少女Aの初恋
僕は青島あかりが好きだ。
今までも、好きになった子はいる。
でも、今回は今までの『好き』と違う気がする。
好きだと思っていた山本さんに対する気持ちとは明らかに違う。
僕はあかりの笑顔を、一番近くで見ていたいし、僕の存在で、彼女を笑顔にしたい。
そんなことを考えながら受けたテストの成績は、前よりも落ちてしまった…。
駅に向かう僕の足取りは軽やかだ。
あかりと遊園地に行く約束をしたこの日。
浮かれた気分を抑えられず、早めに家を出た僕は、約束の時間よりも早く着いてしまった。
待っている間ずっと、あかりのことを考えてしまう。
早く彼女に会いたい…。
笑顔の彼女に…。
周りをキョロキョロ見渡す僕は、挙動不審な奴に見えているかも知れない。
しばらく待っていると、遠くに彼女の姿を見つけ、慌てて視線を戻す。
いかにも、気付いていませんよ、という雰囲気で彼女が声を掛けてくるのを待つ。
何やってんだか、僕は…。
そんな自分に苦笑いする。
「カズ君!ごめん、待った?」
「全然!今来たところ。」
嘘をつく僕。
今日も彼女は可愛かった。
僕が待ち遠しかった笑顔だった。
今日は、彼女とすれ違った後、振り返る男が心なしか多い気がする。
ん?あれ?
「…ほのかちゃんは?」
ここで初めて、彼女が一人であることに気付く。
「あっ、あー…、ほのかは、今日は友達と約束があるんだって…。」
「えっ、…そうなんだ…。」
ってことは、今日は二人きりなのか!
「…何よ!私と二人じゃ不満なの?」
「ち、違うってー!」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて、僕をからかう彼女。
今日はいつも以上に可愛い。
「私、小さい頃、この遊園地に来たことあるんだ。」
やっぱり、あかりは昔、この近くに住んでいたのは間違いない。
「僕は中学生の時、愛美達と来たことがあるよ。」
「…ふーん…。」
しまった!
調子に乗って余計なことを言ってしまった!
面白くなさそうな顔をした彼女を見て、失敗したことに気付く。
あかりの前で、他の女の子の話をしてしまった…。
「…あっ!」
「…?」
「小さい頃、この遊園地で…、イヤ、何でもない…。」
「途中で言い掛けてやめないでよ!気になるでしょ。」
「大したことじゃないから…。」
僕はこの時、思い出した。
小さい頃、この遊園地で僕は迷子になったんだ…。
正確に言うと、僕達は…。
一緒に来ていた少女と…。
あかりかも知れない、夢の中の少女と…。
また余計なことを言って、あかりを怒らせてはいけないと思い、僕はこの話はこれ以上しなかった。
「…小さい頃、この遊園地で何かあったの?」
今日もお弁当を作ってきてくれたあかり。
二人でそれを食べながら、僕が言い掛けたことの続きを聞いてくる彼女。
「何でもないって言っただろ…。」
「だって、気になる…から。」
しつこく聞いてくるあかりに戸惑いながら、
「…えーと、…小さい頃に来た時、ここで迷子になったことを思い出しただけ…。」
当たり障りのないように答えた。
「…一人で?」
何でそんなことを聞いてくるんだ?
「…どうだったかな?」
そう答えて、彼女の反応を伺った。
「…。」
彼女は、心なしかガッカリしたように見えた。
僕の気のせいかも知れないが…。
「…あかりって、料理がホント上手なんだな。」
何とか話題を変えようとした。
「…ど、どうしたの急に?」
珍しく動揺する彼女。
「今日のお弁当もおいしいってこと。」
単純に思ったままを答える僕。
「学校にも…、作っていってあげよう…か?」
「えーっ!」
「…冗談だよ!」
いたずらっぽく微笑むあかりを見て、彼女の方が上手であることを悟った…。
二人でいると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
そろそろ帰ろうかと言う僕に、最後に観覧車に乗りたいと言う彼女。
僕はドキドキしながら、観覧車に乗った。
「…私が三歳ぐらいの時…。」
観覧車に乗ると、彼女が話し出す。
「…!」
僕はビクッとした。
僕はこの時、今、あかりに告白するチャンスなんじゃないか?と考えていたから…。
「初恋の男の子と、ここに来たんだ…。」
「…へ、へーえ…。」
彼女は一体、何を言い出すつもりだ?
「その子のことは凄く好きで、いつも一緒に遊んでたの。」
「ふ、ふーん…。」
彼女の意図が読めない。
「私は、その子とずっと一緒にいたかったから、『大きくなったら私と結婚して』って言ったの…。一緒にいるには結婚すればいいって、お母さんに聞いたから…、けど…。」
「けど…?」
「その子も『いいよ』って言ってくれたんだけど…。私が引っ越しちゃって、それっきり…。その子も私のことなんて覚えてないよ…ね…。」
彼女は、反応を伺うようにチラッと僕を見た。
僕は思い切って、今までずっと気になっていたことを彼女に聞いてみた。
「…もし違ってたら、ちょっとアレなんだけど、その子と…、最近、再会したってことある?」
「えっ!ど、ど、どういうこと…?」
激しく動揺する彼女を見て、確信めいたものを感じる。
「僕も同じようなことがあってさ…。僕の場合は引っ越されちゃった方なんだけど…。つい最近、その女の子に再会したんだ…。」
そう言って彼女を見ると、目が合ってしまった。
この時僕は、目をそらさなかった。
じっと、彼女を見つめていた。
「…もしかして、覚え……。」
「人間の記憶って残酷だよね…。その子が大好きだったはずなのに、つい最近まで、すっかり忘れてたから…。」
絶句する彼女と、苦笑いを浮かべる僕。
どうやら、僕の推測は間違っていなかったようだ。
「…そう…なん…だ…。」
やっとのことで言葉を絞り出した彼女は、それ以降、何も話さなかった。
「…。」
あかりが好きだと伝えたかったが、それ以上話すことが出来ず、僕も黙ってしまった。
そんな自分が情けなくて、自己嫌悪に陥った。
観覧車を降りた僕達は、少し空気が重かった。
何とか空気を変えようと努力したが、少し空回っていたかも知れない。
でも、彼女はそんな僕に微笑んでくれた。
駅から彼女の家までの途中に公園がある。
そこで勝負するしかない!
今、言わなくて一体いつ言うんだ?
彼女は僕のことを悪く思っていないはずだ!
もしダメならダメでいいじゃないか!
彼女を家まで送る途中、ずっとそんなことを考えていた。
そして、なけなしの勇気を振り絞る。
「あのさぁ…、ちょっと…そこの公園で話していかない…?」
「あっ、えっ、う、うん…。」
すでに辺りは薄暗くなり始めていた。
二人分の飲み物を買い、一つを彼女に渡しながら、公園のベンチに腰掛ける。
「あのさぁ…、僕、好きな子が…いるんだ…。」
酸欠気味で、自分の声じゃないみたいに聞こえる。
「えっ、そ、そうなんだ…。」
勘のいい彼女は、僕が何を言おうとしているのか、気付いたかも知れない。
彼女の顔は、怖くて見ることが出来ない。
「始めは…、その子…、謎が多くて…、何となく気になっていただけなんだけど…。」
「…。」
「だんだん、その子のことが分かる度に、何だか嬉しくなってきたんだ…。」
「…。」
「…そのうち、彼女の笑顔がもっと見たくなってきて…。その子の笑顔を一番近くで見たくなってきて…。」
「…。」
「気が付いたら、もう好きだった…。その子は、僕のことをどう思っているか…、分からないんだけど…。」
「…。」
何か喋ってくれよ!
心が折れそうになるだろ!
「…つまり、…何が言いたいかというと…、………あかり…が…好きなんだ!僕と付き合って欲しい!」
よし、言えた!と思ってあかりの顔を見ると…、
「…。」
涙が彼女の頬を伝っていた。
「いっ、あっ、えっ、ど、どういうこと!」
な、な、何だ!
「ご、ごめんなさい!」
「えっ、…そうか、やっぱりダメか…。」
「あっ、違う!そうじゃなくて…、嬉しくて…。」
「…?」
「…私も…カズ君が…好き!」
「ほ、ホントにー!」
「嘘を言ってどうするのよ!」
彼女は泣き笑いの顔になった。
「僕と…、付き合ってくれる…ってこと?」
「勿論!こんな私で良ければ…。」
「や、やった…。」
力が抜けた…。
彼女は涙を拭い、僕の顔を真っ直ぐ見つめてくる。
こ、これは…、キスしていいってことか???
まだ早いんじゃないのか?
顔を彼女にゆっくり近付けると…、彼女は目を閉じた…。
僕は、彼女に、…キスをした…。
何だか照れくさくて、お互いの顔を見ることが出来ずに、すっかり暗くなった夜道を並んで歩く二人。
一瞬、彼女の手が僕の手に触れる。
もう一度、手が触れた時、彼女の手を掴み、彼女の手を握る。
握り返してきた彼女の手は、少し冷たかった。
彼女の顔を見ると、彼女が微笑む。
僕は、引きつった笑顔を返す。
それを見た彼女は、クスクスと笑い出した。
僕は、こういうことをスマートに出来ないようだ…。
「あーっ、あかりちゃんだ!和志お兄ちゃんもいる!」
「「…!」」
驚いて振り返る時、思わず彼女の手を離してしまった。
「二人は恋人同士になったの?」
声の主は小さな女の子。
ほのかちゃんだった。
その後ろに大人の女性もいた。
あかりにそっくりな、いたずらっぽい笑みを浮かべているその人は、彼女達の母親であることは一目瞭然。
「あかり、隣にいるカッコイイ男の子は誰かしら?」
笑みを浮かべたその人は、あかりにいたずらっぽく問い掛ける。
「あっ、えーと、…彼氏…?」
そこは疑問系じゃなく、言い切って欲しかった…。
「は、初めまして…?じゃないかも知れないですが、あかりさんと同級生の武田和志といいます。」
僕は見たことがある気がする彼女の母親に、よく分からない挨拶をしてしまう。
「…?武田和志?」
彼女の母親が顔を曇らせる。
「…!」
何かまずいことを言ったか…?
「…?もしかして…、武田さんとこの『カズ君』!」
「はぁ…、多分…。」
『多分』ってなんだよ、僕は…。
「ウソー!久し振り!大きくなったね!元気だった?格好よくなっちゃって!お母さんは元気?」
「えぇ、まぁ…。」
興奮気味にまくし立てる彼女の母親に、僕は圧倒されてしまった。
「そうだ!夕飯まだでしょ?うちで食べていきなさいよ!お母さんには私が言ってあげるから!」
「…!でも、悪いですから…。」
「何を遠慮してるのよ!いいから、いいから!」
断りきれなかった…。
その日の夕食は、苦笑いを浮かべるあかりの横で、おばさんの質問攻めにあってしまい、味なんて分からなかった。
あかりも将来こんな風になるのかな…?
この時は漠然と思った。
自分の家に帰ると、僕の母親は、
「あんたも意外とやるのね。」
ニヤリとしてきた。
「うるさい、黙れ!」
僕は悪態をつくことしか出来なかった…。
僕とあかりが付き合っているという話は、あっという間に広まってしまった。
僕は一言も言った覚えはないんだが…。
「聞いたよー、和志。あかりと付き合うことになったんだって?」
次の日には愛美がもう知っていた。
「な、何でお前がもう知ってるんだよ!」
「だって昨日、あかりに電話で聞いたから。」
「お前、あんまりペラペラ喋るなよ!」
「どうしよっかなぁ。あかりには別に止められなかったし。」
ニヤリと笑う愛美。
ホントにコイツは…!
「もしかして、愛美に言っちゃダメだった?」
その日の帰り、あかりが少し顔を曇らせて聞いてきた。
「ダメじゃないけど、アイツお喋りだから、あっという間に広まっちゃうよ。」
「…カズ君は内緒にしておきたかったんだね…。」
ガックリと肩を落とす彼女に僕は慌てた。
「そ、そういうわけじゃないんだよ!初めてのことだから…、ちょっと恥ずかしいっていうか…。」
「…。」
「むしろ、こんな可愛い彼女なら自慢したいっていうか…。」
「…!そんな恥ずかしいこと、面と向かって言わないでよ!」
顔を真っ赤にした彼女は、とても可愛かった。
お世辞でも何でもなく、僕の彼女が一番可愛い!
他の誰よりも!