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十六夜の月  作者: 銀花
一、遠い記憶
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一、遠い記憶 (2)

 女は苦笑を浮かべ、空達に目配せする。


「……取り立てなんだ。最近しつこくてね……騒がしくなるけど、ちょっと我慢しとくれよ」


 そう言って、女は戸口へ向かった。その後ろ姿を空と良明は目で追っていく。

 女が戸口に辿り着く前に、戸が激しい音と共に開かれた。


「しつこいよ、あんたら」


 女は強気に腕組みし、取り立て屋と見られる男達と対峙した。


 その男達を見た空と良明は、大慌てで机の陰に隠れた。彼らはさっき空が金を盗み、良明が気絶させた者達だった。


「な……何でよりによってあいつらなんだよ……!」


「おれが知るか」


 二人はひそひそと喋り、事の成り行きを陰から見守った。



「お泉さんよ、金の準備は出来たのか?」


「今日で期限も切れるぜー」


 男達はズカズカと店の中に入り、泉の周りを取り囲む。


「誰が払うって言ったかい。ふざけんのも大概にしな」


 泉は腕組みをしたまま、彼らを睨み付けた。彼女の目の前にいる男が、ニヤニヤしながら更に泉に近寄る。


「相変わらず強気だな。でもな、こっちには誓約書っつーもんがあるんだわ」


 そう言って彼は懐から紙を取り出す。



 机の陰に腰を下ろしていた良明は、まだ近くに少女が佇んでいるのに気付いた。見たところ彼女は空より少し若いくらいで──空の方が断然幼く見えるが──襷に前掛け姿であるからこの店の手伝いをしているのだろう。この母娘の他に人は見えないため、この店はきっと泉と呼ばれた先程の女の店だ。その娘はオロオロと母親を見守っている。


「おい」


 良明が小さく声を掛けると、少女は微かに身体を震わせ慌てて振り向いた。彼女を手招き、自分達の前に座らせる。


「あいつら、何の取り立てしてんだ?」


 良明がヒソヒソと尋ねる隣で、空は良明から少女へ視線を移した。少女は居心地悪そうに床を見つめている。


「それは……去年死んだおっとうが、あいつらに金を借りたらしくて──」


「ははーん。親父が死んだから、代わりに払えってやつか。よくある話だな」


 呆れたように、空は片膝を立ててそれに頬杖をついた。少女は俯いたまま、膝の上で両手を握り締めている。

 良明は少女の様子を見て、空の頭をはたいた。


「いでっ」


「お前は喋んな」


 空は頭を押さえて良明を睨んだ。


「……あいつら、理不尽な額請求してきて……払えるわけないじゃない……」


 震える声で少女が呟く。


「でも払えなかったら、この店を取り上げるって言うし……あの誓約書のせいで──」


 彼女が言いかけた時、けたたましい音が響いた。


「おっかあ!」


 空達が振り向くと同時に、少女は飛び出して行った。壊れた机の間に、泉が倒れている。


「いい加減にしろよぉ?俺ぁ金すられて胸糞が悪いんだよ」


 男が椅子を蹴散らす。泉は娘に支えられながら起き上がった。男達は二人を見下ろした。


「金払え。払えないならこっから出ていけや」


 すると、急に少女は立ち上がり、彼らを真正面から睨み上げた。


「……で、出ていくのはあんた達だ!」


「お千代! やめな!」


 泉は慌てて娘の手を引っ張ったが、千代はそれを振り払った。


「あんた達に出す金なんかないって、言ってるだろ!」


 千代がそう叫んだ途端、男に首を掴まれ軽く持ち上げられた。


「母親といい娘といい……調子に乗りやがって」


 首を締め付けられ、上手く呼吸が出来ない。


「何なら、お前の身体で返してもらおうか?」


 千代の顔を覗き込み、男がニヤリと笑う。千代はベーと舌を出した。


「誰がそんなこと──あっ!」


 右頬に衝撃を受け、千代は床に叩き付けられた。



「な────」


 泉達を静かに見守っていた空は、驚いて目を見開いた。同時に怒りも湧いてきた。

 良明が空の様子に気が付いた時には、既に彼女は立ち上がって机の上によじ登っていた。


「待て待てーっ! お前ら女に手ぇ上げるたぁ腐ったマネするじゃねえか!」


 ドンと机を踏み鳴らし、空が響く声で怒鳴る。


 良明は「あぁ……」と片手に顔を埋めた。


(待つのはお前だ……)


 こうなることは、予想していなかった訳でもない。でも予想外に、空が切れるのは早かった。大きなため息を吐き、良明も立ち上がる。


「調子乗ってんのはテメェらだろーがっ!」


「はいはい、落ち着こうね。ていうか下りなさい、はしたない」


 良明が空の腕を掴んだ。それでも空はそこから動こうとしなかった。


「な……お前ら! こんなとこにいやがったのか!」


 千代を殴った男が驚いた表情を見せ、空は薄笑いを浮かべた。


「お前らが結構な金持っててくれたんでなー、お陰で飯が食えたぜ。ありがとよ」


「挑発すんなって……」


 良明が面倒臭そうに呟いた。一方男達は、額に青筋を浮かべ今にも暴れ出しそうな雰囲気をしている。彼らの様子を見て、良明はあることを閃いた。


「……空。お前特技は何だ」


「は? スリだよ」


 いきなり何聞くんだと、空は眉をひそめて良明を見下ろす。

 良明は人差し指をちょいと動かし、彼女に顔を近付けた。空も怪訝そうに、頭を彼の高さに合わせた。


「要するに、あの紙がなければ良いんだろ?」


 良明が小声で言い、ニッと笑う。空は彼の顔を見つめ、暫くしてから口の端を上げた。


「わかった、そういうことなら任せろ。でも援護はしてくれよな」


「わかってるって」


 二人は頷き合い、男達の方へと身体の向きを変えた。空が机から身軽に飛び下りる。

 腕組みしている男が空達を睨み付けた。


「金を渡す気あんのかぁ?」


 そう尋ねられた空と良明は一度目を合わせ、同時に口を開いた。


「「ないね」」


 男が懐から匕首を取り出し、それに倣うように他の男達もそれぞれが武器を手にする。良明は頭を掻いた。


「おいおい、物騒な奴らだな。空、お前だけ丸腰だけどどうする」


「へん、心配すんな。うちも武器くらい持ってら」


 空は懐から棒のような物を取り出し、それを良明に見せた。何の装飾もされていない、真っ黒な懐剣だった。


「紙盗んだらよっしーに投げるからな、お前が処分しろよ」


 それだけ言って、空は颯爽と男達目掛けて走り出した。


「え!? おい! もう少し作戦とか──何でお前は即行動なんだよ!」


 馬鹿野郎!と叫びながら良明も彼女の後に続く。しかし良明は男達の方ではなく、泉達に走り寄った。


「お泉さん! 二人共奥に逃げててくれ!」


「……あぁ、わかった。無茶はしないどくれよ!」


 急いで立ち上がり、泉は千代を連れて奥へと走って行った。

 彼女達を見届け、良明は暴れ回っている空に目を向けた。小さいこともあってか、彼女は襲いかかる男達の隙間をすり抜けていく。


(刀相手がやけに慣れてるな……誰かに鍛えられたのかな)


 空の動きにこっそり感心しながら良明は刀を抜き、地面を確かめるようにトントンと爪先で数回蹴った。



 右に突き出された短刀をかわし、近くにいた男にわざとぶつかる。ついでに足掛けをしてその男を転ばせた。


(よっしゃ、成功!)


 空は手にした紙を握り締めた。


(後はよっしーに……えっ?)


 良明の方へ振り返ったところ、そこに男が一人立ちはだかっていた。驚いたのも束の間、彼はすぐに崩れてしまった。空は何度も瞬きをした。更にその後ろに、良明が刀を手に立っている。


「空、紙は?」


「……あ、盗った!」


 空は紙を握り締めた手を挙げ、それを見た良明が笑う。


「じゃあそれ持って調理場行け。そんで竈にでも放り込んでこい」


「おう! 任せろ!」


 空が良明の横を走り抜けて行った。

 一方、空に転ばされ尻をついた男が慌てた様子で懐を探っている。


「……ねえ!」


「あれー? どうかしたのかなー? 無くし物?」


 ニヤニヤ笑いながら良明が首を傾げる。


「てっ、てめぇら……っ!」


 男は頬を引き吊らせて立ち上がり、良明を睨んだ。


「ぶっ殺せ!」


 男が叫ぶと、彼らは一斉に良明へと襲いかかった。




「相手が悪かったな」


 良明は刀を鞘に収め、床に転がっている男達を見下ろした。同時に後ろから軽快な足音と共に空が走り寄ってきた。


「よっしー、紙燃やしたからな! お前大丈夫だったか?」


「余裕。こいつら片付けるから、空も手伝え」


「よしきた」


 空は揚々と頷き、転がる男達を引っ張り始めた。


 二人で彼らを店の外に放り出し、中に戻ると泉と千代が笑いながら近付いてきた。


「あんたらやるねぇ! ありがとう! すごく助かったよ!」


 泉がバシバシと二人の肩を叩き、その激しさに空はよろめいた。良明は苦笑して頬を掻いた。


「いや……なんというか、お泉さん達が殴られたのに責任感じてな」


「ん? どうしてだい?」


 泉が首を傾げる。


「あいつらから金盗んだのうちらなんだ」


 空は愉快そうに笑った。


「あらまあ、あんた……そんなに小さいのに盗みができるのかい?」


「小さい言うなっ! ガキじゃないから! 十六だから!」


「あら、十六? 本当に? お千代より上じゃない、小さいわね」


 泉が目を丸くする隣で、千代も驚いた様子で空を見ていた。空が眉を吊り上げる。


「だーかーらー、小さいって言──よっしー?」


 良明に目をやると、彼は何故か戸口を見つめていた。空は眉をひそめて彼の顔を覗く。


「よっしー、どうしたんだ?」


 そう言って袖を引っ張ると、良明はチラリと空を見てすぐに戸口に視線を戻した。彼は始終、険しい表情をしている。空は怪訝そうに首を傾げた。


「……血の匂いがする」


 ポツンと呟くと、良明は足早に戸口へ向かった。


「血?」


 空も引かれるように彼の後を追った。



 良明が開いた戸の向こうの光景に、空は凍り付いた。地面にも家屋の壁にも飛び散った大量の血痕。そこはさっきとは一変して、血の海だった。

 無惨に転がる首の無い死骸。斬られた箇所からは、まだどす黒い血が溢れ出ている。その向こうに、この身体の持ち主達であろう顔の崩れた首が、転がっていた。通りにいる人々は悲鳴を上げ、ざわついていた。

 その光景と匂いに、空は胃から込み上がってくるものを覚えた。


「……う……」


 両手で鼻と口を押さえ、目をキツく閉じた。


 遠い、過去の記憶が蘇ってくる。思い出したくない記憶が。


「馬鹿……何で見るんだよ」


 良明が空の頭を引き寄せた。彼にしがみついて、空は呼吸を繰り返した。それなのに空気が身体に入っていかない。


「何だい? どうかした──」


「来るな!」


 良明が大声を出し、近寄ろうとした泉達は驚き足を止めた。


(誰がこんなこと……)


 良明は軽く舌打ちした。どう見ても、この死骸は先程良明が気絶させた者達だった。目を離したのはほんの少しの間だった。その間に全員の首を斬れるとは、これを犯した者がどれだけの力量があるのか計り知れない。

 嫌な予感が頭をよぎり、良明は無意識に腕を擦った。


「大して力も無いくせに出しゃばるから」


 突然側から男の声がして、良明は反射的に空を後ろに庇った。戸口の横の壁に着流し姿の男が一人立っていた。彼は無表情で血の海を眺めている。黒い着物に返り血を浴びているのに、気にも止めていない様子だ。腰には二本の差料もある。

 良明は目を見開き、同時に全身で警戒した。


「……お前……何で」


 良明の口から漏れた言葉に、男はボサボサの髪を揺らし顔だけを向けた。その唇がニヤリと笑みを形作る。


「何でここにいるかって? 聞きたいか?」


 良明は眉を寄せて彼を睨んだ。


「……別に、興味ない」


「まぁそう言うなよ。俺はな、あの日以来色んなとこを転々としてんだ」


 良明の言葉を無視して、彼が勝手に話し出す。


 空は良明の背後からそのひょろりとした男を盗み見た。

 真っ黒な単衣に付いた血は乾き始めていた。背丈は良明よりも高かった。細く見えるのは単衣の色のせいで、良く見ればそれなりにがたいのいい男だった。太陽は照っているというのに、彼の髪は生気を失っているかのように光を反射させていない。それでも黒い目の奥には確かな光があった。


「面白い事探してんだ、暇だからな。そしたらこいつらに会ってよ。少し同行してたけど、もう飽きたな」


「……だから殺したのか?」


 良明が低い声で尋ねると、彼は嘲るように笑うだけで何も言わなかった。良明は舌打ちした。


「相変わらず……無慈悲な野郎だな」


「慈悲をかけて何か得するか? 俺は仏じゃないぜ」


 壁から離れ、男は死骸に近寄り、それを踏み付けた。反動で地面の血が飛び散る。


「ちょっと大人しくしてれば、調子乗って殴ってきやがる。うざいだけだ」


 彼はそう吐き捨てるように言い、急に良明へ振り返った。良明は思わず身構えた。


「流石に、お前にこんなとこで逢うとは思わなかったな」


 男は喋りながらゆっくり良明へ近づく。


「どうせ、まだ俺の事を恨んでるんだろ? なぁ、良明」


 嫌味に笑い、良明の顎に指を添えてクイと上を向かせた。良明はずっと嫌悪の眼差しを彼に投げていた。


「あの頃と全然変わってねえな、その眼」


「……触るな」


 良明は彼の手を払い退けた。すると、急に通りが騒がしくなった。


「おっと、役人登場か。じゃ、俺はずらかるぜ」


 そう言って、男は歩き出した。しかしすぐに立ち止まり、また振り返る。


「お前とはまた逢うかもな。お前が俺を恨んでる限り、な」


 ヒラリと手を振り、男は今度こそ姿を消した。


 良明は戸に寄りかかり、長く息を吐き出した。無意識の内に緊張していたらしく、それが解けてドッと疲れが溢れた。


「よっしー、あいつ知り合いか?」


 突然背後から話し掛けられ、良明は驚いた。慌てて振り向くと、空が不思議そうにこちらを見上げている。彼女がいたことをすっかり忘れていた。


「まぁ……知り合いと言えば、知り合いかな」


「ふーん……何か気色悪い人だったな」


 空は男が消えた方へ目をやった。その反対側から役人が走ってきている。


「……人じゃない」


 良明がポツンと呟いた。空はまた良明を見上げた。


「あんなやつ……人じゃないよ」


 彼は無表情で、何を考えてそう言っているのか空には分からなかった。




 この日は泉の強い勧めから、彼女の家に泊まることになった。良明が最初それを断っていたが、空は強引に彼を引き止めた。あの後に出発しても野宿になりそうだったから、空にしては泉の申し出は有り難かった。それに良明の口数がやけに少なく、二人きりになるのが不安だったのもあった。


 夜になり、二人は借りた部屋で就寝の準備をしていた。その間も良明の無言は続いた。

 空は自分の布団にうつ伏せに倒れ込み、長く息を吐き出した。


「……火、消すぞ」


 良明がチラと目を向けたので空は頷いた。行灯の火を吹き消し、良明も布団に横になった。


「……よっしー」


 暗闇の中、空は小さく呼び掛けたが、彼からの返事はない。空は頬を膨らませた。


「もう寝たのかよ」


「……何だよ」


 良明がため息混じりに尋ね返した。


「昼のあいつ……誰なんだ?」


 空が尋ねても、良明は返答せずにまた黙り込んだ。


 静かな時間が流れていく。沈黙があまりに長く、空が諦めて寝ようと思った時、良明が口を開いた。


「あいつは……おれの……師匠を殺した」


「え……?」


 良明がため息を吐いたのが聞こえた。


「師匠って言うかおれが慕ってただけなんだけど……ガキの頃から面倒見てくれてたから」


 空は無言で、声のする暗闇を眺めていた。


「……あの時おれは何も出来なかった」


 その言葉の後に、微かに乾いた笑い声が聞こえた。


 空は目を伏せ、闇を睨んだ。良明の話と共に自分の過去が頭に蘇った。自分はただ守られるだけで、弱い生き物だと思い知らされる、あの日の事が。空は唇を噛み締めた。


「……空?」


 急に呼ばれ、空は小さく身体を震わせた。


「ん、何?」


「あぁ、寝たのかと思った……ガキだから」


「……てめぇ殺すぞ」


 空が低く唸ると、良明は明るく笑って寝返りを打った。


「おれ、もう寝るからな」


「勝手に寝ろってんだ」


 空も拗ねたように寝返りを打ち、良明に背を向けた。掛布団を握り締めて、暫く闇を見つめる。良明とは今日初めて出会ったはずなのに、それなのに。


「よっしー」


「……ん?」


 良明が返事をすると、何故か空は黙り込んだ。不審に思い彼女の方へ顔を向け、良明は首を傾げる。


「何だよ」


「あんたとうち……似てる」


「は?」


 どこが?、と良明は尋ねた。


「──似てるよ」


 空はもう一度繰り返し、すぐに目を閉じた。





「あ~あ、お泉の料理は名残惜しかったな」


 朝日の降り注ぐ道を歩きながら、空が呟いた。今日も快晴で、穏やかな一日になりそうだ。

 泉は今日の朝餉と、握り飯を拵えてくれた。昨日も思っていたのだが、泉の料理は美味かった。お袋の味、という表現が一番合う気がした。母親の料理なんて、一度も食べたことはないから、想像の内の話だが。


「お前さっきからそれしか言ってねえぞ。そんなに食いたいなら戻れば?」


 良明は呆れ果ててため息を吐く。


「イヤ、めんどくさい」


 あっさりと言い、空が大きな欠伸をした。


「じゃあ二度と言うな」


「はいはい、すみませんねうるさくて。あ~あ、お泉の料理食いたい」


 空は頭の後ろで手を組んだ。良明は無視することに決めた。


「……なぁ、よっしーの旅の目的は?」


 空は隣を見上げた。


「昨日聞いてねえよな?」


 良明は前を向いたまま何も喋ろうとせず、空は頬を膨らませ彼の横っ腹を殴った。良明が盛大にむせた。


「いってぇな」


「シカトしてんじゃねえ!」


「……別にシカトしてねえよ。何言えばいいか考えてただけだ」


 良明が怒ったように言った。空は彼を見上げたままキョトンとした。


「そんなに複雑な目的なのか?」


「んー……そこまでは……」


 再び考え込むように良明が腕を組む。空は視線を彼から地面に移した。


「じゃあ……師匠の仇討ちとか?」


 ポツンと呟いた彼女に良明は振り向く。少し俯く空は何故か拗ねた様子だった。そういえば昨夜その話をしたと、良明は思い返した。


「仇討ちね……まぁ、それを少しも考えてないっつったら、嘘になるかな」


「ふーん……」


「でもそれが本当の目的じゃない」


 顔を上げた彼女と視線を合わせ、良明は話し続ける。


「おれがすぐ勝てるような相手だったら、昨日の内にやってたさ」


「それも……そうだな」


「あいつとはいつか殺り合うことになるかもな」


 あまりに軽い口調で彼が話すため、空は呆気に取られて返す言葉が出てこなかった。


(殺り合うって……お前の刀、竹光……)


 こちらは心配に思っているの、彼はけろりとしていた。余計に脱力してしまう。


「空は?」


「……何が?」


 不意に良明が振り返り、空はやる気なく首を傾げた。


「旅の目的。聞いたならお前も話さないとな」


 彼は悪戯っぽく笑った。


「うちは……簡単に言えば人探しだ」


「へえ、誰を?」


「……教えない」


 空はプイと顔をそらした。


「えー、卑怯じゃねー?」


「うっせぇな、お前には関係ねぇだろ」


 ぶっきらぼうに吐き捨てる空を見下ろし、良明は眉をひそめた。


「お前、何拗ねてんの?」


 空はギクリとした。


「べ、別に拗ねてねー……から」


 あからさまに動揺しきった声になった。

 自分が良明の事について尋ねたら、彼はそれなりにちゃんと答えてくれる。それなのに自分の事となるとどうも話せなくて、それがもどかしくて、自分に腹が立つ。別に隠すことはないのだけど、ただ、昔の自分を思い出すのが嫌だった。


「おい」


 思い詰めた表情で俯いていたら、良明が顔を覗いてきた。顔を上げると、彼がため息を吐く。


「あのな。拗ねるのは別に構わないけど、暗くなるなよ。うるさいのがお前の取り柄だろ」


 目をパチクリとさせ、空は良明を見つめた。


「違うか?」と彼は首を傾げる。


 良明の言うその取り柄はどうかと思ったが、でも何故か単純に嬉しかった。空はヘヘと笑った。自分の事を話すのはいつでも出来る。だから、ゆっくり少しずつでいいかなと、良明の一言でそう思えた。

 良明が空の頭をクシャクシャと撫でた。


「シケた旅は嫌なんだろ?」


「……そうだけど……やめろ! ハゲる!」


 両手を使って良明の手を払い退けると、良明が短く笑い声を上げた。空は髪を整えながら彼を見上げた。


「で、今からどこ行くんだ?」


「さあ?」


 良明は肩をすくめた。


「さあって……もしかして、今何も考えないで歩いてんのか」


「うん。行き着くとこに行けばいいかなーなんて」


「お前な……」


 空は思わずうなだれた。こんなに何も考えないやつだとは思いもしなかった。


「それなら、空が行くとこあったらそっち行こうぜ」


 良明にそう尋ねられ、空は暫く考えを巡らせた。


「ない!」


「だと思った」


 良明が大きく頷く。


「じゃあもう行き着くとこに行くしかないだろ」


「……そんなんでいいのかよ」


「え、だって今までがそんなノリだったし」


 笑いながら良明は手をプラプラと振る。


(うわぁ……後先不安)


 そう思いながらも、人の事は言えないと気付き、口にはしない空だった。

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