第32話:驚きの初授業
それは才能か
それとも運か?
「フォーエバーグロウの森」――タルムノル王国の王都の北西。
緑に飲み込まれた森――
木々の隙間から差し込む陽光が、まだらに地面へと落ちる。
葉がささやく。
鳥のさえずりが、遠くで響いては消えていく。
***
ゴォォ――
アリナーは静かに立っていた。
集中している。
片手を前へ――遠くの大きな岩へと向ける。
その手のひらには、ひとつの火球。
明るく、安定して燃えている。
その周囲に風が集まり――締め上げるように収束していく。
草がなびき、葉が舞い上がる。
桃色の髪が、落ち着かない気流に揺れた。
「放つ前にね、ハーリン――
まずはどこへ飛ばすかを決めるの」
振り返る。
すぐ近くで、ハーリンが両手を口元に浮かせたまま――
目を大きく見開き、驚きと興奮を混ぜた表情で見ていた。
アリナーは微笑む。
そして再び前を向き――その目が鋭くなる。
「進む道を決めたら――
あとは導いてあげるの」
空気が変わる。
見えない力が形を取り始め――
細長く、中が空洞の筒へと変わっていく。
まるで風でできた砲身のように――
ただ一つの目的のために。
導くために。
一筋の汗が、アリナーの頬を伝った。
わずかに歯を食いしばる。
「最後の工程……ハーリン」
その声には、わずかな力みが混じる。
「これが……一番難しいわ」
振り返り、いたずらっぽく笑う。
ハーリンはごくりと喉を鳴らした。
その胸の高鳴りは、もう不安へと変わっている。
ミス・アリナー……
まだちゃんと聞いてるよ……そんなに無理しなくても……
彼女は慌ててうなずいた。
「はい、ちゃんと聞いてます!」
アリナーは空いている手で額の汗を拭う。
「最後の一歩――
これで倒れるかもしれないけど……」
最後の一言は小さくこぼした。
再び前を向く。
「進む道が決まったら――
それを信じて」
一拍置く。
「――放つ」
ヴロォォォシュ――!
火球が前方へと弾けるように飛び出す。
風の通り道を激しく回転しながら、空気を引き裂いていく。
ドォン!!
……
煙が漂う。
岩には――深く焼き焦げたクレーターが残っていた。
「わぁ……」
あれ……ちょっと怖いかも……
崩れちゃいそう……
ハーリンは目を離せなかった。
「次はハーリンの番よ~」
「あ、は、はい!」
彼女は慌てて前に出て、アリナーの位置へ立つ。
手を上げ――深く息を吸う。
……
できなかったらどうしよう……
怒られるかな……
……ううん。お母さんみたいにやればいい。
ぎゅっと目を閉じ、頬を赤く染める。
「んんん……!」
小さな火花が――揺らめく。
……
ぽふっ。
火花はあっさりと消えた。
「……どうしたの、ハーリン?」アリナーは首をかしげる。
ハーリンは俯き、恥ずかしそうに顔をそらした。
「わ、わたし……まだ火、出せなくて……」
アリナーは瞬きをする。
「それは……先に言ってほしかったわね……」とため息をついた。
「ごめんなさい……」
アリナーは少し頬をふくらませ――それから近づき、優しく頭を撫でる。
「大丈夫よ~」
「じゃあ、ゆっくりやりましょう」
「うん!」ハーリンはうなずいた。
アリナーは一歩下がり、腰に手を当てる。
「じゃあ、まずはあなたのマナを見てみるわね」
ハーリンは少し首をかしげた。
マナ……?
それでも頷き――再び前を向いて目を閉じる。
「何を感じる?」
閉じた瞼の奥――
暗闇の中に、無数の赤と青の光が漂っていた。
まるで雪のように、ゆっくりと落ちていく。
「……赤と青の光が見えます……」
「赤と青……」アリナーは小さく呟く。
「さっき火花を出したとき、どうしたの?」
「赤いのを集めて……
くっつけました……」
「……私とは見え方が違うのね……」アリナーは考え込む。
しばらくして――何かに気づいた。
「ハーリン!」
「そのあと――
青いので赤いのを“養って”あげて」
「……養う?」
「えっと、青いのを赤いのにまとわせて、それからどんどん流し込むの!」
「……分かりました!」
青いのも大事なんだ……?
やってみよう……
ゆっくりと、赤い光が集まっていく。
ぎゅっと、中心で締まりながら回転する。
そこへ青い光が寄り添い、螺旋を描く。
手のひらの前で――
小さな揺らめき。
……
ぼっ。
小さな火が灯った。
不安定――
でも、確かにそこにある。
アリナーの火球みたいな形じゃない。
どちらかというと――ろうそくの炎のようだった。
アリナーはそれを見つめる。
気づかぬうちに、口元に笑みが浮かんでいた。
「そのまま続けて、ハーリン。
止めるまで流し続けて」
「はい!」
青い光が渦のように吸い込まれていく。
炎が変化していく――
丸みを帯び、厚みを増す。
ハーリンの水色の髪がふわりと浮き始める。
草が揺れ、枝がざわめく。
空気さえも歪んでいくようだった。
アリナーの笑みはそのままに。
成長が早い……
「そのままよ、ハーリン。
いい感じ」
どこまで耐えられるか、見せてもらおうかしら……
***
炎は、最初の四倍ほどの大きさに膨れ上がっていた。
そして――
色が変わり始める。
橙から――
黄色へ。
そして、緑へ。
その変化は、はっきりと肉眼で分かるほどだった。
ハーリンは顔をしかめる。
手が震える。
汗が、頬を伝い落ちた。
熱のせいなのか、疲労なのか――分からない。
その背後で、
アリナーは動きを止めていた。
唇が、きゅっと引き結ばれる。
……何かがおかしい。
「つ、続けて、ハーリン……」
「やってる……!」
ゴォォン――
球体が脈打つように膨らみ、淡い青へと変わる。
「んっ――!」
「ミス・アリナー……もう止めていい……?」
返事はなかった。
アリナーはただ見つめている。
その場に縫い付けられたように。
ゴォォン!
再び変化する。
紫へ。
すべての揺れが、止まる。
いや――
自由に動いているわけではなかった。
引き寄せられている。
髪。
服。
草。
枝までもが、内側へと引き込まれていく。
熱で空気が激しく歪む。
「ミ、ミス・アリナー!」ハーリンが叫ぶ。
その声で、ようやく我に返った。
「ハーリン!」
「いい、聞いて――!」
「風で中空の通り道を作って、それで岩に導いて撃ちなさい!」
ハーリンは息を乱しながら、ぎゅっと目を閉じた。
暗闇の中――
青い光が前へと流れ込む。
中空の筒を形作る。
だが――
途中で崩れ、
赤い核へと引き戻されてしまう。
「……だめ……」アリナーが呟く。
「あれを放ったら――」
その目が見開かれる。
「ハーリン!」
「撃っちゃダメ!」
「供給を止めて! そうすれば消える!」
だがハーリンは首を振った。
顔が歪む。
「む、無理……全部引っ張られてる……!」
青い光が――
一つ残らず、赤い核へと吸い込まれていく。
その瞬間――
すべてが止まった。
赤い球体が縮み、
一点へと圧縮される。
そして――
弾けた。
白い球体が、そこに現れる。
小さい――
だが、完璧な形。
それはもう、赤い光の集まりではなかった。
“存在”していた。
ハーリンの目が見開かれる。
手のひらの前にあるのは、
ぼやけた白い球。
それは、決して火ではない。
まったく別の何かだった。
世界が、軽くなる。
切り離されたように。
さっきまで引き寄せられていたものが――
青い髪も、服も、草も、葉も。
今は、ゆっくりと漂っている。
まるで重力が消えたかのように。
アリナーは動けなかった。
思考が止まる。
理解と否定の狭間で。
「……もう……純粋活力に……?」
いや……早すぎる……まだ……
「ミ、ミス・アリナー……?」
ハーリンが振り向く。
その声は震えていた。
涙が頬を伝う。
「コントロールできない……」
体が激しく震える。
「お願い……助けて……」
アリナーは――動かなかった。
考えもしなかった。
長すぎる一瞬。
「……何してるのよ、私! しっかりしなさい、アリナー!」
背中へ手を回し、
巨大なハサミを掴もうとする。
掴めない。
もう一度。
「落ち着け、アリナー!」
ようやく指が柄を捉える。
迷いなく引き抜く。
「ディスフユプッ!!」
斜めに振り抜いた。
ハーリンのかすむ視界の中で、
白い球体は――
白い斬撃によって、真っ二つに裂かれる。
そして――
ゆっくりと消えていった。
同時に、
ハーリンの視界も暗転する。
闇が、彼女を包み込んだ。
***
「……我が一部を分かち、失われしものを繕え……」
ハーリンの目が、ゆっくりと開く。
アリナーが傍で膝をつき、詠唱していた。
「ミ、ミス・アリナー……?」
アリナーは一瞬止まり――
すぐに彼女を強く抱きしめた。
「ごめん……私のせいよ」
「わ、わたしこそ……」
ハーリンの声は弱々しい。
「コントロールできなくて……」
「違う、違う!」アリナーはすぐに体を起こさせる。
「すごかったのよ、ハーリン!」
片手を上げる。
小さな水球がゆっくりと浮かび上がる。
「ほら、飲んで」
「ゆっくりね」
ハーリンは体を寄せ、少しずつ口に含む。
アリナーは、髪に絡まった草を丁寧に取り除く。
「もしお母さんが今日のあなたを見たら……たぶん気絶するわよ」
「私も危なかったんだから!」胸を指して言う。
ハーリンは、かすかに笑った。
アリナーも微笑み返す。
安堵がにじむ。
「あっ!」
服の前のポケットを慌てて探る。
「自分を責めちゃダメよ?」
「私でも、あれは苦戦するわ……」
取り出したのは、
紙に包まれたもの。
それを開く。
クッキー。
「ハーリン、あーん」
ハーリンは小さく一口かじる。
「どう?」
ハーリンは小さく頷き、ほんのり微笑む。
アリナーは残りを彼女の手に乗せ、
優しく頭を撫でた。
「今日はここまでね~」
— 作者より —
第32話を読んでくださってありがとうございます!
この話から分かるように、元素はエネルギーから成り立っており、そのエネルギーの捉え方は人それぞれ異なります。
ハーリンが見ている赤や青の光も、単なる元素を表しているわけではなく、もっと根本的なものを示しています。ですが、その話はまたいずれ。
読者の皆さんの感想をいただけると、とても嬉しいです。
今週の更新については、次の3話を公開する予定です。
木曜日(本日)、金曜日、そして日曜日に更新します。
もし順調に進めば、土曜日にも1話追加して、合計4話になるかもしれません。




