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ミニ小説シリーズ<恋愛編>

たとえば、キスの瞬間まで。

作者: もぃもぃ

 ご存知かと思いますが、とりあえず。

petiteプティットは、フランス語で『小さい』という意味です。

この冠詞のあとにつく名詞が女性形だった場合、petiteプティットという発音になります。

ご参考までに。


 たとえばそれが、キスの瞬間まで、だったなら。

それは、どんな、気持ちだろう。



「ごめんなさいっ。たとえどんなに……痛んでも――――……」



*** *** ***


 く、首が痛いであります。

そろそろ限界であります。

地が足を離れそうであります。あ、逆だった。

いや、それどころでなくアキレス腱が切れるであります。

これはもっと、これ以上ないくらいに身体を密着させるべき、かも、しれま、せん。

あ、あと、すこしで――――



「のわっ!!」

ゴンッ ドサッ バサバサバサッ



――――届かなかった。本棚に。

いや、正確には棚の最上段の本に、だ。


 でも本が落ちてきたなら、結果オーライじゃないかって言われそう。

ううん、ちがう。落ちてきたのは、最上段のひとつ下の段の本。

三段ある本棚の一番上の本を取ろうとして、二段目の本棚の板の部分に手を掛け、一番下の板の部分に片足を乗せ、サーカスの曲芸師もビックリなほどに限界まで手先を張り詰め、ぷるぷるしているものになんらかの最上級の比喩があるとすれば、それはもうわたしに与えられるべき当代随一、屈指、無類の称号だと、胸を張って言えるくらいに奮闘した涙なくしては語り継げないこの所業を、体育の成績に活かすことができないのが、なんとも、やるせない。

 そして結果はご覧の通り。

最上段の本をかすった反動で頭をぶつけ、掠った右手は所在を求めて二段目の本を何冊かつかみ、背中が後ろに倒れるのと同時にその本たちも舞い上がった……と言う始末だ。


 そう、これは petiteプティット女子のかなしい宿命。

――――わたし命名、petiteプティット女子。

その意はそうです。背の低い女の子!

棚に手が届かない、電車で埋もれる、小学生男子に背を抜かれる、全校集会が出席番号順で、苗字がア行じゃなかった場合は前方が陽炎のように霞む等、粋をあつめた、あはれ の数々。


その悲哀感は、高所にあるものを取るときに、いちばん発揮される。

届きそうで届かない、お空のとおいお星さまを追いかけるような、雲をつかむような、先人の希求した侘び寂び(わび・さび)もここに極まれり、な哀愁ただよう着地点をみせるのです。一筋の光明をみた、と思った次の瞬間には、いじわるな悪魔がささやいて、わたしを地に落としてしまうのだ。

いじわるな悪魔――別名、手足のしびれ、とも言う。

 


――――でも、最近、それよりも上をいくカナシイできごとに、遭遇ううん、出会ってしまった。



「ううっ……。今日も届かなかった……」

ああ、口惜しや~、と時代劇に出てくる妖怪が着物の袖を噛みながら本懐を遂げられずにフェードアウトしていくような心境だ。袖を噛む、という表現がいまこれほど相応しい人間もいないだろう。乾風吹きすさぶ、砂漠のような茫洋たる有様だ。



――――今日はもう帰ろう。

ため息をついて、本を片付けだしたとき、体育シューズが鳴らす、独特の音が耳に入った。


「山下?」

本條ほんじょう君?」

わっ! やだ、どうしてこんなところに?

いきなり現れないでほしい。心の準備ができないじゃないかっ。

……まあ、どうせ間近では顔なんてみられないから、いいんだけどさ。

だって、わたしは――――


「おまえ、今日の委員会、無理なのか? オレ、部活あるから出られないって言ってあったはずだけど」

「――――あっ!!」


そうだった、委員会!

今日の16時からあるって、昨日の朝、先生が言ってたじゃんっ……。

しかも、今日は本條君が部活だから、わたしが絶対行かなきゃいけなかったんだった。

それも昨日に、本條君がわざわざわたしの席まで言いに来てくれてたのに。


……本條君、わたしをさがしにきたんだよね。

どうしよう。部活中だったのに、抜けてきてくれたんだよね。

委員会のだれかが、わたしがどこにいるか知らないか、きっと本條君に訊きに行ったんだ。

委員会のひとにも、なにより本條君に迷惑かけちゃった。

どうしよう……。

「ご、ごめんねっ。その格好……部活中だったんだよね?」

体育シューズに、ユニフォーム。

どうみたって図書室で本を読んでましたって格好じゃない。

「ん? まあ、そうだけど、いや、オレさ……」

「ほ、ほんと、ごめんねっ。今から行けば、まだ間に合うよね!?」

「ああ、うん、それは。それよりさ、山下、この間――」

「わかった、ありがとうっ! 本條君、いそがしいのに、ほんとうに、ごめんねっ。部活、もう戻ってね」

「あっ、おいっ! オレ、おまえに言いたいことが――――」

申し訳なさと、胸のドキドキでパニックになってしまったわたしは、なにか言う本條君と、片付けの途中の散らばった本を置き去りにして、一目散に駆けだした――――。


*** *** ***


 バカバカバカッ。わたしってば、ビーエーケーエー(BAKA)。

背が低い虚しさについて、滔滔とうとうと実況中継している場合じゃなかった。

本條君、昨日、地区大会が近いって言ってた。

なのに、練習抜けてきてくれたんだ。もう、わたしって、短所は背が低いだけにしとけよって感じ……。っていうか、低いと短いって、似てるよね。はあ、短所と身長が類似してるなんて、もう世紀末かも……。



 そんなことを考えて、ふと思い至って足をとめた。

――そういえば、本條君、なにか言いかけてた気がするけど。

あっ!? それにわたし、落とした本、ちゃんと片付けたっけ!?

これはやべぇぞ! とにかく、図書室に戻らないとっ。

それに、大丈夫だとは思うけど、あの本を、ちゃんと確かめないと――――。

そう、思って踵をかえした、またたきに。

廊下を鳴らす、体育シューズの独特の音が聴こえた。



「! 本條君!」

「よかった、追いついて」

えっ。もしかして。

「……わざわざ、追いかけてきてくれたの?」

「うん。山下、これ、おまえの忘れ物なんじゃないか? それに、オレ、おまえに――」

「げっ!」

またも本條君がなにか言いかけた気がするけど、そんなことより万事休す、な一大事。

なにこの展開、な流転ぶり。

今まで、一度たりともつかめなかった、はずなのに。

なにがどうしてそうなった。

最悪なシナリオは、なぜにこうも、あっけない。




――――だって、その手に、あったのは。

ステキ女子の御用達、天下の殿堂――男子スーパー骨抜き研究出版社・刊行――





――――『背が高くなってこの世の男をへべれけにする、百八つのメソッド』




だった。






……説明しようっ。

『背が高くなってこの世の男をへべれけにする、百八つのメソッド』

それは。

人間のなかに自然、存在する百八つの煩悩をぶち砕いて、男に勝利するためのハウツー本!

でも、まずそれには背が高くならないとスタートラインに立てないというその内容から、背の低いちまたの女子の間では秘密裏に聖典と呼ばれている教本なのだっ!!



――せめて、なぜか最上段にあるこの本を踏み台なしで自力で取ることができたら、告白する踏ん切りもつくかと思って。

本條君をすきになってからこの一ヶ月間、放課後は図書室にこもって、血の滲むような努力をしてきたというのに。

告白の前に、こんな本を本條君にみられてしまうなんて。

へべれけなんて、なに考えてんだよ、みそっかす。

バカバカバカッ。ビーエーケーエー・世界おBAKA選手権ぶっちぎりの第一位っ!!

こうなりゃヤケだ。やけっぱちの泣きっ面だ。

限界まで、近づいて、みられなくても、みあげてやるっ。



「――――っ。本條君は、いいよねっ。世界はいっつも、広いんだからさっ」

男の子のなかでも、うんと背が高くって、運動部で、ジャンプしたら、ますます高くなれて。だからわたしも、あんなに高く飛ぶひとと、おなじ世界がみたいって、思ってしまって。


なのに、わたしなんて。

鈍くさいし、petiteプティットなんて洒落て言ってみたところで、結局は、おチビだし。

こんな、へべれけ本ですら、取れないし。






……そもそも! わたしは!

――――告白をしたくっても、

おチビなせいで、

首が痛くて苦しくて、

間近では、

ちゃんと、

まともに、

本條君の顔もみられないんだから――――。





 やだ、もう、無理だ。首が痛くて。いろいろ限界。

そう思って、さっきの勢いも忘れて顔をみられないように、あわててうつむいた。

――いや、もともとしなくても良い努力だったかも知れないけど。

そしたら、ふと視界が翳って――――



「――――だったらさ。オレが、叶えてやるよ」

えっ――――?

「広い、世界をさ」



ふわっ、と。

身体が、ういて。


「きっと、世界は、かわるんじゃないか?」


本條君の顔を、みおろした。




「…………!!??? ほ、本條君っ!?」

なにがどうしてそうなった。

「ななななにしてるのっ?」

「オレさ、おまえのこと、すきだよ」

「はあ!? なんでっ」

「ちいさくて、かわいいから。まあ、それだけじゃないけど」

「でもっ、なんで、こんなこと」

「――山下、この間さ、教室で話してただろ。オレのことすきだって」

でええええっ!?

「ななんで、知って……」

「……ごめん、立ち聞き。おまえ、すきだって言われてただろ? 一組の咲田に」

ぎゃうおおおお。

まさか、聞かれてたの? あれを!?



「『たとえどんなに首が痛んでも、キスしたいのは、本條君だけだ』って」









 たとえば、この先。

すきなひとを、みおろすとき。

それが、キスの瞬間まで、だったなら。


うん、ほら。

きっと。



世界は、かわる。


 ここが学校の廊下であると二人が気づくのは、もう少しあとのこと――。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは!伊咲です! 小説が公開されているとは知らず、訪問できずにいた私を許してください。 このお話、すごく可愛いです!! 女の子がシャイガールなのかと思いきや、大胆発言に大胆願望だっ…
[一言]  こんばんは、安芸です。  …………うわ。  赤面。赤面。赤面。なに、この、ラブコメッ道は。  すーごく、面白かったですけども! とってもツボでしたけども! 特に、ひょいと持ち上げた彼がや…
[一言] 拝読致しました~。 最後の一言。あれは男にとってはかなり破壊力の高い殺し文句ですね~。 んなこと言われたらそりゃ惚れるっちゅうねん!てなもんです。 本條君も「ちっちゃくて~」と仰っており…
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