エピソード4: 奇妙な石板
グランダル家の食卓は、いつも賑やかだ……特にメイリルとヘイルが関わると。
その日、宙に持ち上げられて喜んでいた子どもは、今や四歳になっていた。
ヘイルはハーリンを地面に降ろし、冒険帰りでこわばった腰をぐいっと伸ばした。
「ああ~~……父ちゃん疲れた。中に入るぞ、ハーリン。」
家の中では、メリルがちょうど食事を並べているところだった。
ヘイルは近づくと、ポケットから石板を取り出し、気まずそうに差し出した。
「なあメリル……これ、読んでくれねぇか……?」
メリルはムッとした表情で石板を奪い取る。
「文字を覚えない罪、ね。」
と小さくつぶやく。
ハーリンはその石板を興味津々にのぞき込んだ。
「ママ、読めるように私にも教えて?」
メリルは優しく笑い、しゃがんで一つひとつ指差しながら説明を始めた。
ヘイルも頭を垂れて、真剣に聞き入っている。
「冒険者よ、これ以上先へ進むな。この洞窟――」
しかし読み進めるにつれ、メリルの顔色がみるみる変わっていく。
不安が濃くにじむ表情。
そして突然、読むのを止めてしまった。
「どうして止めたんだ?」
「この俺が恐れるものなんてあるかよ!」
とヘイルは胸を張って言い切る。
ハーリンはぴょんぴょん跳ね、石板を見ようと背伸びした。
「ママ、次なんて書いてるの?」
このままでは夫がその洞窟を探しに行くのは目に見えている。
メリルは素早く言った。
「ダメ! 今日の授業はここまで!
ハーリン、まずは席に座ってね。ママはちょっとパパとお話してくるから。」
ハーリンの頭をぽんと撫でてから――
メリルは鋭い眼でヘイルをにらみつけ、耳をつまんで引っ張った。
「い、いてててて!!」
バタン、と扉が閉まる。
外で何を言っているのかまでは聞こえないが、
母の怒号と、震える父の返事だけはしっかり届いた。
しばらくして2人は戻ってきた。
ヘイルは真っ赤になった耳をさすっている。
「ハーリン……母ちゃんにいじめられた……」
「あなたに非があるでしょうが。」
メリルは冷たく言いながら料理を運ぶ。
ヘイルはまだ耳を押さえたまま、椅子を引いて座り込んだ。
そのとき、ハーリンの目がキラキラと輝いた。
(今日は肉がある!)
娘の喜ぶ顔を見て、メリルは微笑む。
タオルを手に取り、ハーリンの首にそっと巻いた。
そのとき、テーブルの向こうから愚痴が聞こえた。
「料理がうまいのだけは助かるよ……。
でなきゃ家出してるところだ。」
「……今なんて言った?」
メリルの目が鋭く光る。
ヘイルは即座に縮こまり、残った文句をごくりと飲み込んだ。
そして黙って食事に集中する。
メリルはスープの入ったおたまをハーリンの器に注ぎ、
お肉の入った一口をすくって差し出した。
「ハーリン、あーん♡」
口を大きく開けて見本を見せる。
ハーリンも真似して口を開け、スプーンを受け取った。
口の端からスープが少しこぼれる。
メリルはすぐタオルでそっと拭ってあげた。
その瞬間――
ヘイルがメリルの目前に顔を突き出し、同じように口を開ける。
「あ~~~ん」
メリルは一切ためらわず、
そのスプーンをそのままヘイルの口に押し込んだ。
「むぐっ……!」
文句を言おうとしたが、
大きなスプーンが口に刺さって何も言えない。
その様子を見て、ハーリンは大笑いした。
――そしてその日を境に、
ハーリンは毎日文字を学ぶことになった。
一文字ずつ。
一言ずつ。
混乱しないよう、メリルは丁寧に、ゆっくりと、根気よく教えていった。
— 著者より —
エピソード4を読んでくださってありがとうございます!
メイリルがあんな反応をしたのは、石に何が刻まれていたからなのか?
読者の皆様、ぜひ私までご感想をお聞かせいただけると嬉しいです!
毎週2章ずつ公開予定です!




