一、遠い記憶 (1)
温かい日差しの中で、風が桜の花びらを舞い上げた。至る所にある桜の木は満開を通り越して、少しずつ葉が息吹を上げ始めている。
頭上は気持ち良いくらいの快晴で、浅葱色がどこまでも広がり、その中を薄い雲が流れていく。浅葱と桜の彩りは目に優しく写り、また立ち止まって見惚れてしまう程に鮮やかだった。
その晴天の下の細道を、景色に似つかわしくない数人の男達が騒々しい足音と共に走ってきた。
「あんのクソガキ! どこ行きやがった!」
桜の木の下で立ち止まった彼らの一人が苛々と舌打ちをする。
「そのクソガキに金すられてる辺り、俺らマヌケだよなー」
他の一人が呑気に笑うと、先程の男がそいつを殴った。
「てめぇが一番間抜けだ! おい、まだそう遠くには行ってねえはずだ! 絶対に見付けろ! 殺してでも奪い返せ!」
男が怒鳴ると、全員が走り出した。殴られた男も渋々、文句垂れながら走り出す。
彼らの様子を、近くの高い木の上から見下ろす者がいた。
ひょこと顔を出して通りを見下ろすその者は、無造作に切られた黒漆色の髪に、子供のようなかなり小柄な体格だ。名前をそら、と言った。
見ただけでは大概気付いてもらえないが、これでも今年で十六である。
(捕まってたまるかっつの。せっかく手に入れた金、誰が返すか)
バーカ、とそらは小声で呟いた。そして、自分が今置かれている状況に大きくため息を吐く。
追われる勢いでこの木に登ったは良いものの、降り方が分からない。大分高い所まで登ってしまったようで、下の道がかなり遠く思えた。
(どうすっかな……)
唸って考え込んだ時、再び下から足音がしてそらは咄嗟に身を屈めた。
(何だよ、あいつらもう戻ってきたのか?)
そっと身を乗り出して道に目をやると、そこに一人の男が通りかかった。編笠を被っていて顔は分からないが、腰に刀を差しているのが見える。
先程の男達ではないと分かり、そらはホッと胸を撫で下ろした。
「おーい! そこのお侍さーん!」
木の上から大声で呼びかけると、彼は足を止めて辺りを見渡し始めた。
「こっち、上だ! 悪いけど、助けてくんない?」
侍が被っている編笠を後ろに傾けてこちらを見上げ、そらはニコニコと手を振った。
「降りれなくなってさー! 頼むよ!」
侍は木の上のそらを見つめたまま不機嫌そうに顔をしかめた。そして何も言動せずに歩き出す。
「ちょっと待てぇーっ!」
彼の行動には怒鳴らずにいられなかった。
「何だ何だ! か弱い少女が助けを求めてるんだぞ!? それを無視するのか! お前はそんなやつなのか!」
そらは腕をブンブン振り回し、大声で喚き散らした。これだから侍は嫌いだと心底思った。
去りかけた侍は面倒臭そうに戻ってきて、また顔を上げた。
「か弱い? どこが。ただのガキにしか見えねえな」
「んだとーっ! 喧嘩売ってんのか!」と叫んだ時だった。
メキメキという嫌な音がした次の瞬間には、そらの乗っていた枝が激しい音と共に折れた。
「ふえっ!?」
枝もろともそらは真っ逆さまに落ちていく。
この木がどれだけの高さだったかとか、死んだら金盗んだ意味ねぇとか、色んな思考が一気に頭を駆け巡った。
全身への衝撃を覚悟して身体を丸めたが、落ちた先は柔らかだった。近くで折れた枝の落ちる重い音がした。
そらが混乱したまま硬直していると、不意にチリンと鈴の小さい音がして、キツく閉じていた瞼を開いた。
そこにはさっきまで自分が怒鳴っていた侍の顔があった。受け止めてくれたようで、そらの身体は侍の腕に抱えられていた。
「……思ったより軽いな」
彼の第一声はそれだった。
「お前、この木が桜だって分かってて登ったのか? 桜は折れやすいんだぞ」
呆れた口調で彼が言ったため、そらは少々ムカッ腹が立った。
「うるせえ、勢いで登っただけだ! 下ろせ!」
「おーおー、それが助けてもらった奴の言うことか?」
そらの身体を地面に下ろしてやりながら、侍が首を傾げる。そらは眉を吊り上げ侍を睨んだ。
「ありがとよっ」
まるで礼など込めていない、ぶっきらぼうな口調で吐き捨てた。一度去りかけたくせに、と内心悪態づいた。
やれやれと侍が肩をすくめる。
「素直じゃねえな──」
「いたぞ! アイツだ!」
突然、背後から怒鳴り声がして侍は驚いた。振り返ると、そこに数人の男達がいた。
「げっ、もう戻ってきた!」
「やっべ」と小さく呟き、そらは数歩後退った。
男達がズカズカと近寄って来る。
「おいガキ! 俺らから金盗むたぁ良い度胸じゃねえか!」
先頭の男が掴みかからん勢いでそらに手を伸ばした。それを素早くかわし、そらは隠れるように侍の後ろへ回り込んだ。
「…………は?」
侍が困惑した様子で、背後のそらに目を向けた。
「ここで会ったのも何かの縁だ! そいつらやっつけてくれ!」
「はぁ?」
侍は目を丸くして、突拍子もないことを言う彼女から、目の前の男達に視線を移した。彼らはかなり殺気立っている。
「やんのかぁ?」
「そのガキ寄越せば、てめぇは見逃してやるぜ?」
指をボキボキ鳴らしながら、男達は近付いてくる。
侍は短いため息を吐き、一歩横に動いた。そしてそらの腕を掴み前へ引っ張り出す。 そらはキョトンとして、引っ張られるままに前へ足を進めた。
「どうぞ」
「ちょっと待てーっ!」
そらは再び怒鳴り、振り返って男の胸ぐらを両手で掴んだ。
「助けを求めてるんだぞ! それでも男か!」
「だって……痛い目遭いたくないし」
「ヘタレか! 第一何だ、その腰にあるのは飾りか!?」
そらが怒鳴りながら彼の腰の刀を指差すと、侍は疲れたため息を吐いた。
「何か期待してるようだけどな、これは竹光だ。何も斬れないぞ」
彼はゆっくり柄を撫でる。そらは眉を寄せた。
「使えねぇーっ!」
そう叫んだ途端、誰かに腕を掴まれ引っ張られた。
「おら、金返せやガキ」
すぐ近くに男達の顔が見え、そらはベッと舌を出した。
「誰がやるか、これはうちのもんだ」
「ふざけんなてめぇ……殺すぞ!」
腕を掴む男の手に更に力が入り、その痛さにそらは顔を歪めた。
その時、そらの横を何かがかすめ、腕を掴んでいる男に当たった。男が怯んだ隙を逃さずにそらは腕を振り払って男達から離れた。飛んできたものをよく見たら、それは侍が被っていた編笠だった。
侍に目を向けると、彼は刀の柄を握りながらニヤリと笑う。
「盗んだ半分、おれに寄越せよ」
そらはポカンとした。彼の言ったことをすぐには理解できなかった。助ける代わりに盗みの半分をやれと、侍は言ったのだった。条件付けるなんて男らしくないし、やっぱり侍は嫌いだと思ったが、そう文句は言ってられそうになかった。先程、男達が短刀を手にしたのが見えたのである。
そらは腕を摩りながらニッと口の端を上げた。
「四割だ。それなら良い」
「んー、ま、それで妥協してやるよ」
侍は明るく笑い刀を抜いた。それと同時に男達も短刀を抜き、じりじりと間合いを詰める。
「三対一か、まあいいや。かかってこいよ」
腰を沈めて刀を構えると、一斉に男達が襲い掛かってきた。侍も彼らに向かって躍り出た。
最初に振り下ろされた短刀を身をひねって避け、柄で男のこめかみを打った。気を失って崩れてきた彼の胸倉を掴んで投げ飛ばすと、次いで斬りかかろうとしていた男にぶつかり二人とも地面に転がった。それを見届けずに、もう一人に視線を移し、刀を構える。
残った男は面倒臭そうに舌打ちすると、転んだ二人を睨んだ。
「おい! やめだ!」
そう怒鳴ってまた視線を良明に戻した。
「チッ……あいつどこに行きやがった……てめぇら覚えてろよ、今度会ったらぶっ殺してやる」
ずらかるぞ、と言って男は走り出した。その後に気絶した者を担いだ男がついて行った。
彼らが見えなくなったのを確認して、侍は刀を鞘におさめた。その様子を眺めていたそらは、振り向いた彼と目が合い僅かにたじろいだ。彼の刀捌きに見とれていたことを悟られないよう、慌てて笑顔を作る。
「や、やー、すげぇなあんた! ありがと」
「あれぐらいならな。それに礼を言われる程のことはしてねえよ、金のためにやったようなもんだし」
肩をすくめて、侍は言った。
そらは笑顔を引きつらせた。礼を言って損をした気分になった。どうしてこいつはこんなに可愛くないことを言うのだろう。まあ、侍が可愛いこと言ったら引くけども。
彼を見つめたままそらは首を傾げる。
「お前、名前は?」
「名前を聞くときは自分から名乗れ」
侍に冷たく言われ、そらは少し口を尖らせた。だが彼が言うことは一理あるから反論は出来ない。
「うちは、そらだ」
「……そら? そらってこの?」
そう言って、侍は上を指差した。そこには青い空が広がっている。
そらは肩をすくめた。
「さあ? それは分からん。うち字知らないからな」
「多分、空だろ。それしか思い付かねえしな」
「ま、それで良いよ。で、お前は?」
「良明だ」
彼が躊躇いなく名乗ってくれ、空は表情を明るくした。
「良明かー、じゃあ“よっしー”だな!」
「何でそうなる」
良明が怪訝そうに眉をひそめ、空は無邪気に笑う。
「この空様が付けてやったんだ、喜べよ」
「誰が喜ぶか」
くだらないとばかりに良明は呟き、頬を膨らます空を無視して肩をすくめた。
「お前、家は?送るから帰れ。ガキがこんなとこウロウロするな」
そう言った途端、空が良明の脚を力の限り蹴った。良明が声にならない声で唸り、空は彼を睨んだ。
「ガキ扱いすんな! うちは十六だ!」
「……は!? 十六!? その大きさで?」
良明は蹴られた箇所を擦りながら、小さな彼女を目を丸くしてマジマジと眺めた。
正直、心底驚いた。どこからどう見ても十歳程度にしか見えない。顔も、十六と聞いても疑ってしまうぐらいに幼かった。
「俺と二つしか違わねぇ……」
「へー、あんた十八か、見えねえな。どっからどう見てもおっさんだ」
空は嘲るように顎を突き出し、鼻で笑った。良明は間髪入れずに空の頭を片手で掴んでいた。空の身体がビクリと震える。
「ほー……おっさんな。お前も捻り潰してやろうか」
彼の冷たい笑顔に、空は思わず息を飲んだ。
「じっ……冗談だって! 間に受けるなよ!」
慌てて弁解して、良明の手から逃れるように空は一歩後ろに下がった。
予想に反して良明があっさりと手を放して、不思議に思いながら空は彼を見上げた。
「スリなんて女がすることじゃねえなー」
そう言って、良明は藍色の銭入れを目の高さに持ち上げた。中から鈍い金属音がする。
空はその銭入れを見て目を見開いた。彼が持っている銭入れは、先程空が盗んだ物だった。
「へっ、あれ!?」
慌てて懐や袂を押さえるも、勿論そこには何も入っていなかった。
「おっお前……いつの間に……!」
空は奪い返そうと手を伸ばしたり跳んだりしたが、その行動も虚しいことに意味を成さなかった。良明にヒョイとそれを高く持ち上げられ触ることも出来なかった。
空は眉を上げ、彼を睨んだ。
「返せよ! 人の盗るんじゃねー!」
「いやいや、言ってること矛盾してるから」
良明が呆れたように笑う。
「それに四割はおれのもの、って約束だったよな?」
良明にそう言われ、空は言葉を詰まらせた。彼の勝ち誇ったような笑みに更に腹が立った。
「わ……かったよ! 勝手に取れば良いだろ!」
空はかなり不服そうに腕を組んだ。
(自分がスリだってのに……すられるなんて……一生の不覚だ!)
空が大きく舌打ちをし、それを聞いた良明は吹き出した。
「面白いなー、じゃあ遠慮なく」
銭入れを開け、音を立てながら物色する。
その間、空は頬を膨らませて彼を見つめていた。
他人とここまで喋るのは久しぶりな気がした。それなのにここまで人を苛立たせるとは、良明の振る舞いに少し呆れもした。
暫くして自分の取分を手にしたまま良明は銭入れを空に投げ返した。受け取った空は、その重さに首を捻った。
「ありがとな、これでしばらく食いっぱぐれなくて済みそうだ」
良明は笑って言い、地面に落ちた編笠を拾い上げ、埃をはたいてから被った。
空は眉をひそめたまま彼を眺めていた。銭入れの重さが、大して変わっていない。
「家まで送らんで大丈夫か?」
空を見つめ、良明は尋ねた。
「ん? あぁ、うちに家はないから……旅してんだ」
「へえ、一人で?」
「そうだよ。お前もか?」
尋ね返すと良明は一度頷いた。
ふーん、と興味なさげに呟いた空だったが、すぐに意味深な笑顔を良明へ向けた。その笑みに、良明は嫌な予感を覚える。
「なぁ、お前についてってもいいか?」
「イヤだ」
あっさり拒否して良明は空を置いたまま歩き出した。空は彼の答えの早さに眉を吊り上げた。
「即答かよ! 少しは考えろよ!」
空が早足で追うと、良明はため息を吐き振り返った。
「イヤだって言ったろ、ついて来んな」
「イヤだね!」
背後で空が怒鳴る。
「意地でもついてってやる! 逃げたって無駄だかんな! うち足速いんだからな!」
追い付いた空を横目に良明は更に盛大なため息を吐いた。
「お前……うるさそうだからイヤだって言ったのに……ていうか実際うるさいんだけどな」
「へっ、シケた旅するよりマシじゃねえか。お前つまらん旅してるだろ」
頭の後ろで手を組んで、空はニヤリと笑った。
良明はやれやれと宙を仰いだ。静かな方が自分には合っているのに、と言いたくなった。
「まぁ……シケた一人旅してたのはうちも同じかな」
浮かぶ雲を見上げ、空がポツリと呟く。その彼女の横顔が、淋しそうに見えた。
「なんつーかさ……あんたとなら大丈夫かなって思って……ほら、旅は道連れ、なんて言うじゃん」
空が恥ずかしそうに頬を掻いた。
空がどんな理由で、いつから旅をしているのかは知らない。でも、こんなに小さい、しかも女が一人で行動するということは、心細くて当たり前なのかもしれない。
(でも口悪すぎだろ)
良明は頭を掻き、長く息を吐き出した。
「あ~もう……好きにしろ」
そう言った途端、空が満面の笑みで振り向いた。突然向けられた表情に良明はたじろいだ。
「そうこなくちゃ!」
空が嬉しそうに良明の腕を叩き、良明は短く笑ってヤレヤレと叩かれた腕を擦る。
「よし、じゃあ飯でも食いに行こうぜ。金もあることだしっ」
空が金の入った銭入れを鳴らした。
「良いけど、空のおごりな」
「は? 何でだよ」
「おれは四割、空は六割。どっちが金持ちだ?」
良明は笑いながら首を傾げた。
「男が女におごらすのかー?」
頬を膨らます空の肩を、良明はポンポンと優しく叩いた。
「旅に女も男もないんだぜ」
そう言ってニコリと微笑む彼を、空は暫く睨んでから口を開いた。
「……今日だけだかんな! うちが誰かにおごるなんて、滅多にないんだぞ!」
怒ったように言い、空は足を速めて良明より前に出た。
(金……少ししか取ってないくせに)
そう考えて、空は苛ついた。
良明なりの優しさなのかもしれないけど、約束は守らないと気が済まない性分だった。自ら言えば良いのだろうが、言ったらそれで終わってしまいそうで言い出せなかった。
彼を信用できる気がしたのは、嫌々ではあったが、結局は、自分の事を助けてくれたからだ。これまで誰とも行動を共にしようとはせずにいたし、そうしなくても一人で生きてこられた。しかし良明に会って、何故か心細さを覚えた。ぶっきらぼうだったとしても、久しぶりに触れる人の優しさは、空には温かいものだった。
それに、初めて会ったはずなのに、彼は懐かしい匂いがした。
この感覚が何なのか、空には分からなかった。
目の前を歩く小さな背中を見て、良明は微笑んだ。
飯屋に入り、二人で適当なことを喋りながら遅い昼食を取っていた。昼を回って大分経ってからここへ着いたためか、客は空達だけだった。
ふと、良明の隣に立掛けられた刀が目に映り、空は尋ねた。
「なぁ、お前の刀、何で竹光なんだ?貧乏侍か?」
良明はチラリと空を見て、また手にした茶碗へ視線を落とした。
「別に、自分からこれにしてるだけ」
「ふーん……何で? 今の時世、竹光とか馬鹿にされねえの?」
飯を口に運ぶ手は止めずに空が首を傾げ、良明は箸を持ったまま机に頬杖をついた。
「お前……知りたがりだな。さっきから質問ばっか」
「いいじゃん、聞かないとよっしーのこと何も分かんねえだろ」
そう言って、味噌汁をすする彼女を見ながら良明は眉をひそめた。
「その、よっしーってもう決まりなのか?」
「他に思い付かねえもん」
「普通に名前呼べよ。お前頭悪いな」
「うるせぇ、ぶっ殺すぞ」
空は酷い形相で良明を睨んだ。彼が楽しそうに笑う。
「てゆーか話そらすなよ。何で竹光なのかって」
空は良明の顔を覗き込んだ。良明は箸を置き、茶の入った湯飲みに手を伸ばした。
「そうだな……本音を言えば、罪悪感から。かな」
良明が静かに言い、湯飲みに口を付けた。
「罪悪感?」
空は訳が分からないと首を傾げる。一息ついてから良明はまた口を開いた。
「二年前、戦があっただろ……美濃で」
「美濃……あぁ、それなら知ってる」
時の太閤、豊臣秀吉が逝去してから二年後、徳川率いる東軍と石田率いる西軍が美濃の関ヶ原でぶつかった。この大規模な戦は、二年経った今でも記憶に新しい。あまり関わりのない事だったが、噂ぐらいは甲斐で暮らしていた空にも入ってきた。
「それで?」と空は身を乗り出した。
「おれもそれに参加した」
良明があっさりと呟き、空の思考は暫く停止した。
「……へっ? えっ……あ、そうなんだ」
目を丸くして、良明を見つめ続けた。
そうなんだ、としか言いようがなかった。戦がどのような物なのか空には分からないが、先程の良明の刀捌きや身のこなし等を思い返すと、参加していても別に不思議ではなかった。
(だけどなんで今は浪人なんてやってんだろ)
空は怪訝そうに眉をひそめた。
大名同士の戦であったのなら、良明もどこかの大名に仕えていた武士なのではなかろうか。立ち居振る舞いを見ていても、少なからず足軽ではないように空には思えた。
(もしかして負け戦……だったのかな)
そう疑問に思ったが空は尋ねることが出来なかった。二人の間に沈黙が流れる。
「え、えっと……それと竹光とどんな関係が?」
空は慌てて口を開いた。
「……人、たくさん斬ったからな……それが罪悪感」
良明が視線を落としたまま苦笑する。
血と火薬の入り混じった匂いに、山のような数え切れない程の死体の中に立つ自分。今でもよく思い出してしまう、残酷な光景だった。
「……でもさ、そうしないと、よっしーが死んでたかもしれない訳だろ。そこまで引きずらなくても良くね?」
空はキョトンとして言った。彼女の表情に、良明は思わず力が抜けた。
「楽観的だな。ま、あそこにいなかったお前には分かんないだろうし……人に言うつもりもないし。この話はこれでおしまい」
一気に喋り、自ら話を打ち切った。空に全部を聞かせるような内容でもないと、良明自身が判断したからだ。
一方、空は俯に落ちていない表情をしていた。
「まぁ、別にいいけど……」
空は拗ねたように口を尖らせて、卓上を睨んだ。
出会って間もないから、良明が何もかも話してくれるとは思ってはいない。でも何故かつまらなくも思えた。
「あらあら、こんな真っ昼間から若い者が暗い顔して」
二人が沈黙していた時、急に近くから女の声がした。そちらに目をやると、この飯屋の女がクスクス笑いながら近寄ってきた。
「食べ終わったんならこれ下げちゃうよ」
「あぁ、全部持ってっちゃってー」
だらけた空が手をプラプラ振る。
「何だい、元気ないねぇ」
盆の上に食器を重ねていき、女は二人の顔を交互に見つめた。空は彼女を見上げ、肩をすくめる。
「元気は有り余ってるから、ご心配なく」
「ふーん、じゃあ二人でケンカしちゃったとか」
どうやら彼女は詮索好きのようで、ニコニコしながら更に尋ねた。
空と良明は目を合わせ、ヤレヤレとため息を吐く。
「おっ、おっかあ! またアイツらが……!」
女の娘だろうか、窓近くにいた少女が慌てた様子で走り寄ってきた。途端、女の顔は険しくなった。
「あいつら?」
空は彼女を見上げ、首を傾げた。