少年Kと少女A(愛美編その2)
今回も、愛美目線の話です。
最悪だ…。
どうしよう…。
冷たい視線だった…。
嫌われちゃったかも…。
二度と私に笑い掛けてくれないかも…。
ああいうことは、アイツが一番嫌いなこと…。
小学生の頃、転校して来た私が、いじめられそうになったらアイツが助けてくれた。
いじめっ子に飛び掛かって行った。
喧嘩が弱いくせに…。
その日の朝、いつもの電車に和志はいなかった。
風邪でも引いたか、アイツ?
水野君に聞いても分かるわけないしなぁ。
そんなことを考えながら教室に入ると、和志はもう来ていた。
風邪じゃなかったんだね。
ホッとしたと同時に、ちょっとした違和感を感じる。
「おはよー、沙織ちゃん。」
仲の良い沙織ちゃんに声を掛ける。
「おはよー、愛美。そうそう、愛美に聞きたいことがあるんだけど?」
ん?
「…何?」
沙織ちゃんは、少し険しい顔していた。
「愛美って、武田と付き合ってるんだよね?」
「…!つ、つ、付き合ってないよ、まだ!」
「ん?『まだ』ということは、武田が好きってことでいいのかな?」
しまった!
テンパって余計なことを言っちゃった!
一瞬、意地悪そうな顔をした沙織ちゃんは、すぐに真顔に戻ると、
「今日、武田の奴、青島と一緒に来たんだよね。」
「えっ…!」
絶句したまま、和志の方をもう一度見ると、先ほど感じた違和感に気付く。
和志の周りには、人が集まり、笑いながら話をしている。
それはいつもの光景。
アイツは、温厚で明るく、面倒見が良いから、周りに自然と人が集まる。
違和感の原因は、その輪の中に青島あかりが加わっていることだ。
しかも、和志に笑い掛けている…。
どういうこと?
その日から和志は、今までより一本早い電車で学校へ行っているようだった。
「ちょっとー、愛美!このままでいいの?武田の奴、青島に取られちゃうよ。」
「…。」
いいわけないじゃん!
でもどうしたらいいの?
私達、付き合ってるわけじゃないし…。
今、和志に告ったところで、玉砕するだけだし…。
そうしたら、気まずくなって、傍にいることすら出来なくなるし…。
もう!青島あかりの所為で、私の計画や苦労が水の泡になるじゃない!
「青島に、私がガツンと言ってあげようか?」
青島あかりが気に入らない沙織ちゃんは、少し過激なことを言い出した。
「…でも…。」
そんなことして、和志の耳に入ったりでもしたら…。
「大丈夫だよ!ちょっと話をするだけだから。」
「…うん…。」
私も青島さんが気に入らないのは事実だから、思わずうなずいてしまった。
その日の昼休みに入ってすぐ、
「愛美、行くよ!」
沙織ちゃんに手を引かれる。
「行くって、どこに?」
「決まってるじゃん!青島のところ。」
「えっ、ちょ…。」
ちょっと待って!
私の制止は届かなかった。
「ねぇ、青島さん!話があるんだけど。ちょっと付き合ってよ。」
沙織ちゃんは少し喧嘩腰だ。
「…?」
青島さんは、冷たい目で私をチラッと見た。
「ここじゃ話にくいから一緒に来てよ。」
沙織ちゃんに従い、おとなしくついて来る青島さん。
私達はそのまま屋上へ向かった。
「あんた最近、調子に乗ってない?」
話をするだけだと言ったのに沙織ちゃんは喧嘩腰だ。
「どの辺が?」
冷たく言い放つ青島さん。
その鋭い視線は、沙織ちゃんではなく、私を見ていた。
私は思わず視線をそらす。
「山本と武田を味方に付けてるからって、いい気になるなってこと。」
「私が頼んだわけじゃないんだけど?」
「何でそういう言い方するの?そういうところが気に入らないんだけど。」
まるで小学生の喧嘩だよ、沙織ちゃん。
「はぁ…。」
ため息をついた青島さんは、少しあきれ顔。
「それに、色々面倒見てくれるのをいいことに、武田に色目使ってさぁ。」
「プッ、あんたもアイツが好きなの?」
青島さんは少し吹き出しながら、さらっとすごいことを言ってきた。
今、『あんたも』って言った?
それってやっぱり…?
「ば、バカなこと言わないでよ!私じゃないくて、愛美がアイツのことが好きなの。それなのに横からちょっかい出したりするなよ。」
「でも付き合ってないんでしょ?」
「何よ、開き直る気?」
「オイ、こんな所で何をしてるんだ。」
和志の声がして、慌てて振り返る。
最悪の事態になった。
青島さんは和志が来ると、先ほどまでの冷たい表情から、柔らかい表情に変わった。
多分、私が和志に声を掛けられた時と同じ顔…。
好きな人に会えた優しい顔…。
あぁ、青島さんもやっぱり和志が好きなんだ…。
その顔で確信した。
「オイ、愛美!お前ってこういうことする奴だっけ?」
和志の最後の言葉が、頭から離れない。
このままじゃ、和志とは友達ですらいられなくなる…。
明日、青島さんに謝ろう…。
それ以外に私が出来ることは多分ない。
次の日、私はいつもより早く学校へ行った。
和志達よりも早く。
和志のことも気になるが、今は青島さんに謝らないと。
教室で青島さんを待っていると、パラパラとクラスメイト達も教室に入って来る。
「おはよう、高橋さん。今日は早いね。」
山本さんが私に声を掛けてきた。
「おはよう。ちょっと…、用事があって…。」
私は思い詰めた顔をしていたかも知れない。
山本さんが私の顔を見て、心配そうな顔をしたから…。
「あっ、おはよう、あかりちゃん!武田君も。」
山本さんの声で、青島さん達が来たことに気付く。
私は勇気を振り絞る…。
「あの…、青島さん。話があるんだけど、いいかな?」
私を見た青島さんは…、穏やかな顔だった。
和志の顔は怖くて見れない。
「じゃあ、他行こっか。」
「オイ、大丈夫かよ。」
和志が心配そうに青島さんに声を掛ける。
「大丈夫だよ、今日は。…でしょ?高橋さん!」
「うん…。」
優しく微笑んでくれた彼女に、私はうなずくことしか出来なかった。
「それで話って何?」
誰もいない所で話を切り出す青島さん。
「昨日はごめんなさい。私、青島さんと話がしたかっただけなんだけど、あんなことになっちゃって…。」
「もういいよ。高橋さんにも色々事情があっただろうし。」
「…ありがとう。」
「…私も高橋さんに謝ってなかったから、ずっと話がしたかったんだ。」
「…?謝るって、何を?」
「転校してきたばかりの頃、高橋さんに酷い態度を取っちゃったから。…あの時はごめんね。」
「あぁ、あの時の…。青島さん、転校してきたばかりで大変だったのに、色々無神経なこと言っちゃった私が悪いよ。」
「私、あの時…、高橋さんはカズ君と付き合ってると思ってたから…。」
「えっ?」
「カズ君は…、私の初恋の人なんだ…、多分…。」
「えー!」
「私ね、昔、カズ君の近所に住んでたことがあって…。小さい頃、いつも一緒に遊んでたの。その後、私が引っ越しちゃってそれっきりだったんだけど…。」
「そうだったの!」
「転校して来た日、『あっ、カズ君だ!』と思ってびっくりしたし、嬉しかったし、昔を思い出したりして…。でもその日、当たり前のように、カズ君と一緒に帰る高橋さんに嫉妬したの。」
「…。」
「私は、カズ君の名前とか、住んでる所とか、顔の雰囲気とかで、あの時の男の子で間違いない…と思ってるんだけど…。でも彼は…、昔のことはすっかり忘れてるみたいで…。」
「そうか…。幼なじみか…。」
「ううん、違う。幼なじみは高橋さんの方。私は後から現れた邪魔な女…。ごめんね…。」
「どうして謝るの?それは青島さんの所為じゃないよ。」
「カズ君の態度を見てると、私の勘違いかもと思うこともあるんだけど。…でも昔のこと抜きで、一緒にいるうちにどんどん好きになってきちゃって…、高橋さんを怒らせちゃった。」
「多分、和志は青島さんの初恋の男の子で間違いないと思う…。だって、アイツのことを好きになる人が、初恋の人を見間違えるはずがないもん。」
「そう…なのかな。」
「…ねぇ、青島さん。」
「…何?」
「私達って、恋のライバルってことに…なるよね?」
「…うん。」
「…でもその前に…、青島さんと友達でいたいんだけど…、私。」
「私も…かな。」
「…何か変な会話だね。…あかり…ちゃん。」
「『あかり』でいいよ、愛美。」
教室に戻ると、和志は心配そうな顔で私達を見る。
「大丈夫だった?」
「大丈夫って言ったでしょ。」
二人はそんな会話をしていた、多分…。
きっと、和志はあかりのことが好き…。
いつも一緒にいたから分かっちゃうんだよね…。
これは彼女には言わなかった。
やっぱり、ちょっと悔しかったから…。
その日は、家に帰るまで涙を堪えていた。
私の初恋と、長い間の片想いは、もう実ることはない…、きっと…。