第六話 呼び返し
電話は、鳴り止まなかった。
出ない。
それが、逃げの続きだった。
でも、逃げている間に一つだけ分かったことがある。
呼ばれないより、呼ばれ続けるほうが、ずっと重い。
駅前の雑踏で、僕は立ち止まった。
流れる人の波が、僕を避けていく。
携帯が、また震えた。
――非通知。
画面を見つめていると、
背後から、声がした。
「出ないの?」
振り向く。
そこにいたのは、見覚えのある顔だった。
……のに、誰だか思い出せない。
「知り合い、でしたっけ」
「そういうことにしておこうか」
その言い方。
もう否定できない。
「君、戻ってきたね」
「まだ、決めてません」
「戻ってきた人は、みんなそう言う」
彼――いや、彼女かもしれない――は、
人混みの中で、妙に輪郭がはっきりしていた。
「今回は、君から呼んだ」
「……呼んでません」
「呼んだよ」
携帯が、三度、震える。
「出たいと思ったでしょ」
「……」
否定できなかった。
「怪異はね、呼ばれないと成立しない」
その人は続ける。
「君は、怪異を避けてたくせに、
“呼ばれる状況”を作り続けてた」
胸の奥で、何かが噛み合う。
「逃げて、空白を作って、
そこに怪異が座る椅子を並べてた」
「……最悪ですね」
「うん。才能ある」
さらっと言うのが、腹立たしい。
「で、今回は何が来るんですか」
「もう来てる」
その人は、僕の足元を指さした。
影が、二つあった。
僕のものと、
もう一つ、名前のない影。
「これは?」
「呼び返し」
影が、わずかに揺れる。
「君が逃げた場所から、
一つずつ、居場所が戻ってきてる」
「戻ってきたら……」
「満席になる」
言葉の意味が、ゆっくり落ちる。
「満席になったら?」
「君が座る」
冗談みたいな口調だった。
「助ける人は?」
「いない」
「じゃあ、立ち向かう相手は?」
「いない」
その人は、僕を見る。
「立ち向かうのは、自分の痕跡だ」
携帯が、震えた。
今度は、着信音が鳴る。
名前のない着信。
でも、わかる。
これは、僕自身がかけている。
僕は、画面に指を置いた。
「出たら、どうなりますか」
「戻る」
「人間に?」
「怪異に」
選択肢は、最初から一つしかない。
指を、スライドする。
通話が、繋がった。
耳元で、
自分の声が、少しだけ遅れて響いた。
『――やっと、呼んだ』
通話が切れる。
足元の影が、一つに戻る。
「おめでとう」
その人は言った。
「これで君は、逃げ終わった」
「立ち向かう、じゃなくて?」
「逃げきった先に、向き合うんだよ」
人混みが、再び動き出す。
世界は、何事もなかったみたいに回っている。
でも、確かに変わった。
僕はもう、
呼ばれるだけの存在じゃない。
呼び返す側になった。




