表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

銀河帝国最強の戦術AIを拾ったけど、俺のカップラーメンの「3分」を計ることにしか興味がない件

作者: だーまん
掲載日:2025/12/14

 

 先行していた味方の最後の一人が、数メートル先で、糸の切れた人形のように崩れた。

 その背中の装甲板には、高温の槍に突かれたような赤く光る融解した穴がひとつ。一拍遅れて、内圧に耐えかねた血が噴き出し、濡れた床にドス黒い花を咲かせる。


 ――くそ、即死だ。残念ながら確認するまでもない。


 俺はその兵を壁際へ引きずり、敵の射線から身を隠す。

 その味方が持っていた突撃盾(アサルト・シールド)が、少し離れたところに転がっている。それを拾い上げ、死人のぬくもりが残る取っ手に左腕を通し、構えた。


 天井の亀裂から降り注ぐ雨が、俺の装甲の継ぎ目を執拗に叩いていた。水が流れ落ちるたび、壁際の露出した電子回路が青白くスパークし、暗闇の中に一瞬だけ細い稲妻を描く。

 周りには、瓦解した敵の砦の埃の匂いと、鼻を刺す異星人特有の生臭い臭気が混ざり合って漂っていた。

 ここを落とせば、十年続いたこの戦争は終わる。俺がここで死ぬわけにはいかない。

 意を決して、空いた右手で腰のホルスターを叩いた。冷え切ったポリマーフレームの感触が、掌に吸いつく。


 軍用拳銃(サイドアーム)抜銃(ドロウ)


『接続確立。認証コード、照合完了』  


 鼓膜の奥で、無機質なシステム音が鳴る。俺は低い姿勢を保つ。

 宇宙連邦軍が掴んだ情報。異星人の総統がいるという最後の砦。その最後の部屋へ突入した。

 中に踏み込むと、十メートル四方ほどの薄暗い空間が広がっていた。味方の爆撃でひび割れ、一部が崩れ落ちた壁。正面奥の壁には、敵国の象徴とされる、模様めいたマークが大きく描かれている。


 そして、その部屋の奥で、数体の闇がわずかに揺れた。

 影がせり上がるように伸び、異様に長い腕が現れる。腕の先の金属の爪が床を擦り、獣じみた速度でこちらへ突っ込んでくる。

 コンクリートを削るような耳障りな音。俺が息を吸う暇もないうちに、影の質量そのものがぶつかってきた。


 ドォンッ、と盾越しに衝撃が骨髄まで響き、ブーツの底が泥水を噛んで滑った。


 距離はゼロ。  


 照準器(サイト)なんて覗いている暇はない。必要なのは「角度」と「殺意」だけだ。


 俺は銃口を盾の(リム)に押し当て、強引に固定した。即席の銃架(ガンレスト)。  

 敵の腹があるはずの空間へ、


 引き金(トリガー)を絞る。


タァン!


 マズルフラッシュが闇を焼き、盾の向こうで肉が裂ける確かな手応えが伝わる。

 まだだ。


 引き金。


タァン、タァン!


 二連射(ダブルタップ)


 湿った空気が内側からひっくり返されるような乾いた破裂音。排出されたばかりの熱い薬莢が頬をかすめ、雨だまりに落ちてジュッと短く鳴いた。

 盾にかかっていた圧力が消え、もたれかかっていた影が、ずるりと崩れ落ちていく。

 視界の端で、黒い装甲片が転がった。泥にまみれたその表面には、理解できない古代文字が刻まれている。


「――次」


 感傷を吐き捨て、視線を上げる。  

 部屋の奥で赤い指示光照準器(レーザーサイト)のような光点が三つ揺らめいた。  

 俺は盾を斜めに構え、跳弾角を取り、右側の崩れた壁の割れ目へ肩ごと体をねじ込む。その瞬間、空気を絞るような収束音が聞こえた。

 奥から赤い閃光が走る。


 着弾。  


 ガギィンッ、と盾を削岩機で殴られたような硬質な音と共に、部屋を明るくするほどの花火のような閃光が煌めく。同時に衝撃で左腕の感覚が飛びそうになった。

 反射で撃ち返す。

 狙うのは光の点じゃない。光源の根元だ。


タァン! タァン!


 赤い目がひとつ、崩れ落ちた。

 俺はそれを横目に手榴弾を投げ込み、そのまま部屋の外へ飛び出す。次の瞬間、鼓膜を破るような爆裂音が響き、爆圧が埃と一緒に部屋から吹き出してきた。


 ――終わったか。


 耳の奥に残るキーンという耳鳴りを抱えたまま、部屋の中を確認した。

 吹き飛ばされた部屋。その向こう、壁が崩れて、何かの光が明滅する空間が見える。

 盾の縁に銃を構えながら部屋を見渡す。敵が残存していないか、注意深く確認し、そのまま部屋の奥、崩れた壁へとじりじり歩みを進めた。


 壁を踏み越え、空間に入る。そこは、静寂の中枢だった。

 崩れた天井から降り注ぐ雨音だけが響くその場所で、俺の足先に“異質なもの”が触れた。

 瓦礫の間に落ちていた、掌に収まる程度のチップ。あるいは端末の欠片、金属でも石でもない。

 拾い上げた指先に伝わってきたのは、「冷たさ」ではなかった。


 温度がない。


 例えるならば、周囲の熱をすべて拒絶するような、絶対的な虚無(ヴォイド)


 チップについた泥を拭う。

 表面に浮かび上がったのは、王冠を模したような複雑怪奇な回路パターン。


 次の瞬間。  


 端末がドクン、と脈打つように光り、重厚なバリトンボイスが脳の深淵へ直接響いた。


『――再起動(リブート)、承認。我は戦略級統括AI(ゼウス)。問おう。目の前の小さき者よ。――汝が、我が新たな“雷”の使い手か?』


          ***


 あれから、数か月。戦争は終わりを告げた。

 久々に帰った自分の部屋。

 埃と、油と、湿った布団。

 四畳半。天井は低く、壁のパネルは黄ばんで、換気口だけが律儀に唸っている。銀河のどこかで文明が燃えていようが、この部屋は平等に汚い。


 俺はブーツを脱ぎ捨て、床に座った。

 腹が鳴る。

 背中の装甲より、よっぽど正直だ。


「……とりあえず腹減ったな」


 流し台の上に、潰れたカップ麺が一つ。賞味期限は、見なかったことにする。

 俺はポットのスイッチを押し、端末――チップを畳の上に転がした。


『周辺警戒を開始します。敵性反応を検知。迎撃しますか?』


「いや。湯を沸かしてるだけだ。あと3分、計ってくれ」


『了解。――作戦名、“黄金の3分間(ゴールデン・タイム)”を開始します』


 戦争より真面目な声で、そいつは言った。


 ポットが唸り、底の水が震えた。

 湯気が立ち上がる。

 狭い部屋の空気が、それだけで少しだけ“生き物”になる。


『環境検出開始』


 端末が畳の上で、かすかに振動した。


『室温21.4度。湿度56%。気圧1013hPa。換気流量、低。粉末スープ粒子が空気中に滞留します。吸入を避ける場合、マスターの呼吸を3秒抑制してください』


「しねぇよ」


『了解。呼吸維持を許可します』


 (許可ってなんだ)


 俺はカップ麺のフタを指で弾いた。

 ペリ、と薄い音。

 フタが半分だけ持ち上がり、紙の縁が雨上がりみたいに湿っている。


『警告。フタの密閉率が不完全。注湯時の蒸気漏れにより、内部圧力が低下します』


「……圧力?」


『3分間の戦域では、圧力は重要です』


 (戦域じゃねぇ)


 俺は流し台の上で割り箸を割った。

 パチン、と乾いた音。

 木の繊維が剥がれる感触だけが、妙にリアルだ。


『割り箸を確認。重量推定5グラム。重力(グラビティ)制御(コントロール)――重石として適切』


「『グラビティコントロール』だけネイティブに言うな」


『了解。呼称を“重石”へ修正します』


 (修正するな、誇るな)


 ポットの沸騰が、音を変えた。

 低い唸りが高くなり、湯が“逃げたい”みたいに暴れ始める。


『沸騰判定。注湯準備に移行』


 端末が一拍置いて言った。


『麺の吸水率を再計算。粉末スープの溶解速度を考慮。最適注湯角度、仰角32度。注湯流量、毎秒14ミリリットルを推奨』


「……測れねぇよ」


『測定の必要はありません。私が見ています』


 (見てんじゃねぇ)


 俺はポットを持ち上げた。

 取っ手が熱い。

 掌が一瞬だけ躊躇する。

 戦場でも、四畳半の家でも熱は平等だ。


『手指皮膚温上昇を検知。火傷リスク、低〜中。行動継続を推奨』


「推奨じゃなくて、ここでやめろって言え」


『了解。火傷しないでください』


 (言い方……)


 カップの縁にポットの口を寄せる。

 湯気が顔を撫でた。

 鼻の奥が、熱で少しだけ痛い。


『角度修正。右へ2度。――良好。注湯開始』


 湯が落ちる。

 シャァァ、と音がして、乾いた麺がいきなり“生き返る”みたいに沈む。


「あちっ」


 湯が跳ねる。

 湯の表面に油が浮き、金色の膜が薄く広がっていく。


『溶解反応、進行。スープ粒子の対流を確認。良好』


 端末の声が、やけに満足げだった。

 湯気が部屋に満ち、埃の匂いがいっときだけ消える。


 俺はフタを戻し、割り箸を上に置いた。

 フタが、きれいに閉じる。


『密閉率、改善。重石効果を確認。――作戦成功率、上昇』


「カップ麺に成功率とか要らねぇ」


『必要です。マスターの3分間は、世界の3分間です』


 大げさにもほどがある。


 端末が、間を置かずに続けた。


『カウントダウンを開始します。作戦名“黄金の3分間(ゴールデン・タイム)”。全員、配置につけぇええ!!』


「全員って俺だけだろ。最後だけ声を“太く”するな」


『マスターは一個師団相当です』


「やめろ」


『残り180秒。

 179。

 178――』


 数字が刻まれていくたび、ポットの余熱が冷め、湯気が薄くなる。

 部屋が、また汚い四畳半へ戻っていく。

 それでも、3分間だけは、俺の前線だった。


『残り30秒。蓋の隙間から蒸気漏れを確認。修正を推奨』


「今さら何を――」


『割り箸の位置を中央へ3ミリ移動。重心補正』


 俺は言われるままに箸をずらした。

 フタの震えが止まる。


 (……腹が立つほど正しい)


『残り10秒。総員、衝撃に備えよぉおお!!』


「衝撃って何だよ。あと最後だけ力強くなるのやめろ。俺しかいない」


『開封の儀』


『3。

 2。

 1。

――開蓋オープン


 俺はフタを剥がした。

 湯気が、顔面に突撃してきた。

 目が一瞬だけ滲む。


『視界確保を確認。麺の膨潤、良好。最適化完了』


 端末が静かに言った。


『マスター。攻撃(アタック)開始(スタート)してください』


「……いちいちネイティブな発音になるのな。それにズルズル食うだけだ」


 俺は割り箸を持ち、麺を持ち上げた。

 湯気が鼻をくすぐる。

 口に運ぶ。

 ズルズル、と音がして、熱い塩気が喉を通った。


「……うん。普通の味だ」


解析(スキャン)を開始します』


 端末が、即答みたいな速度で言った。


『咀嚼速度、平均値。嚥下反応、安定。 ――マスターの表情筋に、0.5ミリメートルの弛緩を確認』


 俺は箸を止めた。


「……それ、分かるのかよ」


『分かります。勝利条件です』


「勝利条件って何だよ」


Victory(勝利) condition(条件)


「そこじゃない」


『生存。そして、マスターが“明日”を作ること』


 カップの底に沈んだ具が、割り箸に引っ掛かった。

 小さな肉片みたいやつ。

 戦場の肉より、ずっと小さい。

 俺はそれを飲み込み、息を吐いた。


「……まあ、悪くないか」


 言ってから、自分でも少しだけ驚く。

 銀河が燃えた夜より、湯気の方が温かいなんて、馬鹿みたいだ。


「明日は――」


 俺はカップを机に置き、端末を指で弾いた。


「目覚まし頼むわ。遅刻はしたくない」


『了解。起床任務(ミッション)の立案を開始します』


 一拍。


 端末の声が、さらに真面目になった。


軍事作戦(オペレーション)Δ(デルタ)起動。起床失敗リスクを排除するため、核アラートの使用を検討中』


 俺は即座に首を振った。


「それはやめろ」


『了解。核アラートを却下。代替案を提示します』


「代替案って」


『小音量の警報。起床を促すための光刺激。そして、3分ごとの再攻撃(リ・アタック)――再通知』


「それもやめろ」


『了解。マスターの要望を理解しました』


 端末が、ほんの少しだけ間を置く。

 戦略会議で沈黙が落ちるみたいに。


『結論。マスターが自力で起きるのが、最も安全です』


「……役に立たねぇな」


『訂正。最も非効率ですが、最も確実です』


 俺は笑いそうになって、もう笑っていた。

 カップの底に残ったスープを、最後まで飲み干す。


「じゃあ、明日な。戦略級」


『了解。

 マスター。

 ――生存を継続してください』


 四畳半の汚い部屋で、戦争より真面目な声がそう言った。


最後まで読んでいただきありがとうございます!


もし

「くだらねぇw」

「AI可愛い」

と思っていただけたら、 ページ下の

【☆☆☆☆☆】から

評価ポイントを入れていただけると、作者が全力で喜びます!


(AIも作戦成功と判断して喜びます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
前半のかっこいい描写と打って変わり、後半の流れが秀逸! ただ、ちょっとギャグとツッコミ重ねすぎかも?私は好きですが!声出して笑っちゃいました。 また、何か書いて欲しいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ