少女Aと幼なじみ
「すぐに見つかるから大丈夫だよ。」
泣きじゃくる少女を励ます幼い僕。
どうやら親達とはぐれ、迷子になっているようだ。
迷子センターらしき所で、少女を励ます僕は、必死に涙を堪えていた。
僕の手は少女の手をしっかり握っていた…。
青島あかりと動物園へ行った日の夢は、幼い少女と幼い僕が迷子になっていた。
朝、目覚めると、小さい頃、両親に連れられて動物園に行った時、迷子になったことを思い出す。
でもその時は一人きりだったはずなんだが…。
週が明けて、月曜日。
たまたま早く起きた僕は、いつもより早めに家を出た。
いつもの電車より、一本早い電車に乗れそうだった。
駅のホームに着くと、青島あかりを見つける。
土曜日のことを思い出し、何だか気恥ずかしかった僕は、声を掛けようかどうか迷っていた。
「おはよう。…何で無視してんのよ!」
挙動不審だったのか、彼女が気付いて声を掛けてきた。
「お、おはよう。何か、声を掛けちゃまずい気がして…。」
思わず本音が出たが、
「はぁ?何それ?あんたって、やっぱり変な奴だね。」
そう言って楽しそうに笑う彼女。
僕の言葉の真意は、彼女には伝わらなかったようでホッとした。
そこから教室まで、僕と彼女は色々、話をした。
その中で彼女について、いくつか分かったことがある。
彼女の前の高校は、女子高だったこと。
両親は離婚してしまい、今は母親と妹と三人で暮らしていること。
朝と夕方は、妹を保育園に送り迎えしていること。
だからいつも、この時間の電車で学校へ行き、終わったらそのまま保育園へ妹を迎えに行っていること。
この日の朝も、彼女はよく笑った。
やっぱり、笑顔の彼女は可愛い。
土曜日からこの日の朝までに、彼女について沢山のことが分かり、嬉しい。
でも、そんなことを思った僕の頭は少し混乱した…。
深く考えずに二人で教室に入ると、少ないながらもすでに登校して来ていたクラスメイトの視線を集めてしまう。
そりゃそうだ…。
誰にも心を開いていない謎の転校生が、男と一緒に登校して来たのだから。
席に着くと山本さんが声を掛けてきた。
「おはよう!さすが武田君だね!」
意味深に笑う山本さん。
「えっ、何が?」
山本さんはまた誤解してないか?
「まぁ、色々と、ね。フフフ!」
山本さんは、チラッと青島さんの方を見た後、僕に笑顔を向けてどこかへ行ってしまった。
「顔がニヤけてるよ、ムッツリ男!死ね、バカ!」
「…!」
『死ね』ってそれはきつ過ぎないか、あかりちゃん…。
さっきまでの笑顔が消え、僕に冷たい視線を投げ掛ける彼女。
彼女は一体、何を怒っているんだ?
その日以来、僕は一本早い電車で登校するようになった。
彼女ともっと話がしたかったから。
彼女のことがもっと知りたかったから。
「ねぇ、カズ君。」
彼女は僕を、『カズ君』と呼ぶ。
『武田君』とか、『和志君』は呼びにくいからという理由。
最初は何だかムズ痒かったが、それもすぐに慣れた。
夢の中の小さな少女も、『カズ君』と呼んでいたし。
「何だよ、あかりちゃん。」
僕は彼女をこう呼ぶ。
これは…まだ慣れていない。
「いつになったら『あかり』って呼ぶのよ!」
彼女は『あかりちゃん』でも不満らしい。
「呼び捨てにするのは、何かおかしい気がするし…。」
山本さんも『あかりちゃん』って呼ぶし、僕達は付き合ってるわけじゃないから…。
「でも、高橋さんのことは『愛美』って呼んでるでしょ。…彼女でもないのに…。」
「…そうだけとさぁ…。」
どうして彼女は呼び方にこだわるのだろう?
僕とあかりが初めて一緒に登校した日以来、彼女は少しずつ周りに心を開くようになってきた。
無愛想だと思っていたのは、彼女が人見知りなだけだということに気付く。
最初の頃、無表情だったのは、転校してきたばかりの緊張感からだ、と彼女は言う。
この頃は、山本さんや僕とは普通に話すし、その他のクラスメイトとも少しずつ話をするし、一緒に笑ったりもする。
一部の女子を除いて…。
「カズ君は、純子ちゃんと高橋さんのどっちが好きなの?」
ある日の電車の中で、彼女に突然、聞かれた。
「ゴホッ、ゲホッ、…!」
思わずむせてしまった。
彼女の質問はいつも突然だ。
「動揺し過ぎ!」
そう言って、ケラケラ笑うあかり。
「だから前も言ったように、愛美は単なる幼なじみ!」
少しムキになって言い返す僕。
「じゃあ、やっぱり純子ちゃんが好きなんだね…。」
「…!」
何でそうなる!
どうしてバレてるんだ!
「…好きというか…、ただ憧れてるだけというか…。」
歯切れの悪い返事をする僕だが、正直、よく分からない。
最近、山本さんの笑顔を見てもドキドキしなくなったから。
嫌いになったわけじゃないし、前よりも仲良くなれた…けど。
最近は、あかりの笑顔や仕草の方に、ドキッとすることがあるような…、ないような…。
その日の昼休み、パンを買って教室に戻って来た僕は、女子の一団とすれ違う。
女子のリーダー格の河合沙織と、その取り巻き二人。
愛美もいたが、彼女達は僕に気付かなかった。
一番後ろから、あかりもそれに続く。
あかりは僕に気付いた。
僕と目があったその顔は、いつか見た無表情の顔だった。
「どこにする?…屋上でいいよね。」
後ろから河合沙織の声が聞こえた。
ん?どういうことだ?
河合一派とあかりは、口もきかないし、視線も合わせない犬猿の仲ではなかったか?
胸騒ぎがしたが、彼女達もようやく仲良くなろうと動き出したのだろうと思った。
イヤ、そう思い込もうとした…。
席に戻り隣に目をやると、あかりの弁当箱は手付かずのまま置いてあった。
…弁当も持たず何をしに行くんだ…?
「…まさか…。」
イヤイヤ、大丈夫。そんなはずはない…。
「…でも…。」
だから彼女達は、友達になるんだって!
「…だーもう!」
僕はパンを食べずに教室を飛び出した。
確か、屋上って言ってたな。
僕は無意識に屋上に向かって走り出した。
「愛美がアイツのことを好きなの。それなのに横からちょっかい出すなよ。」
河合の声が聞こえた。
「でも付き合ってないんでしょ?」
あかりの声もした。
「何よ、開き直る気?」
再び河合の声。
「オイ!こんな所で何してるんだ?」
努めて冷静な声で彼女達に声を掛けたつもり。
でも、少しだけ怒気が混じったかも。
「…!な、何も…。ただ、友達になりたいなぁって話してただけ…。」
馬鹿馬鹿しい河合の言い訳に苦笑しながら、
「へーえ。」
冷たい視線と返事を返す僕。
「い、行こ…!」
そそくさと逃げ出し始める河合達。
「友達にはなれたの?」
意地悪く聞いてみた。
「…。」
僕の質問には答えず、この場を離れようとする彼女達。
「オイ、愛美!お前ってこういうことする奴だっけ?」
最後に愛美に問いかけてみた。
「…!」
愛美は一瞬ビクッとしたが、そのまま行ってしまった。
「何しに来たの?」
さっきの表情のない顔ではなく、不思議そうな顔をするあかり。
それはこっちの台詞だ!
「えーと、天気もいいから屋上でご飯でも食べようか…と。」
こうなった時の言い訳を考えておくべきだった。
「カズ君、手ぶらだけど?」
クスクス笑うあかり。
しまった!
「ホ、ホントだ…。バカだな…僕。」
嫌な汗が出てくる。
「…?もしかして、彼女達に私が何かされるかも!と思って、様子を見に来た…とか?」
意地の悪そうな顔を見せるあかり。
「…そういうわけじゃ…。」
ズバリと言い当てられて、言葉につまる僕。
「心配しなくても、私、意外と強いから大丈夫なのに。」
「そういう問題じゃないだろ!」
心配して損したと思い、腹が立った。
「でも、……がとう。」
「えっ?何?」
「何でもない。」
彼女は何事か呟いたが、僕には聞こえなかった。
この時、僕は別のことを考えていた。
愛美が好きな人を、あかりも好きかも知れない…。
河合とあかりの会話が、頭の中をぐるぐる回っていた。
あかりの好きな人って誰だ?
そう考えると、胸がチクチク痛んだ…。
「あかり…は好きな奴、…いるのか…?」
言葉に出してしまった。
「あっ、今、『あかり』って言った!」
嬉しそうな彼女。
しかし、僕の質問には答えてくれなかった…。






