データとは思えないデータの魂。
自分で選んだことなのにセイロンは後悔しそうだと自嘲する。
瞼を閉じて寝たように見せつつ、CPUを稼働させて思い出すのは遥か昔の愛しい女性、クラリスのこと。
もう二度と会えない。なのにいつまでも心の中で微笑み続ける。
憎らしいほど愛おしい少女は多くの物を残していった。アニマルデータのことから弟のアダムスまで。
セイロンにとってクラリスを思い出すことは夢見るのと同じ感覚だった。彼女を思い出せば安らかに眠れそうだと考えるのだ。
遥か昔、データとして生き延びるために二人で手を繋いで深い眠りに落ちた時のように。
過去は捨てられない。セイロンが生きてきて辿り着いた答えだった。
同じように過去が捨てられない、だけど見捨てられた子供達が集まったビルがあった。
青年の傍には毛布にくるまった少女である神崎伊予が寒さをやり過ごすように身を寄せている。
氷川露木はソファの上でつまらなさそうに足を伸ばして適当に動かしている。
ニャルカさんのお面を被った駿河瑛太は部屋の隅で立ち尽くしている。
スケッチブックに気侭に絵を描く少女、彩筆晶子は頭の中に描いた風景を紙に書き写していく。
青年はそれらを眺めて、ゴミ捨て場から拾ってきたラジオを片手に無表情のままに言葉を吐き出す。
「千紘は警察に捕縛…露木のせいで交通網はパニックな上に地底遊園地が一部休業…」
「マーリン先生としては大失敗?」
「いや…だが大成功とは言い辛いな」
神崎伊予の問いかけにマーリンと呼ばれた青年は苦々しい声で言うが表情は変わらない。
氷川露木はとりあえず怒られないことを確認し、調子よく次はもっと派手に暴れると宣言する。
目立つのが苦手な駿河瑛太は黙々と立っている。彩筆晶子は絵を描く手を止めて青年を見る。
「先生、次はワッチが動くよ!なにして欲しい?なんでもワッチはできるよ!!」
そうやって笑う彩筆晶子は言葉通りなんでもできた、というよりはなんでも描けた。
頭の中に思い描いた妄想を紙に描くことで現実にする、それが彩筆晶子の能力である。
生まれつきでそんな能力を持っていたが欠点があった。頭に描いたものを正確に書き写さないと現実にできないのだ。
だから幼稚園頃までは平凡な両親は彩筆晶子の能力に気付かなかった。絵を描くのが好きな彩筆晶子の下手な絵を見ては褒めちぎったのだ。
たった一人の娘を溺愛していた。しかし不幸なことに彩筆晶子は絵の才能が有り、そして能力があったことである。
小学二年の頃、美術の時間に書いた兎のスケッチは本物と寸分違わない形で描けたのだ。
それは担任が褒めると同時に具現化し、紙の上から飛び出して飼育小屋の中にいる兎と混じってわからなくなってしまうほどだった。
担任が叫び声を上げたが他の子供達や彩筆晶子は感激した。そして彩筆晶子の友達はすごいすごいと彼女を褒めた。
友達に褒められて嬉しかった彩筆晶子は家に帰って両親に両親を描いた絵を渡した。写真のように素晴らしい絵を。
受け取った両親はその絵が具現化して目の前にドッペルゲンガーのように微笑む自分を見て叫び声を上げた。
寸分違わない自分自身が目の前で微笑み、そして彩筆晶子の肩に手を回して幸せそうに微笑む。
両親はそれが恐ろしくて自分自身の姿をしたなにかを近くにあった包丁で切り刻んだ。
すると具現化した両親は千切れた紙屑となって消失した。彩筆晶子はそれがショックで多くの絵を両親に見せて褒めてもらおうとした。
近所にいる犬、道端に咲いていた花、愛用のコップ、絵本に出てくる小人、身近にある大切な物を絵に描いていたのだ。
それは全て具現化して目の前に現れた。もう両親は目の前にいる自分の娘が化け物にしか見えなかった。
母親は金切り声を上げて包丁を振り回して具現化された絵を切り刻み、父親は保健所に電話をかけて娘を殺してくれと大声を上げる。
彩筆晶子は結果として捨てられた。孤児院に預けられたが能力のせいでどこに行っても弾き出された。
そして怪しい経営をしている孤児院に辿り着いた際、マーリンという青年が彩筆晶子の身元を預かった。
マーリンは彩筆晶子の能力全てを知っており、そして容認していた。むしろ活用したいと言った。
彩筆晶子はマーリンの説明を聞きながらも絵を描き続けた。もうそれしか自分には残っていないかのように。
一心不乱に頭に湧き出てくる光景を書き写していた。竜や一角獣に美しいお姫様から虹のコップに…だけど両親の絵だけは具現化しなかった。
具現化しない両親の絵を丸めて捨てて彩筆晶子はマーリンが見ている横で絵を描き続けた。
「…ワッチはなんでも描けるよ。けどなんでかなぁ…パパとママは出てこないの」
「お前の能力は思い描いた物を絵にして具現化する能力だ…出来ない、ということはおそらく…」
丸められて捨てられた絵を拾い上げてマーリンは描かれた彩筆晶子の両親を見る。
そこには彩筆晶子を真ん中にして笑顔で微笑む男性と女性がいた。しかしそれは歪だった。
女性の手には包丁と足元には切り刻まれた紙屑。男性の手には電話機で首には電話機のコードが首を絞めるように巻かれている。
マーリンが考えるに彩筆晶子が思い描いているのは、理想の、かつて自分を愛していた両親。
しかし最後に捨てられた際に見た光景が忘れられず、思い描いた絵に現実が入り混じって邪魔をするのだ。
もう彩筆晶子には両親を描いて具現化することはできなかった。具現化できてもそれは偽物の、ただの絵である。
マーリンは幼い少女が描いて具現化した竜の背中に乗る。そして彩筆晶子を片腕に担いで、現代社会ではありえない竜の空中飛行を楽しんだ。
それだけで彩筆晶子は両親のことも捨てられたことも能力のことも忘れてはしゃいだ。まるで魔法のように忘れさせてくれた。
「すごいすごい!!魔法使いだ!!」
「違う…」
「魔法使いの先生!ワッチは弟子!!ねぇどこまでいく!?どこまでいっちゃう!!?」
はしゃいで支離滅裂なことを言う彩筆晶子だが、その顔は満面の笑みだった。
青年は溜息をつきつつ、ある研究所へと向かう。子供をさらっては怪しい実験を繰り返す非道の研究所だ。
どこの誰ともわからない青年には目的があった。そして目的のために子供を集めていた。
集める子供は既に決まっていた。まるであらかじめ全てを知っているかのような、未来を見てきたかのような動きで。
飛行機にぶつからないように、しかし人目に付かないように遥か上空で竜に乗って飛ぶ青年は彩筆晶子に向かって言う。
「過去は捨てられない。だけどお前の力ならなんでも手に入る…なんでもだ」
「ならワッチ…弟子仲間、家族が欲しい!やんちゃなニーチャンや大人しい妹とか!!」
「丁度いい。今からそんな奴らを迎えに行く所だ…両親はもういらないか?」
「いらない!!あんなのより先生の方が素敵!!こっちの方が楽しい!!」
「そうか…それは良かった」
見捨てられた少女は過去を捨てた気分で高揚していた。
だけど無意識にスケッチブックの最後のページに描いたかつての優しい両親の絵を捨てることはなかった。
やんちゃなニーチャンは氷川露木。大人しい妹は神崎伊予。喧しいナルシストニーチャンの音波千紘に、寡黙で弱気な弟の駿河瑛太。
能力という繋がりで出来た家族、兄弟を見守る先生であり大好きな青年マーリンと一緒に暮らして彩筆晶子は幸せだった。
この幸せのためになんでも描くつもりであった。青年が望むなら大量虐殺できる兵器を描いてもいいくらいの気持ちだった。
しかし青年は彩筆晶子にこう告げた。
「お前の自由にやるといい」
それだけで会話は終わってしまう。彩筆晶子はそれに空返事をする。
本当は神崎伊予のように頼って欲しかったのだが、青年に反発する気は起きなかった。
だけど胸の辺りが渦巻く雲のように気持ち悪い様相するのが気に食わなかった。