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それでも、関わる  作者: あめとおと
逃げる理由

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第四話 呼ばれない名前

 最初に奪われるのは、名前だ。


 それが怪異の作法だと、彼は言った。


「君さ」

 そう呼びかけられた瞬間、胸の奥がざわついた。


 放課後の空き教室。

 夕焼けが窓に貼りついて、世界をオレンジ色にしている。


「……俺の名前、知ってますよね」

「知ってるよ」


 でも彼は、呼ばない。


 教師でも、生徒でもない。

 制服は着ているけど、どこか浮いている男。

 顔立ちははっきりしているのに、印象が残らない。


「呼ばないんですか」

「呼ばない」


 即答だった。


「君の名前、今は使えないから」

「どういう意味ですか」


 彼は椅子に腰掛け、机の上に足を投げ出した。

 行儀の悪さが、妙に板についている。


「名前ってさ、立場だから」

「立場?」

「人間としての居場所」


 嫌な言い方だった。


「君、もう半分、そっち側だろ」

「そっちって、怪異の?」


 彼は笑った。

 笑ったはずなのに、目が動いていない。


「怪異“だった”人間の」

「……人間だった、怪異?」

「逆だと思う?」


 喉が渇く。


「君はね、怪異に“なる”んじゃない」

 彼は続ける。

「人間をやめそこなってる」


 教室の影が、じわりと濃くなる。

 壁際で、何かが蠢いた。


「冗談、きついですよ」

「冗談なら、名前呼ぶよ」


 彼は立ち上がり、僕の目の前に立った。


「君は、名前を呼ばれることで存在してた」

「……」

「でも今は、役割でしか呼ばれてない」


 思い当たる節が、多すぎた。


「便利な聞き役」

「厄介ごとの受け皿」

「いなくなっても困らない人」


 一つ一つが、刺さる。


「それ、怪異と同じだ」

「……違います」


 声が、少し震えた。


「違う?」

 彼は首を傾げる。

「じゃあ聞くけど――」


 彼は、僕の名前を呼ぼうとした。


 音にならない。

 口は動いているのに、声が出ない。


「ほら」


 彼は肩をすくめる。


「もう呼べない」

「……っ」


「安心しなよ」

 彼は、やけに優しい声で言った。

「完全に向こうへ行くまでは、誰も呼べない」


 窓の外で、風が鳴った。

 教室の影が、僕の足元に集まる。


「じゃあ、どうすれば」

「選ぶんだ」


 彼は、出口を指さした。


「名前を取り戻すか」

 次に、影を指す。

「それとも、居場所を増やすか」


 どちらも、同じに見えた。


「……あなたは、どっちなんですか」

「俺?」


 彼は、少しだけ考えてから答えた。


「もう、名前ないから」


 その瞬間、

 教室から、影が消えた。


 彼もいない。

 名前を呼ばれないまま、僕だけが残された。


 黒板に、白い文字が残っている。


 ――次は、君が呼ぶ番だ


 誰を、か。

 それは、まだ書かれていなかった。



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