14、観光と屋敷へ
「申し訳ないのだけど、あのお店でマドレーヌを買ってきてくれる?」
「もちろんです! すぐに行って参ります」
リンはビシッと敬礼をすると、身軽に駆けていった。
御者が邪魔にならないところに馬車を止め、ラースが馬車が止まったことで少し周囲への警戒を強める。
周囲への邪魔になっていないか、一応カトリーヌも確認していると、すぐにリンが戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらがマドレーヌです。全種類二つずつ購入しております」
「ありがとう」
マドレーヌは箱に入れられていたので、カトリーヌは馬車の中で開くことは少しはしたないかもしれないと思いつつ、先ほどの話を進めるためにも箱を開けた。
「どうでしょうか。こちらがマドレーヌです」
エルベルトは躊躇なく箱の中を覗き込む。じっと見つめてから、首を傾げた。
「似たようなものは集落にもあるが、よく分からないな。味はどうなのだろう。今ここで食べてみるのは、この国だと避けるべきか?」
今この場で食べてみる。カトリーヌは一瞬、その意味を理解できなかった。
カトリーヌは王子の婚約者に選ばれるほどの身分なのだ。食べ歩きなどはしたことがない。馬車の中での食事もほとんど経験がなかった。
唯一あるのは素材採取に向かった時に、外は危険だからとやむを得ず馬車内で軽食などを食べたことだけだ。基本的には素材採取時も、外に簡易テーブルと椅子を準備し、丁寧に食事をしていた。
ただもちろん、食べ歩きなどの文化は知っているし、馬車の窓の外には美味しそうに何かを食べている平民たちがたくさんいる。
「わたしはしたことがないのですが、エルベルト様はこの国の、それも貴族内の慣習に従う必要はないと思います。なので、エルベルト様がお嫌でなければ、どうぞ」
カトリーヌのその言葉に、エルベルトは嬉しそうにマドレーヌに手を伸ばした。口に運ぼうとして、カトリーヌに目を向ける。
緑光石を採取してから色々あって何も食べていなかったカトリーヌは、お腹が空いていて、ついエルベルトの持つマドレーヌを見つめてしまっていたのだ。
視線の意味に気づいたようで、エルベルトは提案した。
「もし抵抗がなければ、カトリーヌも共に食べないか? やはり一人よりも二人で食べた方が美味しいからな」
カトリーヌの空腹を指摘せずに提案してくれるエルベルトの配慮に、カトリーヌは少し頬を赤く染めながらも頷いた。
丁寧に配慮された善意を断る気にはなれなかったのだ。
「ありがとうございます。いただきます」
マドレーヌに手を伸ばし、エルベルトが口に運んだのを見てから自分も食べた。馬車の中で食べるマドレーヌは、いつも以上に美味しい気がする。
「おお、これは美味い」
「美味しいですよね」
「絶品だな」
エルベルトは一口で半分ほど食べてしまったマドレーヌを、ジッと凝視した。
「集落にもあるのでしょうか」
「いや、全く同じものはないな。もう少しさっぱりとしたものはあるが、ここまでしっとりとしていて濃厚な甘味のあるものは存在しない」
その結論はカトリーヌにとって、とても興味深かった。
マドレーヌと同じものがないということは、逆にこちらにはない甘味が存在している可能性がある。
「では、良いお土産になるかもしれませんね」
妹が喜ぶのではないかと思って何気なく口にすると、エルベルトは嬉しそうに頬を緩めた。
「そうだな。買って帰ろう」
エルベルトの笑顔にカトリーヌにも自然と笑みが浮かぶ。
「このマドレーヌに合う紅茶も少し先にございますが、いかがいたしますか?」
「そちらにも寄ろう」
そうして二人はとても和やかな雰囲気で、王都の大通りを楽しんだ。
帰宅が遅くなりすぎないようにと、ちょうど良いところで切り上げて侯爵家の屋敷に向かうと、カトリーヌの帰宅を聞いて屋敷からコルディエ侯爵が顔を出した。
侯爵はカトリーヌが心配だったのか、早めに帰宅していたようだ。そして隣には、コレットがいた。
カトリーヌの不在を知らずに屋敷を訪れてしまい、完全に侯爵家に馴染んでいるコレットは、一人でカトリーヌの帰りを待っていたのだろう。
「カトリーヌ、無事で良かった」
「侯爵様から素材採取に行っていたと聞いたわよ。怪我はない? 大丈夫?」
まずはカトリーヌが馬車から降りたので、二人はカトリーヌを質問攻めにした。しかしそのすぐ後にエルベルトが姿を現すと、二人とも完全に固まる。
エルベルトはそれほどに存在感があるのだ。
あまり見ないほどの長身に、黒髪黒目がクールで美しく、しかし親しみやすさもある。そして何よりも、思わず見惚れるほどの美形だ。
コレットが少し頬を赤くしながら、なんとか我に返って口を開いた。
「カトリーヌ、この方は……?」
その問いに、カトリーヌははっきりと告げた。
「わたしの命の恩人であり、竜族のエルベルト様です」
エルベルトが竜族であることを広めるつもりはないが、しばらく侯爵家に滞在するならば、侯爵家の者たちには明かしておく必要があるのだ。さすがに見知らぬ男を屋敷に滞在させるわけにはいかない。
竜族であることを明かしても、騒ぎにならなければいいのだ。
予想外だっただろう竜族という言葉に、二人は完全に固まった。




