少女Aの家
あかりとほのかちゃんが、公園で楽しそうに遊んでいる。
僕はそんな二人を眺めている。
その日は、青島姉妹と遊んでいる夢を見た。
あかりは好きな人がいるかも知れないと思ったその日。
ショックを受けている僕に混乱したその日。
それ以来、幼い頃の僕と少女の夢は見なくなった。
例の少女が、一体誰なのか思い出せない僕は、大人の記憶に頼ることにした。
「ねぇ、母さん。僕が子供の頃、一緒に遊んでた子って、何て言う名前だった?」
母親にカマをかけてみる。
「…?あぁ、松田さんのところの女の子?」
やっぱり、あの少女は実在しているのか?
「そう!名前何だったかな?」
名前が分かれば、色々思い出すかも知れない。
「えーと、…アケミちゃんだったかな?…アカリちゃんだったかな?」
ちょっとー、そこが一番大事なんだよ!
『アカリ』と言う名前が出てきたことに、ドキッとした。
その子の名字は重要ではない。
名字が変わっているかも知れないから。
母親の曖昧な記憶が腹立たしかった。
二学期の中間テストが近付いてきていたある日、僕は寝坊をした。
いつもあかりと一緒に乗る電車に間に合わないと思った僕は、彼女にメールを送りながら慌てて家を出る。
送信『ごめん!寝坊した!先に行ってて!』
返信『待ってるから早くおいで!』
先に行ってくれていいのに…、と思いながらも嬉しかった。
ヤバイ、また勘違いしてしまいそうだ…。
駅のホームに着き、あかりを見付けると、顔がニヤけてしまった。
しかし、彼女の隣に愛美がいるのを見付け、慌てて顔を戻す。
笑いながら話している二人は、険悪な関係だったはずなのに、最近は仲が良い。
メンドくさいことにならなければ、別にいいんだけど。
「おはよう。」
二人に声を掛ける僕。
「おはよう、カズ君!」
「おはよう、和志!寝坊したんだって。」
「先に行ってて良かったのに。」
「先に行ってもつまんないから。」
僕と一緒にいるのは楽しいってことか!
ニヤけそうになる顔を必死に隠す…、二人に気付かれないように。
「もうすぐテストだよね?二人は成績どうなの?」
あかりの質問に、
「私はそこそこいいけど、和志がねぇ…。」
何で僕の成績までお前が答えるんだ、愛美!
「はぁ…、テストなんて…。」
「「メンドくさい!でしょ?」」
「…!」
唖然とする僕をよそに、ケラケラ笑う二人。
「『メンドくさい』はカズ君の口癖。」
「あかりと、和志のその口癖について話してたところだったの。」
なんだよ、二人して!
その日の放課後、
「そろそろテスト勉強しないとなぁ…。」
ポツリと僕が呟く。
「…一緒に…勉強しよう…か?」
「えっ!」
あかりの発言にびっくりする僕。
「妹を迎えに行かなくちゃいけないから、私の家で勉強しよう…よ。」
いつも、あかりの言葉にはドキドキさせられる…。
「でも…。」
女の子の家に行くのはまずいだろ?
僕は一応、男だし、彼氏じゃないし…。
「あー、またエロいこと考えたでしょ?」
「あっ、えっ、か、考えてないって!」
勿論、嘘です…。
僕も健全な高校生の男なんです…。
それに『また』とは何だ!失礼だぞ、あかり。
「お母さんはいないけど、妹がいるし。それに、私、意外と強いから大丈夫だよ。」
そう言って微笑むあかり。
『大丈夫』って何がだよ!
「そ、そうだよね…。アハハ…。」
苦笑いを浮かべる僕は、ホッとしたような、ガッカリしたような…。
結局、あかりの家で勉強することになり、駅からの道を二人で歩く。
あかりは自転車を押しながら。
僕の鞄は、あかりの鞄と一緒に、自転車のカゴの中にある。
並んで歩く二人は、恋人同士に見えるのだろうか?
僕は、あかりへの恋心を否定出来ないところまで来てしまった…。
僕は、この上なく緊張しつつ、少し楽しみだった。
だって、女の子の家に行くなんて初めてのことだから…。
いや、初めてじゃないな。
愛美の家には行ったことがある。
でも、もっと小さい頃のことだから…。
緊張で口数が少なくなった僕に気付いたあかりは、
「…?もしかして緊張してるの?」
とズバリ聞いてくる。
「そりゃあ…、少しは…。」
全く、僕は情けない奴だ…。
「ちょっと意外かも。カズ君ていつも飄々としてるから、緊張することはあんまりないと思ってた。」
僕はごく普通の高校生男子なんです…。
「あかりちゃん、今日は遅かったね。あっ、和志お兄ちゃんだ!」
保育園に着くと、ほのかちゃんが僕達を見て駆け寄って来る。
「ねぇ、和志お兄ちゃん。今日は、私と遊んでくれるの?」
ニコニコしながら話し掛けてくるほのかちゃんを見ていると、やっぱりその顔を、昔、見たことがあるような気がする。
今より子供だった頃に…。
「今日、お姉ちゃん達は勉強するから、ほのかはおとなしくしててね。」
妹に話し掛ける、『優しいお姉さん』の彼女を見ていると、自然に笑みがこぼれてくる。
「なーんだ、つまんない。」
どうやら僕は、ほのかちゃんには気に入られたようだ。
「私の部屋は、絶対入っちゃダメ。それ以外はいいから、適当にくつろいでて。」
とりあえず、居間のテーブルに勉強道具を広げてみる。
…緊張は解けない…。
こんな状態で、集中出来るのか?
「カズ君は何の勉強するの?」
私服に着替えてきたあかりは可愛かった。
この前のお出掛け用の服も可愛かったが、普段着も負けず劣らず…。
今回は、恋愛フィルターがかかっている所為かも知れないが…。
「…とりあえず、数学をやろうか…と。一番苦手なんだよ。」
「分からないところがあったら、教えてあげられるかも知れないから、遠慮なく聞いてね。」
そう言えば、あかりは頭がいいんだった。
煩悩を懸命に振り払い、勉強に集中した。
しばらく数式と格闘した後、ふと周りを見ると、ほのかちゃんが一人で遊んでいるのが見えた。
何気なくほのかちゃんの顔を見ていると、
「………!あーっ!」
思わず声を上げてしまった。
「…!」
「…何!」
二人の視線を集めてしまう。
「あっ、ごめん。なんでもない。」
あかりは不思議そうな顔で、視線を元に戻す。
ほのかちゃんも。
僕は、ある事実に気付いた。
ほのかちゃんが、僕の夢に出てくる幼い少女に似ているのだ。
僕が昔、一緒に遊んでいたと思われる少女に…。
例の少女より、ほのかちゃんの方が大きいが、間違いなく似ている。
ほのかちゃんはあかりに似ている…、ということは…。
夢の中の少女はあかりではないのか…?
その日の夜、僕はなかなか寝付くことが出来なかった。
好きな女の子の家に行ったという事実と、夢に出てくる初恋の少女があかりではないかという推測で…。
あかりのお母さんに会えば、もう少しはっきりするのではないかとも思ったが、あまり遅くまで彼女の家にいるのもどうかと思った。
それに、会ったら会ったで色々説明するのもメンドくさい。
うちの母親にあかりのことを聞いてみようとも思ったが、まだ僕の想像に過ぎないから違ってたらちょっと恥ずかしい。
それに、色々詮索されるのもメンドくさい。
やっぱり、本人に聞くしかないか…。
でも、どうやって…?
それからテストの日まで、あかりの家での勉強会は何度か開かれた。
さすがに、二度、三度と彼女の家に行くと緊張もしなくなってくる。
その日もいつものように、ほのかちゃんを迎えに行く途中だった。
「ねぇ、私達って、…友達…なのかな?」
「えっ…、多分…。」
あかりの質問の意図がよく分からず、真意を読み取ろうと彼女の顔を見る。
うーん、…分かりづらい。
「今日、純子ちゃんに、『あかりちゃんと武田君は付き合ってるの?』って聞かれたから、『友達』って答えたんだけど…。」
「間違ってない…、と思うよ…。」
僕はそれ以上の関係になりたいけど、今の二人の関係を示す最適な言葉は『友達』。
「そう…だよね…。」
あかりには、他に好きな人がいるかも知れない…が、それらしき人物は見当たらない。
もしかして僕かも…、という妄想はもう飽きた…。
「…テストが終わったら、また遊びに行こう…よ。」
しばしの沈黙の後、あかりが再び口を開く。
「いいよ、勿論!ほのかちゃんと三人でだろ?どこに行こうか?」
「………って意味だったんだけどなぁ…。」
「えっ、何?」
「ううん、いいの。こっちの話。私は遊園地がいい…かな。」
「よし、OK!遊園地なんていつ以来だったかな?」
動物園の時と違い、今回はもの凄く嬉しかった。
だって、好きな女の子とデート出来るんだから。
例え、二人きりじゃないにしても…。
ヤバイ、今夜も眠れないかも!
もう、夢の中の少女が誰なのかは、どうでもよくなってきた。
僕が好きな子は、あかりなのだから。