盲目少女と嘘つきオーガ
「あら、だぁれ?」
「お、おらは隣街から来た人間だ……!」
オーガの青年は、目が見えない人間の少女にそう嘘をついた。
「おい! オーランド! おめぇもこっち来い! 取れたての人間だべ!」
「お、おらはいい……」
オーガの青年、オーランドは血にまみれたバラバラの人間から目を反らすように離れていった。
「まったく、あいつの臆病さはどうにかならんもんかね」
「あいつ、人間食ったことねぇだろ」
仲間達はそんなことを言いながら人間を貪り食った。
オーガ。それは人間を食べる怪物。
しかしオーランドは気弱で、そして優しかった。意志疎通の取れる人間を食べるなんてことはできなかった。
そんなオーランドは仲間からも孤立し、いつしか人間への憧れが募っていった。
「人間になりたい」「人間と友達になりたい」。
けれど、それは叶わぬこと。
夢を胸に秘めながらオーランドは今日も森へ木の実を取りに行った。
「(ちょっと足を伸ばしたら大収穫だべ。もう少し取っとくか)」
そう思い、茂みを抜けると……。
「あら、だぁれ?」
「!」
そこには花畑に座り込む一人の少女がいた。
「え、あ、あ、おらは……!」
そこまで言ってオーランドは気がついた。この子、目が見えない? 顔はオーランドの方を向いているが、瞳の焦点が合っていない。何より、オーランドを見ても驚かない。
オーランドは思いついてしまった。
「お、おらは隣街から来た人間だ……!」
嘘をつけば人間と友達になれるのではないかと。
「ねぇ、隣街ってどんな所?」
盲目の少女、ベルベットはオーランドに聞く。
「い、田舎街だ……。なんもねぇ」
「へぇ」
ベルベットはオーランドと喋っている間で器用に花冠を作った。
「どうぞ」
ベルベットは手を伸ばしてオーランドの頭を探した。巨体のオーランドは屈んでベルベットの花冠を頭で受け取った。オーランドは人間から貰った初めてのプレゼントに心踊らせた。
「オーランド、明日も会えるかしら? 一人で遊ぶのも飽きちゃったの」
「も、もちろん!」
「じゃあ、明日のお昼にまたここで」
オーランドが帰宅すると、仲間は首を傾げた。
「オーランド、頭のそれはなんだべ?」
オーランドは慌てて花冠を外した。
「な、なんでもないべ!」
「?」
「ベルベット」
オーランドはいつものようにベルベットと約束した場所にやって来る。
「オーランド! 今日はアップルパイを作ってきたの」
ベルベットはカゴからアップルパイを取り出した。
「私が作ったのよ」
「すごいな、ベルベットは」
「これくらいできるわ。さ、召し上がれ」
ベルベットは切り分けられたアップルパイをオーランドに差し出す。
「ありがたく貰うべ」
オーランドはアップルパイの一切れを大きな口に放り込んだ。
「うん! うまい! もう一つ貰っていいか?」
「もう食べたの?」
「あ……お、おらは口が大きいんだ!」
オーランドは焦った。自分がオーガだとバレてしまうのではないかと。
けれどベルベットは笑って言う。
「そう。ならたっぷり召し上がれ」
オーランドは安堵した。
「ベルベットは食わねぇのか?」
「私は一切れで充分よ。オーランドがいっぱい食べなさい」
オーランドは、こんな何気ない会話が酷く嬉しかった。
だが、そんな日々を重ねれば重ねるほど、ベルベットを騙しているという罪悪感がオーランドにのし掛かる。
オーランドは、ベルベットに遠回しに聞いた。
「ベルベットは……目が見えなくて嫌だと思ったことはないか?」
「特に」
ベルベットは即答した。
「……不便じゃないか」
「不便よ。店で買い物するとお釣を誤魔化されたこともあるし、腐った物を渡されたこともあるわ」
オーランドは思った。自分はそんな奴らと同じではないかと。
「でも、不便だけど不幸ではないわ。それでいいの」
ベルベットはにっこり笑った。オーランドはその笑顔に胸が締め付けられた。
「ベルベット、今日は何す……」
オーランドがいつもの場所でベルベットに声をかけた。すると、後ろから声がした。
「よぉ、オーランド。最近なんかこそこそしてると思ったら、こんな上質な餌を一人占めしようとしてたんか」
オーランドが振り向くと、そこには仲間のオーガがいた。
「俺にも分けてくれよ、オーランド」
「ベルベットは……餌じゃねぇ……」
「は?」
オーランドは、一拍置いて、言った。
「友達だ……!」
仲間のオーガはぽかんとした後、笑いだした。
「人間と友達! オーランドおめぇそこまでイカれてたんか!」
オーランドはベルベットを守るように立ちはだかった。
「オーランド……おめぇのことは仲間だと思ってたが、それも今日までか……」
オーガはオーランドに殴りかかった。
「うぐっ……!」
「おめぇを倒して餌は貰ってく」
オーランドはそれでもオーガを睨み付ける。
オーランドは殴られ、殴られ。それでも立ち上がり、立ち上がった。
「おめぇ……しつけぇな……」
オーランドは血だらけの顔で叫ぶ。
「ベルベットはおらの友達だ!! 指一本触れさせねぇ!!」
「オーランド……」
後ろからベルベットの声がした。
その後もオーランドとオーガの応酬は続いたが、ついにオーガが折れた。
「ちっ……しけたべ……」
そう言ってオーガは去っていった。
オーランドはどたりと座り込んだ。
「オーランド……!」
ベルベットが手探りにオーランドへと駆け寄る。
「ベルベット……なんともないか……?」
「ええ……!」
オーランドはうつむき、ベルベットへと告げる。
「ごめんな……嘘ついちまって……。おら、人間じゃねぇんだ……オーガなんだ……」
「知ってたわ」
「え」
オーランドはベルベットを見た。
「だって人間の足音じゃないもの。私、耳は良いのよ。オーガってことまではわからなかったけど」
「知ってて友達になってくれたのか?」
「だって面白そうだったもの」
ベルベットはにっこり笑う。
「ベルベットは強ぇなあ……」
「私もあなたに嘘をついていたわ」
「ベルベットも?」
オーランドは目を丸くした。
「嘘っていうか、猫を被っていたの。ほら、目が見えなくて、可愛らしい良い子ってウケが良いでしょう?」
「……」
「私、強かで打算的なの。お釣を誤魔化した店はパパに言って五倍の値段を返させたし、腐った物を渡した店はママに言って噂を広げて潰したわ」
「……やるなぁ」
「でしょう?」
ベルベットは腰に手を当てて、ふふんと自慢気になった。
「ねぇ、オーランド。あなた、帰る所はあるの?」
「もう帰れねぇなぁ……」
「西の方に使われてない小屋があるの。二人で一緒に住まない?」
オーランドにとって、願ってもない言葉だった。だが……。
「おらの仲間は人間を食ったんだ……。そんな奴と一緒にいられるか……?」
オーランドの言葉にベルベットはなんの気なしに言う。
「私ね、究極自分以外がどうなろうと構わないの。だから私が面白そうなことを優先するわ」
オーランドは、はは、と笑った。
「ベルベットには叶わねぇ」
そうして、二人は共に暮らし始めた。盲目で強かな少女と、心優しいオーガの青年。彼らは穏やかな一生を送ったという。
嘘から始まった友情は、確かな絆となった。
オーランドの願いは、叶ったのだ。とても、優しい形で。




