転校生の少女A
教室の前に着くと、健司は例の話で友人達と盛り上がる。
僕と愛美はその輪には加わらず教室に入る。
久しぶりの教室は何だかウキウキする。
「おはよう、武田君。」
「あっ、お、おはよう、山本さん。」
窓側の一番後ろにある自分の席に座ると、一つ前の席の山本純子さんに声を掛けられた。
この日、僕が浮かれていたのは、久しぶりに彼女に会えるからだ。
僕の憧れの女の子。
「相変わらず、高橋さんと武田君は仲がいいのね。」
あっ、えっ、違うんです、山本さん!アイツとはそういうんじゃないです!僕が好きなのは…。
言葉に出来るはずもなく、山本さんの背中に虚しく話し掛ける…。心の中で…。
最悪だ…。
久しぶりに会った緊張のせいか、単純な挨拶はどもるし、愛美との仲は誤解されるし…。
彼女は肩まで伸びた黒髪を、後ろで二つに結んでいる清楚な感じの女の子。
僕と一緒にクラス委員をしている。
真面目で頭が良く、人望もある。クラスの女子も彼女の言うことは素直に聞く。
僕は彼女の笑顔に一目惚れした。
無理やり押し付けられたクラス委員も、彼女の笑顔とセットなら楽しくなる。
ふと横を見ると、僕の隣に机があることに気付く。
確か僕の隣は、誰もいないはずではなかったか?
…まさかねぇ…。
「オラー!席に着けー。」
チャイムと同時に、クラス担任が教室に入って来る。
みんなが席に着くと、教室が騒つき始める。
先生の後ろから、見たことのない『少女A』が教室に入って来たからだ。
オイオイ…、マジかよ…。
「今日から新学期だが、その前に転校生を紹介する。彼女は色々な事情で、今月からうちの高校に編入してきた。」
先生は彼女の方を見て、挨拶するよう促す。
「青島あかりです。宜しくお願いします。」
ニコリともせず、無表情で少女Aが名乗る。
彼女は細身で、結構背が高い。無表情なその顔は、綺麗な顔立ちをしており、ちょっとキツい目をしている。
背中まで伸びたその髪は、かなり茶色かった。
その髪の色は校則違反じゃないのか?
「彼女の編入試験は、非常に優秀な成績だった。お前らも負けないように。」
先生が話している最中も、彼女は無表情のまま顔色ひとつ変えない。
可愛いけど随分と無愛想な子だ。というのが、僕の『少女A』に対する第一印象だった。
「席は武田の横だ。窓際の一番後ろで、間抜けな顔でお前を見ている男だ。」
先生に名前を呼ばれ、ビクッとする。
間抜けな顔は余計だよ!
やっぱり隣の席か…。
無表情の彼女と目が合い、ちょこっと頭を下げると、少し間をおいて、彼女が驚いた感じで、一瞬、大きく目を見開いた。
彼女の表情が一瞬だけ変わったのに気付いたのは、多分、僕だけだろう。
…そんなに嫌そうな顔をされると、傷ついちゃうよ…。
「それから分からないことや困ったことがあったら、武田に聞くといい。」
「えっ!」
思わず声が出た。
「お前、そういうの得意だろ?頼むぞ!」
チッ、得意なんじゃなくて、頼まれたら断れないだけだ!
「それから、武田の前に座ってる山本は、女子のクラス委員だから彼女も頼るといい。よし、それじゃ席に着け。」
先生に促され、こちらに向かって来る彼女。
「あと青島!その髪は茶色過ぎる!黒くしてこいよ!」
「…。」
先生の注意に、返事どころか振り向きもせず、僕の横の席に座った『少女A』。
僕の方にも見向きもしない彼女。
何か、コエー奴…。
「以上で朝のHR終わり。この後、始業式だから体育館に集合!」
先生の合図で、ぞろぞろと体育館に向かうみんな。
僕は、何だかメンドくさいことになったなぁ、と考えながらみんなの後を付いて行く。
後ろを振り向くと、『少女A』は一番後ろからみんなの後を付いてきていた。
始業式の後は、簡単な掃除をして、席替えをした。
…がしかし、
「武田と山本、青島の三人の席はそのままでいいだろう。青島は転校して来たばかりだし、他の二人はお世話係だからな。」
先生の鶴の一声で、僕達三人の席はそのままになった。
『お世話係』ってなんだよ!
僕的には、また山本さんの後ろの席でラッキー……。
イヤイヤ違うだろ…。隣にはメンドくさいことがあるじゃないか…。
この日は授業がないので、学校は午前中で終わり。
「…ねぇ。」
帰り支度をしていると、横で声がした。
ん?僕?
突然、僕に声を掛けてきた青島あかり。
相変わらず、表情に変化はない。
「…な、な、何?」
テンパり過ぎだろ僕。
「…あんた、名前何ていうの?」
「えっ!…武田…だけど?」
「違う!下の…。」
「…?和志…だけど。」
「ふーん…。」
そして彼女は僕に背を向け教室を出て行った。
彼女が「ふーん」と言った時、一瞬、微笑んだ気がした。
何だったんだ、一体?
混乱したまま僕も教室を出る。
愛美と健司と三人で帰りの電車に乗ると、当然話題は『少女A』の話になった。
「良かったな、健司。一緒のクラスになれて。」
茶化すように健司に話し掛けた。
「確かに可愛い子だったけど、無愛想だし何か裏が有りそうな奴だよな…。」
予想に反して乗りが悪い健司。
「私は可愛い子は大好き!早速、明日、友達になろうっと。」
お節介もいいけど、面倒だけは起こさないでくれよ愛美。
三人で話ながらふと周りを見渡すと、彼女がいた。
『少女A』こと青島あかりだ。
何気なく彼女の方を見ていると、彼女と目が合ってしまった。
ヤバイっ、と思って慌てて視線を反らす。
あれ?今、目が合った時、微笑まなかったか、彼女?
もう一度、彼女を横目でチラッと見ると、怖い顔で睨んでいた。
怖い顔というのは先入観かも知れないが、確かにこっちを見ていた。
ホントに何なんだよ、一体!
その後は彼女を見ることが出来なかった。
「じゃあな、健司!」
「バイバイ、水野君!」
改札を出て健司と別れた後、駐輪場をチラッと見ると、『少女A』は自転車に乗って走り去るところだった。
へーえ、同じ駅なんだ。
もしかしたら、僕の家に近いのかな?
何となく、そう思った。
思えばこれが、彼女に初めて興味を持った瞬間だったかも知れない…。
「和志はまたボーっとしてる!」
うるさい奴だ、愛美は。
「考え事くらい僕でもするんだよ!」
「どうせ、エロいことでしょ?このムッツリ男!」
うるさい。ホントにコイツはうるさい!
青島あかりのことを考えていたことは、愛美には気付かれなかった。