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魔法使いの弟子

魔法使いさん私をどうか助けてください。

神様には何度祈ってもお父さんの皮を被った悪魔は消えません。

魔法使いさん私をどうか助けてください。

透明だった瓶が真っ赤に染まって輝きながら迫ってくるのです。

魔法使いさん私をどうか助けてください。

お母さんがお父さんの皮を被った悪魔に倒されて床に転がっています。

魔法使いさん私をどうか助けてください。

真っ赤に染まった瓶は割れてまるで獣の歯のような尖りを見せつけてくるのです。

魔法使いさん私をどうか助けてください。

お父さんはきっと悪魔に食べられてしまったのでしょう。

魔法使いさん私をどうか助けてください。


私に向かって真っ赤な瓶を振りかざす悪魔から、私をどうか助けてください。





竜宮健斗はNYRONという街の東エリアに住む少年である。

今日は幼馴染の少女、崋山優香と共にバイオリン演奏会に来ていた。

中央エリアの音楽ホールで開催されるその演奏会は全国から優秀な子供を集めていた。

子供達は本物のオーケストラと好きな曲を披露できる機会に目を輝かせている。

その中で仁寅律音という一見美少女のような顔の美少年は、いつも通りの涼しい顔で演奏をした。


題目は「魔法使いの弟子」だ。有名なアニメーションに使われたとして有名な曲でもある。


魔法使いから命じられた水汲みを弟子が魔法で横着しようとして波乱が巻き起こる、物語性のある楽曲。

仁寅律音の演奏を以前聞いたことがある竜宮健斗は驚いていた。前回聞いたのは鬼気迫る「魔王」という曲。

しかし今回は魔法自体が飛び跳ねて輝くような演奏で、魂を弦で削るのではなく、心を弾くような魅力ある弾き方だ。

音楽の知識が全くない竜宮健斗にも他の子供との違いがわかるほど、仁寅律音の演奏は圧倒的だった。


一瞬の静寂の後には盛大な拍手が仁寅律音に贈られた。




音楽ホールには竜宮健斗達だけでなく、他のエリアからも子供達が来ていた。

東エリアからは相川聡史、南エリアからは籠鳥那岐と錦山善彦、西エリアからは葛西神楽、北エリアは大雪のため全員欠席である。

しかし竜宮健斗の予想では大雪でなくても、約一名の引き籠り体質の玄武明良は絶対に来なかっただろうなと考えていた。

仁寅律音はバイオリンケースを抱えながら晴れやかな笑顔で竜宮健斗達に向かって歩いてくる。

竜宮健斗や崋山優香はその笑顔につられて思わず笑顔で手を振り、葛西神楽などはレアと言わんばかりに写真を撮る。

だが籠鳥那岐と相川聡史は鳥肌が立ち、錦山善彦は悟った様子で微妙そうな顔をしつつ後退。

笑顔のまま仁寅律音は竜宮健斗と葛西神楽の両名に近づき、両腕をそれぞれに伸ばす。


そして思いっきり二人の頬をつねり、引っ張る。


「き・み・た・ちねぇええええ…僕以外の演奏の時は寝てるってどういう了見なのかな?」

「い、いへへへへ…いや、ほりゃ、演奏会思ったより朝早くというか…」

「しょ、正直緊張してねむれにゃ…いたたたたた」


崋山優香は竜宮健斗の隣で座っていたので途中眠っていることは知っている。

相川聡史はその反対側の隣で、さらにその隣で葛西神楽が寝ていた。

しかし仁寅律音はほぼステージ脇の袖や控室にいたはずだが、よく見ていたなと籠鳥那岐は感心している。


「ステージから観客席って見やすいからね。教壇に立つ教師の気持ちを味わったよ…」

「まー、なんとなくこうなるとは思っていたんやけど…自業自得やしな」


錦山善彦は少し離れた場所から言い、葛西神楽が恨めしそうに見る。

この二人には共通点があり、かつてアニマルデータという古代文明の人間がデータ化した存在がいた。

そのアニマルデータに関わる多くの事件の中で、一部の子供達は脳を刺激する音楽、ANDOLL*ACTTIONによって能力に目覚めた者がいる。

まるで漫画やアニメのような話だが、実際はそんなに便利なものではない。

錦山善彦の能力は先読み、目の前に提示された何気ない情報からある程度の未来を知る。推理に優れたくらいである。

葛西神楽は能力の効果を受け付けないのと触れたら相手の能力を無効化する、アンチ能力。日常では一般人と変わらない。

アニマルデータに関わった者は多くいるが、目覚めた人数は多くない。五人に一人という確率である。

今では刺激の強いANDOLL*ACTTIONを改良したA*Aという歌が流行歌として街中で流れている。

人気アイドルのケイトが歌うので一日に何百回と聞く若者もいるが、多く聞けば目覚めるものでもない。

本人の素質などが多く関わっており、ニュースでは公共によるサイキック研究が盛んになるのではないかと推測している。

あり得ないと言われた能力者という存在は少しずつ現実に浸透していた。


「いやー、善彦の能力って便利そうだよな、セイロン…あ」


肩に向かって声をかけた竜宮健斗だがそこに名前を呼んだ存在はいない。

竜宮健斗はセイロンと名乗った、アニマルデータが入っていた青い西洋竜のアンドールというぬいぐるみのようなロボットを持っていた。

子供達の携帯電話として人気を博すデバイスの付属物としてついてきていたロボット。それはアニマルデータのために用意された体。

セイロンと竜宮健斗は古代文明と現代文明の違いはあれど、大人と子どもの違いあれど、親友のような仲だった。

アニマルデータに関わる事件でその仲をさらに深めていき、そして別れることになった。

全てを救いたいと願った竜宮健斗の想いに応えるため、セイロンは会議場と言われるスーパーコンピュータ内で今もアダムスというアニマルデータを救おうとしている。

だからセイロンというアニマルデータも、そのデータが入ったアンドールも今は竜宮健斗の傍にはいない。

それでも慣習化したように話しかけるのが自然となっていた竜宮健斗はよく間違う。

もうセイロンが傍にいないという事実を、わかっていても認識しきれていなかった。


「…ははは。間違えた」

「…僕もよくやるよ。気にしないで」

「俺もだ。うるさい奴だったがいなくなると…寂しいものだな」


同意をした仁寅律音と籠鳥那岐にも、セイロンと竜宮健斗のように親友と呼べるアニマルデータがいた。

彼らもまたセイロンと同じように子供達の全てを救いたいという願いに応え、会議場でアダムスを救おうとしている。

アダムスというアニマルデータは自分のエゴで身を亡ぼしかけた存在だ。姉である女王クラリスの希望ある未来を作ろうとしただけだった。

しかし自己中心とした性格が災いして、様々な要因の結果がその身に襲った。

今では姉であるクラリスのデータ、魂が混ざりあって自己の危機に瀕している。

幼いままデータ化したアダムスは我儘で自己中心的で、最後には友人と思っていた少女にも裏切られた。

しかし見捨てるにはあまりにもアダムスは哀れだった。なにより竜宮健斗は欲張りにも悪い奴と言われる存在も救えるはずだと信じていた。

だから親友と別れる道に進むことになった。一時的な犠牲だが、結果を見れば犠牲はない、最善と思われる道。

それでも竜宮健斗はセイロンがいないことを忘れるたび、少しだけ思い悩む。

自分の選択した、セイロン達と別れる道が正しかったのか。今でも答えは出ない。


「と、とりあえずこのあと仁寅律音くんは何か予定は?これ演奏会で賞とかはないんだよね」

「賞はないけど開催スポンサーの留学勧誘はあるから、今日は音楽ホールから動けそうにないや」

「そっかぁ…じゃあ私達は中央エリアで遊ぶ?」

「いいやん!ゲーセンでクレーンゲームやろうやないの!!先読みでどうアームを動かせば落ちるかわかるかもしれん!!」

「せっこい能力の使い方だな」

「うー、俺にもそんな便利な能力が欲しいなり」

「あ、神楽新しい口調にしたんだな」


仁寅律音にまたねと言いつつ竜宮健斗達は中央エリアで遊ぶため歩き出す。




NYRON中央エリアは多くの主要機関が集まっている。

総合病院を始めとした新幹線も開通している中央エリア駅や企業の会社や社員の住宅。

全国展開の店舗も中央エリアが群を抜いている。そして自然と中央エリアには遊ぶ場所や会社が集まる場所などさらに細分化される。

しかしだからといって全ての建物が活動しているわけではない。寂れて使われなくなったビルや、工事中のまま再開不明の建造物はざらである。

壁に落書きをされて硝子窓も多くが割れている、中央エリアに住む者達が余り近づかない廃墟ビルがある。

そのビルの最上階、会議場のように大きなスペースとられているが何もない一室があった。

最上階には窓が取り付けられてないので外から見えない仕様になっている。だから物好きが最上階まで昇らなければ気付かないだろう。


廃ビルの窓のない最上階、そこに住んでいる多くの子供達と一人の青年のことを。


室内には毛布やパイプベッドに古びたソファなど、ごみ捨て場から好き勝手持ってきた物で構成されているようだった。

ごみ袋は溜めていないのでスッキリしているように見えるが、それでも乱雑な印象を受ける。

違法的に電気を通し、水道も使えるようにしているその最上階は生活空間として機能している。

子供達が多くいる中で唯一の大人である青年が近くにいたツインテールの少女に話しかける。


「音波は?」

「でかけた。そろそろ…飽きたんだと思う」


ツインテールの少女は小さな体を毛布でくるんで小声で告げる。

寒くないのに厚着をしており、その上からさらに毛布をかけているので見ている方が暑いほどだ。

するとボブショートのスケッチブックを持った少女がペンを手の中で回しながら尋ねる。


「師匠が止めてほしいんならワッチが止めに行くよー。どうする?」

「構わん。俺はお前達の思考を操作するつもりはない」

「さっすが師匠!テヘペロリン☆」


愛らしく小首を傾げて舌を出すボブショートの少女はスケッチブックに向き直る。

水彩鉛筆からクレヨンなど多彩な画材で好き勝手に絵を描いていく。

描いているのは目の前でソファの上で寝転がる少年だ。その少年を赤と黄を用いてデッザンしていく。

大イビキで寝る少年はレザーを重点とした服装で、顔の半分が火傷で赤くなっている。

しかしそれすら勲章のようにして隠すようなことはない。むしろ火傷の上から刺青もしている。


「…」

「どうした?言いたいことがあるなら口に出せ、瑛太」


近くに寄ってきたものの話そうとしない少年に青年は声をかける。

少年は夏祭りで売られているようなプラスチックのお面をつけている。お面のモデルは子供番組で人気を博すニャルカという黒猫のキャラクターだ。

お面を被っているうえにフードも被っているので容姿で判断するのが難しい少年は、結局何も話さないまま離れていく。

その様子に小さくため息をついた青年は、立ち上がって出口へと向かっていく。


「…どこいくの?魔法使いさん」

「馬鹿な弟子を回収してくる。それだけだ」


青年の背中を見送りつつツインテールの少女は毛布をさらに重ね着する。

別にツインテールの少女は寒くない。むしろ毛布を重ねることで本人が暑いくらいだ。

それでも重ねるのは幼い頃からの癖、習慣でもあった。普通の子供なら身に着かない癖だ。




魔法使いさん私をどうか助けてください。




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