44、白の塔の最上階
二人は攻撃魔法の魔道具を構え、白の塔の最上階を目指した。
普通ならば登るのにかなりの体力が必要だが、移動の風魔法ですぐに上へと辿り着ける。途中にいた獣たちは、最低限だけを討伐して、ひたすら上を目指した。
最上階の部屋に続く扉を吹き飛ばすように開けると――。
バンッッ。
そこには、セドリックと洗脳されているのだろう側近が数人いた。セドリックの手に誘引香があるが、獣に襲われている様子はない。おそらく獣が嫌う何らかの薬品を自分たちにのみ使っているのだろう。
「お前ら……何しにきた!」
セドリックは愉悦の滲んだ表情で白の塔から獣に襲われている街を眺めていたが、カトリーヌたちの姿を視界に映した途端、憎悪を露わにした。
「貴様を捕らえにきたに決まっているだろう?」
「竜族の、エルベルトだったか? お前のせいで、お前せいで私の人生はめちゃくちゃだ! 殺してやるっ、殺してやるぞ!」
近くにあった抜き身の剣を手にすると、エルベルトに向ける。
さらにカトリーヌのことも鋭く睨みつけた。
「竜族を殺したら次はお前だ。私の人生はお前と婚約してからおかしくなった。お前さえいなきゃな、こんなことにはなってないんだよ‼︎」
顔を醜く歪めながら、セドリックは喚く。その様子にエルベルトは冷めた眼差しを向けていた。
「貴様の自業自得だろ」
「はぁ?」
エルベルトの言葉に、セドリックはさらに怒りを深くする。
「それに大勢の無関係な者たちを巻き込んで何がしたいんだ。貴様は一応この国の王族だったのだろう?」
「はんっ、虫ケラのようにうじゃうじゃいる下等な人間なんてな、いくら死んだって構わないんだよ! いくらでも増えるんだ! そんなことよりもな、私はこの国で存在感を示してやるんだ! 私の偉大さを改めて示すんだ!」
セドリックの主張は、もはや理解できるものではなかった。
一人一人に大切な家族や友人、恋人がいて、それぞれに人生があって。そんな大切な国民のことを死んでもいいと言えるセドリックが、カトリーヌはどうしても許せない。
「……王族は、貴族は、国民を守るために存在しているのです。あなたは全てを間違えています」
なんとか怒りに支配されないように静かな声で伝えると、セドリックはカトリーヌに指摘されたことがよほど許せなかったらしい。
怒りに我を忘れ、抜き身の剣を振り上げた。
「カトリーヌッ‼︎」
目を血走らせて、叫びながらカトリーヌに向かってくるセドリックを、エルベルトが止めた。セドリックの剣を持つ右腕を掴み、その腹を思いっきり蹴り上げる。
「ガハッ」
セドリックは剣を落とし、自らの腹を抱えて床に蹲った。
側近たちは洗脳されていて自発的な行動ができないのか、セドリックが痛めつけられても全く動かない。
「き、貴様……!」
床に蹲りながらもまだエルベルトを睨み上げるセドリックに、エルベルトは風魔法を放った。魔道具ではなく自らの魔法で、セドリックの右腕を切り落とす。
ザシュッと嫌な音が響き、血が噴き出した。
「……ぎゃあああっ、腕がっ、腕が!」
セドリックは一瞬何が起きたか分からなかったのだろう。自らの右腕を数秒間見つめてから、狂ったように叫んだ。
「いだいっ、私の腕がっ!」
「カトリーヌに謝れ。今までの愚行全てを謝れば、血は止めてやる」
冷たい眼差しのエルベルトに告げられ、セドリックはまだ抵抗しようとした。
「私はっ、謝る必要があることなどっ、していない!」
「ではそのまま失血死するんだな」
死という言葉に恐怖を覚えたのか、血が流れすぎているからか、セドリックはガタガタと震え出す。少しの逡巡の後、叫ぶように言った。
「す、すまなかった! 早く血を止めてくれっ!」
全く気持ちはこもっていないが、一応謝罪の言葉を述べたことで、エルベルトはセドリックに治癒を施す。
しかし雑な治癒で、血を止めるだけだ。痛みはそのまま残っているのか、セドリックの脂汗は止まっていない。
「ふぅ……ふぅ……」
叫ぶ気力もなくなったらしいセドリックから目を逸らし、エルベルトは眉を下げながらカトリーヌを見た。
「……すまない。怒りに我を忘れかけ、嫌な場面を見せてしまった。謝罪もカトリーヌが望んだわけでもないのに……」
かなり反省しているらしいエルベルトに、カトリーヌは近づいて手を握る。
カトリーヌはエルベルトの行動に驚きはしたものの、やり過ぎだとは思っていなかった。
「謝らないでください。当然の報いだと思います。エルベルト様に任せてしまって申し訳ございません」
本当なら、ファーブル王国がやらなければいけないことなのだ。
セドリックはこのぐらいしなければ、反省することはないだろう。ここまでしても、反省するかどうかは微妙なところだった。
虚な目で荒い息を吐いているセドリックを見つめ、カトリーヌは意識を切り替えるように手の中にある小瓶を掲げた。
「これを使いましょう」
誘引香が焚かれた陶器は、床に落とされている。割れたりはしていないようだ。
「この中和剤を中にかければいいのでしょうか」
「おそらくそうだろう。何かが起こったら危険なので俺がやろう」
譲らないエルベルトの視線に、カトリーヌは任せることにした。しかし、自分もエルベルトの隣は譲らない。
そんなカトリーヌにエルベルトは仕方ないなというように頬を緩めると、中和剤の蓋を開けた。
「いくぞ」
「はい」
トロッとした透き通った青色の中和剤が、真っ黒な誘引香にかかる。
絶え間なく煙を吐き出していた誘引香からジュゥゥゥと何かが溶けるような音が聞こえ、少しして音が消えた。それと同時に煙も消え、誘引香の効果が切れたことが分かる。
「おそらくこれで大丈夫だろう」
「一安心ですね」
やっと肩から力が抜けて、カトリーヌは大きく息を吐き出した。
ここまで迅速に誘引香の効果を消せたのは、コレットがいたからだ。コレットに助けられてばかりだと思いながら、窓から見える空を眺めた。
今まで背負ってきた肩の荷を全て下ろせた気がして、なんだか晴れやかな気分だ。
「カトリーヌ、側近たちも拘束する」
「はい。よろしくお願いします」
セドリックと側近たちを全員縛り上げたところで、ちょうど騎士たちが階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。
「カトリーヌ様! エルベルト様!」
騎士たちはカトリーヌとエルベルトが白の塔を登ったことを知り、加勢に来てくれたようだ。
しかし縛られたセドリックたちや煙を出していない誘引香を見て、厳しかった表情を緩める。
「すでに捕縛してくださっていたのですね。ありがとうございます」
「エルベルト様のおかげです」
カトリーヌがエルベルトを示すと、その場にいた騎士たち全員が敬礼をした。
「エルベルト様、ご尽力に感謝申し上げます!」
「この国はカトリーヌの国だからな。俺にとっても大切だ」
意味深なその言葉に騎士たちは少しざわっとしたが、セドリックが呻くように体を捩り始めたところで、また表情を引き締める。
「では、犯罪者たちの護送などはお任せください」
「ありがとう。お願いします。街中の獣はどうですか?」
「おそらく大部分は討伐が終わっているでしょう。これから手の空いた隊から街を見回ることになるはずです」
その段階になっているのであれば、もうエルベルトの力はいらないだろう。カトリーヌはそう判断し、ひとまず侯爵家の屋敷に戻ろうと決めた。
「エルベルト様、屋敷に向かいましょう」
「そうだな。侯爵たちの状況も気になる」
「はい」
頷いたカトリーヌに、エルベルトが体を寄せた。腰を抱くようにして密着すると、割れていた部屋の窓から外を見下ろす。
「ここから出てしまおうか」
普通ならば恐怖に震えるところだが、カトリーヌはなんだかワクワクして、笑顔で頷いた。
「その方が早いですね」
「ああ、では俺の腕を掴んでいてくれ」
「分かりました」
カトリーヌがしっかりと腕を掴み、二人は見つめ合う。
そんな二人の会話と行動に騎士たちが衝撃を受けて固まっていると、エルベルトが窓枠に足をかけ、躊躇いなく外に飛び出した。
「エルベルト様っ、カトリーヌ様⁉︎」
騎士たちの声が後方に聞こえる中、カトリーヌは気持ちのいい風と平和を取り戻しつつある街並みに、晴れやかな気分になる。
これからの未来が、とても楽しみだった。
「エルベルト様、これからもよろしくお願いいたします」
今伝えたくなり、自然とその言葉が口から溢れ落ちた。
「こちらこそ、よろしく頼む。共に幸せになろう」
「はい」
二人は空を飛びながら、幸せな笑みを向けあった。




