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無限の火花の世界  作者: Rocky Pancakes
第1章:目を開きはじめて」
8/11

エピソード8: 一番輝いていた日

ハーリンと母だけの一日――

そして、読者の皆さんへのサプライズ!

翌朝、ハーリンはすぐに異変に気づいた。


母の服装が、いつもと違う。


普段の簡素な白いワンピースではなく、

今日は明るい水玉模様のドレスを着ている。


まるで――

お母さんというより、元気な「お姉さん」みたいで、

若々しくて、いきいきして見えた。


「ハーリン、起きたの?」


振り返らなくても、

メリルは娘が起きたことを察したらしい。


「さあ、席に座って。もうすぐできるわよ」


ハーリンは急いで椅子によじ登ったが、

その視線はずっと母から離れなかった。


きらきらと、見惚れるように。


少しして料理が並んでも、

ハーリンはすぐには食べなかった。


ただ――

じっと、見つめていた。


メリルはそれに気づき、

自分の服を見下ろす。


「もしかして、ママきれい?」

柔らかな笑みでからかう。


ハーリンはテーブルに手をつき、

椅子の上で背伸びするように身を乗り出した。


「うん! ママ、すっごくきれい!」


そう言ってから、首を少しかしげる。


「でも……どうして今日は違うお洋服なの?」


メリルはぱちりと瞬きをした。


「昨日の約束、忘れちゃった?」

「今日は一緒に遊びに行くって言ったでしょ」


その瞬間――

ハーリンの記憶に、ぽんっと小石が当たったようだった。


「……っ」


彼女は勢いよく顔をお椀に埋め、

頬を真っ赤にする。


メリルはくすっと笑った。


「ゆっくり食べなさい、小さなうさぎさん」

「ママは逃げないから」


***


朝食が終わると、

ハーリンは何も持たなかった。


おもちゃも、本も。


ただ――

母の手だけを、ぎゅっと握る。


「ママ、ママ! 早く行こ!」


ちょうど口元を拭いていたメリルは慌てる。


「ま、待って、ちょっと待って――ハーリン!」


だが娘は、もう玄関へ引っ張っていた。


二人で外に出ると、

メリルは急いで鍵をかける。


その横で、ハーリンはぴょんぴょん跳ねていた。


「よし、準備完了。行きましょ」


冗談めかして言うと


***


二人は手をつないで、草の丘を駆け上がった。


「ねえハーリン、かくれんぼしない?」

メリルが振り返って笑う。


「する! する!」


「じゃあ、ママが数えるわよ。隠れて!」


丘は見渡す限り平らで、

隠れる場所なんてほとんどなかった。


ハーリンは一瞬焦り――

小さな草むらを見つける。


考えるより早く、そこへ飛び込み、息を止めた。


「……9、10!

ママが攫いに行くわよー!」


草の中は思ったより暗く、

ハーリンは完全に隠れた気分になった。


葉の隙間から外をのぞくが、

母の姿は見えない。


――その瞬間。


「がおー! 見つけた!」


メリルはハーリンを抱き上げ、

お腹に顔をうずめて、もぐもぐする真似をした。


ハーリンは、

止まらないほど笑った。


今日の空は淡い青で、

やさしい陽射しと、少しの雲。


やがて二人は草の上に座り、

ハーリンは母の足の間に収まる。


メリルは、指でそっと髪を梳かした。


「ママ……」


見上げる声に、

メリルは手を止め、首を傾げる。


「どうしたの、私の天使?」


「どうしてパパは、いつも冒険に行くの?」

「どうしてママみたいに、おうちにいないの?」


メリルは優しく微笑み、

ハーリンをくるりと向かい合わせた。


「あなたが食べるごはん、飲むお水、

大切なこのおうち……」


「それは全部、

パパが外で頑張ってくれてるからよ」


「もしパパが働かなかったら、

今の生活はなかったの」


ハーリンは胸を張る。


「わたしも、強くなりたい!」


「パパを助けたい!」


「そう?」

メリルはにやりと笑った。


「じゃあ――ママが攫っちゃうわよ! がぁっ!」


ハーリンは悲鳴を上げて走り出す。


そのまま――

母の足音が消えたことに、気づかないまま。


木々は深くなり、

空気はひんやりと変わる。


立ち止まった時、

丘はもう見えなかった。


「……ママ?」


返事はない。


突然、近くの茂みががさりと揺れ、ハーリンは思わず身を強張らせた。


彼女ンは慎重に近づく。


白いウサギが、よろよろと飛び出してきた。


後ろ脚には矢が刺さり、

真っ白な毛は赤く染まっている。


――パパの傷を、思い出した。


ハーリンは、そっと膝をついた。


ゆっくりと矢を抜く。


母がいつもしているように。


両手を差し出し、

傷の上で止める。


ぎゅっと目を閉じた。


「壊れた者を赦し……

失ったものを、還して……」


声は小さくなり、

意識は言葉へと集中する。


――《リ=アンド》は、

術者が真に心を差し出した時にのみ現れる。


やわらかな緑の光が、

掌の間に生まれた。


光は強まり、

ウサギの傷へと流れ込む。


そのとき――


「ハーリン!? どこにいるの!?」


母の声が森に響く。


ウサギは、すっかり元気になり、

跳ねるように消えていった。


ハーリンは目を開き、

声の方へ全力で走る。


「ママ! ママ!」


彼女は、母の胸へ飛び込んだ。


メリルは、痛いほど強く抱きしめる。


「どれだけ心配したと思ってるの……」


何度も、髪を撫でる。


ハーリンは誇らしげに言った。


「わたし、回復魔法を使ったよ!」


メリルは、固まった。


「……本当に?」


「うん! ケガした子を、治したの!」


メリルは、そっと視線を落とす。


「それなら……

あなたは、もうパパを守れるほど強いわ」


そう囁き、

額にキスをした。


***


家に戻る頃には、すっかり日が暮れていた。


ヘイルは机に顎を乗せ、すっかり拗ねた様子で座っている。


「腹減った〜……

どこ行ってたんだよ……」

彼ルが大げさに唸る。


ハーリンは駆け寄り、

父の脚に抱きつく。


「パパ! わたし、回復魔法した!」


「……本当か?」


ヘイルはハーリンを抱き上げ、

信じられないという表情を浮かべて、メリルを見た。


メリルは腕を組み、誇らしげに笑った。


「信じないの?」

「傷、あるでしょ。治してもらいなさい」


ヘイルは少し考え、


「よし!」


そう言って膝をつき、

服を開く。


胸には、大きな引っかき傷。


「やってみろ!」


ハーリンは大きく頷く。


深く息を吸い――

目を閉じ――

手を上げる。


詠唱はない。


ただ、集中。


あたたかな緑の光が、咲いた。


ヘイルは、口も目も開いたまま固まる。


メリルも、思わず口を覆った。


傷は、ゆっくりと塞がり――

消えた。


ヘイルは震える手で胸を触る。


痛みも、痕も、何もない。


「……現実、か……?」


そう呟いた瞬間――

メリルが、その場に倒れた。


「ママ!!」


「メリル!!」


二人の叫びが重なる。


ヘイルは飛び込み、

間一髪で受け止めた。


「メリル!? メリル!」


***


夜。


家中は静まり返り、

家は闇に包まれていた。


トイレに行こうと部屋を出たハーリンは、

薄暗いランタンの灯りの下、

食卓で静かに書き物をする母の姿を見つけた。


「……ママ?」


声に、メリルはびくっと振り返る。


「ハーリン!?

もう寝なさい、びっくりするでしょう……」


ハーリンは服を握りしめる。


「トイレに行くだけ……ごめんなさい」


その顔を見て、

叱る気にはなれなかった。


メリルは抱き上げ、膝に座らせる。


書き物を続けながら、

ハーリンは静かに文字を追う。


――ハーリンは回復魔法を使えるようになった。

しかも詠唱なしで……

時間があれば、会いに来てほしい……


「ママ、誰にお手紙書いてるの?」


メリルは書く手を止めずに答える。


「ユキグよ。

ママの弟――」


少し止まり、

微笑む。


「あなたの、おじさん」


ハーリンの目が輝く。


「えっ! ほんと!?

いつ会えるの!?」


メリルは考え込む。


「手紙が届いて……

一週間……」


そして、頭を撫でる。


「三週間後ね」


ハーリンは嬉しさを抑えきれず、

「おじさんに会える!」と繰り返しながら、

母の手を引いてトイレへ向かった。

— 作者より —

エピソード8を読んでくださってありがとうございます!

回復魔法は最も習得が難しい魔法だ。

それは、術者の心と意志からしか生まれない。

読者の皆さんの感想をいただけると、とても嬉しいです。

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